2009年11月 4日 (水)

幸福な朝食 退屈な夕食

長かった「始まりの物語」も、ようやく今回で完結です。

もちろん、今回もいつも通りものすごく長いですが(笑)、せっかくなので最後までお付き合いくだされば嬉しいです。

 

「覚醒」からの続き…

 

 

ダメ、その6

 

それから年は明け、冬の終わりのある夜。

今や妄想で頭が一杯の僕は、

ついに覚悟を決めて母親に宣言した。

 

「お母さん、ちょっと聞いて。

俺な、高校生の時から今までずっと外で弾き語り続けてきたけど、

これからはほんまに歌手を目指そうと思うねん。」

 

「は?

あんた、何言うてんの。

何でもいいけど、大学だけはちゃんと出なさいよ。」

 

「いや、だから大学も辞めようと思ってんねん。」

 

「え!?

アカン!あんた何考えてんの!

後のことはその時考えたらいいから、とにかく大学だけは絶対に卒業しなさい!」

 

「だから、

もう何べんも言ってきたけど、俺は普通に就職するつもりなんか全くないねんってば。

いつも、卒業、卒業って、

今やって何の勉強もしてない俺が、就職もする気がないのにこのまま大学通い続けて何の意味があんねんな。

そんなん、ただのたっかいお金のムダ遣いやん!

しかも、

今はやっと歌手になるっていう目標ができてんから、ますます大学におる意味なんてないねん。」

 

「・・・・・・・。」

 

「それでな、これ以上ここのお世話になってるのもイヤやからな、

俺、この家出て一人暮らしも始めようと思ってんねん。

そしたら、もう完全にお母さんにお金の負担かけんで済むやろ。」

 

「…一人暮らしって、

あんた、どうやって暮らしていくつもりやの。」

 

「それは大丈夫やねん。

前に、今やってる弾き語りは儲かるって言ったやろ。

多分それで十分に暮らしていけるはずやから、

しばらくはその弾き語りだけで生活していこうと思ってる。」

 

「あんた、ほんまに何アホなことばっかり言ってんの…。

ええ加減にしなさいや…。」

 

「いや、俺は本気や。」

 

「…アカン、絶対にアカンよ。

もう家出るのは勝手やけど、大学だけは絶対辞めたら許さんよ!

 

「いや、どうしても許さんのやったら、勘当でもなんでもしてくれたっていい。

俺はもう決めてん。

何があっても大学は辞めて、すぐに家も出る!」

 

 

ある程度の覚悟は決まっていたとはいえ、

自分の口から「勘当」なんて言葉が出たことに驚いた。

 

僕は、小さな頃から自分の意思とは関係なく、母親に受験戦争のレールに乗せられてきた。

そして、確固たる目標のなかった僕は、

色んな反抗をくり返しながらも、結局は今までそれに従ってきた。

けど、

いつかは自分の力で、自分の思うとおりに生きてみたいという想いはずっと強くあり、

ようやく目標を見つけた今、ここでその長年の想いが一気にあふれ出してきたのかもしれない。

 

もう、僕の頭は他のことは何も考えられなくなっていた…。

 

 

まさに、親の心子知らず…。

 

 

 

ダメ、その7。

 

次の日、

ほんとに大学に退学届を出した僕は、その足でそのまま不動産屋に向かった。

 

僕はとにかく急ぎたかったのだ。

もちろん、昨日母親にタンカを切った手前、一日でも早く家を出てしまいたいと思っていたのもあるけど、

もしかすると、心のどこかで、今の自分の気持ちが少しでも揺らいでしまうのを恐れていたのかもしれない。

 

 

ただ問題は、この時の僕にとって不動産屋というものが全くの未知の領域だったこと。

 

部屋の借り方などほとんど知らない僕は、

まず梅田の適当な不動産屋に飛び込み、いきなり

「とにかく急いでいるので、明日にでも入れる部屋を探してください。」

と頼み込んだ。

しかも、職業を聞かれて、

おバカな僕は

「ストリートミュージシャンです!」

なんて自信満々に答えるものだから、

当然あちらは困り顔。(笑)

 

結局、事情をすべて話した結果、

収入証明もない・保証人もいない僕に紹介できるのは、限られたワケあり物件しかないということで、

僕は「十三」という怪しさ満点の町の、築40年以上のオンボロマンションを借りることになった。

しかも、壁が薄くてユニットバス、間取りもそんなに広くないのに、家賃はなんと9万円近く。

今考えると、十三の相場でそんな値段はありえないが、

ワケありだったから仕方なかったのかもしれないし、もしかするといいカモにされたのカモしれない。

けど、当時の僕は相場なんてものすら知らず、とにかく気持ちが焦っていたので、もう選択する余裕なんてなかった。

 

 

ああ、ダメな部屋選び…。

 

 

 

ダメ、その8。

 

さて、そんなわけで、

翌日さっそく友達に引越しを手伝ってもらい、結局は家出のような形で始まった一人暮らし。

 

ただ、ここまで意地と妄想だけで突っ走ってきた僕も、

ダンボールが積み重なったままのこの殺風景な部屋で、改めて一人っきりになると、

今さらながらさすがに自分が決断したことに対する現実感が沸いてくる。

だって、これからは今までのような妄想世界ではなく、

リアルな現実問題として、この知らない場所で自分一人の力だけで生きていかなくてはならないんだから…。

 

 

 

…まあでも、

それは怖気づいてしまうというほどのレベルの話でもなく、

この時点ではまだ、相変わらず僕の頭の中には楽観的な部分も多く残っていた。

 

 

例えば、「歌手を目指す」っていう部分。

 

実は僕、ずっと歌手デビューを目指すなんてカッコつけたことを言ってるくせに、

じゃあ具体的にどうやって歌手を目指すのかと言われると、

この時なんと、そこについてはまだ明確なプランなどなーんにも無かったのである…。(苦笑)

 

さすがの僕も、人の歌だけを歌ってる今の路上弾き語だけじゃデビューになんかはつながらないことぐらいは認識していたんだけど、

かといってオリジナル曲なんてものも今までほとんど作ったこともなく、

まあ、この生活を始めれば一応は音楽漬けの毎日っていうことになるわけで、これから空いてる時間にでもオリジナル曲をいっぱい作っていけば、アレがこーなってコレがあーなって、まあそのうちなんとかなるでしょう、

と、

たったその程度にしか考えていなかったのである。

 

 

いつも行動だけは大胆なくせに、実は一番肝心な部分がものすごい適当って…、

ああ、ほんとダメな男…。

 

 

 

そしてそれは、「お金」の面についても同じことが言えた。

 

この時の僕は、本格的な一人暮らしっていうのが生まれて初めてだった上に、今の弾き語りを始めてからは金銭感覚がかなりバカになってしまっていたこともあって、

これからかかってくる「生活費」というものについても、ほとんど深くは考えていなかったのである…。

 

 

じゃあとにかく、みなさんにも分かりやすいように、

ここでその1ヶ月にかかるであろう生活費を計算してみたいと思う。

 

 

まず、家賃、約9万円。

(この時点で、ほんとはかなりのバカである…。苦笑)

 

次に、不動産屋さんにどうにか組ませてもらった敷金・礼金のローン、約4万円。

 

そして僕、実はちょっと前にビンテージギターを2本も衝動買いしてしまっている…。

そのローン、約5万円。

 

光熱費やら水道代、約1万円。

 

さらに、今まで親に払ってもらってた、国民健康保険と民間の入院保険。

これも合わせて、約1万円。

 

ここまでで、合計約20万円。

もちろんこれは、まだ食費や交遊費などの雑費を抜いた金額である…。

 

 

ね?

