煩悩
続き…
その日から、僕とローズちゃんの短い同棲生活が始まる。
寝る時は、枕元にローズちゃんを置き一緒に眠り、仕事に向かう時は向かう時で、ローズちゃんを傷つけないように、ちゃんとやわらかい布に包んで同伴出勤するというラブラブミニコントで愛を育んだ。
そして1週間、日に日に緊張感は高まっていったものの、結局ほんとにその女性が現れることはなかった…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
というわけで、先述の大日本たかゆき憲法によって、その日から正式にローズちゃんは僕の物、つまり妻になったわけである。
Can You Celebrate ?
しかし一番の問題は、それよりもなによりも、正式に僕の妻となったローズちゃんをこれからどうするかということである。
実はこの1週間、僕も21,2歳なりの無い頭をふりしぼって、いくつもの案を考えていた。
やみくもに1週間過ごしていたわけではない。
見くびってもらっては困る。
ここでその案を、いくつか紹介しよう。
まずは、その1。
質屋に売りに行く。
その2。
せっかく1週間も共に過ごしてきて、愛着もわいてきたことだし、質屋に売りに行く。
その3。
やっぱりこんな高価な物、もらうわけにはいかないから、警察に届け出ることにし、警察署に向かう途中の質屋に売りに行く。
その4。
あっ、そうか。
僕がはめれないということは、女友達にあげればいいんだ。
じゃあ、どの子にあげようかな、っと。
うーん。
決めれないし、質屋に売りに行く。
その5。
その朝は皮肉にも晴れ渡っていた。
約束の広場に向かうジョセフは、今自分の置かれている境遇を嘆いた。
「これじゃ、まるで、ウイリアム・テルじゃないか…。」
国王は、ジョセフに濡れ衣の罪を被せ、広場でのある公開処罰を命じたのである。
ジョセフが広場に到着すると、すでにたくさんの群集と、真ん中には、頭の上にリンゴの代わりに瓜をのせられた息子のニックが、柱に縛りつけられていた。
王は言った。
「ジョセフよ。お前ら親子が罪から放免される方法はただひとつ。
今から、お前に7本の矢を授ける。
その矢すべてを、ニックの頭の上の瓜に命中させてみよ。」
めちゃくちゃな。
7本すべてだなんて。
しかし、今さら何を言っても遅い。
この国の政治は、あの頃からすでに崩壊していたのだから…。
ニックよ、すまん。
ジョセフは覚悟を決める。
1つ目の矢を静かに弓の中心に合わせる。
そして、目の位置、矢の先端、ニックの頭の上の瓜を同一線上に揃える。
ここでジョセフは、大きな深呼吸と共に、一旦目を閉じた。
その時、ある言葉が頭をよぎる。
「7・矢に・瓜・ニック。」
「ひち・やに・うり・にっく。」
「質屋に売りに行く。」
・
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その108。
そうだ、質屋(京都)に行こう!
と、このように、人間の煩悩と同じ数だけ案を考えだしたんだが、僕はこの中で、悩みに悩みぬいた末、結局その55の「欽ちゃん走りで、質屋に売りに行く。」を選択したのである。
うん。
冗談はさておき、(笑)
とにもかくにも、質屋にローズちゃんを売りに行くことになったわけだが、実を言うと、そんな事ははじめっから決まっていた。
本当は、ギターケースから時計を取り出し、それがロレックスだと分かった瞬間から、ああ質屋さんに売りに行こうと漠然と思っていたのである。
ただ、タイミングを見計らっていた。
やはり、自分の中の倫理観や相手の事を考えると、すぐに売りに行くということがなかなかできなかったのである。
そして、1週間という期間を決めたおかげで、今ようやく自分の心にも説明がついたわけだ。
ただ、質屋ってどんなとこ?
今でこそ少しずつ、気軽に利用できるイメージができてきたかもしれないが、当時21,2歳の純粋(?)な僕にとっては、質屋など、完全に未知の領域であった。
実際に行くとなると、昔からのTVドラマや、Vシネマなどの影響からか、怪しくて怖いイメージしかわかないのだ。
借金の形、盗品、警察ざた、などなど…。
そんな所に、普段からただでさえ見た目が怪しいと言われている僕が、しかも女性用の時計を、箱も何もついていない裸の状態で持っていって、何とも思われないのだろうか。
それに、このロレックス、まだ本物と決まったわけではない。
もし鑑定してもらって、偽物だとか、ましてや盗品だなどと判明したら、きっと質屋さんには警察直通のボタンか何かがあって、それを押されて、すぐに警官が駆けつけて、僕は逮捕されて、牢屋に閉じ込められてしまうんだ。
ちょっと本気で、そんな事まで考えていた。(笑)
かといって、ほんとの事情を説明したところで、それは何の意味も無さそうだし、かえって足元をみられそうで嫌だ。
やっぱり、少しでも高い値段で買い取ってほしいもんなあ。
まあとにかく、行動を起こさない事には何も始まらない、ということで
次の日の夕方
僕は、あちらに足元をみられてナメられないように(完全に妄想)、出来る限り最大限の正装をして、ローズちゃんと共に欽ちゃん走りで(嘘)、家を出た。
当時、僕は大阪の十三(じゅうそう)という所に住んでいた。
大阪の方は知っていると思うが、ここ十三という街は、大阪の中でもかなりディープな場所で、歩いてる人全員が「じゃりん子チエ」の登場人物として出てきそうな、なんとも怪しい雰囲気満点の街なのである。
そんな街(どんな街?)だから、もちろん質屋などいたるところにある。
僕は、その中の何軒かをまわり、一番高値をつけてくれた所でローズちゃんを売ろうと考えていた。
しかし、高値とは一体いくらくらいのもんなんだろうか?
