2006年12月15日 (金)

コンビニ

続き…

何とかコンビニにたどり着いた僕は、店内を見わたす。

正月の夜11時すぎ。

お客はいない。

店内には顔見知りの店員さんが一人。

彼の名前は「キン」さん。

30代中ごろの中国人で、家族で日本に出稼ぎに来ている。

僕はほぼ毎日のようにこのコンビニを利用しているので、彼とは何度もしゃべったことがあり、お互いのことを良く知っている。

「いらっしゃいませ~。」

彼は僕に気づき、まだ少しカタコトの発音で、笑いかける。

僕はその言葉には反応できず、うつむいたまま少し店内を歩き回る。

少しの間歩き回ったが、やはり体がおかしい。

立ってられない感じになってきた。

あかん、だめや。

僕はたまらず、キンさんのもとに駆け寄る。

キンさんはどうやら僕のただならぬ雰囲気を察してか、心配そうな表情を顔一面に広げた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないです、キンさん…。ちょっと立ってられそうもないんで、どっか座らしてもらってもいいですか…?」

「あ、はい、じゃあ、こっちに…。」

そう言って彼は僕をレジの奥の従業員専用通路に連れて行ってくれ、パイプ椅子を用意してくれた。

従業員通路にはもう一人顔なじみの中国人の店員さんがいて、状況を察した彼が、キンさんの代わりにレジに向かってくれた。

パイプ椅子に腰掛けて少しホッとした僕は、その時初めて自分がものすごい量のあぶら汗をかいていることに気がついた。

「どうしたんですか、何があったんですか?」

恐る恐る、心配げに尋ねるキンさん。

僕も何とか息を整えながら、小さな声で答える。

「い、いや、僕も何だかよく分からないんですけど、家に一人でいたら急にものすごい苦しくなって、倒れてしまいそうで怖かったんで、こ、ここに駆け込んできたんです…。
す、すいません、仕事の邪魔しちゃって…。」

「それは大丈夫ですけど…。
救急車呼びましょうか?」

「い、いや、もう少し様子見てみます。
それで、ほんとに駄目そうなら、その時救急車呼んでもらえますか…。」

「はい、分かりました。
じゃあ、しばらくここでゆっくりしていてくださいね。」

「あ、ありがとうございます。」

キンさんが仕事に戻る。

はぁ…。

しかし、これは一体何なんやろう?

僕は何かの大きな病気なんやろうか?

不安だ。

不安でしかたない。

あ…。

突然、手先がしびれてきた…。

過換気症候群である。

前にも一度少しだけ説明したことがあるが、僕は数年前から過換気症候群という持病を持っていて、情緒不安定な時やパニックの時などに、ごくまれに発症するのである。

この病気、症状としては、過呼吸によって呼吸が困難になったり、全身がしびれてきたりするのだが、対処法としてペーパーバック療法というのがあって、ビニール袋や紙袋などを口に当てて自分の吐いた二酸化炭素をもう一度体内に取り込むことによって症状が和らぐのだ。

僕はそこにあったレジ袋を一枚もらって口元にあて、ゆっくりと深呼吸をくりかえした。

すーはー、すーはー。

少し症状がおさまる。

しかしそう思ったのもつかの間、しばらくするとすぐにあの不可解で強烈な苦しさがまた体中を駆け巡った。

あかん。

もう、限界や…。

このままじゃ、同じ事の繰り返しや…。

僕は、声にならないような声でキンさんをもう一度呼ぶ。

「きゅ、救急車、呼んでください…。」

それに気づき、キンさんが駆け寄る。

「はい、分かりました!」

5分くらいで救急車はやって来た。

救急車が到着するまでの間、キンさんはずっと僕の手を握りしめていてくれて、僕はただ意識を失ってしまわないようにという事だけを考えていた。

救急隊員がやって来たことで、少し落ち着きを取り戻した僕は、言われるがままに体温を計ったり、彼らにゆっくりとこれまでの症状をいちから説明した。

そして、それらを総合して救急隊員が出した結論に、正直僕は驚きとショックを隠せなかった…。

それは、今回は物理的な病気とかではなく、

僕は「精神的な」病気である可能性が極めて高い

と、いうことだった。

精神的な病気…。

なかなかすぐには受け入れがたい言葉だ。

じゃあ、さっきまでの苦しみは、物理的なものではなく、精神的なものからくる「まぼろし」みたいなものだというのだろうか?