これを見ただけでも、

21歳の僕が、どれだけ世間知らずで、パッパラパーな金銭感覚をしていたかがよく分かると思う…。(苦笑) 

 

そしてなにより、

路上弾き語りなんて何の保障があるわけでもないのに、

こんな感覚のままで、この男は本当に大丈夫なんだろうか…。

 

 

 

ダメ、最終章。

 

…全然、大丈夫なんかじゃなかった。(涙)

 

次の日、初めて仕事として行った弾き語りで、僕は現実の厳しさというものを思い知ることになったのだ。

 

だってまず、今までのお気軽弾き語りとは全く違って、これが仕事だと思うと、お金を儲けなくちゃっていうプレッシャーが半端なものじゃないのである。

正直、こんなに緊張するものだとは思ってもみなかった。

 

体がガチガチの僕は、いつもの愛想すらうまく使えず、

まず肝心のお客さんを立ち止まらせることさえできない…。

しかも、ようやく立ち止まってもらっても、

今度は力みすぎて、絶叫みたいな歌になっちゃうし、歌詞は間違えまくるしで、もうハチャメチャ。(苦笑)

お客さんも、そんな僕に引いちゃって、お金なんか全く入れてくれない。

 

 

結局、開始から1時間、

僕のギターケースには1円のお金も入らなかった…。

こんなことは、この半年間で初めてのことである。

僕はあぶら汗が止まらなくなっていた…。

 

 

ああ、どうしよう…。

全然お金入れへん…。

こんなはずじゃなかったのに…。

もしこのままお金が入らんかったら、俺生きていかれへんやんか…。

しかも、絶対に払わなあかんお金だけで月に20万円以上あるっちゅうのに…。

ああ、どうしよう…。

こわい、こわい…。

 

僕は、この弾き語りで初めて、「恐怖」という感情を覚えた…。

 

 

 

まあそれでもこの後、

この日の弾き語りが終わるまでに、どうにかこうにかいつもの半分くらいのお金だけは儲けることのできた僕は、

心身共にヘトヘトになりながらも、逃げるようにして新しい家に帰った。

 

そして、帰り道の途中、

僕はもうさっそく、この弾き語りを仕事にしてしまったことを猛烈に後悔しはじめるのであった…。

 

 

わー、イヤやー、イヤやー。

まさか、この弾き語りがこんなにもしんどいもんやとは思ってもみんかった。

仕事になったら、今までと全然ちゃうやん。

やっぱ今までは、バイト感覚、お遊び感覚のノンプレッシャーやからこそ、やってこれたんかなあ…。

こんなん、明日から週に何回もせなアカンと思ったら、頭おかしくなってしまいそうや。

 

しかも、全然お金も儲からへんくなってしまったし…。

ああ、どうしよー、

これからもこんなんやったり、もしかしてもっと儲からへんくなってしまったら、俺絶対にやっていかれへんやん…。

かといって、部屋も借りてもうたし、払うもんも多いから、もう後戻りも出来へんし…。

ああ、ほんまにどうしよう…。

 

そもそも俺は、こんな何の保証もアテもない生活を始めようとしたこと自体が間違いやったんやろか。

やっぱり、外山さんと俺とでは全然状況も違うわけやし…。

あーあ、こんなことやったら、あんなに焦らんと、もっとゆっくり考えるべきやったなあ。

あー、イヤやー、イヤやー。

  

 

僕は、今さらながら強烈な不安に押しつぶされそうになりながらも、

とにかく精一杯に自転車をこいで家路を急いだ。

 

 

しかし、家に戻ったら戻ったで、

そこはガランとして古ぼけた、まだまだ見慣れない場所…。

とてもじゃないけど、ここが今の僕の気持ちを落ち着かせてくれるような場所ではないことだけは確かである。

 

薄い壁の向こうからは、隣の家のテレビの音がうっすら漏れ聞こえている。

 

僕はもう何も考えたくなくて、急いで布団を敷き、そこに頭ごとスッポリもぐりこんだ。

 

そして、結局は一睡も出来ぬまま朝を迎え、

僕の記念すべきお仕事初日は、こんな最悪な状態のまま一日の幕を閉じたのである…。

 

 

 

 

 

さあさあ、そんなわけで、

長い長い道のりだったこの「始まりの物語」も、ようやくここまでたどり着かせることができました。

ここから先はもう、ひと通りだけサラっと説明したいと思います。(笑)

 

 

まず、

この後、お仕事弾き語りはどうなっていったのかというと、 

相変わらず、体力的・精神的には半端なくキツかったんですけど、

まあどうにかこうにかお金だけは、以前のように少しずつ儲けられるようになっていきました。

 

けど、たまに雨なんかが2日連続で降ったりすると、

「ああ、このまま雨が降り続けたらどうしよー…。生きていかれへん…。」

と、また本気で頭を抱えちゃうわけです。(笑)

 

しかも、2ヵ月後ぐらいには、僕の歌ってる場所で大々的な工事が始まってしまい、

人の流れが変わってしまうわ、歌うスペースが無くなるわで、もう大変。

けど、生活費を稼ぐためにも、歌わないわけにはいかないので、

この工事の間、僕は工事現場の中で無理やりわずかなスキマを作り、

そこで毎日おびえながら歌っていました。

 

 

こんなふうに、

この仕事を始めて半年ぐらいの間は、毎日毎日後悔と恐怖の連続で、

僕はほんとに、半分ノイローゼみたいな状態になっちゃってました。

しかも、大学も辞めていたし、これが特殊な仕事ということもあり、

悩みやグチを相談する相手がいなくて、すごく孤独だったのも辛かったです。

 

あ、けど、色んなお金だけは、おかげさまで借金することもなく、なんとかギリギリ払うことができましたよ。

ありがとうございます。(誰に?)

 

 

そして、例の、歌手どうのこうのって話…。

あれはねー、みなさんもう忘れちゃってください。(笑)

 

だってね、

まずこの仕事を始めてから1,2年くらいは、

僕、家で全くギターを弾かなくなっちゃったんです。

せめて家におる時ぐらいは、音楽のこと完全に忘れたいわ!

って感じで…。

むしろ、音楽自体が嫌いになっていったぐらいです。

 

やっぱり、何でも仕事にしちゃうとダメですね…。

  ↑
(ただのいいわけ!)

 

しかも、その後だって、まともなオリジナル曲なんて全然出来ないし、

そもそもお前はどこから勘違いしてたんだというぐらい、自分の音楽の才能の無さと考えの浅はかさに、ほとほと情けなくなっちゃいました。

 

みなさん、音楽デビューっていうのはそんなに甘いものではありません。

どうかくれぐれも気をつけて!!

  ↑
(お前に言われたくない。笑)

 

 

 

でも、

ここからの僕は、今までこのブログに書いてきたように、

もう考え方を変え、この弾き語り自体に強いプライドとこだわりを持ち、これは自分にしかできない仕事として、この後のかけがえのない20代を突っ走っていくわけです。

 

とにかく、それが、僕の始まりの物語でした…。

 

 

 

 

最後に、

あの日布団の中でうずくまっておびえていた21歳の僕に、短い手紙を書きたいと思います。

 

 

21歳のキミ。

今、キミが全てにおびえてしまっている気持ちはよく分かる。

そして、残念ながらそれがしばらく続いてしまうことも、僕は知ってる。

ただ、

これから先キミは、まだまだ色んな経験をしていくんだ。

もちろん、今よりもっと苦しいことや、辛いこともたくさん起こる。

けど逆に、他の誰かじゃ決して味わうことのできないような、ほんとに素晴らしい体験もたくさん経験することになるんだよ。

 

 

そしてなにより、

キミはこれから、たくさんのかけがえのない仲間たちと出会う。

今僕の周りにいる友達は、半分以上がこの仕事からつながっていった仲間たちなんだ。

 

ついでに言うと、

何年も先には、ある方法を使って、キミがこれから体験していく様々なことを、全国のたくさんの人達にも知ってもらえることになるんだから。(笑)

 

 

…まあとにかく、

キミの人生の決断が正しかったのかどうかなんて、

今の僕にだって分からないし、

もちろん、他の誰にも分かるわけはない。

けど、

たったひとつだけ、

僕はハッキリと胸を張ってキミに言えることがある。

 

 

 

この仕事を選んでくれて、ほんとにありがとう。

 

 

 

 

「始まりの物語」 完。

 

 

 

P.S.

あー、結局2年もかかっちゃったけど、

とうとう全部書き終えましたー!

疲れたー!

けど、嬉しいー!

もう、内容なんてどうでもいいー!(笑)

 

しかも、くしくも今日は僕の33歳の誕生日です!!

別にこの日に合わせて書き終えようと思ってたわけじゃないんですけど、なんとなく運命的なものを感じます。

 

まあ、つもる話はまた次回お話するとして、

とにかくみなさん、

こんな完全なる自己満足な自叙伝を、最後まで根気良く読んでくださって、ほんとにありがとうございました!

 

おわり!!

