2011年2月13日 (日)

ラブレター フロム ジャパン

すみません!

ついつい始めたばかりのツイッターに夢中になってしまって、肝心のブログがおろそかになってました!

えっと、こちらでの報告は随分遅れちゃいましたが、おかげさまであれから僕は無事に世界一周旅行をスタートさせることができ、今はアルゼンチンの「イグアスの滝」付近の街にいます。

そして、毎日色々ありますが、とりあえず元気です!

今のところインターネットが繋がる宿は多いですし(大分遅いけど)、夜は結構時間があるので、そろそろこのブログも完結に向けて再び進み始めなきゃいけませんね。

とりあえず手始めに、今日は旅の話を少しだけさせてください。

 

えっとね、日本を出る前に、母親からある手紙というかメモ書きを貰ったんです。

それを僕はこの旅にもちゃんと大事に持ってきているんですが、

そこには、今後のこの旅、いやひいては今後の僕の人生さえも左右するような、貴重な貴重な言葉達が書き綴られていました。

せっかくなので、みなさんにもそれを紹介したいと思います。

みなさんも是非、今後の人生の参考にしてみてください。

これが、その手紙です。

 

Img_8443s_2

 

かなりの走り書きで拡大しても読みにくいと思うので、一応僕が大体の雰囲気を書き写しておきます。

 

「パーティー(人の集まるところ)は早めに行くのはだめ。10分から30分遅れること。アメリカ

中東では女性の後ろに立つのはタブー。
ドアを開けてあげるのはだめ。

お酒を飲むとき、目上の人の前では横を向いて飲む。韓国

サウジアラビア 指をたてるのはだめ。

中国人は、時計を送ることはその人の葬式をのぞんでいるということ。
手鏡もだめ。あなたはブサイクという意味。

ブラジルではアゴに手をあてててはいけない。

ロシアは、女性にバラは送ってはいけない。 花の偶数は渡してはいけない。」

 

…えっと(笑)、

どこでこんな情報を仕入れてきたんかとか、なんでオカンはいつも赤ペンで書くのかとか(参考→こちら)、そういうことはよく分からないけど、

とにかく僕は、この世界一周で、

ダンスパーティーには遅れて行って、女性の前に立ってドアを自分で開けさせて、その子の横を向いてお酒を飲んで、握りこぶしで、時計と手鏡を叩き割って、おでこに片手をあてながら、ロシア美女に3輪のアマリリスの花を贈ってプロポーズします!

 

おかん、ありがとう!

これでやっと俺も一人前の男になれます!

 

 

ああ、宝物がまたひとつ増えたなあ。

 

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2011年2月 1日 (火)

Bon Voyage

さあ、今日から世界一周に出発です。

本当にこの日がやってきましたね。

僕は、この旅のために友達からたくさんのせん別をもらいました。

 

まず、みんながお金を出し合って買ってくれた格好良いバックパック(60-70L)。

Img_7235s_3  

 

次に、少し小さなバックパック(30L)。

Img_7245s

このバック、たたむと何とこんなに小さくなります。

Img_7244s_3

 

街歩き用のたすき掛けカバン。

Img_7254s_2

このカバンも、たたむと小さくなります。

Img_7248s_3 

 

完全防水な上に、山も街もどこでも歩ける、「カメレオン」っていう名前の靴。

Img_7261s 

 

街歩きの、格好良いサンダル。

Img_7265s 

 

防水で、世界時間対応の腕時計。

Img_7260s  

 

ヒートテック各種。(この写真以外にもたくさんもらいました)

Img_7234s  

 

ネックレス。

Taka_amas  

お守り。

Img_7252s  

 

世界のお金各種。

Img_7231s 

 

他にも、僕の旅のためにわざわざオリジナルソングを作ってくれた友達、

このブログの読者の方で、何とわざわざミオロールの店「nardas ナーダス」に僕へのせん別を託してくださった優しい方、

他にもいろんな形でせん別をくださった方々、

などなど、

僕は本当に周りの人々や友達に恵まれています。

 

 

いつもありがとう。

僕は今回、あなたたちの想いも一緒に連れて世界中を旅してきます。

 

じゃあ、行ってくるね。

 

 

 

 

Img_7268s 

 

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旅の詳細は、1,2年後日本に帰って来た時に、新しいブログを立ち上げてそこに書き綴りますが、今どこにいるかなどの大まかな情報は、今後下記のTwitter(ツイッター)の方でつぶやいていきたいと思います。
よろしければ今後またチェックしてみてください。
そして、このブログはまだもう少し続きます!