けど確かに、救急隊員が到着してから、苦しみはだいぶ治まっている気もする…。

彼らがやって来たことで、冷静になって、現実に戻ってきたということなのだろうか。

もう、何がなんだか分からない。

困惑する僕に、さらに救急隊員は付け加えた。

「深夜に、救急で開いている精神科の病院は無いから、明日の朝にでもすぐに近くの精神科の病院に診てもらってください。今、私達に出来る事は何も無いので。」

そ、そう言われても…。


「100%精神的なものなんですか…?他の可能性は考えられないんですか?」

隊員
「はい、おそらく。
じゃあそこまで言うなら、一応、念の為にでも、緊急の内科の先生のところまで救急車に乗っていきますか?」

「いや、そういう言われ方すると…。」

「どっちにするんですか。
私達には決めれないので、そちらではっきりと決めてください。」

「も、もういいです…。
明日まで我慢して、朝イチで病院に行きます…。」

「はい、分かりました。
じゃあ、我々はもう行きますね。」

そう言い残すと、彼らはそそくさとコンビニから撤退していった…。

しかし、仮にあちらが言うように、これが精神的なものなのなら、僕は(精神的に)相当マイっているはずなのだから、もう少し優しい物腰の言い方はなかったのだろうか。

あれじゃまるで、「こんなことでいちいち救急車を呼ぶなよ。俺達も暇じゃないんだから。」、という感じにすら映る。

そうはいってもまあ、この時の僕にはそんな事を考える余裕も無く、ただキンさんに見守られたまま、従業員通路のパイプ椅子にへたり込むことしかできなかった…。

キンさん、すみませんでした…。

この後僕は、一人で部屋に帰るのは怖かったので、親友を携帯で呼び出し、迎えに来てもらうことにした。

親友がコンビニに到着するまでの約20分間、頭の中には「精神的な病気」というフレーズが充満して、結局僕はまた何度も過換気症候群を発症し、もだえ苦しむのであった…。

そして翌日、僕は人生初の「精神科」なるものを受診することになる…。

つづく…。

P.S.

みなさん、おひさしぶりです!

ものすごい久しぶりの更新やのに、なんだこのとてつもなく暗いブログは…。(笑)

今回はあくまでも未来の自分の為に書き残しておこうとした文章(記録)でもあるので、みなさんすみませんね。

もう少し(後一回くらい)で、たぶん終わりますのでね。

あとちょっと、我慢してくださいね。(笑)

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2006年11月19日 (日)

孤独とパニック

続き…

新しい場所での弾き語りは、人通りが思ってたよりもだいぶ少なかったこともあり、儲けをかなり心配したが、それはいつもより歌と営業を20%増しぐらいに頑張ることで何とか解消された。

体力的、精神的には少しキツイが、大きな目標があり、期間が限定されている今なら、なんとかやっていけそうだ。

そんな手ごたえは感じる事ができた。

夢に向かっての弾き語り。

今まで何か目標に向かって仕事をするとういことがあまりなかったので、僕は、新しい場所でやることの新鮮さや緊張感と共に、ある種の充実感すら感じていた。

僕は前に進んでいる。

今までのように、立ち止まっていたり、後ろを向いていたりするわけでは、決してない。

一歩ずつでも、確実に、前に進んでいる。

その事実が、少なからず僕を高揚させた。

ただ実際は、初めに言ったようにいつもより無理して仕事をこなしていることもあり、知らず知らずのうちに少しずつ自分に対して無言のプレッシャーのようなものを与え続けていたというのも、また事実であった…。

そして月日は流れ、いつのまにか2005年という年は幕を閉じた。

あと1年…。

僕の仕事は特性上、飲み屋街全体が閉まっていると商売にならないので、年末年始などは必然的に結構な連休になる。
(まあ実際は、休みの長さ調整なんていうのは、僕のさじ加減ひとつなんだけど…。)

そして、今年は10連休ということになった。

例年なら、年末年始は恋人と過ごすなり、友達と過ごすなり、実家に帰るなりの何らかの予定があるんだが、今年は僕はなぜだか一人で過ごすことになり、ずっと家に閉じこもっていた。

家に閉じこもって何をしているのかというと、別に何をしているわけでもない。

年末の仕事で疲れていたせいもあり、とにかくこの連休は一旦仕事の事を忘れ、ゆっくーりしたかった僕は、ただぼおっとテレビや映画を見たり、好きなゲームをしたりするだけというように、ほんとにダラダラと数日を過ごしていたのである。

