2010年11月28日 (日)

恥ずかし日記

今日は、随分昔にも一度触れた、僕が日本一周の旅をしている時につけていた古い「旅日記」の中から、少し気になった話を抜粋したいと思います。

 

この旅日記は、いつか周りの色んな人に読んでもらう前提で書いていたので、

個人日記というよりは、どちらかというと、このブログと同じく万人に向けた文章の書き方になっていて、

おそらく、みなさんにも今とあまり変わらず、違和感なく読んでいただけると思います。

 

そして今回は、

一人旅バージョン、2002年1月19日(火)~31日(木)の日記の一部を抜粋します。

僕はこの時、広島にいて、次に福岡に向かおうっていう日の夜の場面からです。

では、

別に全く大した話ではないので、お気軽にどうぞ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

2002年1月19日(火) 広島

     ・
     ・
     ・
     ・

さあ、広島おわり、おわり!

福岡に向けて出発!!

 

…お気づきになったかもしれませんが、わたくし、かなり広島をはしょっています。まったくもってハショリズムでございます。

わけがあります。

まだ言ってませんでしたが、実はわたくし、福岡で木曜日のお昼に約束があるんです。それを思い出したんです。

白状します。

 

わたくし、旅前まで、友達の家で、人生初のパソコンなるものにはまっておりまして、はまってるって言っても、それはYahooのとあるチャットでして、そのチャットは何と、声でチャットが出来るという優れものでして、全国の見知らぬ人どうしが何人も集まって、まるで電話のようにおしゃべりができるというもので、それはもう楽しいひとときなんでございます。

そこで知り合った女性がございまして、その人は福岡在住の22歳の学生さんでして、一カ月ぐらい前から意気投合しておりまして、わたくしも、この旅の事を話したんでございます。

そうすることによりまして、話の流れで、わたくしが、ジョーダンっぽく

「じゃあ、1月31日の木曜日の昼の1時に、大濠公園(福岡の有名な公園)の前のミスタードーナツの中に、俺がおるから、暇やったら来てや。」

と申しますと、初めはホントにジョーダン話だったんでございますが、10分ほどお互いこのジョーダン話を続けていますと、相手方もだんだんその気になってこられて、

「私もかなり本気になってきちゃったじゃないの。完全に日時も覚えちゃったよ。」

などと申すようになり、さらに、

「けど、私が気合を入れてほんとに行ったとしても、実は、タカユキ君の方がいなかった、なんてことになるんでしょ。」

と申しますので、

「じゃあ、どっちにしろ、福岡は必ず通るから、俺は絶対におるようにするわ。1時間くらい本でも読んどくわ。だから、来ても来んでもどっちでもいいで。」

と返しますと、

「そんな風に言われたら、私も絶対行くしかないじゃなーい。もーう、じゃあ、私もその日は空けておくね。木曜の1時ね。」

なんて、答えるのでございます。

それはもう…。

ねー。

けど、ひとつ、声を大にして言いたいのは、

会ったからといって、決して、変な下心があるわけではございません。ほんとに、ほんとに。

ただ、その待ち合わせの行為自体を楽しんでるだけなのです。ほんとか、ほんとか?

 

まー、どっちだっていーじゃーん。

地球が滅びるわけでもないしさー。

あはははは。

 

そんな訳で、わたくし、福岡に急いでおります。前回も来た広島なんぞに、長居している場合ではございません。

まだ2日もあるのにと思われるかもしれませんが、わたくし、ここ2日、風呂に入っておりませんので、明日は、福岡のカプセルホテルに泊まって、ゆっくりしたいのです。

会う時には、せめて小ぎれいでいたいのです。

ダメ?

 

なんや、こいつ、本気やん。と思われた方。

その言葉、口に出さずに、そっと心にしまっておいてやってください。

彼も、根はいい奴なんです。

あんまり、いい青春時代をおくってないみたいなんです。

 

   (中略)

     ・
     ・
     ・
     ・

2002年1月30日(水) 福岡

 

午後4時には西新という場所のカプセルホテルのチェックインして、1日、ほんとにダラダラと過ごす。

夜、折りたたみ自転車で、「天神」という福岡の中心地に出て、本屋で小説を何冊か買った。

村上春樹 「ノルウェイの森 上・下」
太宰治 「斜陽」
花村萬月 「ゲルマニウムの夜」

旅中、暇な時に読もう。

  ↑↑
お、なんか日記らしい。

 

2002年1月31日(木) 福岡

 

いよいよ約束の日である。

朝10時にカプセルホテルをチェックアウトする。もちろん、なるべく小ぎれいな姿で。

さあ、1時まで何しよう。

 

こういう時、3時間というのはベミョーに長い時間である。

とりあえず、旅に出る前に大量にもらったリンゴを朝めしがわりにバクつき、車の中の掃除なんぞをしてみた。

 

それでも、まだ12時前。

あっ、もしかして待ち合わせって12時やったかも…。

うん、もしそうやったらあかんから、さっそくミスドに向かってしまおう!

   ↑↑
あー、なんて小心者で、かわいそうなおっさん(25)なんでしょう。
よしよし、お前の人生、いつかいい事があればいいね。

 

 

12時ちょうどに大濠公園前のミスタードーナツに着く。

さっきのリンゴで、まったくおなかはすいてなかったが、一応コーラとドーナツ1個を注文する。

中はそれほど混んでないので、なるべく入口が見えやすい席を選ぶ。

 

さあ、これで準備万端、シルビーバルタンや。

あとは、その子が入ってくるのを待つだけだ。

顔はだいたい覚えているし、俺の顔も分かってるはずだから。(前に一度メールで写真交換をした。)

とりあえず、昨日買った本でも読むことにする。

どれにしようかなっと。

村上春樹の「ノルウェイの森(上)」を選ぶ。

本をひらく。

 

「   第一章
 僕は三十七歳で、そのときボーイング747のシートに座っていた。その巨大な飛行機はぶ厚い雨雲をくぐり抜けて降下し、ハンブルク空港に着陸しようとしているところだった。十一月の冷ややかな雨が大地を暗く染め、・・・・・・・・・ 」

 

うんうん、なるほどねっと。

あっれー、おかしいなあ。

全然、本の内容が頭に入ってこないやー。

何か他の事に気がいって、集中できないみたい。

 

なっ、ほんっまに小さい男やろっ。

 

 

12時30分。

やっぱり、待ち合わせ時間が12時かもっていうのは、俺のカンちがいだったみたい。

そりゃ、そうだよねー。確かに1時って言ってたもんねー。(言ってたんかい!)

こらっ、フライングだぞっ、たかゆき。ぺロッ。(舌を横に出す音)

 

 

1時ジャスト。

さあ、そろそろ来るぞー。

 

…あれっ。

 

 

1時30分。

ちょっと遅れたのかな。

 

…することなくなってきたや。

 

 

2時。

泣いていい?

 

 

ハイッ、みなさんの予想通り、舞い上がってたのは、僕だけでした。

はいはい、分かってましたよーだ。

1週間も前のパソコン内での不確かな約束をしっかりと覚えて、実行しようとしてんのなんて、宇宙で、俺たった一人だけですよ、どーせ。

1日前から、福岡入りなんてしちゃってさ。必死じゃん。妙に想像ふくらましたりなんかしちゃってさ。くるってるじゃん。ダサイよねー。

 

もう1回だけ…、

泣いていい?

 

 

あー、もうこの話はおわり、おわりっ。

とにかく、俺は今、福岡におるんや。

お金もないし、金、土だけでも中州で弾き語りやっていこうかな。

そうしよーっと。

ランランラン。

 

  (中略)
    ・
    ・
    ・
    ・

 

なんにしろ、今日は、こんな所では寝れないわ。

脱出しましょ。

どっか、大きい24時間営業の店の無料駐車場にとめて寝ようっと。

 

とりあえず国道3号線まで車を出し、国道沿いを走ってみる。

何分か走ってると、24時間営業のインターネットカフェを見つけた。

ここの駐車場なら大丈夫そうだ。

車をとめる。

せっかくやから、ちょっとパソコンでもするか。

ということで、インターネットカフェを本当に利用することに。

あ、そうや、今日、待ち合わせに来んかった子のホームページ見てみよう。

そのホームページには、日記というコンテンツがあった。

もう夜中なので、今日の出来事が更新されていた。

きっと今日は、何か特別な事情があったんだろう。

とにかく読んでみる。

 

「 1月31日(木)

今日も何にもない日。1日ボーッとすごす。

あーあ、なにか刺激的なことないかなー。 」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・しつこいようやけど、これで最後にするから、寝る前にもう1回だけ、

泣いていい?

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

今回、僕がなぜこの話をわざわざチョイスしたのかは、

はっきり言って自分でも謎です。

 

ただ、ひとつだけ言えるのは、

色んな意味で、僕は何にも変わってないなあ

ってこと。(笑)

 

 

おわり。

 

 

P.S.

えっとね、

みなさんの温かい応援のおかげで、新しくこのブログを読んでくださる人が増えた影響か、

はたまた、ここ数日、ちょっとミーハーな自慢話のようなものを連続で更新していたからか、

最近また、

実際に僕の歌を聴きに行ってみたいので、歌っている場所を教えてほしい

という内容のメールをちらほら頂くようになってしまいました。

 

生意気なようで恐縮ですが、そういう方には、是非一度、僕が4年前にここで書いた

「繊細なお願い」

という文章を読んでいただけると助かります。

 

もちろん、お気持ちは十分に分かりますし、それは実際は本当にありがたいお申し出です。

だって、このブログを読んで僕に強く興味を持ってくれたからこそ、そうやってわざわざ現実に足を運んでくださろうとしているわけですもんね。

 

でも、実情はあの記事に書いた内容通りということもありまして、

どうか、その「歌を聴きたい」というありがたいお気持ちだけ受け取らせて頂くということでご勘弁ください。

 

加えて、これは少し前に書かせてもらっていたことですが、

実は、僕は未だに声があまり出ていない状態で仕事を続けています。

でも、このブログと同じで、丸13年続けてきた仕事をちゃんと完結させようと、自分なりに試行錯誤しながらなんとか頑張っているという状況なんです。

ですので、上の理由に加え、今はますますブログを読んでいるみなさんに自信を持って歌をお聞かせできる声の状態ではありませんので、

そこの部分も、どうかご理解いただきたいです。

 

現役のストリートミュージシャンが、それを題材にしたブログを書いていているくせに、歌は聴きに来てほしくない、

というのは、かなり自分勝手な事だと思われる人もいるかもしれませんが、

僕の場合、一口にストリートミュージシャンとはいっても、あくまでもそれはれっきとした仕事ですので、

いくらこれが仕事の事を中心に描いたブログだとしても、実際の「仕事」と「ブログ」はどうか切り分けて考えさせてください。

 

というわけで、元々ここで出会った方々には、

これからも、いちブロガーとしての「たかゆき」を応援して頂ければ幸いです。

 

人気ブログランキングへ
   ↑↑
…えっと、なんか、こんな話の後に何ですが(笑)、
やったー!9位キープできてるー!!
みんな、いつもほんとにありがとーー!!
まさに奇跡です!!
引き続き、1日1回応援クリックしてもらえると最高に嬉しいです!
目指せ、10位以内キープ!
いや、ここまできたら、もう9位キープ!!

|

2009年9月12日 (土)

fast car

みなさんには今までの人生の中で、忘れられない思い出の曲ってありますか?