 

 

『本日で「始まりの物語」の連載は終了しました。
たかゆき先生の次回作にご期待ください。
たかゆき先生の作品が読めるのは「ノーレイン ノーレインボー」だけ!』
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2009年10月20日 (火)

覚醒

「青春狂騒曲」からの続き…

 

さて、ひと夏の楽しい思い出として終わるはずだった1997年の夏休み。

しかし、大阪に帰り、いつもの大学生活に戻っていた僕には、やはり日常のどこかに物足りなさを感じ始めていた。

大学自体に興味が無かったのは、相変わらずいつものことなんだけど、

授業をサボって友達と遊んだりしていても、どうしても何かが足りないというか、胸の中で大事な何かが抜け落ちているようなちょっとした喪失感のようなものを感じてしまっていたのである。

僕にとっては、先日までの福岡旅行が、それほどまでに強烈なものだったということだろう。

 

しかも僕は、今まで散々お金のことで頭を悩ませてきたというのに、

ヘタにお金を持っている今となっては、お金について妙に楽観的になってしまい、

周りの人間にオゴりまくるなど、後先を考えずに、とにかくやたらと散財しはじめた。

 

さあ、

そうなってくると、いよいよ僕のダメ人間人生のスタートである…。(笑)

 

 

ダメ、その1。

 

この頃の僕は、以前のように休みの日に駅前で歌を歌おうなんて気持ちも無くなっていた。

生意気なことだが、やっぱり弾き語りというものが、場所とやり方によってはああいう風に大金につながるんだということを知ってしまった今では、もう今までのような趣味範囲の弾き語りに興味を持てなくなってしまったのだ。

しかも、感じが悪いことに、

同じような理由で、時給800円などのアルバイトなどですら僕にはする気が無くなってきていた。

 

ああ、ほんとに、ダメ人間である…。

 

 

 

ダメ、その2。

 

それから約1ヶ月ほどたった、10月の終わり。

この頃になると、僕の日常生活に対する物足りなさはますます大きくなり、結局はあの福岡での充実した毎日に思いを馳せるばかりになっていた。

さらには、お金も段々と減りはじめ、やっぱり何かしなければということになる。

 

しかし、そこで思い付いたのは、

案の定、

大阪でもあのお金儲け弾き語りをやってみようということ。

(まあ、「始まりの物語」と言うぐらいだから、この流れはごく当然のことかもしれないが、それにしても分かりやすすぎるダメな展開…。笑)

 

もちろん、中洲ほど儲かることは無いだろうけど、

とにかくバイト感覚でもいいから、大阪でもあの弾き語りが出来ないかなと思ったのである。

 

 

そして、やはりお金を儲けるなら、場所は飲み屋街がいいだろうということで、

僕は数日かけて、友達と2人で大阪のめぼしい飲み屋街をぐるぐると回った。

 

その結果、第一候補として見つけたのが、ある飲み屋街のとある一角だった。

ここは大阪でも有名な飲み屋街で、僕が見つけた場所はそのメインストリートの出口付近だったから、すごく人通りが多かった。

ここなら、ある程度お金を儲けれそうである。

 

ただ、この場所で気になったのが、5,60メートル先にある派出所と、ヤ○ザさんの存在。

 

まず、派出所の方から言うと、

今までお巡りさんに弾き語りを止められたということは、もちろん何度かある。

けど実は、お金儲けをしていた中州では、結局一度もお巡りさんに止められなくて、

その辺がよく分からないところなんだけど、

それでも、さすがに派出所のこんな近くで弾き語りやらお金儲けやらをすれば、やっぱりすぐに止められるかもしれないと少し心配になったのである。

 

そして、ヤ○ザさんの方は、

この飲み屋街は、僕にとって、全てヤ○ザさんが取り仕切っているというイメージが昔からあって、

こんな場所でお金儲けをしていることがバレたら、そりゃもうヤバイことになってしまうんじゃないかと、こっちの方は結構本気でビビっていたのだ。

 

しかし、

若かりし僕の特徴である、「何でも一度やってみないことには分からない」という性格はここでも健在で、

まあ、もし無理だとしたら、他の場所を探すなり、やっぱり普通のバイトを始めるなりすればいいだけだという結論に至り、

結局、僕は試しに一晩だけ、この場所でお金儲け弾き語りをすることになったのである。

 

しかも、完璧主義でもある僕は、

同じ止められるにしても、せっかくやるなら万全を期そうということで、

少しでもお金を儲けるために、中州では使わなかったマイクやアンプまで使うことにした。

 

ほんと、走り出したらどこまでも止まらない若者である…。

おお、こわ…。

 

 

 

ダメ、その3。

 

しかし、ここ大阪でも、僕は予想以上にお金を儲けることができた。

 

まず、この日に限って言えば、あんなに近くにいるはずのお巡りさんや、怖いヤ○ザさんに止められるなんてことも全く無かったし、

演奏面においても、やっぱりマイクやアンプを使ったことが功を奏したようで、

音が大きいので、先にお客さんを止めなくても自然とあちらからやって来てくれることも多くて、

そのおかげで、よりギターや歌に集中することができた。

そしてなにより、僕も数ヶ月前よりは随分フォークソングのレパートリーが増えたので、

この、若者がフォークソングを歌っているという物珍しさもお金につながった。

 

どうやら、

中州みたいな観光地でしかお金はたくさん儲からないというのは、僕の勝手な妄想だったようで、

こういう年配の人が多い飲み屋街であれば、やり方さえ工夫すれば、どこだってお金は稼げるようである。

 

 

さて、

この事実で、僕は、この弾き語りに対する自信をますます深めたわけなんだけど、

同時に、この頃から僕は、だんだん狩野英孝ばりの

「勘違い自惚れ野郎」にも変貌していってしまう…。

 

 

 

ダメ、その4。

 

大阪初日での成功に気をよくした僕は、それから週に1,2回ぐらいずつ、その場所で弾き語りを続けるようになる。

言っても、この時の僕は大学生という身分だから、

週1,2回ぐらいの弾き語りでも、十分に普通のアルバイト以上の小遣い稼ぎになったのだ。

しかも、あれからも不思議と1回も止められることがなく、怖いくらい順調に弾き語りができた。

もう僕は、福岡に続き、この大阪での弾き語りも楽しくてしかたなくなっていった。

 

しかし、ここからが問題で、

実は、大阪でマイクやアンプを使うようになってから、僕はお客さんに「うまい、うまい」などと褒められることが多くなってきていて、

さらに、いつもお金もたくさん儲かるものだから、

「あれ?
今まで、工夫だなんだって言ってきたけど、
もしかして、俺って、音楽の才能とかもあるんじゃないの…?」

なんていう、若さゆえの恥ずかしい勘違いまでもが始まってしまったのである…。

 

キャー!誰か彼を止めてあげてー!!

スタッフゥ~、スタッフゥ~!!

 

(注:もちろん実際は、音楽の才能なんてほとんど関係ない。
この頃はまだ、今まで体感してきたように、色んな工夫が功を奏して、お金を入れてもらっていただけである。)

 

 

 

ダメ、その5。

 

さあ、そういう面においても、走り出したら止まらない僕。

 

とにかく僕は、大学に通いながらも、夜たまに歌うという、そういう生活を3ヶ月ほど続けた。

そして、その間にも、もちろん妄想を肥大化させていく。

 

 

わー、やっぱり俺の弾き語りは儲かるなあー。

しかも、相変わらずめっちゃ楽しいし。

いや、

マジで俺は音楽の才能あるんかもしれんな。

今まで散々将来のことについて悩んできたわけやし、

こーなったら、本気で歌手でも目指しちゃおっかなー。

もしかして、斉藤和義みたいになっちゃったりして…。

フフフ。

 

…ん、待てよ。

じゃあ、

さっそく大学なんか辞めちゃって、

とりあえずほんまにこの弾き語りだけで生活始めちゃおっか!

そしたら、もうオカンにお金の負担かけることもなくなるし、

弾き語り以外の時間は、曲作ったり色んな音楽活動に専念できるやん!

おー、スゲー!

そんで、後のことは、後のことで、それから考えたらええねん!

うん、そうや、そうや。

こんなん、きっと若いうちしか出来へんわ!

 

ちょっと、待てよっと、

これだけで生活ってことは、週4、5回はやるとして…、

わお!

ひと月でめっちゃ稼げるやんか!!

これだけあったら、余裕で贅沢な一人暮らしできるで!

スゲー、スゲー!!

この仕事やったら、時間もたんまり出来るやろうし。

うわー、そうしよー、そうしよー。

気分爽快、ナイスガイ!OK~!

 

 

…そして、

僕の妄想劇場は続いていく。

 

 

 

P.S.

