2007年11月13日 (火)

初恋、のようなもの 後編

中編からの続き…

翌朝。

というか、もうすでにお昼過ぎ。

僕達はどちらからともなく目を覚ました。

昨晩(?)はあれからなかなか寝付けなくて、正直睡眠時間は全然足りていないのだが、目が覚めてしまったものはしかたない。

それに、もう結構な時間帯だ。

僕は、彼女の頭の下から右腕を抜く。

すると、ビックリするぐらいに腕がしびれていた。

「勉強になるわー。
女の子に腕まくらしてあげると、こんなに腕がしびれるもんやねんな。
覚えとこ。」

「はは。
覚えときやー。テストに出るでー。」

今、こうしてふざけ合う2人の間には、出会ったばっかりのぎこちなさは微塵も残っていない。

「さあ、今日はこれからどうするつもりなん?」

僕が大事な事を聞く。

「うん、ウチな、とにかく実家にはもう帰りたくないから、どっか住み込みで働かせてくれる所を探そうと思うねん。」

「そっか。」

「うん、そう。」

「じゃあ、俺も一緒に探したるわ。」

自分でも、そんな言葉があっさり出たことに驚いた。

昨日までの僕は一体どこに行ったというのだろう…。

午後2時すぎ。

僕は彼女を自転車の後ろに乗せて、駅周辺に向かった。

京橋駅周辺なら、住み込みで働かせてくれそうな種類のお店がたくさんありそうだったからだ。

夏の午後の日差しは、朝よりも数倍暑く感じられたが、今の僕はやる気でみなぎっていて、ペダルを漕ぐ足は軽い。

しばらくして、駅の近くに到着。

僕らはあるひとつの大きなパチンコ屋さんの前にいた。

ここは、昨日すでに彼女が目星を付けていた店らしい。

なるほど確かに、入り口の脇には、

「従業員募集中  寮完備」

みたいなことが書かれた紙が貼ってある。 

僕らは自転車を降りて、入り口に向かう。

しかしここで、一緒に店内に入ろうとした僕を、彼女が首を振って制止した。

「いいの、キミは来なくて。
ウチ1人で行ってくるから。
だって、あっちも2人もおったらややこしいやろ?」

確かに、言われてみれば、そんな気もする。

「じゃあ、俺、どうしよう。」

「とにかく、ここで待ってて。」

「分かった。待ってる。」

やる気だけが空回りしている僕にとっては、この後結局ここで待ち続けることになった30分間が、ものすごく長い時間に感じた。

ただ、この時、18歳の女の子が仕事を探すのはそんなに難しいことではないだろうなという楽観的な気持ちをどこかに持っていたのも事実である。

そして、30分後。

店からようやく出てきた彼女の顔を見て、僕はすぐに結果を悟った。

どうやら、うまくいかなかったみたいだ…。

そしてそれ以上に、この後彼女から聞いた話で、僕はこの仕事探しがとても楽観的なんてものじゃないという現実を知ることになる。

まず第一に、彼女は今お金をほとんど持っていないらしい。

つまり、ある程度すぐにお金をもらえる所じゃないといけない。

そして、即日にでも寮に入居させてもらえないと、行き場所がない。

けど、身分証明になるような物は何一つ持っていない。

もちろん、身元引受人も保証人もいない。

と、

そういうことらしい。

うん。

確かに言われてみれば、なかなかの難関ぞろいである。

この後僕達は、他のパチンコ屋を含め、雀荘や謎の町工場など、こちらの勝手なイメージでそういった事情を黙認してくれそうな雰囲気の場所ばかりを選んで、とにかく手当たり次第に周った。