 

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明日があるなら

先週、僕はひよこ先生の所でも最後の診察を受けてきた。

実は、医療保険との兼ね合いで、旅から帰ってきても今後は余程のことがない限りひよこ先生に診察してもらうことはできない。

つまり、今回は、もう僕の「うつ」は治癒しましたよという確認をもらうための診察でもあったわけだ。

 

 

ひよこ先生
「いよいよ、世界一周ですね。」

 

「はい。けど、もう準備やら何やらで最後まであまりにも忙しすぎて、正直それを実感する余裕も全く無いですけど。(苦笑)」

 

「ははは、そうか。それは大変でしょうね。

じゃあ、まあとにかく、今回はお薬も出さずにこれで治癒っていうことにしておきましょうね。」

 

「…はい、先生。今までほんとにありがとうございました。

ここまで来れたんはほんまに先生のおかげやと思ってます。」

 

そんなつもりはない、全くそんなつもりはなかったんだけど、この時僕は、自分の頬に涙が伝っていることに気付いた。

そして同時に、そんな自分に驚いて、それがまた更なる涙を呼んでしまった。

ここに来るのがもう最後かもしれないということを少しでも考えたのが大きかったのだろうか、

そこからの僕は、もう堰を切ったように思い出や感情が次から次へと溢れ出してきて、結局何度も嗚咽しながら言葉を続けた。

 

「正直ね、2年半前に初めてここに来た頃には、口では『病気を治していつか世界一周する』なんて言ってましたけど、ほんまにこんな日が来るなんてことは想像すら出来てませんでした…。

それを、先生にはほんとによくしてもらって…。

僕ね、他の病院に行くのはすごく憂鬱で嫌いなんですけど、電車に乗ってここに先生に会いに来るのだけは全然苦じゃなかったんです。

むしろ、楽しみやったくらいで…。

もし先生に出会ってなかったら、僕は多分世界一周なんて到底実現できてません。

それどころか…。

あのね、ほんとに先生は僕の人生の…、

恩人なんです…。

ありがとうございました…。

ありがとうございました…。」

 

溢れる涙で言葉に詰まる僕に対し、

ひよこ先生はいつものようにただ優しく笑っていた。

 

「いやいや、私は何にもしてませんよ。

頑張ったのはたかゆきくんです。

たかゆきくんはほんとに頑張りましたもんね。

長い間お疲れ様でした。

気を付けて世界に行って来てくださいね。」

 

 

この後僕は、赤く腫らした目ですぐに受付に向かうのが恥ずかしかったので、もう少しだけひよこ先生と談笑して、旅のお守り代わりに先生の写真を撮らせてもらったりしてから、何度も何度も深々とお辞儀をして診察室を出た。

 

でも、せっかく時間を掛けて受付に向かったのに、いつもの受付のお姉さん二人と最後の挨拶をしている内に、結局僕はまた感極まって涙を流してしまう。

この二人にも、色々な複雑な手続きを手伝ってもらったり、いつも僕の診察時間のわがままを聞いてもらったり、長い間ほんとにお世話になったのだ。

そして、大人気無く涙を流す僕に対して、なんと彼女達二人も涙を流してくれた。

 

「私達も、いつもたかゆきさんとお話するのがすごく楽しかったです…。

寂しくなりますね…。

どうかお気を付けて行かれてください。」

 

「はい、気を付けて行って来ます。

じゃあ、今までほんとにお世話になりました…。」

 

そして僕は、もう一度深々とお辞儀をして、病院を出ようとした。

 

が、その時、

受付のお姉さんの一人が、立ち去ろうとする僕に対して遠慮がちに声を掛けてきた。

 

「あのー、場に水を注すようで申し訳ないんですけど、たかゆきさん、今日のお金をまだ頂いてません…。」

 

…あ。

 

 

 