ほんのチョビっとだけ調子が悪かったので、更新が少し開いちゃいました。

けど、調子の悪さや波も、以前に比べたら格段にマシになっているので、おそらく全快まではあと少しです。(^-^)

ほんと、これも、いつも温かく見守ってくださってるみなさんのおかげだと思っています。

いつもほんとにありがとうございます。

 

さて、

長かったこの「始まりの物語」も、ようやく次で終わりです。

なんだか、同じような流れの繰り返しで、話が随分単調になっちゃってますが、

これは、どうしても残しておきたい僕の人生の記録でもあるので、

みなさん、どうか後1回だけお付き合いくださいね!

 

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「幸福な朝食 退屈な夕食」

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2009年10月11日 (日)

青春狂騒曲

この「始まりの物語」、随分連載期間が長くなっちゃってるので、一旦ここで話を整理してみましょう。

 

まず、今僕は20歳、大学2回生。

けど、無難に就職する気のない僕は、大学に在籍していることに全く意義を感じておらず、これからどうしようかなあっと、日々もんもんとしているわけです。

そんな夏休み。

福岡に住む3つ年下の親友ノリヒサが、2週間後にイギリス留学が決まっていて、それまでの間、せっかくだから僕に福岡に遊びに来ないかと誘ってきます。

そもそも大学生の夏休みというのは、丸々2ヶ月と異様に長いので、

じゃあ今年の夏休みは、初めの2週間は福岡で羽を伸ばし、残りの1ヶ月半はお金もないだろうから大阪に戻ってバイトにでも明け暮れようということに決まるわけです。

そして僕は、2週間の観光気分で、ここ福岡にやって来た、と。

はいみなさん、ここまではいいですね?(←先生気分。笑)

 

しかし、初日の夜から、僕は、まるで運命に導かれるように、外山恒一さんという人物に出会ってしまいます。

この人はなんと、ほぼ路上弾き語りの儲けだけで生活しているというのです!

最初は半信半疑ながらも、僕はこの人に強い興味を持ちます。

そして、自ら教えを乞い、さっそくこの夜、僕もこのお金儲け弾き語りというものを試してみます。

すると、ほんとに弾き語りでお金が稼げるではないですか!!

今までただの趣味程度に弾き語りを続けていた僕にとって、これはとんでもなくショッキングな事実でした。

しかも、少しコツをつかんだ僕は、2日目には、普通のバイトでは到底稼げないような大金を稼いでしまいます。

こうなってくると、僕のお金儲けに対する熱はもう止まりません。

結局、2週間の福岡旅行は、ノリヒサまでも巻き込み、ほとんどこのお金儲け弾き語りだけに費やされることになってしまったのです。

しかも、一度走り始めた20歳の僕は、これだけでは終わりませんでした…。

 

さあ、そこまで分かってもらった上で、続きをどうぞ!!

(って、たったこれだけのことを、何年もかけてダラダラ書き続けてたこのブログって、ある意味すごい…。笑)

 

 

「芽生え」からの続き…

 

2週間後、ノリヒサがイギリス留学に出発する前日。

ノリヒサのマンションでは、僕が意を決して再びノリヒサに無茶なお願いをしていた。

 

「なあ、ノリヒサ。

このマンションって、ノリヒサが出て行った後、どうなんの?」

 

「え?

えっと、10月の中頃に親父が福岡に帰ってくるから、それまでは多分空き家やで。

何で?」

 

「そっか。

えっとな、今からまた無茶なお願いするけど、これはあくまでもお願いやからダメでも全然かまへんし、とりあえず聞くだけ聞いてくれ。」

 

「うん、何、何?」

 

「えっと、ほんまやったら、ノリヒサももう日本から出発するわけやから、予定通り俺も大阪に帰るべきやと思うねんけどな、

この前も言ったみたいに、俺、こんなに楽しくて充実してることって生まれて初めてやねんやんか。

そんで、このまま帰ったら俺な、大学始まる10月まで消化不良の気持ちだけが残って、結局何にも手につかんとバイトなんかもほとんど出来へん気がするねんな。

だから俺、やっぱり大学始まるギリギリまでの間、もう自分が納得するまでこの弾き語り続けてみたいねん。

もちろん、お金がむっちゃ儲かるっていうのもあるしな。」

 

「うん。」

 

「そんで、もしよかったら、鍵は後でちゃんと親父さんに郵送するから、10月までここに俺を住まわせてくれへんやろか。

もちろん、めっちゃ自分勝手なお願いやっていうことは分かってるし、無理やったら無理で全然かまへんねん。他に方法考えるから。

ただ、聞いてみるだけでもいいから、一回親父さんに聞いてもらわれへんやろか。」

 

けど、ここって、もうすぐ電気とガスが止まっちゃうで…。」

 

「え、そうなん?

…いや、全然かまへん。どうせお昼は明るいし、夜は寝るだけやから、懐中電灯一個あればなんとかなる。」

 

「…うーん、そっかー。

まあ、俺も今までたかゆき氏には散々世話になってるし、たかゆき氏がそこまで言うなら、一回親父に聞くだけ聞いてみてあげてもいいけど。」

 

「ほんまか!ノリヒサ、ありがとう。」

 

 

そして、なんと、この後本当にお父さんの了解を得ることが出来た僕は、結局それから9月一杯までの約1ヵ月半、ほんとにこのマンションを一人で使わせてもらえることになったのである。 

(しかしまあ、どこまでずうずうしい20歳なんだろう…。苦笑)

ただ、

次の日、僕がノリヒサを空港まで見送りに行った時、出発直前になって彼が真剣なまなざしで言った言葉が今でも僕の心から離れないでいる…。

 

「なあ、この前は冗談で言ったけど、2年後に俺が日本に帰って来た時に、たかゆき氏までが外山さんみたいに弾き語りで生活してるっていうのだけはほんまにやめてな。」

 

「なんでそんなふうに思うねんな。そんなことあるわけないやん。」

 

「そうかなあ。俺はそれだけが気になる。」

 

 

 

 

それからの1ヵ月半。

それは、まさしく青春の日々と呼べるような輝いた毎日だった。

 

もちろん、電気の通っていない広いマンションで一人で過ごすというのは、少しは寂しいことだったんだろうけど、

僕にとっては、それよりも旅の高揚感の方が上回っていたし、なにより、日々の弾き語りで儲かるお金とその興奮が高揚感を倍増させていた。

やっぱり、よっぽどこのお金儲け弾き語りというものが、元来僕の肌に合っていたんだと思う。

それに、外山さんのようにこれが仕事というわけではなかったから、責任感や焦りなんてものも感じる必要がなかったし、たくさんのお客さんとの交流もすごく楽しかった。

 

 

そして僕は、この弾き語りを続けるうちに、外山さんともどんどん仲良くなっていき、マンションに帰らずに外山さんの家に入りびたることも多くなっていった。

外山さんの家は、変わった人達の出入りも多く、サブカルチャー的なものもたくさん置いてあったから、若かりし僕にとっては、非常に刺激的で興味深い場所だったのである。

ボブ・マーリーを生まれて初めて聴いたのも外山さんの家だし、ニール・ヤングを初めて聴いたのも外山さんの家だった。

僕の大好きなマンガ、「迷走王ボーダー」を初めて読ませてもらったのも外山さんの家だ。

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もちろん、弾き語りで覚えるべきフォークソングもたくさん教えてもらった。

そうして僕はレパートリーも少しずつ増え、ますます弾き語りが楽しくなっていくのだった。

 

 

季節が夏だというのも良かったと思う。

朝まで暖かい中州には、常に色んな人が集まり、お客さん以外にもたくさんの出会いがあった。

いつも決まって「とんぼ」をリクエストする客引きの兄ちゃんや、とにかく弾き語りを毛嫌いする似顔絵描きのおっちゃん。

優しい人情にもたくさん出会った。

いつもタダでホットドッグをご馳走してくれた移動式ホットドッグ屋のおばちゃん。

Ss_020

いつもトイレを快く貸してくれた博多ラーメン屋のおばちゃん。

最終日には、わざわざ僕のために差し入れまで持って来てくれた。

Ss_016

いつも路上で詩を書いていた2人の女の子。

この子達も、9月の最後には肌寒いからって、上着を持ってきてくれてそれをくれた。

Ss_022

 

 

 

とにかく、

合計2ヶ月のこの福岡滞在は、お金儲け弾き語り以外にも、ほんとにたくさんの刺激的な出来事があり、僕の頭の中には強烈に楽しいイメージだけがインプットされたのである。

もちろん、今まで手にしたことのないような大金と共に…。

 

 

僕が大阪に戻る日。

高速バス乗り場には、外山さんがサプライズで見送りに来てくれていた。

そしてまた、こんな話をするのだった。

 