もちろん、そういう日々で肉体的な疲れというのはすぐに癒されていったんだが、実はそんな中でも僕の「頭」は常に動き続けていた。

テレビを見ていようが、本を読んでいようが、食事をしていようが、それに完全に集中することはなく、頭の中では常に他の何かを考えていたのだ。
(ずっと一人でいるというのと、へたに時間がありあまっていたのも原因かもしれない。)

その何かというのは、やはり、「世界一周」の事である。

僕の中で、世界一周というのが、あまりにも未知で壮大なもの過ぎて、無意識のうちにそこに想いをはせてしまうのである。

まず、後1年でほんとに十分なお金は貯まるんだろうか。

いや、何としてでも貯めて、絶対に実現させなければいけない。

そうじゃないと、前に進めない気がする。

じゃあ実現できたとしたら、どんな国を周ろうか。

何を見ようか。

どんな出来事や人達に出会うんだろうか。

そしてもちろん、楽しい事だけではない。

危険な目にあったり、大きな病気にかかったりしないだろうか。

そしてなにより、1年もの間ひとりで世界を周って、果たして僕はその孤独に耐えうることができるんだろうか。

そういう事が頭をグルグル回る。

僕はいつのまにか知らないうちに、自分で立てた目標(夢)で、自分自身を追い込んでいたのかもしれない。

体はリラックスしているんだが、頭の中は常に緊張しているという状態…。

そんな日々が続いていた。

そして、2006年1月5日。

僕に異変がおきる…。

その日も僕は、朝から部屋から一歩も出ずに過ごしていた。

夜11時ごろ。

さっきから3時間ぐらいテレビゲームをしている僕。

しかし、やはりゲームをやりながらも、頭の中ではぼんやりとではあるが、ずっと世界一周の事を考えている。

僕は昔から、行動する前に何でも頭で考えすぎてしまう性格で、よく言えば「想像力豊か」とも言えなくはないが、大抵は「妄想癖」に近い場合が多い。

特に、「孤独」ということに関して、異常に恐怖感を覚える。

この時も突然スイッチが入り、僕は妄想の世界に入っていった…。

『 
   僕は今、旅の途中。

   どこか、名も知らない世界の片隅に来ている。

   知らない街を歩く僕。

   ふと、周りを見わたす。

   知らない国の人達。

   もちろん言葉も通じない。

   急に孤独を感じる。

   世界の片隅でひとりぼっち…。

   誰も僕の事を知らない…。

   不安感が胸をしめつける。

   不安感がいつのまにか恐怖心に変わる。

   こわい…。

   立っていられなくなる。

   助けを呼ぼうにも、言葉が分からない。

   頭の中がパニックになる。

   どうしよう…。

   こわい…。

   どうしよう…。

   ・・・・・・・・・・・・。

   あかんあかん、ここは妄想の世界や。

   現実じゃない。

   しっかりしな!              
                           』

ふと、現実に戻ってくる。 

はぁ、はぁ、はぁ…。

へんな汗が顔を湿らせている。 

ああ、怖かった。

しかし、何で俺はいつも無意識に、こんなリアルで悪い想像ばっかりしてしまうんやろう。

せっかく決まった人生の大きな目標やのに…。

本来なら、すごく楽しくて、ワクワクする壮大な夢のはずやのに…。 

こういう癖は、どうやったら直るんやろうか。

それともやっぱり、世界一周っていうのがいつのまにか大きなプレッシャーや義務感になってしまってるんやろか。

まあ、なにせ、ここが現実の世界でよかった。

とにかく、世界一周までもまだあと1年もあるわけやし、焦らず、ゆっくり考えていこうじゃないか。 

そう考えて、もう一度気持ちを落ち着かせ、何事もなかったかのように、僕はさっきまでやっていたテレビゲームを再開させた。  

大丈夫、大丈夫。のんびりいこう、たかゆき。

お前は前に進んでるんや。

5分後。

突然急に、先ほどとはまったく異質悪寒に襲われる。

ん?

言葉では表しにくいが、胸にポッカリと穴が開いたような感覚というか、なんというか。

そして同時に、頭の中が言い知れぬ不安で埋め尽くされた。

世界一周とかそういうことでははい、得体も知れない漠然とした大きな大きな不安だ。

とにかく、生まれてこのかた味わった事のないような、不可解で耐え難い感覚である。

あまりにも突然のことで、ゲームのコントローラーも握ってられない。

思わず手のひらからコントローラーが滑り落ちる。

く、苦しい…。

何だ、これは!?