僕にはありません。

おわり。

 

あ、違う。(笑)

 

えっと、実は僕にはそんな曲がいくつかあって、

今日はその中の1曲を紹介したいと思います。

せっかくだから、その曲と出会ったいきさつから説明したいんですが、

またいつものように無駄に長くなってしまうかもしれないので、

その点はもうこのブログの宿命だと最初から諦めておいてください。(笑)

 

 

 

 

2002年7月。

僕(当時25歳)は日本一周一人旅中で、

宮城、岩手、青森と太平洋側を北上した末に、

ついに北の果て、北海道にたどり着いていた。

大阪を出発してから半年以上、

鹿児島から北海道まで、

それはほんとに孤独な旅だった…。

 

 

この旅については3年前にも一度このブログで触れてるので、

まずは説明がてらそこから文章を転用します。

 

「僕が23歳の頃、大阪でのこの生活がすべてになり、当時僕の影響で同じ仕事を始めた親友の良元優作と共に日本一周の旅に出た。

Photo

このポンコツ軽バンで、寝泊りして、旅の費用は各地の飲み屋街で稼いでいくというもの。

各地でいろんなものを見、いろんな人に出会い、大阪での生活やこの仕事をいったんリセットしてしまおうという想いの旅だった。

二人はその時たぶん、現実から逃避したかったのだ。

だから長く旅に出ようと思っていた。

具体的にいうと、僕は「」単位になると考えていた。
ゆっくりとこれからのことを考えていく旅だと。

だから、大阪でいろんな事をギセイにして捨ててきた。
そうしないと、長く旅に出るケジメがつかないと思ったからだ。

けど、旅はたった3ヶ月であっけなく終わってしまった…。

僕が、途中で病気にかかってしまったからだ。

大阪に戻って手術しなければならなくなり、一旦、旅を中断させた。
はじめは、病気が治ればすぐに旅を再開させようと思っていたが、思ったより重い病気で、半年ほど家で療養しなければいけなくなり、その間に、二人とも周りの状況や、各々の考えが変わってきてしまったのだ。

結局、優作はもう旅には出ず、大阪で精力的に音楽活動を続けることになり、僕はといえば何事もなかったように、いつものお仕事“弾き語り”に戻っていったのだった。

なんだかなー。
優作にとっては、ちゃんと音楽がんばっていこうと決めれたわけやから旅が終わってよかったけれど、僕はなんなんやろう。結局、元のさやに戻っただけだ。
それも、旅を中断させてしまったという心残りを強く強く残したまま…。

その後も、僕はずっと、旅の不完全燃焼に執着しまくっていた
この旅をちゃんと完結させなければと。

そして、なんだかんだで2年後の2002年。

僕は一大決心をした。
やっぱり、今度は一人でもいいから、もう一回旅をやり直そうということで、またあのポンコツ車に乗ってひとりぼっちで旅を再開させたのだ。」

 

 

とにかく、そうして始まった一人旅だった。

 

ただ、二人旅の時もそうなのだが、この旅は一つの矛盾を含んでいた。

それは、

そもそも“お仕事弾き語り”を一旦リセットしようという目的の旅なのに、

旅の費用や大阪に残してきた部屋の家賃などを、結局各地での“お仕事弾き語り”で稼がなくてはならなかったというところ。

 

当時、僕は大阪での生活やこの仕事にほんとに嫌気がさしていて、

この旅では、何かこれからの人生の礎(いしずえ)となる新しい価値観や新しいものを見つけたいという強い願いを持っていた。

つまり人生を考え直したかったのだ。

それなのに僕は、大阪から遠く離れたここ北海道でも、

到着してから3週間ぐらいは結局資金稼ぎのために、札幌「ススキノ」(北海道最大の歓楽街)で夜な夜な“お仕事弾き語り”を繰り返していたのである。

 

あーあ、これじゃ大阪にいた時とやってることほとんど変わりないなあ。

一体これって何の旅なんやろう…。

 

自分で招いた状況とはいえ、

僕はこの旅の間中、常にどこかでそういうジレンマを感じていた。

 

 

 

それからなにより、この旅は孤独との戦いでもあった。 

前回の旅は、優作も一緒だったからいろんな感情を共有することができて、孤独なんて入り込む余地も無いぐらいただひたすらに楽しかったけど、

今回の旅の場合はその反動もあり、半年間も全く知らない土地土地を一人っきりで行動してきたから、

(もちろん楽しいこともたくさんあったけど)やっぱりやり場のない寂しさを感じることが多かったのである。

 

 

しかし、

そんな僕の孤独を少なからず癒してくれた存在もある。

それが、初めの写真にあったあの「車」である。

 

この車は、一回目の旅の時に優作がどこかから格安で譲ってきてもらった元々商用のミッション車なんだけど、

乗り古してあったので、かなりクセのあるポンコツ軽バンだった。

しかも、

実は僕が免許を取ったのは、なんとこの一回目の出発のたった2日前のことだったので、

この車が僕にとっての初めての車ということになってしまい、

最初のうちは教習車とは全く違うその独特の乗り難しさに随分苦戦したのを覚えている。

(免許取って2日後に日本一周を始める根性もある意味すごい。苦笑)

 

それでも、「ジュニア」と名付けたこのオンボロ車は、

それからというもの、一回目の旅、大阪での生活、二回目の旅と、

結局何年にも渡りずっと僕と行動を共にして、日本中色んな場所を駆け回り、

いつしかかけがえのない僕の相棒となっていったのである。

 

そして、

このジュニアには、移動手段という他に、宿泊施設という顔もあった。

だって、旅中はいつも後部座席を倒しそこに布団を敷いて寝泊りしていたから。

布団の他にも、簡単な洋服ダンスや、折りたたみ自転車、ギターや機材など、

とにかくジュニア全体が自分の家みたいな役割をしていたのである。

だから日本中どこの駐車場にいても、買い物やトイレなどから戻った時に、ポツンと一台だけ「なにわ」ナンバーで僕の帰りを待つジュニアを見ると、

少しだけでも心がホッと癒されたのである。

 

 

 

さて、話は戻って北海道。

2002年7月、ある日の夜中3時頃。

 

この日も僕はススキノで仕事を終え、北海道でのいつもの寝床である、道の駅「マオイの丘公園」に向かってジュニアを走らせていた。

ススキノからマオイの丘公園までは車で約40分ぐらい。

普段なら、弾き語りで疲れ切った体と心をクールダウンさせるにはちょうどいいくらいの距離だ。

しかし大阪を出発して半年、北海道に上陸してからもすでに2週間近く、

このころになると僕のジレンマはもう最高潮に達しようとしていて、

いつもの道の駅までの道のりもやたら長く感じられるようになっていた…。

 

ああ、今日も疲れたなあ。

けど、こんなとこまで来て、なんでまだ毎日のように弾き語りせなアカンねんやろ。

一体俺の目的は何や?

何のための日本一周や?

もう半年経つけど、

この旅で俺は何か見つけることができたんか?

新しい自分に生まれ変われたんか?

そもそも旅って何や?

ほんとは純粋に楽しめばいいだけちゃうんか?

俺は難しく考えすぎなんちゃうか?

あーあ、

全部よう分からんわ。

とにかく、今日は早く寝床に帰りたい。

全部忘れて早く眠りたい。

 

 

 

車は札幌市街を抜けて、やがて国道274号線へ。

しばらく走ると、いつのまにか周りには何の建物も無くなってしまう。

後はマオイの丘公園まで、北海道特有の果てしない一本道をまっすぐに進むだけだ。

S_006_3

(これは夕方の写真)

 

この時間帯(深夜)になると対向車もおらず街灯も無いので、

僕の視界にはもう、一面に広がる夜空とヘッドライトに照らされた真っ黒なアスファルトしか映っていない。

ある意味、壮大で神秘的な景色だ。

 

しかしこういう景色の中にしばらくいると、

今度はふと、いつもの孤独感が顔を出してしまう。

僕は今や手慣れた動作でジュニアのギアを上げ、それを振り払うかのようにアクセルを踏み込む。

ジュニアも精一杯それに応えて、闇の中唸るようにスピードを上げていく。

「早く帰ろう、ジュニア。」

 

 

道の駅まであと15分。

ここで僕は、気分を変えるためにも軽い気持ちでカーラジオのスイッチを入れた。

流れてきたのは、矢井田瞳(ヤイコ)の「オールナイトニッポン」。

僕はアクセルを踏み込んだまま何気なくそれを聴いていると、

どうやらCMの後にヤイコがスタジオで生ライブをするらしい。

へえ。

特にヤイコ自身に興味があったわけじゃないが、「生ライブ」という響きにはすこし興味が沸いた。

そして、

CMが明けて、流れてきたのがこの曲だったのである…。

 

(注;携帯からは聞けません)

 

 

「fast car」

作詞・作曲:Tracy Chapman  日本語訳:矢井田瞳

 

You got a fast car

此処よりも遠くへ

二人で行くの

何処へ着いても此処よりはいい

失うものはない

あなたがそこにいればいい

失うとしても

きっと二人ならなんとでもなる

 

You got a fast car

此処から出てゆきたい

お金ならいくらかあるわ

少しくらいなら食べられそう

行き先は選ばない

エゴもなければ利己もない

そんな土地で仕事を手に

見つけたいの 生きてく意味を

 

You got a fast car

あの空までなら飛べるかな

旅立つのかそれとも

ここで死ぬのか決めましょう

 

この車なら行ける

行きましょうよ

酔えるくらいのスピードがいい

広がる一面夜景と

包む腕が優しかった

あー私はあなたのもの

あー生まれ変われそうなの

Be someone ,be someone…

 

(一部抜粋)

 

 

 

この曲を最後まで聴き終えた僕は、

心が震えて、涙が止まらなくなっていた。

目の前の景色やタイミング、その時の心境などがあまりにも曲とリンクしていたから…。

まるで、今この曲に出会ったのが運命じゃないかと思うほどに…。

 

もちろん、全てが僕の状況を表していたわけではない。

そんなことは分かっている。

けどその時の僕には、ほんとに様々な事が頭を巡り、

まるでヤイコがジュニアの助手席に座って、一言一言僕だけに語りかけているようにすら思えたのである。

知らない曲を聴いてこんなに世界に入り込んだのは初めてのことだ。

何なんだろう、この感覚は。

 

うまくは言えないが僕は、この曲に

全てを「許された」気がしたのだ…。

 

それは、

僕にとって、そしてこの旅にとって、ほんとに大きな意味を持つことだった。

 

 

 

次の日、僕は急いで札幌市内のCDショップに向かい、この曲について詳しく調べた。

 