「せっかくだから、大阪に戻ったら、たかゆき氏もこの弾き語りで生活していけば?」

 

「もー、外山さんまでそんなこと言わないでくださいよー。

僕にはそんな気ないですってば。(笑)

これは、ただのひと夏の楽しい思い出なんですから。」

 

 

…20歳のたかゆきくん、

君にはよっぽど自分の未来を見る目がなかったんだね。(苦笑)

 

 

大阪編につづく…。

 

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「覚醒」

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2009年10月 6日 (火)

芽生え

「書を捨てよ、ギターを持って町へ出よう」からの続き…

 

「ノリヒサに色々手伝ってもらったとはいえ、まさかこんな結果になるとは夢にも思わんかったなあ。

もしかして、俺は自分のすごい才能を発見してしまったのかもしれんわ…。」

 

「そうやね。

けど、だからってたかゆき氏までこれで生活するとか言い出さんでよ(笑)」

 

「あははは。さすがにそれはないわ(笑)」

 

午前3時。

今日の弾き語りを終えた僕が、ノリヒサとそんな談笑をしていると、

どこからか、ギターケースを手に持った外山さんが現れた。

 

「お、やっぱりいたね。

今日もやるっていってたから、今ぐるっと一回り探してたところなんだよ。」

 

「わー、外山さん!

探してくれたなんて、わざわざありがとうございます。

外山さんも、今終わったとこなんですか?」

 

「うん、そうそう、さっき終わったとこ。

いやー、今日は金曜だから人多かったでしょ。

どう、たかゆき氏(ノリヒサの影響で昨日から外山さんもそう呼んでる)は儲かった?」

 

・・・・・・・・・。

僕は一瞬戸惑った。

ここまで儲けてしまうと、これは言っていいものなのか、どうなのか…。

 

「…え、ああ、まあそうですね。

外山さんはどうでした?」

 

「え、僕?

僕はねえ、金曜だから2万3千円くらいだったよ。」

 

…外山さんが2万3千円。

どうしよう、やっぱ言われへん…。

 

「で、たかゆき氏はいくらだったの?」

 

「…えっと、まだ数えてないんでよく分からないんですけど、多分、1万8千円くらいかな。

とにかく、外山さんに教えてもらった通りやったら、めっちゃ儲かりましたよ!

すごいんですね、この弾き語りって。」

 

「そうなんだよね、もう暮らせちゃいそうでしょ。(笑)

1万8千円ってことは、たかゆき氏も才能あるのかもね。」

 

中途半端な嘘をついてしまった僕は、なんだか複雑な心境になっていた。

ちゃんとした金額を言って、もっと褒めてほしいような、やっぱり言っちゃいけないような…。

(今考えると、外山さんに嘘つく必要なんか全くなかったんだけど…。笑)

 

「ところでさ、2人とも今日はウチに泊まりにきませんか?」

 

「え?」

 

僕とノリヒサは顔を見合わせる。

しかし、ノリヒサの答えを聞くまでもなく僕は即答していた。

 

「いいんですか!是非、是非!!」

 

だって、さっきノリヒサにはああ言ったものの、実際には、僕のこの弾き語りに対する興味と、さらにこの弾き語りで生活しているという外山さんに対する興味は、昨日にも増して強大なものになっていたから…。

 

 

 

外山さんの家は、中州から車で15分くらいの小高い山の中腹にあった。

外山さんは原付だったので、僕たちは外山さんの先導でタクシーでそこへ向かった。
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(お金ならたんまりあるから。笑)

 

外山さんの部屋は間取りが2Kで、お風呂はついておらず、家賃は27,000円。

しかし、その割にはかなり広く、部屋に上がると、さすがに文筆業もされてるだけあって、そこには大量の本や書籍が並んでいた。

他にもマンガ本やビデオやCDもたくさんあり、ほぼ弾き語りだけでほんとにこんなちゃんとした生活が出来るんだなと感心したと同時に、まだあんまりものを知らない好奇心旺盛な20歳の僕は、そこにあるもの全てに興味を持った。

 

寝るまでの間、僕は、今日弾き語りであったこと、思ったことなどを全て話し、外山さんからもさらに詳しい弾き語りに関することや、今までの生活や人生のことなどたくさんのことを話してもらった。

外山さんの話す内容は、改めて僕にとってカルチャーショックなことばかりで、僕は熱に浮かされたように夢中になってずっと外山さんの話に耳をかたむけていた。

 

 

 

そして、あくる日の土曜日。

この日の夜になると、僕たちはもう当たり前のように外山さんと一緒になって中洲に弾き語りに出かけた。

 

そしてまた、昨日と同じように儲けてしまう僕。

この日の弾き語りを終えた僕は、ノリヒサにこんな宣言をした。

 

「ノリヒサ、すまん。

せっかくお前が誘ってくれた福岡旅行やけど、俺、もうお前がイギリスに留学してしまう2週間後までずっと夜はこの弾き語り続けようと思う。

なんか、こんなに楽しくて、ワクワクすること初めてやねん。

しかも、それがこんな大金になるなんて…。

こんなの、ここ中洲やからこそ成り立つことなんやと思うし、もしかして一生味わわれへんことかもしれんから、後悔せんように福岡に滞在してる間だけは、出来る限りのことしたいねん。

だから、これからはノリヒサは付いてこんでいいから、俺一人だけでも中州に通うわ。

ごめんな。」

 

「たかゆき氏がそこまで言うなら、分かった。

けど、一人でなんか行く必要ないよ。

せっかくやから、俺も最後まで付き合うよ。」

 

 

こうして僕たちは、結局ノリヒサが出発するまでの2週間、(中洲に人が少ない)日曜日と雨の日以外は毎晩のように中州に出向いてお金儲け弾き語りを続けたのである。

そして、あっというまに2週間という日は過ぎていった…。

 

つづく…。

 

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「青春狂騒曲」

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2009年10月 2日 (金)

書を捨てよ、ギターを持って町へ出よう

みなさんは覚えているでしょうか。

このブログで、ちょうど2年ほど前に書き始めた「始まりの物語」

これは、僕がどういったいきさつでこの仕事を始めることになったのかを綴った、完全なる自己満足自叙伝だったんですが、

僕の性格上あまりにも事細かに書きすぎて、とんでもなく長い連載になってしまい、

結局、未だに完結させることができていなかったいわく付きのお話なんです。

 

そこで今日は、そのいわくを解消するためにも、約1年ぶりに「始まりの物語」の続きを書き始めたいと思っています。

ただ、相変わらずの自己満足っぷりな内容ですし、

1年も前からの続きの話ですので、さかのぼって読み始めないと流れがよく分からないという、読む側にとってはかなり拷問に近いシリーズとなっていますので、

あきらめて引き返すなら、今のうちです。(笑)

 

では、見事その拷問に耐え切った猛者だけ、続きをどうぞ。

 

 

「見るまえに跳べ」からの続き…

 

さて、

生まれて初めてギターケースを開けて、いきなり6,800円も儲けてしまった僕。

しかもそれが、たった1時間半の出来事だったのいうのだから、弱冠20歳の若者が有頂天になってしまうのも無理はない。

当初はただの観光&羽伸ばしだったはずの福岡旅行も、初日からさっそく趣旨が変わっていきそうな勢いである。

それを証拠に、次の日僕はお昼ごろ目を覚めると、夕方までの時間をすべてその日の弾き語りのための準備にあてた。

 

その準備というのは具体的に言うと、自作の「リクエスト表」、つまりは「レパートリー表」みたいなものを作るということ。

これは昨晩外山さんが教えてくれたノウハウから自分なりに考えたものなんだけど、

外山さんが言うには、やっぱり僕が昨日感じたように、この弾き語りはおじさん世代に向けてだけ歌を歌うのが最大の秘訣らしく、さらには、その人達のリクエストに応えられるのがベストらしいのだ。

やはり、自分の歌いたい歌や好きな歌を歌い続けても絶対にお金にはならない…

と、そういうことらしい。

けど、この頃の僕が、そういったおじさん向けの曲、つまりはフォークソングのようなものをそんなにたくさん知ってるわけもなく、昨晩のようにごく短い時間ならまだしも、本格的に長時間弾き語りをしようとすれば必然的にフォークソングのレパートリーが足らなさ過ぎる。

かといって、相手が知らない曲を歌って、結局あんまりお金にならないのも嫌だ。

(なぜなら今の僕は「お金」の事で頭が一杯だから!←2回目)