時には彼女1人で、またある時には僕も同席して一緒に頭を下げた。

しかし、どこも結果は同じ。

全く相手にされないことすらあった。

やはり、彼女が持つハンディキャップが大きすぎるようだ。

気付けば、いつのまにか時刻はもう夜9時をまわっていた。

僕達はフラフラになりながら、そういえば起きてからまともな食事すら食べていないことに気付く。

そこで、今日はもう仕事探しをやめて、ようやく遅い夕食をとることにした。

とはいっても、この時僕も所詮は貧乏な浪人生。

この時間帯に彼女にご馳走してあげられるものなんて限られていて、結局僕らは近くの牛丼屋で胃袋を満たした。

それでも、彼女は、

「こんなに牛丼がおいしいと思ったのは初めてや。」

と言って笑ってくれた。

「さあ、これからどうしようか。」

これは、食事の後に僕が問いかけた、彼女に対する今日2度目の大事な質問である。

「・・・・・・・・・・。」

すると、今日一日の現状を思い出して、彼女は黙ってしまう。

そこで僕は、一番シンプルな質問を投げかけてみた。

「実家に帰るっていうのは、どうしても駄目なん?」

彼女はすぐに答える。

「うん。それだけは何があっても絶対に出来へん。」

「そっか。」

「うん、そう。」

そして、僕はしばらく考えた。

「よし。じゃあ、もう1日だけ家に泊まって、明日も朝から一緒に仕事探しに行こか。」

「…え?いいの?」

彼女は戸惑いと喜びの交じった表情を浮かべる。

「うん、いいよ。
どうせ、俺も明日までは暇やから。」

「なんか…。
ほんま、ありがとう…。」

この後、一旦マンションに自転車を置きに帰った僕達は、今日一日の疲れを癒すために近所の銭湯に歩いて向かった。

家のお風呂なんて、もちろん使えないからだ。

その銭湯からの帰り道。

火照った体に夏の夜風を感じながらゆっくり並んで歩いてると、何も言わずに彼女が僕の手をそっと握ってきた。

僕は突然の出来事に思わず一瞬身構えるが、すぐに思いかえして、その手を優しく握り返す。

きっと、これで正しいんだ。

「あのさ、もし明日仕事が決まったら、ウチ、休みの日に何べんでもキミの部屋掃除しにくるからね。」

黙っていた彼女が、不意に喋りだす。

「え?」

「だって、キミの部屋、だいぶ汚いねんもん。ははは。」

彼女はおどけて笑う。

「なんやとー。
そんなことないわ。十分キレイっちゅうねん。」

「いひひ、汚いわー。」

「じゃあ、まあ、分かった。
そんなら、そん時を楽しみに待ってるわな。」

僕はほんとは分かっていた。

明日もきっと、彼女の仕事が見つかる可能性は極めて低いことを。

だってそんなのは、今日一日を振り返れば嫌でも分かることだったから。

今思い返すと、この時きっと彼女も分かってたんだと思う。

それでも彼女はそんな話をした。

僕だって、「楽しみに待ってる」と言ったのは紛れもない本心だし、そうなればいいと心から思っていた。

そうなればいいと。

街灯が僕らを照らし、アスファルトの道路に2つの影を映し出している。

長い影と短い影。

僕らは手をつないだまま、この後の家までの帰り道を、影と遊びながら、わざとゆっくりとゆっくりと帰った。

うん。

明日の事は、明日になってみなければ分からない。

次の日、僕らはほんとに早起きをして、2人で1日中仕事を探し回った。

昨日よりも少し範囲を広げて。

しかし、現実はやはりそんなに甘くはなかった…。

日も暮れかかった頃、僕らはもう完全に行き場を失って京橋駅に戻ってきた。

この時間は大勢の人が行き交う、京橋駅前広場。

駐輪所に自転車をとめて、僕らは黙ったまま、そこにある花壇に腰を下ろした。

彼女とこの広場で出会ったのが、もう随分前の出来事のような気がして、なんだか不思議な感覚だ。

これからどうなるんだろう…。

ふと、彼女の顔を見る。

すると、彼女はじっと遠くを見つめ、何か思いつめたような表情をしている。

「大丈夫?
疲れてもうた?」

僕が尋ねると、彼女はハッと我に帰り、

「あ、うん、大丈夫。
心配ありがとう。」

といって、また遠くを見つめる。

しかし、しばらくの沈黙の後、彼女は何かを決意したように、突然僕の手をとって立ち上がった。

「ちょっと、こっちに一緒に来てくれる?」

ここ「京橋」には色んな顔がある。

一大ビジネス街としての京橋。

ショッピング街としての京橋。

住宅街としての京橋。

そして最後に、夜の歓楽街としての京橋。

彼女が僕を連れてきたのは、京橋駅の裏手に広がるその夜の歓楽街の中でも、一番の風俗街へと続く四つ角の真ん中だった。

「なんなん、なんなん。
何でこんなとこに俺を連れてくるん…。」

僕は少し不機嫌そうに彼女の手を振りほどく。