僕は当時、ロレックスの相場なんて、もちろんほとんど知らない。
いくらぐらいで、納得したらいいんだろう。
さらに、もし偽物だったとしたら、何か言われたり、変な書類を書かされたりするんだろうか?
うーん、分からん…。
まあこのローズちゃん、本物だとしても、結構シンプルで、そんなに高級モデルって感じでもないので、そこまでは高いものではないだろう。
いくらロレックスとはいっても、ピンからキリまであるやろうからな。
その中でもきっと、下の方のランクのモデルだろう。
うーん、そうやなあー、なんぼくらいやろ。
質屋って、かなり安く買い取るっていうイメージがあるし、それにこれ箱も何にもついてないもんな。
ギターケースに投げ入れたくらいやから、細かい傷もいっぱい付いてるやろうし。
よし、じゃあ1万円や。
本物だとしたら、1万円を基準に考えておこう。
実際、1万円で売れたらかなり嬉しいし。
あの時の歌の報酬が1万円ってことやもんな。
うん、うん。
ああ、ドキドキ。
まずは、1軒目。
ここは、家から歩いてほんの数分のところにあって、路地裏にひっそりとたたずむ、いかにもっていう感じのちっちゃなちっちゃな質屋さん。
1週間前から、1軒目はここにしようと決めていた。
覚悟を決めて、薄暗い扉を開ける。
中に足を踏み入れると、せまい店内には木製のカウンターがあり、そのカウンター越しに50代くらいのおばちゃんと、さらにその奥には同じく50代後半くらいのおじさんが座っていた。
おそらく2人だけの、夫婦経営なんだろう。
扉の色と同じで、やはり店内も薄暗い。
「いらっしゃいませ。」
おばちゃんの方が僕に声をかける。
この時、僕の緊張はピークを迎える。
脈打つ心臓の音が、せまい店内に響き渡ってしまいそうな勢いだ。
あかん、たかゆき。
落ち着け、落ち着け!
ナメられへんように、なるべく冷静な金持ちのお坊ちゃんになりきるんや。
こんなとこは、何べんも利用してる、ってな感じで。
上から目線で攻めるんや。
「オホンっ!今日は、ちょっと見てもらいたいものがあって来たんだけど。」
「はい、じゃあこの用紙に必要事項を書き込んでくださいね。」
こちらのお坊ちゃま作戦に対して、いとも簡単にいかにも事務的に切り返すおばちゃん…。
「は、はい、分かりました…。(汗)」
その用紙には、住所や氏名、電話番号などの他に、売りに来た商品に関しての詳しい情報を書き込む欄があった。
とりあえず、住所や名前は、嘘を書いても仕方がないのでちゃんと書き、商品については、「ROLEX」とだけ書いて困っていると、
「ああ、分かる範囲だけでいいですからね。」
と、ものすごい満面の笑みでさとされた。
あかん、やっぱり慣れてはる。完全にあっちの方が上手や。
初心者なのも、もろバレだ。
恥ずかちい…。
「じゃあ、品物をだしてくださいね。」
そう言われて、すでに素の状態に戻っている僕は、慌ててポケットから布に包んだローズちゃんを取り出し、カウンターの上に置いた。
「こ、これなんですけど…。」
「はい、お預かりしますね。腕時計ですね。」
そう言っておばちゃんは、ローズちゃんをカウンターから取り上げ、すぐに奥のおじさんの方に手渡した。
女性物であることに関しては、まったく気にしていない様子だ。
おじさんは、無言でローズちゃんを受け取ると、目の前のデスクのライトを点け、左目に専用のルーペみたいな物を装着し、完全な鑑定モードに入った。
うわー、こんなちっちゃい質屋さんでも、やっぱりすげえ本格的。
まるで、TVドラマ見てるみたいや。
ちょっと感動。
しかし、緊張…。
プロの鑑定士と化したおじさんは、一心不乱にローズちゃんをあらゆる角度からこねくり回している。
うわー、まじでめっちゃ緊張する…。
どーしよー。
もし、偽物やったら、どうなんねんやろ。
先に住所とか書いてもうたしなあ。
しかし、おじさんの顔からは、それをうかがい知ることは出来ない。
おばちゃんは、事務仕事に戻っている。
あかん、恐い…。
もう、1万円もいらんから、それ返して…。
そして2,3分後、不安やら極度の緊張で僕の頭の中がえらいことになって、限界に達しかけた時、突然おじさんが鑑定の手を止め、ムクっと立ち上がり、カウンターの方にやって来た。
来たーーーーー。
もう、心臓が口から飛び出そうだ。
「うーん。」
おじさんが、初めて口を開いた。
なんだか、渋い顔になっている。
「残念ですけど…、」
そう言いながら、左目に装着しているルーペを外す。
うわー、やっぱり偽物やったんやー。(涙)
「このロレックス、もう今は人気があまりないモデルなんで、そんなに良い値段は出せませんねー。
大変申し訳ないんですけど。」
えっ、やっぱ本物なの!?