この後、一転、受付は僕達の大きな笑い声で包まれた。

ここが心療内科であることがまるで嘘のように。

他の患者さんも何事かと驚いたことだろう。

でも、きっとあの人達も、いつか、いつの日か、こうやって心から笑える日が来ると思う。

それを今僕が証明している。

 

そして、僕はあの病気からここまで回復したけど、こういう根本的なドジなところなんかは何も変わっていないのだ。

 

それでいい。

それでいい。

 

 

 

ひよこ先生、今まで長い間、ほんとにお世話になりました。

先生の優しい笑顔は、どこに行ってもずっと忘れません。

 

 

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今日が出発日。
どうにかして、出発までにもうひとつだけ日記を書きたいと思います。
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2011年1月29日 (土)

祭りのあと

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(昔、長年歌っていた場所)

 

Img_7021s
(ここ数年歌っていた場所)

 

20歳から今まで14年間続けてきたこの弾き語りの仕事。

先のことはまだ何にも分からないが、とにかく昨晩無事にその幕を閉じた。

最後だから、有終の美というかなんというか、声がすごく出るんじゃないかと漠然と期待していたんだけど、昨晩は面白いほどに声が出なかった。

一番悪い時に近かったんじゃないかと思うほど。

なんでだろう。

去年の年末なんかはすごく出てたんだけどなあ。

でも、もしかしたら、僕はもう一生分の歌を歌い尽くしてしまって、体がこれ以上歌うことを拒否しているのかもしれない。

だって、この14年間で僕はそのぐらい膨大な量の歌を歌ってきたから。
(しかも同じジャンルばっかり、ほとんどが熱唱)

 

 

とにかく、

色々あったけど、長い間本当にお疲れさま。

 

君は頑張った。

 

それだけは、俺自身が一番よく知っている。

決して誰にも否定はさせない。

何より、自分のタイミングで、自分の意思で、この仕事を終えることができて良かったね。

さあ、自信を持って、次のステージへ歩き出そうか。

 

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2011年1月28日 (金)

大切なお知らせ

いつも更新を楽しみにしてくださっている方、また、世界一周出発までにこのブログがほんとに完結できるのかヒヤヒヤしてくださっていた方、

大変申し訳ありません。

ご覧の通り、やっぱり出発までに完結というのは到底無理みたいです。

 

旅の大まかな準備は今まで時間をかけて少しずつ進めてきたつもりだったんですが、直前の細かな準備というものがまさかこれだけやることが多いものだとは思わず、

正直最近は、体にも心にも全く余裕が無い状態で、一つの記事を書くのに相変わらずものすごく時間がかかる僕としては、ちゃんとブログに向き合う時間をとることができませんでした。

加えて、まだ言っていませんでしたが、実は今回の旅はおそらく1年以上続く長い旅ということで、今まで長年住んできたマンションも完全に引き払って出発するので(つまり帰ってきても家がない状態)、それに関する作業も並行していまして、

もちろんこちらも大変で、もう自分の計画性の甘さにホトホト呆れ果てています。

 

 

ただそれでも、ここまで4年半も頑張って続けてきたこのブログに関しては、どうにか最後まで完結させたいという気持ちが相変わらず強いので、

自分で出発までには何とか終わらせるという大風呂敷を広げておいてすごく恥ずかしいんですが、ここで思い切って考え方を変えて、旅に出発してからも、全ての話を書き終えるまではこのブログをしばらく続けたいと思うんです。

具体的に言うと、この旅にはWi-Fi対応のモバイルパソコンも持っていくので、時間のある時(寝る前など)に宿屋などで文章だけは書いておいて、ネットにつながる機会があれば、その時にブログをアップしようと思います。
(完結までに書く話というのはもうすでにほぼ決まっているので、そこに添付する予定の写真やデータは先に日本で用意していきます。)

 

でも、ブログはなるべく旅に負担や悪影響が出ない程度に書いていきたいので、もしかしたら結局完結までにはすごい月日がかかってしまうかもしれません。

もうすぐ完結してしまうからという理由でこのブログを応援や宣伝をしてくださった方々には本当に申し訳ないですが、どうかそこの部分だけはご理解いただきたいです。

 

 

と、

なんだか真面目に説明してきましたが、

せっかくここまで来たら、後はもう暗いことは考えずに楽しく出発しなきゃ意味がないと思うので、

これからは、頭を完全に入れ替えて、全て前向きにシフトチェンジしていきたいと思います。

  

 

うひょー!