「大事な話があるから、ちょっと聞いて。」

彼女は至って真剣な表情だ。

それどころか、目に涙を浮かべている。

「何、何…。どうしたん…。」

「あんね、ウチ、キミに会えてほんまによかった。

ウチ、こんなに男の人に優しくしてもらったん、初めてやわ。

心から感謝してる。

ありがとう。

けどね、ここでお別れや。

もう会われへん。

これは、昨日から何となく考えとったことやねん。

今日他の仕事見つからんかったら、そうしようって。

とにかく、ほんまにほんまにほんまにありがとう。

絶対にキミのこと忘れへんから。」

彼女はそう言うと、僕の返事を聞くまでもなくクルリと振り返り、そのまま風俗街の人波の中に走り去っていった…。

僕は人が行き交う中、しばらくぼう然とそこに立ち尽くしていたが、決して彼女の後を追いかけて引き止めようなどとは思わなかった。

世の中にはきっといろんな生き方があって、あれは、彼女が全部自分自身で決めた事。

これ以上今の僕にできることは何もない。

ただ、ひとつ言えるのは、

彼女と違って僕はどうしようもなく子供で、まだ世の中のことを何一つ分かっちゃいないクソがつくようなガキんちょだということ。

ほんとは悔しかったんだ。何もしてやれないことが…。

突然涙がとめどなく溢れてきて、この後僕はそのまま地面に座り込んで涙が枯れるまで泣き続けた。

18歳、夏。

これが、名前も知らない彼女と僕との、あるたった2日間の物語。

ねえ、君。

君はまだ僕の事を覚えてる?

そして、

今の僕は、あれから少しは大人になれたのかなあ…。

読んでくださった方、こんな僕のどうしようもない想い出話に最後までお付き合い頂いて、ほんとにありがとうございました。

おわり。

P.S.

しかしそれにしても、何で僕は今さらこんな事を思い出して、それをわざわざこんなにも長々とここに書き記したんでしょう…。

もう!

センチメンタルのバカヤロー!!

きっと、全部風邪薬のせいです。

ブログランキング ←どうか、応援クリックお願いします。

| | コメント (38) | トラックバック (0)

2007年11月12日 (月)

初恋、のようなもの 中編

前編からの続き…。

夏の朝の光が照りつける、いつもの帰り道。

右手にギターケースを持った僕の後ろを、少し遠慮がちについて歩く彼女は、座っていた時には分からなかったが、思っていたよりも背が低く、家出少女とは思えないほど手には荷物らしき物を何も持っていなかった。

彼女はほんとに着の身着のまま家を飛び出したのかもしれない。

ただ、そんな事を質問するような技量を、この時の僕が持ち合わせているわけもない。

何度も言うが、今まで僕は、1対1で女の子とまともに喋ったこともないし、ましてや女の子と一緒に歩くなんて経験は皆無に等しいわけである。

それを証拠に、さっきから暑さ以外からくる妙な汗が額からジャンジャンにじみ出てくるし、京橋駅を出発してから約5分、僕らはまだ一言も言葉を発してない…。

いつもはただうるさいだけのセミの鳴き声も、今日に限ってはこの沈黙をごまかすのに少しは役立っているようだ。

しかし、ほんと、

なんでこんなことになってしまったんだろう。

「ねえ、やっぱり迷惑やなかった…?」

もう少しで実家のマンションに着くという頃、ふと気付くと、いつの間にか彼女が僕の右隣にいて、僕の顔を覗き込んでいた。

わ!

僕は慌ててギターを左手に持ち替えて、頭をかきながら答える。

「あ、あ、うん。
まあ、それは大丈夫なんやけど、とにかく、オカンと兄貴だけには見つかりたくないから、そこだけ気をつけてもらえば…。」

「うん、わかった。
気いつける。」

家に着いてから、誰にもバレずに彼女を自分の部屋に連れて行くのは、思った以上に簡単なことだった。

この時間帯は母親も兄もぐっすり寝ている時間だから、それはそうかもしれない。

彼女に靴だけは持って上がってもらい、鍵のついていない自分の部屋のドアは、念のため長いつっかえ棒で外側からは開けられないようにする。

これで完了。

ふぅ、と僕はとりあえず安堵の溜め息をついたが、ふと現実に戻り、よく考えてみると、今からこの6畳の狭い部屋に僕と彼女の二人きり。

・・・・・・・・・・。

さて、どうしたものか…。

「え、えっと、君ももう眠いやろうから、そこのベッドで遠慮せず寝てしまってね。
俺は、もう、どっかその辺で適当に寝るから。」

「そんな、ウチだけベッドで寝ていいの…?」と言う彼女を半ば強制的ににベッドの上に上がらせた僕は、会話から逃げるために本棚からマンガ本を手に取り、木製のベッドの端にもたれかかるようにフローリングの床に座り込んだ。