もー、惑わせんでやー。
けど、すげー!
やっぱり、本物やったんや!
なるほど、けど今は、人気のないモデルなわけやね。
そっかー。
じゃあ、なんぼぐらいなんやろ?
1万円にも満たないってわけか。
よし、そう思ったら、少し冷静になってきたぞ。
「じゃあ、おいくらぐらいなんですかねえ?」
「うーん、そうですねー。
今言ったように、あまりいい値段は出せないんで、ウチでは10万円くらいっていったところですかねえ。
すみません。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
じゅ、じゅ、10万円!!!!????
あかん、またパニックや。
オシッコもれそう…。
信じられへん…。
ローズちゃんって一体何者やねん。
10万円って言って、謝られてるで…。(苦笑)
ああ、もう何も考えられへんわ。
頭の中、真っ白や。
「どうされます?やめとかれますか?」
このおっさん、何言ってんの?
やめとくって何?
この世界に、「やめとく」なんて言葉があるの?
聞いたことないけどなあ。
それって、食べれるの?
おいしい?
ただ、いいか、たかゆき。
最後くらい頑張って、ちょっとは格好つけようぜ。
分かるよな。
さあ、GO!だ。
「えーー!?
たった、10万円かあーー。
うーん、どーしよーかなーー?
そうやなあー。
まあ、しゃあないかなあー。
けどなあー。
まあなあー。
やっぱ、やめとこっかなー。
いやあなあー。
うん、じゃあまあ今回は仕方ないんで、その値段で買い取ってもらいましょうかね。」
と、僕は、足を震わせながらも、今世紀最大のまったく無意味な強がりを見せた。
「そうですか。ありがとうございます。
では、何か身分証明になる物のご提示と、こちらに承認のサインをいただけますか。」
「あ、はい…。」
僕が、念のために持ってきておいた保険証を出し、書類にサインを書いている間に、おばちゃんは金庫らしき所から、きっかり10枚の一万円札を持ってきた。
そして、その10万円を、確認し終えた保険証と領収書と一緒に僕に手渡した。
「それでは、ありがとうございました。」
それらを、奪い取るようにおばちゃんから受け取った僕は、すべて無造作にポケットに突っ込み、無言のまま、逃げるように店を飛び出した。
ああ、終わった…。
外の空気を胸いっぱいに浴び、とりあえず深呼吸。
ふうー。
そして、質屋さんの気が急に変わったらいけないので(笑)、すぐに家に逃げ帰る。
しかし、10万円って…。
まったくもって、想像もしてなかった金額やなあ。
ロレックスって、ほんまに凄いんやな。
ということは、買った時の値段はいくらやったんやろ。
あかん、考えんとこ。
考えるだけで、恐ろしいわ。
・・・・・・・・・・・・。
あっ、そういえば、いろんな店まわって、値段比較するの忘れてた…。(汗)
まあ、けど、しゃあないわ。
あん時に、そんな事考える余裕はまったく無かったもんな。
無理、無理。無理ですよ。
それに、もう10万円で十分すぎる。
それ以上もらったら、バチがあたるわ。
けど、よく考えてみると、じゃああの時の2,3曲の報酬が、10万円ってことか。
ひゃー、恐ろしい。
そして、ローズちゃん、夢をありがとう!
結論。
やっぱり、俺の仕事は変な仕事!
そう再認識した21、2歳の僕は、それから1ヶ月くらいは、そうはいってもやはり、あの女性が再度現れはしないかと怯え続けていた。
だって、今さら返してくれって言われても、もう現物持ってないねんもーん。いやーん。
ああ、こわ。
ただ実際には、二度とあの女性が現れることはなかった…。
さて、その時の10万円の行方はというと、やっぱりそういう風に手に入ったお金というのは、貯金などには回してはいけないということで(なんで?)、2週間もしないうちに、友達みんなにオゴリまくって、跡形もなく消え去ったとさ。
若いって、こわいね☆
めでたし、めでたし。(どこが?)
おしまい。
P.S.
前回も言いましたが、今回みなさんの展開予想がことごとく当たっていて、すごく恥ずかしかったです…。(涙)
だからみんな、もう展開予想なんてしちゃやあよ。ねっ。(笑)
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