さっきまでの妄想の世界とはまったく違う、明らかに現実の苦しみだ…。

内臓という内臓が、すべて機能を停止してしまうような錯覚すらおぼえる。

それとは矛盾して、動悸だけはどんどん激しさを増し、脈打つことをやめない。

そして、不可解な不安もどんどん増していき、僕を支配していく。

呼吸も大きく乱れる。

一体何なんだ、これは。

僕の中で何がおきてるんだ?

誰か助けて…。

こわい。

こわい。

こわい。

このままじゃ死んでしまう…。
(大げさに思うかもしれないが、この時、ほんとに「死」に向かうイメージだったのだ。)

そんな中、頭の中では、警笛が鳴り続けていた。

落ち着け、たかゆき!

何がなんだかは分からないが、このままでは意識を失って倒れてしまうかもしれない。

かといって、誰もいないこの部屋で倒れたら、ほんとに誰にも気づかれないままだ。

友達を呼ぼうにも、そんな悠長な時間は無い気がする。

よし、とにかく人のいる所に行かなければ…。

このまま、一人で倒れてしまうのは危険だ。

ちょうどその時、この発作(?)にも波があるのか、症状が少しおさまった感じがしたので、僕はおそるおそる立ち上がってみた。

よし、何とか歩けそうだ。

次にいつ、今のような強い症状があらわれるかもしれないので、今のうちにすぐ近くのコンビニににでも行って、いつでも助けを求められるようにしよう。

極度のパニックの中、なんとかそこまで考えた僕は、部屋着のままサンダルを履いて玄関を出、フラフラになりながらも、何とかすぐ近くのコンビニまでたどり着いた。

つづく…。

P.S.

今回の話と次回の話は、詳しく書くかどうか最後まで迷っていたんですが、やっぱり自分の為にもちゃんと書き残しておこうと決めたんです。

弱い自分をさらけだすようで恥ずかしいんですが、これが僕なんですよね。

そしてごく最近、プライベートで、この話の最終的な結末につながる予定だった大事な大事な事柄が、急に無くなってしまいました…。
(注:世界一周の事ではないです。)

このブログを続ける上での、「核」としていこうと思っていた話なので、すごくすごく心外で、すごくすごく残念なんですが、仕方ありません。

みなさんには何の事かさっぱり分からないですよね。すみません。

とにかく、それがあまりにも突然の事だったので、まだ僕の心の中でもあまり整理できていなくて、初めに僕の中で予定していたように、今回の話をちゃんと今現在の僕の状況までたどり着かせて書ききることができるかどうかが分からなくなってきたので、それだけは先に謝らせてもらいます。
(けど、今日の話の続きはちゃんと書くつもりです。)

あー、これからどーしよっかな、このブログ…。

ちょっと待て、たかゆき!

こんな時こそ、この言葉を知ってるか?

「ノーレイン ノーレインボー!」

あっ、そうか!(笑)

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2006年11月 4日 (土)

青春リタイア

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なにをかくそう本日2006年11月4日はわたくしたかゆきの30歳の誕生日であります!

パチパチパチ。

ああ、ついに30代突入…。

そして、20歳から始めたこの仕事も10月で10年目に入っちゃいました。

パチパチパチ。

んー。

これは、喜んでいいことなんでしょうか?(苦笑)

さて、ところでみなさん、ちょうど2ヶ月くらい前に4回にも分けて書かせてもらった「ノーレイン ノーレインボー」の話を覚えてくださってるでしょうか。

あの出来事が起こったのが1年とちょっと前。

今日から、30歳記念として、あの出来事から今までのその後の1年間について書いていきたいと思います。

またいつものようにひたすら長くなってしまって、何回かに分けて書くことになっちゃうかもしれませんので、どうかのんびりとお付き合いください。

(初めての方はご面倒ですが、まずノーレイン ノーレインボーな話を参照してください。)

新しい場所で仕事を始めた28歳の僕は、それと同時に自分のこれからの人生についても深く考え始めた。

20歳から一人で始めたこの特殊な仕事

気が付けばもう丸8年。すぐに9年目。

以前にも何度か言ったが、僕はメジャーデビューとかそういうものを目指して現在この仕事をやっている訳ではない。

もちろん、始めた頃はそれなりの夢や希望を持って無我夢中に頑張っていたが、途中でそういった才能が自分には無い事をはっきりと自覚し、それからは完全にこの弾き語りを「お金を稼ぐための仕事」としてとらえるようになったのだ。