彼女はまだ何か言いたげだったが、僕がマンガ本を手に取ったのを見てあきらめたんだろう、そのままベッドで横になった。

「今日は、ありがとう…。」

しばらくしてベッドの上からそうボソりとつぶやく彼女に、僕は背を向けたまま答える。

「あ、うん…。」

「起きたら、ちゃんと出て行くからね。」

「うん…。」

「おやすみ。」

「あ、うん、おやすみ…。」

そこからは、長い静寂が始まる。

電気を点けなくても、カーテンのすき間から差し込む朝の光でもう十分に明るくなってしまったこの部屋に、扇風機の回転音だけが静かに響いている。

僕はさっきからマンガ本を開いてはいるが、内容などは頭に入ってこない。

ずっと、今日の出来事がフラッシュバックのように流れているだけだ。

確かに昨晩僕は、いつものようにギターを持って京橋駅に向かった。

そして、いつものようにギターを弾いて時間を過ごした。

ほんとなら、それだけのこと。

けど今、家に帰ってきた僕の背中越しには、見ず知らずの女の子が僕のベッドで眠っている…。

なんでこんなことになってしまったんだろう。

僕はマンガ本を閉じ、床に仰向けに寝ころがる。

フローリングの床は、寝るのには確かに硬いが、ひんやりとして今は逆に少し気持ちがいい。

天井の木目をぼんやり眺めながら、今度は彼女の事を考えてみる。

家出してきたって言ってたけど、なんで家出なんかしたんだろう。

家はこの近くの子なんだろうか。

男の家に泊まる事に抵抗は無かったんだろうか。

これは、ちょっとした家出なんだろうか。

そしてなにより、これから一体どうするつもりなんだろう…。

いろんなことが頭に浮かぶが、もちろん勝手に一人で考えたって答えなど出てくるわけもない。

僕はやっぱりもう考えるのをやめて、ただ目を閉じた。

それから15分くらい経っただろうか。

僕がようやく眠りと現実の境目をさまよいだした頃、どこか意識の遠くの方で、彼女の声が聞こえた気がした。

ん?

僕はゆっくりと意識を現実世界に戻す。

「ねえ、もう寝ちゃった?」

今度ははっきりと現実の声だと分かった僕は、慌てて答える。

「え?
い、いや、まだ寝かかってたとこ…。
どうかしたん?」

「うん。
あのね、やっぱりウチが勝手に部屋にお邪魔しといて、ウチだけがベッドで寝てるっていうのはどうかと思ってね。
床やったら寝にくいやろうから、もしよかったらベッドで並んで寝えへんかなあと思って…。」

え…!?

・・・・・・・・・・・。

あまりにも予期せぬ彼女の言葉に、僕は完全に目が覚める。

「え、いや、あの…。
俺は、全然ここで大丈夫やし…。
ふ、ふたりで寝るにはそのベッド狭いやろうし…。」

「大丈夫。
狭かったら、ウチちゃんとつめるから。
それに、そんな変な意味やないよ…。」

「それは、も、もちろん、分かってる…。
ただ、ほんま、気使ってもらわんでいいから…。」

「だって、ほんまにウチ気になって寝られへんねんもん。
お願い、上がってきて。」

「・・・・・・・・・・・・。」

世の中には日常と非日常があって、きっとこの時がその2つの道への最後の分岐点だったんだと思う。

そして僕は、時の流れに身を任せて、結局このまま非日常への道を進んでいくことになる…。

5分後。

彼女の横で、僕は、ただただ鉄の棒の様に固まっていた。

僕のシングルベッドでは、2人で寝るのにはやはり少し狭く、いくら小柄な彼女が壁側につめても、どうしても僕の右腕が時折彼女に触れてしまうからだ。

こんな緊張状態の中では余計に眠れるわけがないなあと思い、じっとりとあぶら汗をにじませ、黙ったままただ天井の一点を見つめる僕に、彼女は少し照れ笑いながら言う。

「ふふ。
なんか、こんな状態じゃすごい不自然やし、ウチますます寝れそうにないわ…。」

そこで僕は、思い切って正直に答える。

「うん、俺もそう思う。
寝れそうにないわ。
だって恥ずかしいけどほんまのこと言うとな、俺、今までこんな風に女の子と2人で同じベッドで寝たことなんて一度もないねん。
この部屋に女の子が入ってきたのも初めてやし、それどころか、今まで女の子と2人でまともに喋ったことすらないねん。
だからな、さっきから俺、ほんとはめちゃくちゃ緊張してて、ずっとどうしていいか分からん状態やねん。
笑うやろ…。
・・・・・・・・。
うん、やっぱり俺、下で寝るな。」