そこで僕は、

じゃあフォークソングは少なくても、とにかく今自分が歌える曲を全部書いたレパートリー表みたいなものを作って、歌を聴いてくれる人にはそこから知っている曲を選んでもらおうと考えたわけである。

相手が選んだ曲なわけだから、それならフォークソングではなくても少しはお客さんも関心をよせてくれるだろう。という魂胆。

ナイスアイデア、たかゆきくん☆

 

 

 

とにかく、そんなこんなで夜8時半。

今日の僕とノリヒサは、昨晩とは違い、「一万円」を儲けるという確固たる目的を持って、ここ中洲にやって来た。

昨日の場所は誰か違う人が歌っていたので、今夜は自分なりに人通りが多そうな場所を探して、そこで準備を始める。

まず、近くの酒屋からビール瓶の空ケースを拝借してきて、それを裏返しにしてイスの代わりにし、開けたギターケースの内ぶたには、お昼に書いた「大阪から来ました。どうぞお気軽にリクエストしてください。」という大きめの紙を貼り、その横に「リクエスト表」を立てかける。

そして最後に、ギターのチューニングをして、準備完了。

さあ、これでいよいよ、僕にとって人生で2回目の、そして昨日とは全く気合の違う本格的なお金儲け弾き語りのスタートである。

 

 

ただ、

スタートとはいっても、昨日のようにここでいきなり歌を歌い始めるわけではない。

実は、これも昨日外山さんから教わったノウハウのひとつなんだけど、

お金をよりたくさん儲けるには、ただやみくもに歌を歌い続けて人が立ち止まってくれるのを待つんじゃなくて、

初めは歌なんて歌わなくてもいいから、とにかくまず、道行く人を立ち止まらせることだけに専念して、

「おとうさん、一曲どうですか!」なんて掛け声と共に右手を前に突き出し、

それに反応して立ち止まってくれた人にだけ、リクエストを聞き、そこからようやく歌い始める。

そういったやり方のほうが、結果お金になりやすいというのだ。

 

なるほど、その方が相手にもちょっとした特別感を与えられるということだろうか。

ただ、そんな弾き語り、今まで見たこともないし、

なにより、歌も歌わず、そんなやり方でほんとにお客さんは立ち止まってくれるものなのだろうか…。(苦笑)

 

 

とにかく僕は、半信半疑ながらも、さっそくそれを実践してみることにした。

今日の中洲は、金曜日の夜ということで一段と活気に溢れ、目の前をひっきりなしに人が行き交う。

そんな中、道端のギターの兄ちゃんが、突然「一曲どうですか!」だなんてそこらの客引きみたいな声掛けをするのは、やっぱり思った以上にかなり恥ずかしい…。

モジモジしてなかなか踏ん切りのつかない僕は、横にいるノリヒサに助け船を求めた。

 

「どーしよー、ノリヒサ。やっぱり歌歌ってなかったら、恥ずかしくて声なんかよう掛けられへんわ。」

 

「けど、たかゆき氏、ここはどうせ大阪じゃないんやから、知ってる人もおらんし、そんな恥ずかしさなんて全く気にしなくてもいいんじゃないの?」

 

 

あ、そっか!ここは福岡やった。大阪じゃないんや!

しかも、ただの旅行中やし、なんも恥ずかしがることなんかないやんか。

そうや、旅の恥はかき捨てや!

インドの挨拶はナマステや!

サンキュー、ノリヒサ!

バイバイ、ガンジス!

 

 

そう吹っ切れた僕は、今度こそ大きな声で客引きを始めた。

 

「一曲どうですか!」

 

しかも、なるべく愛想良く見えるように、満面の笑顔で。

 

「そこのおとうさん、一曲どうですか!一曲聴いていきませんか!」

 

 

行き交う人々は、突然の声掛けに最初はビックリするものの、僕があまりにもの笑顔で呼びかけてくるので、立ち止まりはしなくてもみんな一様に笑顔で通りすぎて行く。

僕もそれに安心して、ますます愛想良く声を掛けていく。

さっきまでの恥ずかしさなんてどこへやらである。

ただ、ここで気を付けなければいけないのは、間違っても若者には声を掛けてはいけないということ。

外山さんが言うには、若者はお金にもならない上に、すぐにタムロしてしまうから、商売としては絶対に避けなければいけない人種らしいのだ。

僕はそれに気を付けながらも、さらに自分なりにお金を払ってくれそうな中高年を選別して(←やらしい!)、ピンポイントで声を掛けていった。

 

 

そうこうするうち、1,2分。

このピンポイント作戦が功を奏したのか、さっそくひとりのおじさんが立ち止まった。

 

「お、なんで俺に声を掛けてくれたと?

嬉しいけん、一曲歌ってもらおうかね。」

 

 

おお、もう来た!

なんでも恐れずに試してみるものである。

 

僕はさっそく「リクエスト表」をそのおじさんに見てもらい、その結果、井上陽水の「少年時代」を歌うことになり、

歌い始めると、間奏や2番なんかでは、ノリヒサが機転を利かせて、おじさんが退屈しないようにちょっとした世間話をしてくれてるなどして、

連携プレーで一曲歌い終えた。

 

すると、そのおじさんは、

「いいねえー、若者。頑張りんしゃいよ。」

などと、千円札をギターケースに入れて、笑顔で立ち去っていった。

 

 

…わお!さすがの外山理論!

いきなり、すげー!

 

ふむふむ。

確かに、歌を歌っていなくても、愛想さえ良くすれば人は立ち止まってくれるようだし、

その後にこういった形で歌を聴いてもらえれば、いくら当時の僕みたいなヘッポコな歌でも、その人だけのために歌ってるんだという付加価値が付いて、まとまったお金を入れてもらいやすいのかもしれない。

しかも今の僕には、飽きさせないためのノリヒサのサポートまで付いているんだから。

 

ふふふふ。

このやり方はほんとにいいかも知れん。

 

それに、この千円には、昨日の千円とはまた違った喜びがある。

自分から仕掛けていった千円というか、もらうべくしてもらった千円というか…。

とにかく、普段ぬるま湯の大学生活を送っている僕にとっては、すごく大きな意味を持つお金である。

 

 

 

 

この後、

気を良くした僕は、ますますコツをつかみ、次々とお客さんを立ち止まらせ、歌以外にも、時には僕が時にはノリヒサが、大阪から来たことなどのたわいも無い世間話を織り交ぜつつ、

結局何人もの方から千円札を入れてもらうことができた。

しかもそれだけではなく、お客さんに歌っている最中にも、通りすがりの人達が小銭を投げ入れていってくれるものだから、

僕のギターケースの中には、どんどんお金が増えていき、昨日外山さんもやっていたように、あんまり多いとやらしいのでいくらかお金を隠すという作業までしなくてはならないほどになっていった。

 

そして、午前3時。

ようやくこの日の弾き語りを終えた僕たちが、人目を避けて数えた今日の儲けの合計が、28,000円なんていう(当時の僕にとっては)とんでもない金額だったのである…。

 

 

 

ただ、

開始から数時間の時点でも、僕はもうすでに感づき始めていた。

今日の大目標である「一万円」という金額はあっというまに超えてしまうだろうということと、

僕にはこのお金儲け弾き語りの才能がかなりあるんだということに…。

 

 

もちろん、外山さんから聞いたノウハウや、ノリヒサのサポートのおかげもあるのは重々分かっているのだが、

それ以上に、

僕の、八方美人を演じきれる性格や、人に対する洞察力、それに今までつちかってきた弾き語りに対する慣れや工夫など、

とにかくそういうあらゆる面が、この弾き語りでのお金儲けというものに、がっつりハマっているということを感じたのである。

 

ただそれは、だからといって、すぐにこれを仕事にしようなんて大げさなものではなくて、

なんとなく心の奥でそういう事を感じたという程度のことなんだけども…。

 

 

とにかく、

今日一日の弾き語りを終えた僕は、今までのバイト終わりなどでは決して味わったこのとのない、とても心地よい疲労感と何ともいえない充実感に包まれていた。

 

つづく…。

 

P.S.