そしていつの間にか日々の生活に追われ、将来の事など考える余裕もなくなっていった。

いやむしろ、余裕とかの問題じゃなくて、意識的にそういう事を考えるのをずっと避けていたのかもしれない。

おそらく怖かったのだ。

現実を見るのが…。

一生家庭を持ってまで、この仕事を続けることなんて出来ないのは初めから重々分かっている。

いつかは見切りをつけなければいけない。

見切りをつけて新しい何かを始めなければ。

けれども、今の僕に一体何が出来るんだろう?

20歳から今まで、まともに社会にさえ出たことのない僕に。

そして一体、僕は何をすれば自分に満足出来るんだろう?

この仕事を始めたことで、僕は今まで少し人と違った人生を歩んできたと思い込んできた。

自分で選んだ道だけど、そのことが逆に僕を卑屈にさせ、と同時にいびつな形の頑固なプライドを生んでしまったのだ。

ここまで来て、もう引き返すことはできない。と。

自分の人生にどうしても納得したい。そして後悔したくない。と。

かといって、そのためには具体的にどうすればいいのかなんて全く考えつかないし、想像もできない。

プライドが強い反面、ものすごい臆病な僕は、そのことで将来にすごく恐怖心を覚えてしまう。

だから、極力何も考えないようにする。

すべて後回しにしてしまうように。

幸い、まだ20代の僕は、何も考えず今の仕事をただガムシャラにこなしていれば、生活は維持され、確実に明日はやってくる。

そして僕は何事もなかったかのように、またいつもの仕事に向かうのだ。

ただ、そうしているうちにも、立ち止まったままの僕を置き去りにして、日々は容赦なく流れていく。

結局そんなこんなの繰り返しで、ただ時間に身を任せたまま、ここまでやってきてしまったわけである。

いまだ人生の設計図は描けないまま…。

けど、今回のおっさんの一件で、やっぱりこの仕事は普遍的で安定したものでは全くないということを、嫌というほど思い知らされてしまった

そして、今回と同じような事が二度と起こらないというような確証はどこにもないのである。

やはり、年齢的にも9年目という時期的にも、ここらでちゃんとこれからのことを真剣に考えておかなければいけない時が来たのだ。

これはチャンスといえば、チャンスである。

今までたいして大きなトラブルもなくそれなりに安定してやってこれたせいもあって、後回し後回しにしてきたけど、今回あんな事があったからこそ、そういう風に思えたのだから。(決してあのおっさんのおかげなどとは思いたくないが…。)

さあ、仕事の場所も新しく変わったことだし、心機一転怖がらずに、今度こそ真剣にこれからのことについて考えようではないか。

まず、僕には将来の「夢」みたいなものはあっただろうか。

正直、将来どうしてもなりたい職業とかは今のところないけれど、他に、昔から変わっていない夢は1つだけある。

それは、いい父親になるという事。

こんなことを言うと、話が漠然としてて飛躍しすぎだと笑われてしまうかもしれないが、これは小さい頃からの確固たる夢だから仕方がない。

僕は4歳の時に父を事故で亡くしており、それからは母親一人の手で育ててもらったんだけど、それが別に不幸だったとかそういう話ではなく、やはり小さい時に父親がいないと、自分の中で理想の父親像みたいなものが勝手に頭の中に出来上がってしまうものなのである。

その頭の中で描いた理想の父親に、将来僕がどうしてもなりたいのだ。

そのためにはまず温かい家庭を作らなければいけない。

温かい家庭とは、別にお金がたくさんある家のこととかではない。

たとえつつましくても、みんな仲良く笑顔の絶えない家庭のことである。

そりゃあお金がたくさんあるにこしたことはないが、そんな家庭なら、裕福だろうがそうでなかろうが、子供は絶対に幸せなはずだ。

そういうたぐいの幸せを自分の子供には味わわせてあげたいのだ。

現在独身の身でこんな状況の僕がそれを言うのは、やはり少し話が飛躍しているようにも思えるが、誰が何と言おうと、そしていつになることかはわからなくても、それが僕の人生の最終目標なのである。