そう言って僕が下に下りようとすると、彼女が首を横に振って、僕の腕を引っ張った。

「全然、笑わへんよ。
ただ、そんな風には見えへんかっただけ。」

彼女は続ける。

「あんな、ウチのほうこそ笑わんと聞いて欲しいねんけど、やっぱりどうしても下で寝られるのは嫌やねんか。
そんで、これ言うのすごい恥ずかしいねんけど、もしよかったら腕まくらしてくれへんかなあ…。
そんなら、不自然じゃなく、ウチも安心して寝れると思うねん。」

自分の気持ちを正直に話した後の僕は、そんな彼女のお願いに、もうそこまで驚くこともなくなっていた。

「けど、俺、さっきからすごい変な汗いっぱいかいてて気持ち悪いし、第一腕まくらなんて、やり方が分からへんで…。」

「大丈夫。
汗はウチもいっぱいかいてるから一緒や。
そんなら、右手出して。」

僕は言われるがまま右手を彼女の方向に伸ばす。

その腕の真ん中くらいに、彼女が頭を乗せる。

「うん。
それで、腕の力もっと抜いていいよ。」

言われるがまま強張ったままの腕の力も抜いてみる。

すると、腕から伝わる彼女の体温が急に身近に感じられて、僕は少し不思議な感覚に陥った。

「はい、これで腕まくら完成。」

「…うん。」

「そんで、ほんまにウチも汗びっしょりやろ?」

そう言われると、確かに彼女の首筋は汗でしっとり濡れている。

「ほんまやな。」

ハハハハ。

2人は今日出会った中で一番近い距離で笑いあう。

皮肉な事に、これが、僕にとっては一番非日常であるはずの腕まくらが、僕が今までずっと感じてきた緊張感というものをすべて消し去ってくれた瞬間だった。

しかし、そんな時間も長くは続かない。

「そういえば、キミってほんとにギター上手やね。」

しばらくして、僕の腕の中で彼女がつぶやいたこの一言から、彼女のある長い告白が始まることになったのだ。

「いや、まだまだ全然うまくなんかないよ。」

そう照れながら答える僕に、彼女が言う。

「けどね、ウチの旦那もギター結構うまかったんよ。」

「え!?」

この後、僕はとにかく最後まで彼女の話をていねいに聞いた。

今のこの状況で、僕がしてあげられることは、それぐらいしかなかったから…。

ただ、その内容というのは、正直僕にとって驚きを隠せないことばかりだった…。

それは、

彼女が16歳の時に結婚していたということ。

相手は30代後半の男性だったということ。

二人の間には、1歳になる子供がいるということ。

けど、二人は半年前に離婚したということ。

その子供は、裁判所の命令で、夫側に引き取られたということ。

その後、彼女は実家に戻ったということ。

そして昨日、その実家からも彼女は家出したということ…。

話の最後の方になると、彼女はとうとう僕の首元ですすり泣きをはじめた。

その時、突然彼女側の壁が、ドンと鳴る。

どうやら、僕らの話し声で隣の部屋の兄貴が起きてしまったらしく、無言のアピールをしているようだ。

けど、今の僕にとっては、もはや兄貴への体裁なんてどうでもよくなっていた。

それよりも、もっと大事な事がある。

僕は迷わず汗ばんだ彼女の体をしっかりと強く抱きしめた。

それは、決して恋愛感情や同情からなどではない。

話を最後まで聞いてあげたのと同じく、この時の僕にはただそうすることしかできなかったのである。

あたかも、初めからこうなることがすべて決まっていたかのように。

生まれて初めて抱きしめた女性の体は、思っていたよりもとても小さく、しっかり抱きしめてあげないと、すぐに壊れてしまいそうなモロいものだった…。

つづく…。

ブログランキング ←どうか、クリックご協力お願いします。

 

「初恋、のようなもの 後編」

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2007年11月11日 (日)