それによると、この「fast car」という曲は、

元は1988年に発表されたトレイシー・チャップマンという有名黒人女性シンガーの代表曲で、

それを今回矢井田瞳が自身の日本語訳でカバーしたもので、

数日後に発売予定のnewシングル「アンダンテ」のB面にカップリングされているとのこと。

 

当時僕は、恥ずかしながらトレイシー・チャップマンという存在を知らず、

ラジオでは、完全に矢井田瞳のオリジナル曲だと思い込んでこの「fast car」を聴いてしまったので、

この日はなんとなくオリジナルの方のCDを買う気にはなれず、

やっぱり数日待ってヤイコのシングルの方を購入することにした。

 

アンダンテ Music アンダンテ

アーティスト:矢井田瞳
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:2002/07/10
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 

 

 

そして数日後、CDを手に入れた僕は、

この後結局北海道をぐるりと一周して旅が終わるまでの約1ヶ月間、

まるでエンドレスリピートのようにこの「fast car」をジュニアの中で流し続け、

いつのまにかこの曲は、僕の旅を象徴するテーマソングのようなものになっていったのである。

 

 

 

と、

これが、僕と僕の大切な曲「fast car」との出会いの話。

 

あれから7年。

今でも僕はことあるごとにこの曲を聴き続けている。

ジュニアは廃車になってもういないけど、

ドライブする時なんかは必ずといっていいほど。

 

果てしなく続くあの一本道。

一面に広がる夜空。

若き日の苦悩。

熱い想いをたぎらせた青春の日々。

ジュニアとの生活。

様々な出会い。

別れ。

 

そういったものたちを、この「fast car」は瞬時に思い出させてくれるから。

今となっては全てが僕の財産だ。

 

 

 

 

 

2009年9月12日。

32歳になった僕は、今日も部屋で一人この曲を聴いている。

そして、

毎日うつと闘いながらも、今度は世界一周を夢見ているのだという。

25歳の君はそんな今の僕を見て、何を思うんだろう。

「何も変わってないな」と笑うんだろうか。

 

 

 

P.S.

案の定長くなっちゃいましたね。(苦笑)

けどこの「fast car」は僕にとってほんとに大切な曲で、

どうしてもサラリとは紹介したくなかったので、しょうがないです。

あ、もちろん、オリジナルの方もめっちゃいい曲ですよ。

けどもし僕と同じようにこのヤイコの方の曲に興味を持たれた方がいらしたら、

これはどのアルバムにも収録されてない曲なんで、シングルの「アンダンテ」を探してみてくださいね。

とにかく、

この文章を読んで、この曲を聴いて、

一人でも多くの方にあの時の僕の気持ちを共有してもらえたら嬉しいです。

 

人気ブログランキングへ
  ↑↑
たかが1クリック。されど1クリック。
その1クリックが今はほんとに僕を励まします。

|

2007年2月20日 (火)

仁義ある戦い 最終章

続き…

(今回、ものすごーく長いので、先に言っておきますね。苦笑)

怒鳴りちらすアニキ。

謝りちらすA。

ビビりちらす僕。

仲間はずれのB。(笑)

そんな状況の中、ひとしきりアニキに謝っていたAが、突然携帯電話を耳から離し、それを僕に差し出してきた。

え!?

何?

何ですの…?(汗)

「アニキがお前にかわれって。」

わ、

わわ…。

そ、そんな…。

あんなに怒ってらっしゃる方と…?

なんと殺生な…。

ああ、やっぱり結局そうなっちゃうのね…。(涙)

けどもう、ここまで来たら後戻りはできない。

元はと言えば、僕が「事務所に連れて行け」なんていう無茶なお願いをしたんだから…。

逆に、事務所に行く手間が省けたぐらいに考えればいいじゃないか…。

電話なら、直接危害を加えられることもないんだし…。

とにかく、覚悟を決めて、僕は電話を受け取る。

「あ、あのー、お電話かわりました。どうもこの度は…、」

「お前かコラぁ、

さっきそこで歌っとったヤツは!!!!

$%&#☆@*¥!!!!

全部丸聞こえなんじゃ、ワレ!!!

@¥?%#*★⇒!!!!

そんでなんや、

調子乗ったことぬかしやがって!!!

☆#*@&¥%$!!!!

事務所つれてけやと?おお!!

¥&☆$#*@%!!!!

ヤ○ザなめとったらあかんぞコラぁ!!

%@*&★?↑$!!!!

来たかったら来いや、

そのかわり海沈めてまうぞ、ワレ!!

★→@#*%$=☆♪?&!!

♪+*$÷☆#@¥%!!!!

電話をかわるやいなや始まった、耳をつんざくほどのあまりにも殺気立った文字にもならないアニキの怒号は、この後も「埋める」だの「殺す」だのありとあらゆる脅し文句を織り交ぜながら、(もちろん僕が割って入るスキもなく)延々と続いた…。

わあ、脅し文句の宝石箱や~!(彦摩呂談)

しかしまあ、恐ろしい。

とんでもなく恐ろしい…。

いくら電話とはいえ、やっぱりアニキともなると、このチンピラ達とは迫力が全く違う。

文章ではなかなか伝わりにくいとは思うが、ほんとにすごい迫力なのだ。

事務所にさえ行けば何とかなるかもしれないと思っていた僕の考えは、どうやら甘すぎたようだ。

電話だけでも、震えが止まらないじゃないか…。

ただ、そんな中、ぶるぶる震えながらも、実際は僕の頭の中だけはフルスピードで回転し続けていた。

普通なら、さすがにここまで恐ろしいと、さっきまでの「覚悟」もどこかに吹き飛んで、もう全面降伏してしまいたくなるはずなのだが、頭をあまりにも急いで動かしすぎてブレーキが利かなくなっていたんだろうか、何とここにきてまだ僕は

何とかして、どこかに活路を見い出そうとしていたのである…。

ああ、どうかしている。

この時の僕は、本当にどうかしている…。

ヤ○ザ相手に、どこまであきらめが悪いんだろう…。(苦笑)

お願い!誰か、彼を止めてあげて…。(笑)

とは言っても、僕が考えていた活路というのは、そんなまったく攻撃的なたぐいのものではない。

ひとつ、気付いた事があるのだ…。

それは、アニキがなぜか「関西弁」だという事実。

ここは岩手県なのに、関西弁まるだし…。

これは、アニキが関西出身で、いまだに関西に愛着を持っているということに他ならないのではないだろうか。

確かに関西人の中には、必要以上に、自分が関西人であることを誇りにもっている人がすごく多い気がする。

だから、とにかくまず下手下手に立ってひたすら謝り続け、途中アニキが少しでもスキを見せたら、ここぞとばかりにその「関西愛国心」をくすぐってしまうのだ。

アニキがほんとに関西人かどうかの確証はないし、うまくいくかどうかもまったく分からないが、やってみる価値は少しはありそうだ。

それから、何度も言うが、やっぱりどうしてもぬぐい切れないこの「昭和の極道映画」の空気感…。

ものすごく恐い反面、あまりにも現実離れしすぎている体験なので、心のどこかでこれが全て他人事のように思えてしまう自分がいるのである。

まるで、その映画の観客にでもなったかのような気分。

もちろん、そんなのんきな事を言っている場合でないのは重々分かっているのだが、どうしてもその感じだけはどこかぬぐい切れない…。

だからいっそのこと、それらをミックスして、まずはできるとこまで下手下手に立って謝り、頭の中ではハッピーエンドの極道映画をイメージしながら、もう自分自身が映画の出演者になった気持ちでその役になりきって、義理や人情といった「仁義」をチラつかせつつ、なおかつ同時に相手の「関西愛国心」をくすぐってやろうというのだ。

そうすることで、少しは事態が進展して、何らかの活路を見い出せないだろうか。

そういう考え&作戦。

安易でしょ。(笑)

略して、

『まずはできるとこまで下手下手に立って謝り、頭の中でハッピーエンドの極道映画をイメージしながら、もう自分自身が映画の出演者になった気持ちでその役になりきって、義理や人情といった「仁義」をチラつかせつつ、なおかつ同時に相手の「関西愛国心」をくすぐってやろう』大作戦

もしこの作戦がうまくいかなければ、僕は今度こそほんとにどうなってしまうか分からないけど、そんなこと今この状況でいちいちリアルに想像してしまったら、恐ろしすぎてそれこそほんとに何にも出来なくなってしまう。

いっても、僕は所詮一般人

アニキ、口ではああ言ってても、まさかそこまでエグイことはしないだろう。

・・・・・・・・・・・・。

うん、しないだろう…。

しないだろうね…。

しないと思うよ…。

・・・・・・・・・・。

しないよね…。

・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・。

しないって、言ってーー!!(涙)

とにかく、アニキが散々怒鳴り続けている間、耳半分でずっとそんな事を考え続けていた僕は、この旅をなんとか続けるためにも他に方法がない今、これがいくら陳腐な作戦であれ、最後まで精一杯あがけるだけあがいてやろうと決心したのである。

そしてこの後、アニキの怒号に一瞬だけ沈黙ができた時、僕はさっそくこの作戦を開始した…。

たかゆき、さあGO!だ。

(ああ、緊張する…。みんな、応援してね。)

「はい、この度はまことに申し訳ありませんでした。
心からお詫びいたします。
僕は、大阪から流れてきて全国を行脚している途中の、ただの『流れ者』でございまして、歌を歌って日銭を稼ぎながらなんとかかんとかやっとその日の食事代と移動費をまかなってきている小さな小さな身分の者です。
今回は、ほとんどお金も無い状態で岩手県に突入してきてしまい、食うものも食わぬまま、そして右も左も分からぬまま、あそこで演奏を始めてしまいました。
いくら大阪から流れてきたとはいいましても、ここ盛岡には盛岡の掟(おきて)があるでしょうに、何を言っても僕の言い訳にしかなりません。
ほんとに申し訳ございませんでした。」

「当たり前じゃ!

そんなもん、何の言い訳にもなるか!

盛岡の路上で商売してる奴らは、みんなウチの組にショバ代払って、許可取って商売しとるんじゃ!

そんなどこぞの骨かも分からん奴に、簡単にここで商売させるか、ボケ!!」

「僕の場合はそんな商売といったような大それたものではありませんが(ウソ)、確かにこの旅を続けるには、歌を聴いてくださる方から少しでもお気持ちを頂かないとやっていけないものなので、商売と言われれば商売といわれても仕方がないかもしれません。
けど今回、もう資金の無い状態まで来てしまいましたので、志半ば(こころざしなかば)ではございますが、ここ盛岡で旅は終わりとし、なんとかして大阪に戻るほかないようです。
もちろんこれは、自分で招いてしまった結果なので、いたしかたありません。」

「お前の事情なんか知ったこっちゃあるか!

とにかく、ここでは歌われへんねんから、とっとと片付けて、その場から去れ!

これ以上あんまりゴチャゴチャ言っとたら、ほんまに承知せんぞ!

それかお前、ほんまに事務所に来て、どエライ目に合わしたろか?おお?」

あ、あれ?