あと4日で、ついに夢の世界一周に出発ーー!!

この時点でやらなきゃいけないことがまだたくさん残ってるなんて、超ウケるー!

しかも、ブログも結局完結できなくて、旅の間もこのまま続けるだなんて、最高ー!

だって、またしばらくみんなと繋がってられるじゃないー!

・・・・・・・・・・・・。

もー!

そこは嘘でも「嬉しい」って言ってくれたらいいじゃなーい!

ただ、

このブログでは、もう残った過去の話ばっかりを書く予定だから、旅中の詳細などにはほとんど触れないかもー!

世界中を旅してるのに、何事もないかのように日本の過去の話ばっかりするって、超シュールでウケるー!

でも、旅の大まかな情報やその他もろもろは、気軽につぶやけるように噂のツイッターを開設したので、興味のある方はそちらをお気軽にフォローなりブックマークなりしてくれたら嬉しいですー!

たかゆきツイッター →こちら

わー、ブログもままならないのにツイッターを始めるなんて、こいつ超頭おかしいー!

 

 

とにかく今回、ブログを含め、色々と予定通りにはいきませんでしたが、

旅が始まればもっともっと予定外の出来事の連続だと思うので、「今回はその予行演習だ」ぐらいに思って、

これから先はあまり神経質になりすぎずに、臨機応変に、全てののトラブルをケセラセラと笑い飛ばせるぐらいの男になっていきたいと思います。
(多分無理でしょうけど…。笑)

 

そんなわけで、時間はすごく遅くなってしまったんですけど、今日は最後の金曜日ということで、ちゃんと自分にけじめをつけるためにも、今から数時間だけでも、この14年間の最後の仕事をしてきたいと思います。

行ってきます。

 

わー、でも今日外めっちゃ寒いー!

世界一周出発前に凍死とか、超ウケるー!!

 

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今まで温かい応援ほんとにありがとうございました。
結局予定通りにはいかず、もうしばらくこのブログは続くことになってしまいましたが、もしよければこれからも、この先の「たかゆき」を応援し続けてくだされば嬉しいです。

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2011年1月16日 (日)

パジャマストーリー 2

「パジャマストーリー 1」からの続き… 

 

パジャマが組長さんの息子。

いくら彼が自分で言い出したこととはいえ、

初めにそれを聞いた時、僕は驚くよりも先に、色んなことが妙に納得できた気がした。

なるほど、パジャマは組長の息子だからこそ、こんなだらしない格好やとぼけた感じでもなんとかヤ○ザをやっていけているのか、とか。

いつも組長のことを「親父」「親父」って呼んでたのは、てっきりヤ○ザが組長を呼ぶ時のあの特有の呼び方かと思ってたけど、パジャマの場合は本当の親父さんの意味でもあったんだな、とか。

組長さんも、きっとパジャマのことはダメ息子だと思っていて、その素行には手を焼いているんだろうな、とか。

パジャマがいつも一人でいるのは、他の組員も、彼と連れ立っても変に気を遣うだけで、あんまり得は無いって分かっているからなんだろうな、とか。

とにかくパジャマは、いつもやることが無くて暇だからここに来るんだろうな、とか。

 

まあ、これはもちろん全部僕が勝手に想像しただけのことなんだけど、

それでも僕は、とにかくパジャマが組長の息子だということを、特に疑うこともなく、自然と信じることができたのである。

 

 

ただ、そのことを僕に告げてからというもの、なんだかパジャマ自身の態度も少しずつ変化してきた。

なんというか、僕に対して高圧的になってきたというか、偉そうになってきたというか。

もちろん、ヤ○ザだからそんな態度は当たり前といえば当たり前かもしれないけど、

パジャマの場合、今までの行動や風貌が全くヤ○ザっぽくなかったから、その変化はやはり僕にはすごく心地悪いものに感じた。

具体的に言うと、

「お前のことはもう何年も前から知ってるんや。お前がここで無事に商売できてるのは、俺がいつも組に口をきいたってるからやぞ。」

などと突然言い出したりとか、

「もし俺に歯向かったりしたら、これからはショバ代払わすからな。」

と怖い顔でちょっぴり脅してきたりなどなど。

 

わー!