ただ、今の僕はまだまだ自分の人生だけで精一杯で、結婚なんてことすら考えられない。

かといってこんな不安定な仕事を続けていては、いつまでたっても前にも進むこともできない。

だからこそ、とにかく早いうちにこの仕事にケリをつけて、まずは自分の為だけの人生というものを一旦リセットさせなければいけないのである。

リセット…。

正直、20歳から今までの8年間には僕は何の悔いも残っていない。

逆に、ふつう人が味わえないような体験ばかりしてきて、すごくすごく誇りに思っている。

はっきりいって、素晴らしい青春だった。

ただ、せっかくのそんな素晴らしい青春、ちゃんときれいに完結させたいわけである。

そういえば僕は、今までに何かやり残した事はなかっただろうか。

うーん。

あっ、そうや、世界一周や!!!

この言葉を思い出した時、僕の頭の中にはに打たれたような衝撃が走った…。

僕にはまだ、世界一周という大きな大きな夢が残っていたのだ。

僕は以前から、何年も前に日本一周の旅をしたことがあると言ってきたが、そういえばあの日本一周は実は世界一周の旅への布石にすぎなかったのである。

昔から僕はこう考えていた。

世界一周したという若者の話はたまに耳にするけど、彼らは大抵、まだ日本のこともよく知らないまま先に世界を見に行ってしまってる。

もちろん、それはそれでいいんだろうけど、実際は先にちゃんと日本の事を知っておいてから世界を見たほうがよっぽどいろんなことが分かって素敵なんじゃないだろうか。と。

その考えが頭にあって、僕は日本一周をしたんだった。

日本一周したことで満足してしまってて、すっかりそのことを忘れていた…。

よし、決まりだ。

今までの青春の総決算として、僕は1年間くらいかけて世界一周をしよう!

いわば、今まで仕事を頑張ってきた事へのご褒美であり、卒業旅行でもある。

そうすれば、もう自分のしたかったことに何の後悔も残らないし、何の言い訳もできない。

そして、世界一周から帰ってきたら、いさぎよく何らかの職について、夢に向かって第二の人生をスタートさせようではないか。

調べてみたところによると、1年間世界一周しようと思ったら、だいたい最低100万円から200万円はかかるらしい。

しかし、今まで目標のないだらしない生活を続けてきただけあって、現時点で貯金はほぼ無いに等しい。

とにかくちゃんとした貯金を今すぐ始めなければ。

今は2005年9月(当時)。

キリのいい来年の2006年の末までは約16ヶ月ある。

僕の仕事は、もし新しい場所でも今までのように順調に儲けることができたとしたら、仕事をさぼったりせず、生活をきちんと節約さえすれば、計算上は16ヶ月あればぎりぎり200万円は貯めることが出来るはずだ。(あくまでも計算上の話。)

さらに、僕は確か1997年10月にこの仕事を始めたので、2006年の末までやるということはちょうど足かけ10年この仕事を続けたことになるのだ。

これはなんとも、ほんとにキリのいい話である。

どんな仕事であれ、1つの事を(20代全部を費やして)10年間やり遂げたというのは、これからの自分自身へのすごい自信にもつながるし、貴重な財産にもなるだろう。

さらに将来、自分の子供にも誇りをもってそのことを話す事ができるし、その上、日本一周や世界一周も体験したとなると、ほんとに僕の理想とするカッコいい父親に近づくことができる気がする。

よし、これでほんとに決まりだ!

これからのことをまとめると、まず僕はこれから来年の年末(2006年の年末)まで約1年4ヶ月、この新しい場所で弾き語りを頑張りつつ、生活を限りなく節約してお金を貯め、そのお金で2007年の初めあたりから1年間の世界一周の旅に出発し、日本に帰ってきたらそこからは第二の人生を始めるべく、何らかの新しい仕事で再スタートを切る、ということである。

今までずっと将来の事を考えることから逃げ続けてきた僕にとっては、このように少しでも自分の人生のこれからのプランを立てれたということは、すごくすごく大きな前進であり、また大きな「虹」でもあるのだ。

ほんと、何がきっかけで人生変わるか分からない…。

元はといえば、こんな事を考えられたのも、あの事件がきっかけなのだから。

とにもかくにも、2005年9月、僕は心機一転大きな夢と野望に胸をふくらませて、新しい場所で弾き語りを再スタートさせたのである。

しかし、そうはいっても現実はなかなか思いどうりには進まないのであった。

僕に、ある異変が起きてから…。

つづく…。

          俺、誕生日おめでとう。

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