全然ウマいこといけへん…。

ヤバイなあ…。(汗)

こうなったら、イチかバチか、もうこっちから無理やりにでも仕掛けていくしかないな…。

「はい、もうおっしゃる通り、すぐにでも片付けようと思っています。
どうも今回は僕なんかのためにほんとにお手間をとらせました。
ところで、最後にひとつだけ質問させていただきたいんですが、もしかしてそちら様は、大阪出身のお方ですか?」

「おお!?

・・・・・。

そうや、大阪や…。

なんで分かるんや?」

わっ!

明らかに口調が変わった!

これはチャンスや!

あー、ドキドキする。

頑張れ、俺!

(しかし、「なんで分かるんや?」って、そんなもん誰が聞いても分かるっちゅうねん…。苦笑)

「はい、先ほどから、そちら様が大阪弁でしゃべってはったもので…。
僕も大阪を出発してもう長いので、お叱りを受けながらも、失礼ながらすごく懐かしい響きだなあと感じておりまして…。
なんだか、場違いな質問で、申し訳ありませんでした。」

「そうか、ワシ、いつの間にか大阪弁出とったか…。

普段は出してへんつもりやねんけどな。

興奮して、つい出てもうたんやな。ハハ。

けどな、兄ちゃん、大阪とか他の地域ではどうやってきたかは知らんけど、大阪に比べたらここ(盛岡)はいろんな意味で閉鎖された、所詮小さな田舎街や。

端から端まで全部、ヤ○ザが取り仕切っとんねん。

そんな、カタギの人間が好きなようにできる街じゃないんや。

それだけは覚えとき。

悪い事は言わんから、今日はおとなしく帰り。

な。」

すげー。

さっきまでとは完全に別人や。

ものすごい穏やかな人になってるで。

けど、それでもやっぱり、無理なものは無理なんやなあ。

ああ、もうひと押しっぽいねんけどなあ。

ここまできたら、あとちょっとどうにかならんもんかなあ。

「そうですよね、その地域地域によって、いろいろと事情は違いますものね。
そんな事情を、下調べもせずに旅を始めてしまった自分が、今すごく恥ずかしいです。
長く続いてきたこの旅が終わってしまうのは、すごく悲しいですが、これもひとつの勉強と受け止めて、またイチから出直します。
まあ、やっぱり今はすごく悲しいですけどね…。」

「ところで、兄ちゃん、いくつや?」

「え?
あ、25歳です。」(当時)

「そんで、大阪のどこや?」

「あ、はい、えーっと、『京橋』です。」
(ほんとは少しだけ違うが、分かりやすい駅を言ってみた。)

「おお!

京橋かいな!

ワシ、昔、住んどったがな。

懐かしいなー。

そうか、京橋かいなあ。

ほおおー。」

わお、奇跡のビンゴや!

ビックリ!!

これは、ここにきて、かなりの好感触やで。

いけー、たかゆき!

「はい、僕、京橋です!!」

「そうかそうか、京橋か。

若い頃は俺もな、あのへんでずっとヤ○ザやっとって、ほんでちょっといろいろとあってな、逃げるように岩手に流れてきたんや。

ああ、懐かしいなあ。

涙でてくるわ。

けど兄ちゃん、あれちゃうんか、京橋はヤ○ザもんいっぱいおるから、そんなとこで商売ちゃんとできとったんかいな?」

「いや、僕大阪では、京橋じゃなくて、ずっと○○で歌歌ってたんです。」

「○○っていうたら、もっとヤ○ザ多いやろうに、なんも言ってこんかったんかいな?」

「はい、○○では、おかげさまで組の方に温かいをかけていただいていまして、特別に目をつぶっていただいていました。(ほぼ、ウソ。)」

「ほお、そうなんか。

ところでお前、さっき事務所に連れてけみたいなこと言うっとったらしいけど、ほんまに事務所に来て、どうするつもりやったんや?」

「いや、先ほどはもう無我夢中で、何がなんだか分からなくなってしまっていて、とにかく事務所にさえ行ければ、何とかなると思い込んでしまっていたんです。
お恥ずかしい…。」

「ははは。

お前、なかなかおもろいやっちゃな。

けど、そんなことしても何も変わらんから、これからはもうそんな危ないことやめとけよ。

な。

しかしまあ、25で、京橋を出て日本放浪中かあ。

そやなあ…。

何とかしてやりたい気もするわなあ…。

うーん…。

ちょっと待て。

今いろいろ考えるから、時間くれ。

うーん…。

・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・。」

しばし、沈黙が流れる…。

おおお!!

事態は今、明らかに目まぐるしく前進してるぞ!!

すごいぞ、たかゆき!

でかしたぞ、たかゆき!

ただ、この沈黙、妙に気まずい…。

急に黙った俺を、不審そうに見つめてくる、A・Bの視線がかなり気まずい…。(苦笑)

数十秒後、アニキが再び口を開く。

それはまさしく、奇跡の言葉達だった…。

「よし、決めた!

お前もう、盛岡のどこででも歌ってええぞ。

俺が今から、上のもんに話通してきたる!

もし、歌ってて、誰かにイチャモンつけられたら、
『T橋組のケンさん』からちゃんと許可もらってるって、言え。

文句あったら、ケンさんに言ってこいって。

な。

分かったか。

そんでお前、何日ぐらい歌ったら、金稼げるんや?」

「え?
あ、いや、まあ、一週間ぐらいいただければ…。」

「そっか、分かった。

一週間やな。

お前、一週間がんばれ!

いっぱい金稼ぐんやぞ!

な!

どこでも好きな場所で、いつでも歌ってええから。

そんで、なんかあったら、今言ったみたいに
『T橋組のケンさん』の名前出せ。

分かったか。

ちゃんと覚えとけよ。

な。

とにかく、そういうこっちゃ。

そんならちょっと、もう一回そこにおる若いもんに電話かわってくれや。」

「あ、あ、はい…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

僕は予想以上の急展開とこの結末にしばらく言葉を失ってしまったが、とにかく言われるがまま、状況を全く飲み込めていない不思議顔のAに携帯を渡した。

電話をかわったAは、アニキからいろいろと今回の話の説明を受けているようで、はいはいと何度も相づちをうっている。

しかし、しばらくするとAは、焦ったようにアニキにある反論を始めた…。

「けど、アニキ!

さっき、ニシダのアニキ(おそらく、また別のアニキ)からは、

『ちゃんとやめさせてこいよ』とかなりきつく言われておりまして…。」

するとその瞬間、

またもやAの携帯電話から、ものすごい怒鳴り声が漏れ聞こえてきた。
(しかも、今回は、何を言ってるのかまではっきりと聞き取れる…。苦笑)

「やかましい!!!!

俺がエエって言っとるんじゃあああーーーーーー!!!!!!!!!!」

ああ、下っ端のチンピラの人もいろいろと大変なのね。(笑)

この後、いまだ仲間はずれのBの横で、Aはただひたすら電話を相手に謝り続けていた…。
(なんか、さっきもこんな風景見たような気がする…。)

そして、電話が終わったAは

「まあ、アニキが言ったとおり、そういうことになったらしいから…。

後はよろしく頼むわ。」

と、少し気まずそうな表情を浮かべて僕に言い、

ようやく、二人はこの場から引き上げて行ったのである。

はあ、終わった…。

二人が立ち去った直後、僕は、今までずっと緊張していた全身の力が一気に抜けて、歩道の真ん中で人目も気にせずに、地面にへたり込んでしまった

ふぅ~…。

いやはや、まさかこんな結末が待っていようとは…。

自ら望み、仕掛けた事とはいえ、正直この結末は全く想像もしていなかった。

あんなに恐ろしいヤ○ザが、あんな陳腐な作戦に、見事に引っかかってくれて、

いつでも、どこでも歌っていいだなんて…。

ショバ代もなしに…。

さらに、頑張ってお金を稼げだなんて…。

はあ…。

なんだか、嬉しいやら変な緊張やらで、うまく頭で理解できない。

そしてなにより、今さらながらかもしれないけど、

ほんとにこんな感じのままでいいんだろうか、僕の旅は…。(汗)

とにもかくにも、元の演奏場所に戻った僕は、弾き語りを再開させたんだけど、やっぱり全然仕事には集中出来なかった。

歌っている最中、どうしても、さっきまでの出来事が頭をよぎってしまうのだ。

あれは、ほんとに現実だったんだろうか?と。

要するに、ポーっとしてしまう感じ。

お客さんを呼び止める時も同じ。

どうしても、集中できない…。

そんなチグハグな仕事が1時間ほど続いた頃。

再び一瞬にして、僕の中に鋭い緊張感が走ることになる…。

何と、

さっきのチンピラA・Bが、また僕の所に向かって走ってきたのだ!

ぎょ、

ぎょえ~!!

今度はなんですのん!?

やっぱり、歌っちゃだめだったの?

もう、嫌や~…。(泣)

しかし、たどり着いた彼らは、今回は僕を止めにきたわけじゃないようだった。


「お前、ちょっとここに住所と名前書けよ。」

「はい?」

来るやいなや、突然僕にメモ用紙とボールペンを差し出すB。

何がなんだかよく分からないが、理由を聞くのも、断るのも怖い。

「あ、分かりました。」

そして、何だかヤバそうなので、嘘の住所でも書こうかなあと迷っていると、Aが

「いいから早く書けよ。」

と、急かしてきた。

「あ、はい…。」

やっぱり、嘘の住所を書くのもそれはそれで後々怖いことになりそうだから、僕はしぶしぶ本当の住所と名前を書くことにする。

そして、それを書き終えた頃、ちょうどAの携帯が鳴った。


「あ、アニキだ。お前、出ろ。」

え、俺が?

もうさっきから、訳が分からん!

何なん、これは?

とにかく、僕は携帯を受け取り、おそるおそる「通話」ボタンを押す。

「あ、もしもし、
わたくし先ほどの大阪からやってきた『流れ者』ですけども…。」

「おお、兄ちゃんか。

今な、上のほうとも話付けてきて、全部やってきたったで。

思ったより、ちょっと大変やったけどな。ハハハ。

だからもう兄ちゃんは、なんも心配せんでもええわ。

それからお前、今ちゃんと住所と名前書いたか?」

「はい、一応書かせていただきましたけど…。」

「そうか。

それはな、何の為に書かせたかっていうとやな、ヤ○ザにもの頼む時は、普通はちゃんと『筋』っちゅうもんを通さんとあかんねん。

だからワシさっきな、お前のためにな、近くの酒屋で日本酒の一升瓶買うてきたったんや。

この酒にな、今書いた兄ちゃんの住所と名前を書いてやな、組の事務所の神だなに飾っとくわけや。

それが、ウチの組に兄ちゃんが『筋を通した』ってことの証(あかし)になるんや。

分かるか?