初恋、のようなもの 前編

少し前にひいた風邪をぶり返しました。

体調自体はそんなに悪くないんですが、薬のせいか頭が少しポーっとしています。

こんな日に前回からのブログの続きを書こうと思っていると、なんだかここに書く予定もなかった昔のある出来事を思い出してしまいました。

それは、ちょうど今書いている「始まりの物語」当時の出来事です。

そしてそれは、おもしろい話でも、楽しい話でもありません。

ただ、

せっかくなんで今日はその話を書くことにします。

正直、書いたことを後で後悔するような話かもしれませんが、今このタイミングで思い出したんだから、忘れないうちに文章に残しておこうと思う僕もいるんです。

多分今僕はセンチメンタルなんです。

きっと全部、風邪薬のせいです。

18歳、夏。

この頃になると、「チャゲキョウ」(チャゲ&京橋の略)もとっくに解散し、長渕オタクからも卒業して、ようやくごく一般的な音楽青年になっていた僕。

ただそれでも、ギターやストリートだけはまだ続けていた。

まあ、ストリートとはいっても、以前のようになるべく大勢の人に聴いてもらおうなんて趣旨のものではなく、家で一人でギターを弾いているよりは夜中に駅前にでも行って、そこにたむろする若者達とギターで一緒に歌おうかといったぐらいの軽い感じで…。

ギターの方だって、以前のような長渕剛という絶対的な練習の対象を失ってしまった今、僕はほとんど熱心な練習などしなくなり、初めの3年ほどからピタリと上達は止まっていた。

(さらにハッキリ言うと、あれから10数年経った現在でも、それ以来ほとんどまともな練習などしてこなかったに等しいので、腕前は今言った初めの3年からほぼ変わっていないという悲しい現実も…。)

当時超不真面目浪人生だった僕は、その日も暇を持て余して、夜遅くに一人ギターを抱えて京橋駅に向かった。

今日も終電の終わった京橋駅前広場には、朝まで行き場を失くした若者や酔っ払いのおじさん達が地べたに座り込んでいる。

僕は、いつものように適当なスペースを見つけて、彼らと同じようにベタンと座り込んだ。

そして、ギターケースからギターを取り出し、みんなが知っていそうな流行りの歌を口ずさむ。

時折吹き込む、夏の夜風が妙に心地いい。

しばらくすると、案の定、彼らは僕の周りに集まってきた。

気持ち良さそうに体を揺らしている人もいれば、一緒に歌を口ずさむ人もいる。

そして、数曲後、歌に飽きれば、僕らはささやかな自己紹介をしあったり、たわいもない会話を交わしたりする。

そして、また歌う。

とにかく、こういう感じの流れが当時の僕のいつものストリートスタイルだった。

午前5時。

始発電車が動き出す頃になると、いつも、一人また一人と僕を取り囲む輪は小さくなっていく。

空もすっかり明るくなり、京橋駅前広場も人が行き交い始め、街が少しずつ動き出す。

しかし、今日は、この時点になっても、珍しくまだ3人の人間が僕と一緒に地べたに座っていた。

ひとりは、今日本全国を貧乏旅行しているという22,3歳くらいの青年。

ひとりは、僕と同じ年だというショートカットの女の子。

ひとりは、ホームレス風のおじさん。(いや、おそらくホームレス。)

