青春リタイア
なにをかくそう本日2006年11月4日はわたくしたかゆきの30歳の誕生日であります!
パチパチパチ。
ああ、ついに30代突入…。
そして、20歳から始めたこの仕事も10月で10年目に入っちゃいました。
パチパチパチ。
んー。
これは、喜んでいいことなんでしょうか?(苦笑)
さて、ところでみなさん、ちょうど2ヶ月くらい前に4回にも分けて書かせてもらった「ノーレイン ノーレインボー」の話を覚えてくださってるでしょうか。
あの出来事が起こったのが1年とちょっと前。
今日から、30歳記念として、あの出来事から今までのその後の1年間について書いていきたいと思います。
またいつものようにひたすら長くなってしまって、何回かに分けて書くことになっちゃうかもしれませんので、どうかのんびりとお付き合いください。
(初めての方はご面倒ですが、まずノーレイン ノーレインボーな話を参照してください。)
新しい場所で仕事を始めた28歳の僕は、それと同時に自分のこれからの人生についても深く考え始めた。
20歳から一人で始めたこの特殊な仕事。
気が付けばもう丸8年。すぐに9年目。
以前にも何度か言ったが、僕はメジャーデビューとかそういうものを目指して現在この仕事をやっている訳ではない。
もちろん、始めた頃はそれなりの夢や希望を持って無我夢中に頑張っていたが、途中でそういった才能が自分には無い事をはっきりと自覚し、それからは完全にこの弾き語りを「お金を稼ぐための仕事」としてとらえるようになったのだ。
そしていつの間にか日々の生活に追われ、将来の事など考える余裕もなくなっていった。
いやむしろ、余裕とかの問題じゃなくて、意識的にそういう事を考えるのをずっと避けていたのかもしれない。
おそらく怖かったのだ。
現実を見るのが…。
一生家庭を持ってまで、この仕事を続けることなんて出来ないのは初めから重々分かっている。
いつかは見切りをつけなければいけない。
見切りをつけて新しい何かを始めなければ。
けれども、今の僕に一体何が出来るんだろう?
20歳から今まで、まともに社会にさえ出たことのない僕に。
そして一体、僕は何をすれば自分に満足出来るんだろう?
この仕事を始めたことで、僕は今まで少し人と違った人生を歩んできたと思い込んできた。
自分で選んだ道だけど、そのことが逆に僕を卑屈にさせ、と同時にいびつな形の頑固なプライドを生んでしまったのだ。
ここまで来て、もう引き返すことはできない。と。
自分の人生にどうしても納得したい。そして後悔したくない。と。
かといって、そのためには具体的にどうすればいいのかなんて全く考えつかないし、想像もできない。
プライドが強い反面、ものすごい臆病な僕は、そのことで将来にすごく恐怖心を覚えてしまう。
だから、極力何も考えないようにする。
すべて後回しにしてしまうように。
幸い、まだ20代の僕は、何も考えず今の仕事をただガムシャラにこなしていれば、生活は維持され、確実に明日はやってくる。
そして僕は何事もなかったかのように、またいつもの仕事に向かうのだ。
ただ、そうしているうちにも、立ち止まったままの僕を置き去りにして、日々は容赦なく流れていく。
結局そんなこんなの繰り返しで、ただ時間に身を任せたまま、ここまでやってきてしまったわけである。
いまだ人生の設計図は描けないまま…。
けど、今回のおっさんの一件で、やっぱりこの仕事は普遍的で安定したものでは全くないということを、嫌というほど思い知らされてしまった。
そして、今回と同じような事が二度と起こらないというような確証はどこにもないのである。
やはり、年齢的にも9年目という時期的にも、ここらでちゃんとこれからのことを真剣に考えておかなければいけない時が来たのだ。
これはチャンスといえば、チャンスである。
今までたいして大きなトラブルもなくそれなりに安定してやってこれたせいもあって、後回し後回しにしてきたけど、今回あんな事があったからこそ、そういう風に思えたのだから。(決してあのおっさんのおかげなどとは思いたくないが…。)
さあ、仕事の場所も新しく変わったことだし、心機一転怖がらずに、今度こそ真剣にこれからのことについて考えようではないか。
まず、僕には将来の「夢」みたいなものはあっただろうか。
正直、将来どうしてもなりたい職業とかは今のところないけれど、他に、昔から変わっていない夢は1つだけある。
それは、いい父親になるという事。
こんなことを言うと、話が漠然としてて飛躍しすぎだと笑われてしまうかもしれないが、これは小さい頃からの確固たる夢だから仕方がない。
僕は4歳の時に父を事故で亡くしており、それからは母親一人の手で育ててもらったんだけど、それが別に不幸だったとかそういう話ではなく、やはり小さい時に父親がいないと、自分の中で理想の父親像みたいなものが勝手に頭の中に出来上がってしまうものなのである。
その頭の中で描いた理想の父親に、将来僕がどうしてもなりたいのだ。
そのためにはまず温かい家庭を作らなければいけない。
温かい家庭とは、別にお金がたくさんある家のこととかではない。
たとえつつましくても、みんな仲良く笑顔の絶えない家庭のことである。
そりゃあお金がたくさんあるにこしたことはないが、そんな家庭なら、裕福だろうがそうでなかろうが、子供は絶対に幸せなはずだ。
そういうたぐいの幸せを自分の子供には味わわせてあげたいのだ。
現在独身の身でこんな状況の僕がそれを言うのは、やはり少し話が飛躍しているようにも思えるが、誰が何と言おうと、そしていつになることかはわからなくても、それが僕の人生の最終目標なのである。
ただ、今の僕はまだまだ自分の人生だけで精一杯で、結婚なんてことすら考えられない。
かといってこんな不安定な仕事を続けていては、いつまでたっても前にも進むこともできない。
だからこそ、とにかく早いうちにこの仕事にケリをつけて、まずは自分の為だけの人生というものを一旦リセットさせなければいけないのである。
リセット…。
正直、20歳から今までの8年間には僕は何の悔いも残っていない。
逆に、ふつう人が味わえないような体験ばかりしてきて、すごくすごく誇りに思っている。
はっきりいって、素晴らしい青春だった。
ただ、せっかくのそんな素晴らしい青春、ちゃんときれいに完結させたいわけである。
そういえば僕は、今までに何かやり残した事はなかっただろうか。
うーん。
あっ、そうや、世界一周や!!!