ヤ○ザに筋を通すっていうのは、そういうことなんや。

大事な事やで、覚えときや。

けど今回はな、それも全部俺がやっといたるから、兄ちゃんはなんも心配せんと、そこで歌っとき。

な。

そんで、さっき一週間って言っとったけど、もう話付けてきたったから、何週間でも、何ヶ月でも、納得するまで好きなだけ歌ってええぞ。

ほんま、何週間でも、何ヶ月でもええわ。

誰もジャマする奴はおらへんから、好きなだけやり。

けど兄ちゃん、これだけは約束しいや。

もうこの先、これからは絶対、ヤ○ザになんかにからんだらあかんぞ。

相手は、俺みたいな奴ばっかりやないねんから。

血の気の多い若い奴もいっぱいおるからな。

ロクなこと起きへんぞ。

大変なことになってから気付いても、遅いからな。

いや、ほんま。

まあなにわともあれ、とにかく今回だけはな、好きなだけ岩手でお金稼いでいき。

なんも心配いらんから。

な。」

この電話の後、A・Bも、今日一番初めの出会いからは絶対想像も出来ないような満面の笑顔で、

「じゃあ、頑張れよ!」

と手を振って去っていった。

ああ素晴らしきかな、仁義あるこの世界。

と、ここまでが、今回の岩手県盛岡での、僕とアニキとチンピラA・Bの物語。

この話は、5年も前の出来事なんだけど、書いてみて思ったのは、やっぱりかなり鮮明に覚えているなあという事。

はっきりとした言葉遣いや、チンピラの岩手なまりまでは、さすがに記憶に自信が無くて標準語に加工したりいろいろしたけど、後の事柄はいまだにその空気感まで肌に焼き付いている。

だって、こんな経験、人生の中で何度も味わえるものじゃないもん。

たぶん、これからも一生忘れられない出来事だと思う。

ただ、この話には、まだ少し続きがある…。

それは、

この後僕は、結局この日から3日間弾き語りをしたんだけど、やっぱり一番初めに感じたように、岩手県はなかなかお金が儲からず、他の地域の2分の1くらいの儲けにしかならなかったので、その3日分の儲けだけを持って、すぐに次の青森県に逃げて行ってしまったということ。(笑)

あれだけ苦労したのに…。

何週間でも、何ヶ月でもやっていいって言われてたのに…。

T橋組の事務所の神だなには、僕の名前入りの一升瓶が飾ってあるというのに…。

だって、やっぱり、あんまり長くヤ○ザさんのお世話になんかなっていたくないし、もう十分岩手県は堪能した後やったもーん。

逃げろー。(笑)

ああ、先に観光してて良かったっと。

何と恩知らずの25歳…。

何と礼儀知らずの25歳…。

ああ素晴らしきかな、仁義なき僕の旅。

(この後、旅が終わるまでずっと、あの時本当の住所を書いてしまったことを猛烈に後悔する小心者の僕がいたことは、言うまでもない…。笑)

こんなに長い文章を最後まで読んで下さって、ほんとにありがとうございました!

P.S.

ひとつ、謝らなければいけない事があります。

今回、実はこの最終章を更新する2日ほど前に、読まれた方もいらっしゃると思いますが、「第四章」として、今回の前半3分の1くらいの文章を一度更新しているんです。

しかし、あまりにも「つづく…。」ばかりが続くのが少し忍びなかったので、今回最終章としてすべてをまとめて更新し直したわけです。

けど、ありがたいことに、途中の第四章を更新した時点で、コメントを6つも頂いてしまいました。

今回、そのコメントを残したままにさせてもらっているので、分かりにくいですが初めの6つは、(「つづく…。」となっていた)第四章に対するコメントとなっています。

ご了承ください。

そして、ミミさん、さりなさん、かすみんさん、ayuさん、サンミケ宮さん、マスクさん、

せっかくコメントを頂いたのに、こちらの都合でややこしいことをしてしまって、ほんとにすみませんでした。

これに懲りず、これからもどうかよろしくお願いいたします。

ブログランキング

| | コメント (45) | トラックバック (0)

2007年2月11日 (日)

仁義なき戦い 第三章

続き…

「ちょっと待ってくださーい!!」

僕の大声に気付き振り返ったチンピラA・Bにとっても、僕が走って追いかけてくるなんてことは、まさに想定外の出来事だったんだろう、二人とも目を大きく見開き、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている。


「な、なんじゃい…!?」

「ハァ、ハァ…。
あの、僕、ここで歌を歌えなくなると、まったく身動きがとれなくなって、旅が終わっちゃうんです。
さっきも言いましたが、僕は大阪を出て、今日本一周の途中で、どうしてもこの大事な旅を終わらすわけにはいかないんです。
勝手かもしれませんが、どんなことでもしますんで、どうかあそこで歌う許可をいただけないでしょうか。
事務所に来いと言われるならすぐに行きますし、ほんとなんでもしますんで、どうかお願いします。
あ、そっか、とにかくまず事務所にお願いにあがりたいので、やっぱり僕をまず事務所に連れて行ってくれませんか!」

その時の僕は、無我夢中すぎて、確実に変な脳内麻薬でも出ていたんだろう。

「僕を組事務所に連れて行け!」だなんて…、

「私をスキーに連れてって!」じゃあるまいし…。(苦笑)

まったくもって、バカげている。

今冷静になって考えてみると、こんなに恐ろしい事はないじゃないか。

ただ、同時に、僕の心のどこかで、これだけ絵に描いたようなヤ○ザなんだから、逆にこちらも絵に描いたような「義理」「人情」で訴えかければ、ひょっとしてどうにかなるんじゃないかと思い始めていたことも少なからず事実である。

まさか、こんな事でを奪われるわけじゃないんだから、

何もせずに旅を終わらせてしまうよりはよっぽどマシだ、と。

いやあ、なんともワイルドな考えの旅である。

若いって、恐いね…。(汗)

さて、突然僕から想定外の申し出をされてしまった、チンピラA・B。

彼らにとってみれば、一度脅しつけておとなしくなったはずの子犬が、急に噛み付いてきたようなもの。

一般人を責め立てることに慣れている彼らも、逆に一般人から責められるなんてことはまずないんだろう、

明らかに、とまどっている…。

さっきまでの般若のような恐ろしい顔はどこかへ吹き飛び、困り顔でAとBはお互いの顔を見合す。


「お前、いきなりそんなこと言われても…。
俺達も、そんなことはすぐには決めれないんだよ!」

「そこをなんとかお願いします!
事務所に連れて行ってください!」

ますます困り顔のAは、渋い顔をしているBに、なにやらゴニョゴニョと相談しはじめる。

そして、どうやらひとつの結論に達したようだ。


「もう、分かったよ、分かった…。
じゃあちょっと待ってろ。
今、アニキに電話するから。」

お、

おお!

ヤ○ザが折れた!

こりゃ、すごい前進や。

人間、なんでもやってみるもんやなあ。

ん?

けど、アニキって誰…?

ああ、やっぱりもっとの人がいらっしゃるのね…。(涙)

ちなみに、今僕達が話をしているのは、大通りの歩道のど真ん中

行き交う大勢の人々は、このど・ヤ○ザ二人と怪しい若者一人の魔のトライアングルを、触れてはいけないもの・見てはいけないものとして、横を通り過ぎる時だけ急に足早になって、知らぬ顔で駆け抜けていく。

そりゃそうだ。

こんな恐ろしい三者面談に、誰も関わりたくはない…。(笑)

そんな中、その場でAは本当にそのアニキと呼ばれる人に携帯電話をかけた。

数秒後、どうやら電話がつながったようだ。

「あ、アニキですか!お疲れ様です!
あのー、今、例の路上音楽の件、終わらせてきたんですけど、どうもこやつ、大阪からやって来た『流れ者』と申していましてね、ここで演奏できなければ生きていけない、どうしても演奏させてくれと懇願してくるんですよ。
事務所にも連れて行け、と。」

Aがアニキに今の状況を説明する。

ドキドキ…。

(しかしまあAさん、よりによって、俺の事、「流れ者」って…。
そんな言葉、実際の生活の中では聞いたこともないですよ。
ほんとにどこまでも、昭和の極道映画の世界である…。苦笑)

すると、電話の向こうから、こちらにも聞こえてくるような大きな声の怒鳴り声が漏れてきた。

何を言っているかまでははっきりとは分からないが、とにかく相手がものすごく怒っている様子だけは明らかに伝わってくる…。

それに対して、Aはただひたすら謝りはじめる。

「はい、すみません!ほんとに申し訳ありません!」

ひえぇ、恐い。

恐すぎるよ…。

Aさん、何だかよく分からないけど、俺のせいでものすごく怒られてはりまっせ…。(汗)

顔も引きつってるし…。

どんだけ恐いねん、アニキ…。

ああ、俺、今から一体どうなんねんやろ?

今さらながら、異常に恐くなってきた…

もしかして、僕はものすごい過ちを犯してしまっているんじゃないだろうか…。

あのままおとなしく弾き語りを中断して、それからの事は後でゆっくり考えたらよかったのではないだろうか…。

ああ、俺の、バカ、バカ、バカ!

こうして、ここにきてやっと、僕の心臓の高鳴り本当のピークを迎えるのであった…。(←遅い!)

つづく…。

P.S.

ほんとは今回で全部書き切ろうと思っていたんですけど、やっぱり無理みたいです…。

情けない…。(苦笑)

いつも遅くてすみません。

けど、今度こそ、もう少し急いで書こうと思っているので、もうちょっと待っていてくださいね。

とは言っても、いつもの僕のことなので、確実な約束はできませんが…。

これまた、情けない…。(笑)

 

「仁義ある戦い 最終章」

| | コメント (26) | トラックバック (0)

2007年2月 3日 (土)

仁義なき戦い 第二章

続き…

二人とも、頭にこれでもかというほどのソリコミが入っていて、服装、見た目ともに、どこからどう見ても、ヤ・○・ザ♡。

逆にここまで見た目に分かりやすいヤ○ザというのは、今の平成の世、都会に住んでいればめったにお目にかかれないだろう、と思えるほどのいでたちなのだ。

まさに、昭和の極道映画のスクリーンから飛び出してきたようなお二人。

さすが、岩手。 (←のんきなこと言ってる場合じゃない!)

しかし考えてみると、今まで長い間この仕事を続けてきて、ヤ○ザ風の人やチンピラ風の怖い人々には何回か接してきたけれども、正真正銘の本物のヤ○ザさんが登場したのは、実際この時が初めてかもしれない。

とにかくその二人は、完全に僕をにらみつけて走ってきているわけだから、100%間違いなくターゲットは「僕」なんだろうなあ。

あ、ははは…。(冷や汗びっしょり)

とにかく完全にロックオンされてしまった僕は、聴いてるお客さんもいなかったので、慌てて歌を歌うのをやめた。

一体、今から何が起きるの…?

おしっこ、ちびりそう…。

いや、もう実際2,3滴ちびってる…。

すごい形相のチンピラA・B(以下略称)は、僕の前にたどり着くなり、僕をにらみつけたまま大きな大きな罵声を浴びせかけた。



「ぐおらあ、てめえ!!

どこのシマで、許可無く商売してやがんだ!コラ!

ウチの事務所はすぐそこなんだよ、てめえ!

