初恋、のようなもの 後編
中編からの続き…
翌朝。
というか、もうすでにお昼過ぎ。
僕達はどちらからともなく目を覚ました。
昨晩(?)はあれからなかなか寝付けなくて、正直睡眠時間は全然足りていないのだが、目が覚めてしまったものはしかたない。
それに、もう結構な時間帯だ。
僕は、彼女の頭の下から右腕を抜く。
すると、ビックリするぐらいに腕がしびれていた。
「勉強になるわー。
女の子に腕まくらしてあげると、こんなに腕がしびれるもんやねんな。
覚えとこ。」
「はは。
覚えときやー。テストに出るでー。」
今、こうしてふざけ合う2人の間には、出会ったばっかりのぎこちなさは微塵も残っていない。
「さあ、今日はこれからどうするつもりなん?」
僕が大事な事を聞く。
「うん、ウチな、とにかく実家にはもう帰りたくないから、どっか住み込みで働かせてくれる所を探そうと思うねん。」
「そっか。」
「うん、そう。」
「じゃあ、俺も一緒に探したるわ。」
自分でも、そんな言葉があっさり出たことに驚いた。
昨日までの僕は一体どこに行ったというのだろう…。
午後2時すぎ。
僕は彼女を自転車の後ろに乗せて、駅周辺に向かった。
京橋駅周辺なら、住み込みで働かせてくれそうな種類のお店がたくさんありそうだったからだ。
夏の午後の日差しは、朝よりも数倍暑く感じられたが、今の僕はやる気でみなぎっていて、ペダルを漕ぐ足は軽い。
しばらくして、駅の近くに到着。
僕らはあるひとつの大きなパチンコ屋さんの前にいた。
ここは、昨日すでに彼女が目星を付けていた店らしい。
なるほど確かに、入り口の脇には、
「従業員募集中 寮完備」
みたいなことが書かれた紙が貼ってある。
僕らは自転車を降りて、入り口に向かう。
しかしここで、一緒に店内に入ろうとした僕を、彼女が首を振って制止した。
「いいの、キミは来なくて。
ウチ1人で行ってくるから。
だって、あっちも2人もおったらややこしいやろ?」
確かに、言われてみれば、そんな気もする。
「じゃあ、俺、どうしよう。」
「とにかく、ここで待ってて。」
「分かった。待ってる。」
やる気だけが空回りしている僕にとっては、この後結局ここで待ち続けることになった30分間が、ものすごく長い時間に感じた。
ただ、この時、18歳の女の子が仕事を探すのはそんなに難しいことではないだろうなという楽観的な気持ちをどこかに持っていたのも事実である。
そして、30分後。
店からようやく出てきた彼女の顔を見て、僕はすぐに結果を悟った。
どうやら、うまくいかなかったみたいだ…。
そしてそれ以上に、この後彼女から聞いた話で、僕はこの仕事探しがとても楽観的なんてものじゃないという現実を知ることになる。
まず第一に、彼女は今お金をほとんど持っていないらしい。
つまり、ある程度すぐにお金をもらえる所じゃないといけない。
そして、即日にでも寮に入居させてもらえないと、行き場所がない。
けど、身分証明になるような物は何一つ持っていない。
もちろん、身元引受人も保証人もいない。
と、
そういうことらしい。
うん。
確かに言われてみれば、なかなかの難関ぞろいである。
この後僕達は、他のパチンコ屋を含め、雀荘や謎の町工場など、こちらの勝手なイメージでそういった事情を黙認してくれそうな雰囲気の場所ばかりを選んで、とにかく手当たり次第に周った。
時には彼女1人で、またある時には僕も同席して一緒に頭を下げた。
しかし、どこも結果は同じ。
全く相手にされないことすらあった。
やはり、彼女が持つハンディキャップが大きすぎるようだ。
気付けば、いつのまにか時刻はもう夜9時をまわっていた。
僕達はフラフラになりながら、そういえば起きてからまともな食事すら食べていないことに気付く。
そこで、今日はもう仕事探しをやめて、ようやく遅い夕食をとることにした。
とはいっても、この時僕も所詮は貧乏な浪人生。
この時間帯に彼女にご馳走してあげられるものなんて限られていて、結局僕らは近くの牛丼屋で胃袋を満たした。
それでも、彼女は、
「こんなに牛丼がおいしいと思ったのは初めてや。」
と言って笑ってくれた。
「さあ、これからどうしようか。」
これは、食事の後に僕が問いかけた、彼女に対する今日2度目の大事な質問である。
「・・・・・・・・・・。」
すると、今日一日の現状を思い出して、彼女は黙ってしまう。
そこで僕は、一番シンプルな質問を投げかけてみた。
「実家に帰るっていうのは、どうしても駄目なん?」
彼女はすぐに答える。
「うん。それだけは何があっても絶対に出来へん。」
「そっか。」
「うん、そう。」
そして、僕はしばらく考えた。
「よし。じゃあ、もう1日だけ家に泊まって、明日も朝から一緒に仕事探しに行こか。」
「…え?いいの?」
彼女は戸惑いと喜びの交じった表情を浮かべる。
「うん、いいよ。
どうせ、俺も明日までは暇やから。」
「なんか…。
ほんま、ありがとう…。」
この後、一旦マンションに自転車を置きに帰った僕達は、今日一日の疲れを癒すために近所の銭湯に歩いて向かった。