この言葉を思い出した時、僕の頭の中には雷に打たれたような衝撃が走った…。
僕にはまだ、世界一周という大きな大きな夢が残っていたのだ。
僕は以前から、何年も前に日本一周の旅をしたことがあると言ってきたが、そういえばあの日本一周は実は世界一周の旅への布石にすぎなかったのである。
昔から僕はこう考えていた。
世界一周したという若者の話はたまに耳にするけど、彼らは大抵、まだ日本のこともよく知らないまま先に世界を見に行ってしまってる。
もちろん、それはそれでいいんだろうけど、実際は先にちゃんと日本の事を知っておいてから世界を見たほうがよっぽどいろんなことが分かって素敵なんじゃないだろうか。と。
その考えが頭にあって、僕は日本一周をしたんだった。
日本一周したことで満足してしまってて、すっかりそのことを忘れていた…。
よし、決まりだ。
今までの青春の総決算として、僕は1年間くらいかけて世界一周をしよう!
いわば、今まで仕事を頑張ってきた事へのご褒美であり、卒業旅行でもある。
そうすれば、もう自分のしたかったことに何の後悔も残らないし、何の言い訳もできない。
そして、世界一周から帰ってきたら、いさぎよく何らかの職について、夢に向かって第二の人生をスタートさせようではないか。
調べてみたところによると、1年間世界一周しようと思ったら、だいたい最低100万円から200万円はかかるらしい。
しかし、今まで目標のないだらしない生活を続けてきただけあって、現時点で貯金はほぼ無いに等しい。
とにかくちゃんとした貯金を今すぐ始めなければ。
今は2005年9月(当時)。
キリのいい来年の2006年の末までは約16ヶ月ある。
僕の仕事は、もし新しい場所でも今までのように順調に儲けることができたとしたら、仕事をさぼったりせず、生活をきちんと節約さえすれば、計算上は16ヶ月あればぎりぎり200万円は貯めることが出来るはずだ。(あくまでも計算上の話。)
さらに、僕は確か1997年10月にこの仕事を始めたので、2006年の末までやるということはちょうど足かけ10年この仕事を続けたことになるのだ。
これはなんとも、ほんとにキリのいい話である。
どんな仕事であれ、1つの事を(20代全部を費やして)10年間やり遂げたというのは、これからの自分自身へのすごい自信にもつながるし、貴重な財産にもなるだろう。
さらに将来、自分の子供にも誇りをもってそのことを話す事ができるし、その上、日本一周や世界一周も体験したとなると、ほんとに僕の理想とするカッコいい父親に近づくことができる気がする。
よし、これでほんとに決まりだ!
これからのことをまとめると、まず僕はこれから来年の年末(2006年の年末)まで約1年4ヶ月、この新しい場所で弾き語りを頑張りつつ、生活を限りなく節約してお金を貯め、そのお金で2007年の初めあたりから1年間の世界一周の旅に出発し、日本に帰ってきたらそこからは第二の人生を始めるべく、何らかの新しい仕事で再スタートを切る、ということである。
今までずっと将来の事を考えることから逃げ続けてきた僕にとっては、このように少しでも自分の人生のこれからのプランを立てれたということは、すごくすごく大きな前進であり、また大きな「虹」でもあるのだ。
ほんと、何がきっかけで人生変わるか分からない…。
元はといえば、こんな事を考えられたのも、あの事件がきっかけなのだから。
とにもかくにも、2005年9月、僕は心機一転大きな夢と野望に胸をふくらませて、新しい場所で弾き語りを再スタートさせたのである。
しかし、そうはいっても現実はなかなか思いどうりには進まないのであった。
僕に、ある異変が起きてから…。
つづく…。
俺、誕生日おめでとう。
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