相変わらず、細かい話を詰め込みすぎで、全然前に進みませんね。(笑)

けど、今はせっかくの「本編じゃないよ編」なので、書くのがしんどくならない程度にほどほどに小分けにしてでもなんとか完結させたいと思っています。

 

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「芽生え」

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2008年9月 9日 (火)

見るまえに跳べ

一万円とでっぱりと下心からの続き…

(久しぶりだけど、今回もやっぱりすごく長いです…。)

 

2

 

僕とノリヒサは、さっそくもう片方の「でっぱり」に移動して、すぐに弾き語りの準備を始めた。

初めて訪れた土地での弾き語り。

中洲の喧騒。

2,30メートル先の外山さんの存在。

お金の事。

この時、そういうものすべてが、この狭い橋の上で川の水気を含んだ夏の夜風と一緒になって僕にまとわり付いていたんだけど、それを決して心地の悪いものだとは思わなかった。

大学2回生の夏休み旅行、

僕には今、何かとても面白い事が始まるんじゃないかという根拠の無い予感が湧き始めていたのだ。

時間はすでに10時半。

準備が終わるとノリヒサは少しだけ離れた場所に腰を下ろし、僕は大きな深呼吸をひとつだけした。

もちろん、目の前のギターケースのふたはキチンと開いてある…。

さあ、始めよう。

 

 

さて、

この当時僕が歌っていた歌というのは、その時々の流行りの曲や新旧問わず個人的にお気に入りの曲など、

とにかく自分が知っている範囲で適当になんでもごちゃ混ぜに歌っていた。

要は、歌の種類なんてどうでもよかったのである。

この頃の僕はあくまで「外で歌う」という行為そのものに楽しみを覚えていたわけであって、何を歌うのかということに関してはほとんど無関心だったわけである。

 

ただ、今回に関していえば、少し事情が違う気がする。

僕は初めて、「お金を儲けよう」としているわけで、今までのようにやみくもに歌っていくのがいいとは思えない。

ふと外山さんの方を見ると、どうやら彼はサザンオールスターズの「いとしのエリー」をモノマネ気味に歌っている。

えーっと…。

これは何かのヒントなんだろうか?(笑)

 

実は彼、さっき僕が準備をしている時には、かぐや姫の「神田川」を歌っていた。

初めに聞いた浜田省吾、そしてかぐや姫、サザン…。

統一感が無いので、彼が好き好んでそれらを歌っているのかどうかまでは分からないが、

どうやら、あえて懐かしい曲を選んでいることだけは確かなようである。

うーん…、そっか。

ここ中洲は飲み屋街であると同時に一大観光地でもあるから、さっきからこの橋を行き交う人もさまざまな世代の人々なんだけど、確かにお金を儲けるという観点からいえば、そういう曲を好みそうな古い世代の人にターゲットをしぼって歌うのが最善の方法なのかもしれない。

 

ただ、そうは言っても、流行りの曲などに比べると、年齢的にいって僕の「そういう曲」のレパートリーというのはやはり圧倒的に少ない。

しかたがないので、とりあえず今日は、古くはなくても少しでも多くの人が知っていそうな有名な曲を意識的に選んで歌うことにした。

 

 

そして、とにかく僕は1曲目を歌い始めたんだけど、

最初の「それ」は思っていたよりも随分早くに起きた…。

 

 

そう、それは僕が1曲目を歌い始めてほんの何十秒後かの話。

歌がまだ1番のサビにもさしかかってない時点で、右前方から歩いて来た1組の中年夫婦が、

「お、頑張ってるね。」

と言って、僕のギターケースにポケットの小銭をバラ撒いていったのである。

 

わ、わ、わ!

もうお金入った!!

 

あまりにも早い展開に驚く僕。

しかも当の2人はお金を入れるやいなや、そのまま何事も無かったかのように立ち去っていく…。

 

え?え!?あれ?

歌は…?

歌は聴いていかなくていいの?

 

予想外の出来事に2人の背中をぼう然と見送った僕は、それでも歌うことは止めずにとりあえず目の前のギターケースを覗き込んだ。

そこには、乱雑に散らばった100円玉が3枚と10円玉が2枚。

つまり、ついさっきまで全く空っぽだったギターケースに、今確かに320円のお金が存在しているのだ。

ひやぁ。

320円といえばあれだ。

大学の帰りに、ミスタードーナツで僕の大好きなエンゼルクリームとコーラを頼んで午後の優雅な時間を堪能できる金額ではないか。(それはどうでもいい)

 

僕はなんだか混乱した。

もちろん今まではお金儲けが目的じゃなかったわけだけど、それでも今まで長らく続けてきた弾き語りの経験の中で、誰かからお金をもらった記憶なんてせいぜい2,3回ぐらいしかない。

それを、生まれて初めてギターケースを開けた途端、まさかホントにこんなにすぐにお金を入れてもらえるなんて思ってもみなかったからだ。

しかも彼らは、歌なんてほとんど聴いてなかったわけだし…。

「頑張ってるね。」て言ったって、実際僕はまだ何にも頑張ってないわけだし…。

なんだろう、この感覚は。

確かに自分が望んだことなので嬉しいのは嬉しいのだが、同時に、(いくら小銭とはいえ)お金を儲けるのがこんなに簡単な事でいいのだろうかというちょっとした罪悪感みたいなものも感じてしまうのである。

 

その時、僕は反射的にノリヒサを見た。

(なぜなら、その罪悪感というのが、他ならぬノリヒサのような第三者に対する罪悪感でもあったからだ。)

 

ノリヒサは僕の視線に気付き、「やったね」といった感じでニヤリと笑う。

それを見た僕は、結局それにつられてニヤリと笑ってしまった。

 

そっか、

やっぱり罪悪感なんて感じる必要はないんやよな。

だって、どう言い訳しようが俺は今実際にほとんどそれ(お金)が目的なんやし、ノリヒサもそれを重々分かってるわけやもん。

だから、これはただ単に幸先が良くてラッキーやったって考えたらいいだけやで。

うん、そうやそうや。

 

なんだか、そう考えると僕は急にテンションが上がってきた。

「よし、こうなったら、どんな形でもいいからこの調子でもっともっと儲けてやるぞ!」と。 

(つまり、僕が小さな罪悪感にさいなまれたのはほんの数秒だけだったっていうことになる。いやはや、何という変わり身の早さ…。苦笑)

 

 

 

まあ、そうはいっても結局この後、2曲目、3曲目と全くお金は入らなくて、僕は(分かりやすく)さっそくガッカリした気持ちになったんだけど、

そんな気持ちになったのもつかの間、

今度はついに最初の「あれ」が起こった…。

 

それは、ちょうど僕が次の4曲目を何の曲にするか悩んでいた時、

1人の水商売風のお姉さん(40歳くらい)が僕の前で立ち止まり、僕にこう告げたのだ。

「何か歌ってよ。」

 

 

おお!

僕の中に緊張感が走った。  

そりゃもちろん、今までも弾き語りの中で誰かから「何か歌ってくれ」なんて言われたことは山ほどある。

ただ、こういう風にギターケースを開けた状態で歌を頼まれるというのは、今までとはまた違う意味を持っているような気がしたからだ。

 

だって考えてみてほしい。

お姉さんにしてみたって、今目の前でハッキリと開いた(320円入りの)ギターケースの前に立って、

そのうえで

僕に歌を頼んでいるのである。

それは、彼女にも少なからず何らかの心づもりがあると考えるのが自然ではなかろうか。 

例えるなら、

一人暮らしの男の家に、初めて女の子が(一人で)遊びに来たようなものである。

この後何が起こるかなんて、誰の目からも自明の理なわけだ。

ぐへへへ。

君も子供じゃないんだから、そのぐらいのことは分かって遊びに来たんだろ?

ぐへへへ。

 

あ、ごめん。

例えが全然違うわ。 

 

とにかく僕は、ここは絶好の(本日2回目の)お金儲けチャンスだと考え、

できるだけお姉さんの年齢に合わせた選曲を心がけ、結局イルカの「なごり雪」を歌うことにした。

この曲なら僕も知っている。

 

ただ、「知っている」と「歌う」は全く別の問題であり、知っているからといってそれだけで上手く歌えるのかというと、それはもちろん違う。

この時、完全にお金に目のくらんでいる弱冠20歳の若造は、とりあえず感情さえ込めておけばいいなどと勘違いし、

今は真夏だというのに頭の中では律儀に春の訪れを想像し、今日初めて会ったばかりで去年の事なんて知るわけもないのに、「うんうん、去年よりもずっと綺麗になったよ。」などと目を細めてお姉さんを見つめたりしながら(笑)、

とにかく大いに泥臭く、この「なごり雪」を歌った。

 

…それでも、

結果は予想以上のものだった。

 

というのも、

(案外この若さゆえのガムシャラさが功を奏したんだろうか)お姉さん、歌の間はとにかく終始笑顔で、

曲が終わり僕が頭をペコリと下げると、

「ありがとう。すごく楽しかったわ。」

などと、なんと財布から千円札を取り出し、それをギターケースに入れたのである。

 

わ、わ、わお!