家のお風呂なんて、もちろん使えないからだ。
その銭湯からの帰り道。
火照った体に夏の夜風を感じながらゆっくり並んで歩いてると、何も言わずに彼女が僕の手をそっと握ってきた。
僕は突然の出来事に思わず一瞬身構えるが、すぐに思いかえして、その手を優しく握り返す。
きっと、これで正しいんだ。
「あのさ、もし明日仕事が決まったら、ウチ、休みの日に何べんでもキミの部屋掃除しにくるからね。」
黙っていた彼女が、不意に喋りだす。
「え?」
「だって、キミの部屋、だいぶ汚いねんもん。ははは。」
彼女はおどけて笑う。
「なんやとー。
そんなことないわ。十分キレイっちゅうねん。」
「いひひ、汚いわー。」
「じゃあ、まあ、分かった。
そんなら、そん時を楽しみに待ってるわな。」
僕はほんとは分かっていた。
明日もきっと、彼女の仕事が見つかる可能性は極めて低いことを。
だってそんなのは、今日一日を振り返れば嫌でも分かることだったから。
今思い返すと、この時きっと彼女も分かってたんだと思う。
それでも彼女はそんな話をした。
僕だって、「楽しみに待ってる」と言ったのは紛れもない本心だし、そうなればいいと心から思っていた。
そうなればいいと。
街灯が僕らを照らし、アスファルトの道路に2つの影を映し出している。
長い影と短い影。
僕らは手をつないだまま、この後の家までの帰り道を、影と遊びながら、わざとゆっくりとゆっくりと帰った。
うん。
明日の事は、明日になってみなければ分からない。
次の日、僕らはほんとに早起きをして、2人で1日中仕事を探し回った。
昨日よりも少し範囲を広げて。
しかし、現実はやはりそんなに甘くはなかった…。
日も暮れかかった頃、僕らはもう完全に行き場を失って京橋駅に戻ってきた。
この時間は大勢の人が行き交う、京橋駅前広場。
駐輪所に自転車をとめて、僕らは黙ったまま、そこにある花壇に腰を下ろした。
彼女とこの広場で出会ったのが、もう随分前の出来事のような気がして、なんだか不思議な感覚だ。
これからどうなるんだろう…。
ふと、彼女の顔を見る。
すると、彼女はじっと遠くを見つめ、何か思いつめたような表情をしている。
「大丈夫?
疲れてもうた?」
僕が尋ねると、彼女はハッと我に帰り、
「あ、うん、大丈夫。
心配ありがとう。」
といって、また遠くを見つめる。
しかし、しばらくの沈黙の後、彼女は何かを決意したように、突然僕の手をとって立ち上がった。
「ちょっと、こっちに一緒に来てくれる?」
ここ「京橋」には色んな顔がある。
一大ビジネス街としての京橋。
ショッピング街としての京橋。
住宅街としての京橋。
そして最後に、夜の歓楽街としての京橋。
彼女が僕を連れてきたのは、京橋駅の裏手に広がるその夜の歓楽街の中でも、一番の風俗街へと続く四つ角の真ん中だった。
「なんなん、なんなん。
何でこんなとこに俺を連れてくるん…。」
僕は少し不機嫌そうに彼女の手を振りほどく。
「大事な話があるから、ちょっと聞いて。」
彼女は至って真剣な表情だ。
それどころか、目に涙を浮かべている。
「何、何…。どうしたん…。」
「あんね、ウチ、キミに会えてほんまによかった。
ウチ、こんなに男の人に優しくしてもらったん、初めてやわ。
心から感謝してる。
ありがとう。
けどね、ここでお別れや。
もう会われへん。
これは、昨日から何となく考えとったことやねん。
今日他の仕事見つからんかったら、そうしようって。
とにかく、ほんまにほんまにほんまにありがとう。
絶対にキミのこと忘れへんから。」
彼女はそう言うと、僕の返事を聞くまでもなくクルリと振り返り、そのまま風俗街の人波の中に走り去っていった…。
僕は人が行き交う中、しばらくぼう然とそこに立ち尽くしていたが、決して彼女の後を追いかけて引き止めようなどとは思わなかった。
世の中にはきっといろんな生き方があって、あれは、彼女が全部自分自身で決めた事。
これ以上今の僕にできることは何もない。
ただ、ひとつ言えるのは、
彼女と違って僕はどうしようもなく子供で、まだ世の中のことを何一つ分かっちゃいないクソがつくようなガキんちょだということ。
ほんとは悔しかったんだ。何もしてやれないことが…。
突然涙がとめどなく溢れてきて、この後僕はそのまま地面に座り込んで涙が枯れるまで泣き続けた。
18歳、夏。
これが、名前も知らない彼女と僕との、あるたった2日間の物語。
ねえ、君。
君はまだ僕の事を覚えてる?
そして、
今の僕は、あれから少しは大人になれたのかなあ…。
読んでくださった方、こんな僕のどうしようもない想い出話に最後までお付き合い頂いて、ほんとにありがとうございました。
おわり。
P.S.
しかしそれにしても、何で僕は今さらこんな事を思い出して、それをわざわざこんなにも長々とここに書き記したんでしょう…。
もう!
センチメンタルのバカヤロー!!
きっと、全部風邪薬のせいです。
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