僕を含めたこの不思議な関係の4人は、行き交う人達の不審そうな目を気にするでもなく、いまだに宴の続きを楽しんでいる。

午前6時。

この時間帯になってくると、段々街の動きも激しくなってくる。

さすがに、そんな中このまま4人もの人間が地面にタムロしている状態もどうかと思ったので、僕から切り出した。

「じゃあ、今日はそろそろお開きにしましょうか…。」

本来なら、僕のこの言葉で、この1日は「とある夏の日の日常」として時間と共に記憶の隅で忘れ去られていたような1日になったに違いない。

けど、現実はそうはならなかった。

僕はあれから10年以上経った今、実際にこの日の事を記憶し、それをここに書きとめている。

まさに、それが答えだ。

ただ、

彼女は今もこの日の事を覚えているんだろうか…。

話を続けよう。

さて、ここをお開きにした後、僕はただ家に帰って寝るだけだが、他の3人はどうするのだろう。

聞けば、旅中の青年は、このまま今日は京都の方に向かうらしい。

ホームレスのおじさんは…、

聞いた僕が間違えていた。

彼に帰る家があるはずもない…。

この時、ショートカットの女の子が意外な事を口にした。

「ウチもおじさんと一緒や。
帰る場所なんてないねん。」

「え?」

残りの男3人が一斉に驚きの声を上げる。

僕は反射的に改めて彼女を観察しなおすが、特にみすぼらしい格好をしているわけでもなく、やはりごく普通の18歳の女の子といった印象である。

少しの間の後、おじさんが聞いた。

「どういうことや、帰るとこがないって。」

「ウチな、昨日実家から家出してきてん。
知り合いもおらんし。
だから、今はどこもいくところがないねん。」

この時の彼女の表情は、哀しい顔だったんだろうか、それとも平然とした顔だったんだろうか。

まだ全然大人になりきれていないこの時の僕には、それを読み取ることはできなかった。

おじさんは続ける。

「じゃあ、お嬢ちゃんは、今日はこれからどうするねんな。」

「うーん、分からない。
まだ、何にも決めてないもん。」

「ほんなら、ちょうどええわ。
このギターの兄ちゃんの家で今日は寝かせてもらったらええねん。
なあ、兄ちゃん。」

!?

予想外の展開と、あまりにも突然のフリに、僕は目を丸くする。

な、何を言ってるんや、このおじさんは…。

自慢じゃないが、ずっと中高一貫の男子校に通っていた僕は、18歳になったこの時ですら、未だ女の子という生き物とは2人きりで喋ったこともないような、超ウブな男子である。

そんな僕が、今日会ったばかりの見知らぬ女の子を家に泊めてあげるなんてことが到底できるわけもない。

第一、この時僕はまだ実家暮らしである。

「い、いや、僕は実家ですし、それはちょっと無理ですよ…。」

僕は精一杯の苦笑いを浮かべるが、ただ場の空気が重くなるだけだった。

「なんや、ケチくさい兄ちゃんやのー。
そんなら、この子どーすんねんな。」

理不尽な怒りの目を僕に向けるおじさん。

それをさえぎるように彼女が言う。

「いや、大丈夫。
ウチ、どこかその辺で寝るから。」

「その辺って、どこや?」

「いや、その辺…。」

「アホか!こんな若い姉ちゃんが道ばたで寝といてみい!
ワシらみたいな変なおっさんに何されるかわからんど!」

おじさんの一喝に、彼女はシュンとしてしまう。

場の空気はますます重くなる。

しばしの沈黙。

「なあ、兄ちゃん。
兄ちゃんが、そんなケチくさい事言うからこういう事になるねん。
実家かなんか知らんけど、ただ1日泊めたるだけやんけ。
何でそれだけのことがしてやられへんねん。
後の事は、それから考えたらええやんけ。
なあ、泊めたれよ…。」

気付くと、旅人を含めた全員が、僕の方を見つめている。

はは…。

この場のイニシアティブは、いつの間にか完全にこのおじさんが握っていて、どうやら僕が今悪者になってしまっているらしい。

まあ、

そりゃもちろん僕だって、こんなに若い女の子が路頭に迷っている姿はかわいそうだと思うし、道ばたで寝るだなんてもってのほかだということくらいは分かる。

ただ、あまりにも話が突然すぎる。

だって、僕と彼女は、ほんの数時間前に出会ったばっかりの初対面の2人である。

それが何故こんな話になってしまうのだ。

それでも、まだ3人はこちらを見つめている。

・・・・・・・・・・・。

まあ、

そりゃあ、いってもうちは結構プライベートだけはしっかりしてるから、僕の部屋のドアを誰かが突然開けるなんてことはほぼ無いし、母親にバレずに泊まることは案外可能なのかもしれない。

ただ、それでも…。

もちろん、まだ3人はこちらを見つめている。

・・・・・・・・・・・。

「け、けど、あなたはうちなんかでいいんですか?」

「うん。そっちがいいんだったら、それはすごく助かる…。」

3人の目は一段と鋭くなる。

・・・・・・・・・・・。

はぁ…。

「…じゃあ、ほんとにうちでいいんなら。」

つづく…。

P.S.

ほんとは、頭がボーっとしながらも、頑張って丸一日かけてこの話を最後まで全部書き上げたんですが、結果いつも通りやたらめったら長くなってしまったんで、今回は事務的に3日に分けて更新させてもらいます。

ブログランキング ←クリックご協力お願いします。

 

「初恋、のようなもの 中編」

| | コメント (8) | トラックバック (0)