このままいくと、僕にとってどうでもいい存在だったはずのパジャマが、僕の仕事をおびやかす歴(れっき)とした一人のチンピラになってしまうー!

わー!

パジャマがジャマにー! (注;僕はダジャレが嫌いです)

 

 

それにしても、一体彼は何が目的なんだろう。

こちらから聞いてもいないのに自ら組長の息子であることを急に明かしてきたり、それ以来段々と高圧的な態度になってみたり…。

単なる気まぐれだったらまだいいんだけど、もしかしてこの変化には何か別の意味があるんだろうか。

なんだか少しだけ嫌な予感がする…。

 

 

しかし、それからしばらくすると、僕の予感は最悪な方向に的中してしまう。

ある日、パジャマが実際に僕にお金を要求しだしたのだ…。

 

 

つづく…。

 

 

P.S.

僕の世界一周の旅の最初の訪問地であるブラジル「リオデジャネイロ州」の山間部で、11日から12日にかけて豪雨による大洪水が発生し、今現在500人以上の方が亡くなり、1万人以上の方が避難、ブラジルでの過去最大規模の惨事となっています。

正直、なんでこんなタイミングでピンポイントで「リオ」なんだ、というやるせない気持ちはありますが、やはり今はただ1日も早い現地の復興をお祈りしています。
(リオの中心部からは数百キロ離れた山間部での洪水なので、旅に出発できないというわけではありません。)

ブラジルに少しでも笑顔が戻ればいいんだけど…。

 

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2011年1月11日 (火)

みそ煮込みうどん

「名古屋」の続き…

 

ただいまです!

結局あれから、うどんをみそで煮込んだ料理を食べて帰ってきましたよ。

 

Img_6985s_2

 

この料理、実は「みそ煮込みうどん」という名前の料理で、その名前からは全く想像できないんですが、なんとビックリ、うどんがみそで煮込んであるんです!

めちゃくちゃ美味しかったです。

みそ味でした!

 

 

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こんなことを書いてる暇があったら、
早くブログの続きを書けって思うでしょ。
うん、僕もそう思います。(笑)

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名古屋

名古屋のブラジル総領事館でVISAの申請をするために、名古屋なう。

そして、このブログを始めて4年半で初めて携帯から更新してるなう。

ちゃんと更新できてるのかが心配なう。

 

実は今まで言ってなかったけど、僕は名古屋で生まれて、5歳まで名古屋に住んでいたかこ。(←「なう」の過去形バージョン)

だから、名古屋は一応僕の故郷なんだがや。

まあ、あんまりにも昔の事なんで、知り合いとかは全然いないけどみゃぁ。

 

さあ、申請も無事終わったし、今日は大阪でもまだまだやることがあるだで、エビフりゃぁとか味噌カツぁでも食って、とっとと帰るにゃぁ。

僕はほんとは名古屋弁なんて全く喋れないから、何だかさっきからふざけてるみたいに思うかもしれないけど、実際のところ、ほんとにふざけてるだけなのであまり気にしないてほしいだがや。

さあ、またあのシャチホコ(高速バス)に乗って大阪に帰るらい!(←「なう」の未来形)

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2011年1月 9日 (日)

パジャマストーリー 1

4年前にここで、「仁義なき戦い」(全4話)という日本一周中の思い出話を書きましたが、

実はああいった怖い方々とのトラブルっていうのは、この十数年、他にも何度かありました。

そりゃやっぱり、飲み屋街での仕事ですもんね。

ただ、あの「仁義なき戦い」の話は、僕の人生の中でも大きな武勇伝というかなんというか、とにかく一応は結果的にハッピーエンドになった話だからこそここで書かせてもらったんですが、

実際はというと、もちろん他のトラブル全てがあんな風にハッピーエンドで終わるというわけではありません。

中にはグダグダなまま終わってしまう話もいくつかあるわけです。

そこで今日は、そんな中でも、

結末は少し中途半端なんだけど、それでも忘れることは出来ないという思い出話をさせてもらいたいと思います。

久しぶりにかなり長くなってしまうかもしれませんが、なんとか最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。

ただ、最後まで読み終わった時に、「中途半端や!」とは怒らないでくださいね。(笑)

 

 

 