さっきからお前の歌が全部聞こえてきてんだよお!

おお!?」

(確かナマっていたような記憶がありますが、ちょっと曖昧なので、ここでは標準語で書きます。)

ギターケースに張ってある、「大阪を出て、日本縦断中です」という紙を見て、も続ける。

「どっから来たかは知らねえけど、盛岡には盛岡のルールってもんがあんだよ!

ここで商売するには、ウチの組の許可が必要なんだよ!

分かったら、とっとと片付けろ、コラ!

よそ者だからって、あんまり調子に乗ってると、ぶっ殺すぞ、てめえ!」

ひ、ひえ~~…。

こ、こわいよ~…。(涙)

これって、現実やんな?

あまりにもの迫力で、ほんまにまるで、さっき言ったみたいに昭和の極道映画見てるみたいや。

自分のことやのに、何か自分のことじゃないみたい…。

悪い夢なら、覚めて!!

そもそも、岩手ってそんなに恐いところなの?

道で弾き語りすら出来へんの?

一体、他のストリートミュージシャンはどうしてるんだろう。

それに、商売、商売って、何でこれが商売ってすぐにバレちゃったのか…。

やっぱり、マイク使って歌ってるし、ギターケースにある程度お金を入れてるからかなあ。

きっと、岩手にはこういうスタイルの弾き語りがおらんのやろな。

(まあ他の地域にも、俺みたいなのはほぼおらんやろうけど…。苦笑)

まあとにかく、今はただひたすら謝るしかない。

僕が抵抗できるような相手ではないんだから。

それに、何といってもやっぱり、

恐すぎる…。(汗)

「いや、僕は今日本一周中で、大阪を出て盛岡に来たばっかりなもので、右も左もわからないまま、ここで歌い始めてしまいました。
ここにはここのルールがあるのに、何も分かっていないままで、ほんとに申し訳ありませんでした。
すぐに片付けますので、今日のところはご勘弁いただけないでしょうか。」


「大阪だか何だか知らねえけど、お前分かってんだろうな。
30分後にここに来て、まだお前がやってたら、今度はほんとにタダじゃおかねえからな!」


「マジでぶっ殺すぞ。」

「はい、すいませんでした。
とにかく、すぐに片付けますので。
ほんとにお手間を取らせました。」


「後でまた見に来るからな!
それまでに、消えろ!!」

そう言うと、A・Bはもう一度僕をギロっとにらみつけて、今来た道を今度はゆっくりと、いかにも分かりやすいTHE・ヤ○ザ歩きで肩で風を切りながら戻って行った…。

ふう…。

ああ、恐かった。

まだ心臓バクバクいってるわ。

しかし、やっぱり日本を一周もしてると、ほんまにこんな事って起きるんやなあ。

こんな経験なかなか無いで。

あんなに絵に描いたようなチンピラに、あんなに絵に描いたように脅しをかけられるなんて…。

まるで、漫画や。

けどまあ、お金を巻き上げられたり、暴力を加えられたりせんかっただけでもよかったわな。

なけなしのお金を巻き上げられたりしたら、それこそほんまに俺、路頭に迷うとこやもん。

・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・って、

あっ、

あかんわ…。

そういやあ、俺、ここ岩手県で儲けられへんかったら、今のままでも十分路頭に迷うんやった…。

どーしよー。

えらいこっちゃ…。

どーしよー。

けど、どう考えても、もう盛岡では弾き語りできそうもないしなあ。

うーん…。

困った。

ほんとに困った。

このままじゃ、旅が終わってしまう…。

チンピラが立ち去ってから、ここまでの間、約2,30秒

この後僕は、自分でも驚きの行動に出る。

今の僕には到底できっこないことだが、当時の僕の中で、旅中の普段とは違うテンションの高さと、どうしても旅を続行させたいという強い思いだけが、いつのまにか体を勝手に突き動かしたんだろう。

何と僕は、ギターケースを閉め、さっきのチンピラ二人を走って追いかけたのだ。

やっぱり、ここで弾き語りをすることを、どうにかして許可してもらうために…。

つづく…。

 

「仁義なき戦い 第三章」

| | コメント (16) | トラックバック (0)

2007年1月29日 (月)

仁義なき戦い 第一章

今日は、5年前の日本一周一人旅の時の岩手県でのお話です。

以前にも少しだけ説明したことがあるが、この日本一周の旅というのは、各地の飲み屋街や繁華街で弾き語りをしてお金を稼ぎ、そのお金で大阪に残してきた部屋の家賃旅の資金などをやりくりしながら移動していくという旅だった。

しかし、この旅の目的は半分以上「観光&心の洗濯」にあったので、別に毎日のように弾き語りをしていたわけではない。

一週間ぐらいまとめて弾き語りをして、次の一週間を観光にあてる、というようなサイクルを大抵は繰り返していたのである。

2002年6月の初め頃、僕は日本の太平洋側北上していた。

先日までに2週間以上宮城県を堪能していた僕は、次に岩手県に突入した。

通常なら、さっそく盛岡市(岩手県)の大きい繁華街や飲み屋街を探して一週間ほど弾き語りをするところなのだが、実はこの前の仙台(宮城県)の巨大飲み屋街「国分町」での弾き語りが予想以上大盛況で、今のところ僕にはまだ大分お金に余裕があった。

何度も言うが、旅の目的は「観光&心の洗濯」なので、こんな風にお金に余裕がある時まで、お仕事弾き語りなど、したくはな~い。

まっぴらゴメンだ。

だから今回は、まず岩手県を好きなだけ観光&堪能して、お金が無くなってきたところでやっと弾き語りをはじめようという、変則サイクルを採用することにした。

お金がなくなってから弾き語りをするなんて、

「初めての土地なので儲けることができる保証などどこにもないのに、ほんとに大丈夫かいな?」

と、今冷静になって考えると思うけども、その時の僕は仙台での成功が頭に残っていて妙に楽観的になっていたのである。

とにかくそういうわけで、さっそく僕は4000円近くも出して盛岡名物「わんこそば」を食べたり、

_025 _026 _027 
(当時の写真そのものをデジカメで撮ったので、画質は少し粗いです。大きく見るためには各写真をクリックしてみてください。)

「小岩井農場」をまわったり、

_028 _068_1 _029

「げいび渓」と呼ばれる渓流をで下ったり、

_030 _031 _083

「厳美渓」と呼ばれる不思議な渓谷の遊歩道を馬車に揺られて渡ったり、

_067 _032 _033

日本三大鍾乳洞のひとつ「龍泉洞」を探検したり、

_057 _036 _037

宮沢賢治の故郷「花巻市」で彼のことを勉強したり、

_038 _040 _069

「浄土ヶ浜」と呼ばれる美しい海岸に行ったり、

_041 _042 _066

「巨釜・半造」と呼ばれる断崖にある景勝地に行ったり、

_043 _084 _044

釜石市の「大観音」を拝んだり、

_058 _085 _059

大昔、が残していったと言われるなんともうさんくさい「手形」を見たり、

_079 _080 _081

前沢市で「前沢牛博物館」に入って牛のう○この標本を見たり、

_053_1 _054 _056

「炭鉱」をテーマにした古びたテーマパークでひとり失笑したり、

_045 _046 _076
_074 _075 _073
_047 _077 _078
_050 _048_1 _071
_051 _049 _072

などなど他にも、

_063 _061 _060

とにかく一週間くらいにわたって岩手県をゆっくりと満喫したのであった。
(その間もちろん、ずーっとひとり…。泣)

そういう贅沢を一週間も続けることによって、余裕のあったはずのお金も当然底をついてくる。

もちろん(?)、当時貯蓄などほぼ無い状態で旅を始めていたので、その時点でわずかに残っていたお金が、僕の全財産である。

さあ、そろそろ本格的にお仕事弾き語りを始めないことにはどうしようもなくなってきた。

お金がまったく無くなれば、僕は、大阪から遥か遠く離れたここ岩手県で本当に路頭に迷ってしまうことになるのだから…。

しかしまあ、若気のいたりというかなんというか、実につな渡り状態の旅である…。(苦笑)

そうして次の日の夜、僕は盛岡市内の「大通り商店街」という岩手県随一の繁華街で弾き語りをすることにした。

本来ならいつもは「飲み屋街」の路上で仕事をするんだけど、ここ盛岡の飲み屋街は、その大通りに並行した通りにあって、その道は少し狭くスペースが確保できそうもなかったので、横の大通りを選んだのである。

けど、飲み屋街に入るためには、みんな一度この大通りを通ることになるから特に問題はなさそうだ。

とにかく僕は、早めの時間から大通りをすみからすみまで探索して、弾き語りの第六感を働かした結果、どうにかこうにか一番儲けることができそうな一角を見つけた。

午後8時30分頃、僕はその場所で弾き語りの準備を始める。

ああ、しかしいつもの事とはいえ、初めての場所での弾き語りはほんとにほんとに緊張する。

こうして準備している間にも、行き交う人々の不審そうな目好奇の目が、痛いほど僕に突き刺さるのだ。

そんな中でも、確実に、お金は儲けなければいけない。

そこに、この旅の存続生活がかかってるんだから…。

しかし、それがどれだけの緊張とプレッシャーになることか…。

うえ~ん。(涙)

けどそれは、全部自分で決めた事なんだから、もうウジウジ言ってても始まらない。

よしっ、いっちょ本腰入れてやったるか!

午後9時、ドキドキの弾き語りスタート。

さっきまでウジウジ言ってた僕も、なんだかんだいって仕事が始まればもう別人

その時に出来る100%の力で歌を歌い、100%の笑顔で道行く人に声をかけ、100%の演技(笑)で愛想をふりまく。

そしてそのおかげで、お金を入れてくださるお客さんを次々とゲット

・・・・・・・・・・。

と、

ほんとは言いたいところだが、

なんだかちょっと様子がおかしい…。

実は僕は旅中はいつも、ギターケースの内ぶたに大きく

「大阪を出発して、日本縦断中です。」

みたいなことを書いた紙を客寄せのために貼っていて、

盛岡のみなさん、僕みたいな存在が珍しいのか、それをこぞって食い入るように見るには見るんだけど、いざこちらが声をかけると、「いや、私はいいです。」っていう感じにみんな照れるようにしてその場からすぐに立ち去っていってしまうのだ…。

うーん。

もしかして、岩手県というのは、みなさんものすごく内向的お国柄なのだろうか。

これは、仕事としては、ちょっとやりにくいかも…。

まあそれでも、ここで少しでもお金を稼がないことには全く身動きがとれなくなるわけだから、今から一週間くらいの間にだんだんと、岩手県特有のお客さんに対するコツみたいなものをつかんでいって、頑張るしかない。

いい意味でも悪い意味でも、お客さんの質が地域によって全然違うことなんて、旅を始めた当初からすぐに気付いていたことなのだから。

そう心の帯をもう一度締めなおした僕。

そして、わずか1時間後の午後10時頃。

そんな僕の決意を鼻であざ笑うかのような出来事が起きる…。

それはまるで、漫画安い「Vシネマ」を見ているかのような光景だった。

若い二人の男が血相を変えて、すごい勢いで僕が歌っている所に向かって走ってきたのだ!