それは、3年ほど前の話。

ある晩、40歳近くの一人の男が仕事中の僕の横に腰かけた。

 

わあ、また来たで…。

 

 

実はこの人、その何年か前から知ってるチンピラさんだ。

いや、チンピラというかなんというか、とにかく僕が歌っている飲み屋街を取り仕切る大きな暴力団の一員だ。

 

 

で、なんで僕が彼の事を知っているのかというと、

何年か前のある日、彼が僕の前をたまたま通りかかった時に、彼の方から話しかけてきたのだ。

なんだかよく分からないけど、初対面なのに突然、

「今日はもう親父はここを通ったか?」

などと訳の分からないことを聞いてきた彼は、その時、

ノーネクタイで少しダラっとしたスーツを着ていて、スキンヘッド。

もちろん見た目はサラリーマンとかではなさそうなんだけど、かといってスキンヘッドのわりに少しとぼけた顔をしているので威圧感などは無く、今の訳の分からない質問も相まって、

僕は、色んな意味での「危ない人」がやって来たと、ただ単純に思った。

 

でもよく話を聞くと、なんと彼はヤ○ザさんらしく、

なんでも、僕に「組長はここを通ったのか」ということを聞きたかったらしい。

 

ヤ○ザ?この人が?

その雰囲気から正直初めはそう思ったけど、本人が言うんだからしかたがない。

 

ただそれにしても、いくら僕が何年もここで歌ってるからといって、そんな暴力団組長さんの顔なんて全く知らないし、ここを通ったかどうかなんて事ももちろん分からない。

正直に僕がそう伝えると、

「そうか。」

と言って彼は僕の横に腰かけた。

 

 

…え?何?

もしかして、ここでその組長を待つつもり?

うそー、嫌やで、そんなん。

俺、超仕事やりにくいやん!

 

 

というか、

この人、近くで見ると、益々すっとぼけた顔をしている。(笑)

同じヤ○ザでも、あの時の岩手県のヤ○ザとはえらい違いだ。

 

しかし、いくらすっとぼけた顔をしてるとはいっても、やはりヤ○ザが横に座ってるというのは決していい気分なものではない。

しかも、もしかしたらこの後、この弾き語りに「いちゃもん」がつけられる可能性もあるわけで、

僕も変に緊張して身構えざるを得なかった。

 

 

でも実際はというと、この後とくに怖い事が起きるわけでもなく、

彼は何故だか組の内部事情のような話を、こちらから質問したわけでもないのに自慢げに延々と話し続けるだけで、

僕は仕事を中断したまま、ただ黙ってそれを聞いてるしかなかった。

あの派閥とこの派閥がどうだとか、この前こんなトラブルがあったとか、親父がどうだとかこうだとか。

 

知らんがな…。

猛烈に興味がない…。

 

しかも、彼はひとしきり一人で喋り終えると、おもむろに立ち上がり、そのままどこかへ立ち去って行ってしまった。

 

え?組長は?

結局待ってたわけじゃないの?

じゃあ、一体何やったんや今の時間は…。(苦笑)

 

とにかく、それが僕と彼との初対面だった。

 

 

それからというもの、彼は数ヶ月おきぐらいにふらりと僕の元に現れるようになった。

僕は気に入られてしまったんだろうか。

ただ、彼の格好がスーツ姿だったのは結局初めの1回目だけで、

それからは、彼はヤ○ザだというのに何故かいつも普段着で現れ、しかもその普段着というのが大抵だらしなく、時にはどう見ても部屋着にしか見えないことさえあったから(実際には部屋着では無いと思うが)、

それ以来僕は、勝手に心の中で彼の事を「パジャマ」と呼ぶようになった。(笑)

 

 

パジャマはいつも一人でやって来た。

そして、僕の横に座ると、相変わらず組の中の話を自慢げに話したり、他愛も無い世間話などをしてそのまま立ち去っていくのだった。

さらに、パジャマは、例えヤ○ザといえども、その見た目も含め、やっぱりどこか抜けているところが多かったので、

僕はだんだん彼に対する免疫が付いてきて、いつしか、彼が来ても歌う事を止めないほどになっていった。

つまりは、歌の合間合間に彼の話を聞いてあげるだけというか。

そして、お客さんが来ても、もう当たり前のようにパジャマの目の前でお金を入れてもらっていた。

 

なんというか、

もちろん彼が横に居ると相変わらず少しは緊張するし、邪魔である事に変わりはないんだけど、

かといってパジャマは今のところ僕の商売に文句を付けてくるようなことも無いので、

もう彼の存在がどうでもよくなっていたのである。

そう、

この頃の僕にとって、パジャマはどうでもいい人だったのだ。

 

とにかく、2人のそんな関係は1年ぐらい続いた。

 

 

でも、1年を過ぎたあたりから、なんだか状況が少しずつ変わっていった。

それは、ある時何かの話の流れで、パジャマが実は組長の息子であるっていうことが判明してからである…。
(まあそれも、彼が自分で言いだしたことなんだけど)

 

 

つづく…。

 

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2011年1月 6日 (木)

「S」 5

「S」4からの続き…

 

S助さんのフォークソングバーかぁ。

S助さんはもう十分にお金を持ってはるから、きっとお金儲け主義のお店ではないんやろうな。

カウンター席だけの小さなバーで、奥のスペースでは俺がフォークソングを歌っている。

そこには、夜な夜な、S助さんの仲間達や、40代から60代ぐらいの世代のお客さんがやって来て、俺の歌を酒のあてに昔を懐かしむ。

わー、なんかいいなあ。

しかも、歌に自信の無い俺でも、フォークソング限定で、昔を懐かしむという意味の演奏ならば、なんとかやっていけそうな気がする。

だって、今までだって正しくそういう仕事をしてきたわけやもん。

うん、むしろ適任や。

でも、待てよ。

このバーをオープンさせる夢っていうのは、具体的にいつぐらいの話なんやろう。

俺にはまず世界一周っていう大きな夢があるから、それまでに実現してしまっても困るしなあ。

いや、まさかそんなすぐって話でもないやろうし、覚えてはるかどうかは分からんけど一応S助さんにも前に世界一周の夢は語ったわけやから、一番いいのは、1年以内ぐらいに俺が世界一周に旅立って、そこから帰ってきてからのオープンっていうパターンやな。

しかも、世界一周から帰ってきた後の人生のプランはまだ何にも決まってないから、もしそれが実現したら新しい人生の始まりにもなるかもしれんわけやし。

うわー、なんかすごいなあー。

S助さんと出会ったことで、俺の人生ガラッと変わっていきそうや。

そんでやっぱり、そのバーでは俺だけが専属で歌って、ギャラもS助さんのことやから、他の仕事をしなくてもそれだけで生活していけるぐらいの額を頂けるんやろか。

もしそうやったら、いくら俺が将来歌手を目指す予定や自信が全く無くても、その仕事を続けていくうちにきっとS助さんとの信頼も深まって、そこからS助さんがらみの他の新しい道が生まれる可能性もあるかもしれんしな。

わー、この先の人生、やっぱりなんかワクワクする!

でもまあ、それにはまず、このパニック障害を治して、少しでも早く世界一周を実現させんとな。

よし、頑張ろう!

 

 

 

今考えると、あんなメールのたった一文で、

ギャラがどうこうだとか、人生が変わりそうな気がするだとか、

ほんとに僕は気が狂っていると思う。

どこまで自分に都合のいい、勝手な妄想なんだろう。

まだ何にも始まってすらいないのに…。

 

でも、恥ずかしいかな、これがあの時の僕の現実だったのである。

僕はしばらくの間、本当に妄想の世界を泳いでいた。

僕にとって、それほどS助さんという存在は大きかったのだ。

 

 

 

ただ、実際のS助さんはというと、

やっぱり一般人の僕の妄想なんて軽く超えて、しかもそれが何の意味もなさないほどに、もっともっととんでもない行動力を持っていた。

これが、何事にも一流たる所以なのだろうか。

だって、あのメールからたった2週間ほどしか経たないうちに、さっそく次のこんなメールが届いたんだから…。

 

「今、フォークソングバー実現のために、心斎橋で俺が寿司屋をやっている隣のビルを買いに来てます。安藤忠雄が設計したかっこいいビルです。でも、なかなか交渉が大変ですわ。」

 

 

…ビ、ビル。(汗)

 

 

「S」6につづく…。

 

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