彼らはどこからどう見ても、本物

ヤ ・ ○ ・ ザ ♡

つづく…。

 

「仁義なき戦い 第二章」

| | コメント (20) | トラックバック (0)

2006年10月16日 (月)

太陽にほえろ!

この仕事において、最大の天敵はやはり警察です。

警察に止められてしまうと、仕事としてまったく成り立たなくなってしまうからです。

だから僕は、今まで日本一周の旅の時を含めて、全国各地でさまざまなバトルを繰り広げてきました。

みなさんの中でも、街のストリートミュージシャンがお巡りさんに演奏を止められている姿を見かけたことのある人がおられるんじゃないかと思います。

まあ周りからの騒音の苦情や通報があった場合は、道で勝手に歌っているこちらに非があるので、止められるのもまったく仕方ないんですが、苦情や通報がなくても、特に何の説明もなく当たり前のように強制的に止められる事もよくあります。

しかし、ストリートミュージシャンを見つけても、何事もないかのように通り過ぎるお巡りさんもそれ以上に存在して、止められる基準がよく分からないことが多いのです。

これは、ストリートミュージシャンに対しての明確な全国統一の取締りの法律っていうものが存在しなくて、その地域や、ましてやお巡りさん個人個人によっても解釈が全く異なることからくるようです。

確かに、路上演奏自体が直接犯罪につながるようなものではないという事はみんな分かっていても、やはり街の秩序を守るのが役目のお巡りさんにとっては、道で許可無く演奏をするなんてことが、悪い事ではないにしても見逃すわけにもいかないということがあるんでしょう。
あちら側の立場にたてば、分からない気もしないではありません。

けど逆に、悪い事をしているわけではないので、問題がおきない限りは止めることもないだろうという解釈のお巡りさんもたくさんいるわけです。

ほんと、個人個人、地域地域によってまちまちなんです。

ただ中には、同じ一人のお巡りさんでも前日には何の注意もなく、次の日には突然止めてくるなんてこともあり、明らかに気まぐれで止めているとしか思えない時もあります。

趣味や練習のために外で演奏している場合は、止められても、まあ今日のところは仕方ないかなどと思えるかもしれませんが、僕の場合は生活のためにどうしてもお金を稼がないといけないという事情があるので、そんなお巡りさんのきまぐれなんかによって止められてしまうとほんとたまったもんじゃありません

これらのことから、この10年間僕は(特に旅中)、演奏中にお巡りさんが目の前を通り過ぎると、このお巡りさんは突然止めやしないかと毎回極度の緊張をして、必要以上にドギマギしてしまうということを今現在に至るまでずっと続けています。

だから僕の頭の中では、この仕事においては「警察=天敵」という構図が出来上がってしまっていて、正直お巡りさんがすごく苦手なんです。

苦手すぎて仕事以外のプライベートな時でも、悪い事は何もしていないのに、お巡りさんを見かけるとよくベンツ君で猛スピードで逃げてしまうくらいです。(笑)

しかし、今までこれだけ長い間この仕事を続けていると、ごくごくごくごくにすごく優しいお巡りさんに出会う時もありました。

前置きが長くなりましたが、今日は僕の中で思い出に残っているそんな優しかったある2組のお巡りさんの事についてお話したいと思います。

まずは1組目。

これは4年前の日本一周1人旅の時の東京での話です。

この日の出来事が旅日記に詳しく書いてあったので、それを参考にして書いていきたいと思います。

その夜僕は、「上野」だか「御徒町(おかちまち)」だかの飲み屋街で弾き語りをすることにした。

もちろんここで弾き語りをするのは初めてなのだが、初めての場所での弾き語りっていうのはいつも本当にめちゃくちゃ緊張する。

お客さんからリクエストを受け付けて、アンプやマイクを使って歌うという、そういったスタイルのストリートミュージシャンっていうのはあまりいなくて物珍しいので、通る人通る人がみんなすごい不審な目で僕を見てくるのだ。

それにやはり、初めての場所であると同時に夜の歓楽街ということもあり、さまざまなトラブルが想定されるわけだ。

けどそんな中でも、お金を儲けないと、旅はおろか生活すら出来なくなってしまうので、僕はものすごい緊張をしながらも、いつも以上に必死に営業をする。

想像してみてほしい。

生まれて初めて訪れた土地の夜の歓楽街の道端で、まったくの1人で突然アンプやマイクの準備をして演奏を始め、酔っ払った大人達からの好奇の目や周辺のお店からの煙たい目に耐えながら、さらにその上お金をまでもをたくさん儲けなければいけないのだ。

どれだけの緊張とプレッシャーか。

けどいつも以上に必死に営業するせいか、おかげさまで、今まで全国各地いろんな所で弾き語りをやってきたが、ほとんどの場所で大阪と同じかもしくはそれ以上の儲けをださせてもらっている。

(ちなみに旅中っていうのは、いつ旅が終わるか分からないので、大阪のマンションの家賃や健康保険などのお金をちゃんと払いつつさらに旅の資金も稼いでいたのである。すごいでしょ。)

とにかく、そういったわけで初めての場所はすごく緊張するのだが、実はその他にもまだやっかいな存在がいる。

それは各地の飲み屋街に大抵いる、うさんくさい「客引き」のおっさん達である。
(地域によっては、客引き行為は条例違反の所もたくさんある。)

このおっさん達は僕みたいにお金を儲ける為の弾き語りをしていると、なんだか自分達のテリトリーが侵されたような気分になって、文句を言ってきたり変な嫌がらせをしてきたりすることがあるのだ。

今回ここ上野でも例にもれず、周りの客引き達はみんないい顔をしておらず、1人の客引きが「ここでやるな。他のところでやれ。」というようなことを言ってきた。

ただこんなことはよくあることで、僕も商売なのでうさんくさい客引きなんかにいちいち気を使ってられないので、そんな言葉は無視して仕事を続けていた。

そうすると、客引きの反応とは反比例して道行く人達の反応は上々で、なかなか順調な弾き語りだったのだが、途中お巡りさんが2人僕の前に現れてしまった…。

あ~あ、周りの店から苦情でも入ったんかなあ。

絶対、止められるわ。しゅん…。(涙)

お巡り
「あのー、ちょっとごめんね。
今、ここでトラブルか何か起きた?」

ん?トラブル?

「いや、何にも起こってませんけど。
なんかありまありましたん?」

「いやー、あれー、おかしいなあ。
まあ、何にも起こってないならいいんだけどね。」

「通報かなんかがあったんですか?」

「そう、さっき110番があってね。
ここで何かトラブルが起きてるって言うから、来てみたんだけどね。
ホントに何もなかったの?」

「はい、何にもトラブルなんて起こってませんねえ。」

「ほんとお。
じゃあ、まあ、いいや。
とりあえず、免許証か何かだけ見せてもらえるかなあ。」

え?じゃあ、まあ、いいや?

なんかよう訳の分からん話やけど、とりあえずここは素直に免許証渡しとこうっと。

けど、通報ってなんやろう?
誰の通報や?
そして、トラブルってなんや?

あっ!

ハッハ~ン、分かったぞ。

さっきの周りの客引き達が、俺を止めさすために匿名で警察に電話して、ここでトラブルが起きてるってウソの通報して、お巡りさんを呼びよったんやわ。

それしか考えられへん。

うわー、25歳(当時)の若者1人に対して、何てこそくな手をつかうおっさんんどもや。

人間小っちゃすぎる。

まあけど、今はとりあえず目の前のお巡りさん2人との対決が先である。

どうせ、通報があったからには、とにかくここではやったらあかんって言われるに決まってるんだから…。

お巡りさんが免許証の住所を控えている途中、さっきまで歌を聴いてくれて僕と喋っていた1人の酔っ払ったサラリーマンがそのお巡りさんに詰め寄った。

よくある風景だ。

「おいっ!
大阪からわざわざやって来た若者がこんなに頑張ってるのに、お前達は止めさせる気かっ!」

僕も一応、苦笑いで止めに入る。

「おとうさん、ありがとう。
けど、大丈夫やから。
俺一人で何とかするから。
ほんま、気使ってくれてありがとう。」

しかし、それを聞いた2人のうちの年配の方のお巡りさんがビックリ発言

「何言ってるの。
こんなに素晴らしい若者を、僕たちが止めるわけないじゃないの。
ただ、決まりで住所を控えてるだけ。
ほんとに、こんなに歌のうまい子に苦情を出す人の気が知れないねえ。」

ホワット?

な、なにを言ってるのかな、このお巡りさん、いやお巡り様は…。

自分の立場、分かっていらっしゃる?

お巡り様
「君も大阪から来たんでしょ。
大変だねえ。
まだ寒いから、風邪なんかひいちゃだめだよ。
ハイ、これ免許証。」

「あ、ありがとうございます。」

うわー、なんてカッコいいお巡り様や。

人間大っきすぎる。

ぼく、おおきくなったらおまわりさんみたいなおまわりさんになる!

とまあ、無事このようなことで、弾き語りを再開することができたんだけど、仕切りなおしに一曲「なごり雪」を歌い始めた時、帰ろうとしていたお巡りさんが発した言葉に、僕はもう涙を流さずにはいられなかった…。

(年配の方のお巡りさんが、若いお巡りさんに向かって)

「なあ、

せっかくだから

俺たちも

一曲

聴いていくか。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

え?

嘘でしょ?

キャーーーーーー!

抱いて…。

こわれるくらい…。

もっと強く…。

想像してみてほしい。

街の弾き語りを、立ち止まって聴いている制服警官2人。

一曲終わると、笑顔で拍手している制服警官2人。

ありえる?

今までいくどとなく繰り返されてきたお巡りさんとの戦いの中で、こんなことがいまだかつてあっただろうか?

いや、ない。

いや、今あった。

バンザーイ。

さらに、若い方のお巡りさんまでもが、帰り際にギターケースのお金を指さして、

「これ、せっかく頑張って稼いだお金なんだから、とられないように気をつけなきゃいけないよ。」

と、言ってくださった。

ああ、ただただ感激。

とにかく、東京にはそんな素敵すぎるお巡りさんがいました。

東京大好き!

ちなみに、それからも東京のいろんな場所で弾き語りをしましたが、この後出会うお巡りさん達はみんなそろってろくでもない理不尽なお巡りさんばっかりでした。(苦笑)

東京大嫌い!(笑)

さあ、2組目のお巡りさんの話も書こうと思っていましたが、ここまででいつものように(笑)また長くなってしまったので、今日はこの辺でやめておきます。

2組目の話はまた別の機会に書きますね。

前回みなさんが言ってくださったように、自分のペース、自分のペース。

ほんとに温かいお言葉たくさんありがとうございました。

みんな大好き!

| | コメント (18) | トラックバック (0)

2006年9月14日 (木)

古い日記

Photo_3

今日(昨日?)は仕事が休みの日だったので、珍しく部屋の掃除などをしていたら、TV台の下から昔の日記が出てきました。

以前お話した日本一周の旅の時につけていた旅日記です。

時期の違う、良元優作との2人旅バージョンと、半年続いた1人旅バージョンがあります。

しかし、旅日記とは名ばかりで、どちらも初めの1ヵ月分ぐらいすら書けていない、未完成品となっています。

僕の性格上、あまりにも細かく書きすぎて量が多くなり、その日の出来事をその日の内に書ききれなくなって、次の日次の日と先送りしているうちに未完のまま旅が終わってしまったのです。

(このブログも、そうなってしまわないことを願うが…。)

とにかく、未完とはいえ、懐かしくなって、今日はその2つの日記をじっくりと読み返してみました。

すると、やはり文章自体は若い部分もたくさんあるんですが、読み進めるうちに、当時の熱い想いがよみがえってきて、なんだか胸まで熱くなってきたんです。

そっか、俺は若いうちに、こんな貴重な経験をしてきたんやなあ。

すごい財産やなあ。と。

そして、なんだかせっかく書いたこの日記、このままTV台の下に埋もれさせとくのはもったいなくなってきました。

そりゃあ、今よりもっと若い僕が書いたものだから、内容や文章も薄かったり粗かったりする部分はたくさんあるけど、このブログを使って、少しは日の目を浴びさせてやろうという気になったんです。

というわけで、これからたま~にその日記の一部を、このブログに載せていきたいと思います。

みなさんも、どうかお付き合いのほどよろしくお願いします。

まず今日は、2人旅のほうの日記から。

これは、別にどーってことはない話なんですが、なんだか少しだけ気になったので、載せておきます。

山口県でのちょっとした出来事。

ちなみに、僕も優作も、当時23歳でした。

『   
     2000.10.21(土)

昨日、あの後すぐに広島を出発した俺らは、福岡に向かうことにした。
途中、山口県の国道沿いの駐車場で仮眠をとった。

女の子の声で目が覚めた。

「そんなとこ入っちゃ危ないよ。
こっちへおいで。」

見ると、小さな女の子が俺らの車の横で、車の下をのぞきこみ、両手を前に出している。

「どうしたん?」

俺が、車のドアを開け尋ねると、

「子猫が、車の下に入りこんでしまったんです。」

と、困った顔。

「君の猫?」

「ちがいます。
この駐車場に住んでいるノラ猫です。」

小っちゃいのにえらいていねいな言葉遣いや。

車から降りて見てみると、確かに子猫が車の下にうずくまっている。
俺が手を差し入れてゴチャゴチャすると、車の下から逃げていった。

一件落着。

「ところで、おじさん達は、ここで何をしているの?」

お☆お☆おじさん!?

ここはどこ?わたしはだあれ?もう何も見えない、聞こえない…。

いつかは、この時が来るとは思っていたが、まさかこんなに早くおとずれるとは…。

たかゆき 弱冠23歳。
ただ今より、おじさんの仲間入りであります。敬礼。

「お、おじさん達は、ここで寝てたんだよ。
君は、こんな所になんでおるん?」

「さっきここを通りかかったら、かわいい猫がたくさんいたんで、家まで帰ってから三輪車で戻ってきたの。」

「何年生?」

「3年生です。」

見渡すと、確かにたくさんのノラ猫がおる。
女の子は、その中の一匹を指さし、言った。

「あの黒い子猫がとっても小っちゃくてかわいいんだけど、こんな駐車場じゃ、ろくにご飯も食べられなくてかわいそうだし、車にひかれたりしたら大変だから、家に連れてかえって、飼ってあげたいと思うの。」

必死で、飼うための理由をこじつけている感じだったが、子供というのはたいていそういうもんや。
俺が何を言ってもはじまらん。

「家の人は、許してくれるんかいな。」

「うん、だから、今から捕まえて、一度家に連れてかえって、お母さんに見せてこようと思うの。
そうしたら、許してくれるかもしれない。」

ここから、その子と俺の一大捕物劇が始まる。
いや、一大捕物劇なんていうのは大げさだ。
1時間、いや4,50分、いや2,30分。
あの手この手を使い、黒猫を捕まえた。

「後で、ちゃんと手洗うんやで。
そいで、もしほんまに飼うことになったら、1回ちゃんと動物病院に連れていくんやで。
何か病気持ってるかもしれんからな。」

それだけ俺が言うと、女の子は

「ハイ。ありがとうございました。」

と言って、笑顔で、黒猫を抱えて帰っていった。

しかし20分後、哀しい顔をして猫と一緒に帰ってきた彼女は

「やっぱり、だめだった…。」

とだけ言って、猫を手から離した。
猫は走って群れにもどり、こっちを見ている。

「まあ、しゃーないわ。
この猫にとっても、何が幸せかわからんからなあ。
君といっしょで、お母さん達といっしょに暮らすのが、この猫にとっての幸せかもしれんもんなあ。」

「うん。わかってる。」

素直で、いい子や。

「俺たちも、もう行かなあかんわ。
最後に、記念に何かあげよう。」

そう言って、ポッケにあった、使い古しのピックを取り出し、

「これはギターをひくための道具で、おにいちゃん達が使ってたやつや。
大事にしてな。」

と言って手渡すと、女の子は大喜びして、

「ありがとう。大事にする。
もし2人が有名になったら、すごい価値になるね。」

と、満面の笑顔でこっちを見た。

な、なんていい子なんや。
ピックごときで、ここまで喜んでくれるとは。
もう、おじさんでもなんでもいい。

この後、俺たちが出発する準備している間に、女の子は

「さようなら。」

と言って帰っていった。

10分くらいたって、さあ出発だと、スタートしてしばらく走っていると、道路のわきで、俺らを待っていたんだろうか、さっきの女の子が一生懸命大きく手をふっている。

背景の田園風景と重なって、まるで映画のワンシーンのようだ。

俺らも窓を開けて、大きく手をふった。

「バイバーイ。」

たぶん君を忘れません。       
                        』

とまあ、話自体は、ほんとなんてことはない話なんですけど、正直僕は、今日これを読むまで、この女の子の事は忘れていました

ただ、これを読んだ途端、当時の状況がほんとに鮮やかに頭の中によみがえってきたんです。

やっぱり、どんな事でも、何か記録に残しておくっていうことは、すごい大事なことなんだなということが分かりました。

このブログも、将来そう思えるような物になればいいなと思った一日でした。

今日はそれだけです。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2006年7月29日 (土)

覚悟

優作(前回の文参照)との旅は、短かったけど、今思えば出発前からほんとにワクワクして、毎日が刺激的で異様にたのしかったなあ。
楽しいことは全部2倍、辛いことは全部はんぶんこやったもんなあ。

僕は当時、本気でこう思っていた。

死ぬ時は二人一緒。
同じ死ぬなら、この旅中に死にたい。

と。(ホモじゃないわよ。うふっ)

なにせ、こういう強い想いを何かの形で優作に伝えたくて伝えたくて、考えに考えぬいた結果、出た答えが、旅の初日野グソをするということだった。なんで?(笑)

「優作、よく見とけよ!
この旅は長くなんねん。サバイバルや。
このぐらいの覚悟がないと旅なんか続けられるか!」

そういって僕は、広島の夜の街なかの草むらに走っていき、豪快にパンツをおろした。

おろしたとはいっても、さすがに僕も生まれてはじめての経験。なかなかコトがすすまない。

とにかくがんばってやっとコトが終わりかけた時、一組のカップルが、その名のとうり“う○こ座り”の僕の前を通り過ぎた…。

もちろん、目が合う…。

もちろん、カップルの目線がゆっくりと下へむかう…。

もちろん、僕のあらわな下半身を通過し、生まれたての僕の分身とも、がっつり目が合う…。

ああ、死にたい。
旅中とはいわず、今すぐ死にたい…

その後カップルは、今目の前で起こった出来事を笑い飛ばし、「ありがとう、今日のデートの一大クライマックスだ」と言って僕と握手をかわす

なんてことはもちろんせずに、今起こったことを現実としては受け止めず、何も見てないし、何もなかったかのような顔で通り過ぎていった…。

とにもかくにも、人生初の野グソを終えた僕は、顔をまっかっかにして、その場から逃げるようにして優作のもとにかけよった。

僕が戻ってくると優作は、「なるほどなあ、これが覚悟かあ」というような顔で、妙に納得して、妙に感心しきりたおしてた。

・・・・・・・・・・・・・・。

こんなんでいいのか?アホ2人!!

以上。

きたない話ですいません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月28日 (金)

風をあつめて

6年前、僕が23歳の頃、大阪でのこの生活がすべてになり、当時僕の影響で同じ仕事を始めた親友の良元優作と共に日本一周の旅に出た。

Photo_10

このポンコツ軽バンで、寝泊りして、旅の費用は各地の飲み屋街で稼いでいくというもの。

各地でいろんなものを見、いろんな人に出会い、大阪での生活やこの仕事をいったんリセットしてしまおうという想いの旅だった。

二人はその時たぶん、現実から逃避したかったのだ。

だから長く旅に出ようと思っていた。

具体的にいうと、僕は「」単位になると考えていた。
ゆっくりとこれからのことを考えていく旅だと。

だから、大阪でいろんな事をギセイにして捨ててきた。
そうしないと、長く旅に出るケジメがつかないと思ったからだ。

けど、旅はたった3ヶ月であっけなく終わってしまった…。

僕が、途中で病気にかかってしまったからだ。

大阪に戻って手術しなければならなくなり、一旦、旅を中断させた。
はじめは、病気が治ればすぐに旅を再開させようと思っていたが、思ったより重い病気で、半年ほど家で療養しなければいけなくなり、その間に、二人とも周りの状況や、各々の考えが変わってきてしまったのだ。

結局、優作はもう旅には出ず、大阪で精力的に音楽活動を続けることになり、僕はといえば何事もなかったように、いつものお仕事“弾き語り”に戻っていったのだった。

なんだかなー。
優作にとっては、ちゃんと音楽がんばっていこうと決めれたわけやから旅が終わってよかったけれど、僕はなんなんやろう。結局、元のさやに戻っただけだ。
それも、旅を中断させてしまったという心残りを強く強く残したまま…。

その後も、僕はずっと、旅の不完全燃焼に執着しまくっていた
この旅をちゃんと完結させなければと。

そして、なんだかんだで2年後の2002年。

僕は一大決心をした。
やっぱり、今度は一人でもいいから、もう一回旅をやり直そうということで、またあのポンコツ車に乗ってひとりぼっちで旅を再開させたのだ。

この旅は、鹿児島から北海道まで、半年間続いた。

なにせ、僕はそういう旅を2回している。
旅をして何か変わったかと言われると、いまもずっと同じ仕事を続けてるだけに、なんともいいにくいが、後悔だけはしていない。
若いうちに、そういう人がしていない貴重な経験ができたことに関して、すごく誇りに思っている。

二つの旅の詳しいエピソードなどは、またおいおい話していこうと思う。
ほんと、いろいろあってんから…。(苦笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)