 

お金をもらうにしてもまさか1000円までの金額は想像していなかった僕たちは、目をパチクリさせて顔を見合わせる。

 

するとお姉さんは、

「応援してるから、これからも頑張ってね。」

という言葉を残して、満足気に腰をクネクネさせて立ち去っていってしまった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

1曲目同様、僕は一応すぐにギターケースを覗き込む。

そこには、確かに初めの小銭のほかに、目新しい千円札が…。

ひやぁ。

ほ、ほんまに、せんえん…。

1000円といえばあれだ。

大学の帰りに、ミスタードーナツで僕の大好きなエンゼルクリームとコーラを頼んで、それでもだいぶ余るから、たまたまその店に居合わせた同級生のユミちゃんを呼んで、彼女にもエンゼルフレンチと氷コーヒーをご馳走してあげつつ2人で午後の優雅な時間を堪能できる金額ではないか。(ほんとどうでもいい)

 

 

僕は自分の鼓動が高鳴るのを感じた。

 

僕の歌が1000円…。

たった一曲で1000円…。

ああ…、

死ぬほど嬉しい…。

 

だって最初の行きずりの小銭とは違い、今回お姉さんはハッキリと、僕が歌った「なごり雪」に対して1000円というお金を入れてくれたわけである。

僕は全くの素人だけど、それでも、歌を歌う者にとってこんなに分かりやすくて自信になるご褒美はないではないか。 

今までずっと外で歌うという事だけで満足していた僕にとっては、はっきり言って、こんなのは生まれて初めて味わう感覚である。

ああ、この感覚を味わえただけでも、ギターケースを開けてみてよかった。

中洲に来てよかった。

そして、

地球に生まれてよかったー!

 

 

ただ、ここにきて学んだこともある。

それは、今の歌でも分かるように、

これが全部僕の歌の良し悪しだけから来てるわけじゃないということ。

だって思い返すと、

初めの中年夫婦といい、今のお姉さんといい、

「頑張ってるね」

だとか

「応援してるから頑張ってね」

だとか、両組とも「頑張る」という類いの言葉を口にしていた。

つまり僕よりもっと年配の人達は、

とにかくまず、「若者ががんばっている」姿をとし、どうもそれに対して心を動かされてお金を出したくなるようなのである。

これは僕が自分の体感として学んだことである。

 

ただ、

その「頑張ってる」のは僕本人であり、それを含めて「僕の歌」なわけだから、やっぱり僕の自信やお金をもらった嬉しさにはなんら変わりはない。

チョー気持ちいい。

 

 

 

さて、

そんなこんなで、開始からわずか20分足らずで、こんなふうにすでに1,300円以上も儲けてしまった僕。

まさかギターケースを開けただけでこんな世界が広がってるとは思ってもみなかった。

もしかして、案外僕にもこういうお金儲けの才能があるのかもしれない。

そして、初めは隣の外山さんの様子を逐一覗き見ていっぱいお金儲けのノウハウを盗んでやろうなどともくろんでいた僕も、

今や、自分が弾き語りでお金を儲けているんだという初めての快感に浸りきりで、そんなもくろみすらどこかに吹き飛んでしまった。

はっきり言って、自分の事だけに夢中&精一杯で、人を見てるような余裕がないのである。

まあいい。

今日は(あまりにも突然の弾き語りだったから)もうあんまり時間もないし、後はこのまま終電時間まで、自分の思ったとおり好きなように歌ってしまおうじゃないか。

それに、ノウハウっていったって、

今や僕には、自分で見つけた、必殺「頑張る」というノウハウがあるんだから。(どんなノウハウや…。笑)

 

 

 

そうして僕は、この後、終電時間を気にしつつ、結局12時ぐらいまでこの弾き語りを続けた。

途中、その「頑張り」のおかげか、あれからも驚くほど順調で、何人もの人が歌を聴いてくれたり、お金を入れたりしてくれた。

結局、始める前に心配していた酔っ払いに絡まれるとかのトラブルも一切無く、

とにかく今夜のこの1時間半、僕はただただひたすらに楽しかっただけだった。

まるで夢の中にいるようで、こんな時間がずっと続けばいいのにと思ったくらいだ。

そして、そういうもろもろの結果が最終的に僕のギターケースの中のお金に表れていた。

そう、

そこには、

千円札が4枚と

小銭が2,800円ほど。

つまり僕は、生まれて初めてのお金儲け弾き語りで、計6,800円も稼いでしまったのである…。

ひゃぁ。

6,800円といえばあれだ。

大学の帰りに、ミスタードーナツで僕の大好きなエンゼルクリームとコーラを頼んで、それでもだいぶ余るから、たまたまその店に居合わせた同級生のユミちゃんを呼んで、彼女にもエンゼルフレンチと氷コーヒーをご馳走してあげて、まだまだ余ってるから、「ユミちゃん、この後ボーリングでも行けへん?」って誘って2人でボーリング行って、ついでにカラオケも行って、

「なんか疲れてもうたなあ。えっと、この後どうしよ。うちでも来る?」

「え!?たかゆき君ち?」

「うん、そやで。何心配してんねんな(笑)。疲れたからちょっとお茶飲むだけやんか。ユミちゃん、変なこと考えすぎ!(笑)」

「…うん、じゃあ、お茶飲むだけなら。」

そして2人は、すっかり日の暮れた大阪の街を歩き、ついに僕の家に到着する。

先にユミちゃんを家に上がらせ、後ろ手で鍵を閉めたたかゆきは、ここで突然豹変した。

「ぐへへへ。君も子供じゃないんだから、そのぐらいのことは分かって遊びに来たんだろ?ぐへへへ。」

 

…って、

あれ?

何の話やったっけ?(笑)

 

あ、そうそう、6,800円。

とにかくもう一度言うが、

僕は旅の初日にお試しでやってみた人生初のお金儲け弾き語りで、いきなり6,800円も儲けてしまったのである。

しかもたった1時間半で!!

いくらビギナーズラックとはいえ、当時貧乏学生だった僕にとっては、これは今までの自分の価値観をすべてひっくり返してしまうような大事件だった。

だって、バイトの日給に近い金額を、趣味の弾き語りのたった1時間半で稼いでしまったわけだから…。

 

こりゃあ、外山さんの言う「一万円」っていうのもきっとホンマやな…。

ああ、世の中にはこんな世界があったなんて、俺は今までなんてもったいないことをしてきたんやろう…。

まあけど、これもここ「中洲」やから成り立つことなんかもしれんな。うん。

それにしても、弾き語りで一万円かあ…。

それってどんな気持ちなんやろ…。

俺も儲けてみたいなあ…。

けどそれには、今日みたいな運まかせじゃなくて、もっと色んなノウハウを身に付けなあかんねんやろな。

ああ、明日もこれ(お金儲け弾き語り)やりたいなあ…。

ノリヒサ怒るかなあ…。

 

「なあ、ノリヒサ~。
明日の予定ってもう決まってるの?」(←猫なで声)

 

「…分かってるよ、たかゆき氏。
明日もこれやりたいんやろ?
俺もついてくるから、明日は早めに来て、終電時間気にせんでいいように、次の日の始発で帰ろ。な。」

 

「きゃー、ノリヒサく~ん!!
大好き!!男前!!大統領!!」(←うるさい)

 

さあ、

そうと決まったら仕事は早い。

後は、明日僕も一万円を儲けるべく、終電時間ギリギリまで外山さんに詳しく教えを乞うことにしよう。

そして、急いで後片付けを済ませ、僕たちはまだ仕事(この時僕は、もうこれが仕事であることに何の疑いも持っていなかった)を続けている外山さんのもとへ駆け寄った。

外山さんはすぐに僕たちに気付く。

 

外山さん
「お、どうだった?儲かった?」

 

「はい、おかげさまで。
けど外山さん、これってすごいですねえ…。
僕みたいな初心者でも、なんかよく分からないけど6,000円以上も儲かっちゃいました。」

 

「おお、すごいじゃん。よかったね。」

 

「外山さんはあれからどうでした?」

 

「あ、僕は、まだ分からないけど、このままいったら1万7千円ぐらいにはなるんじゃないかな。」

 

い、いちまんななせんえん…。(汗)

 

「あ、1万7千円ね…。(苦笑)

えっと、ところでちょっと相談なんですけど、実は僕ら明日もこれをやってみようと思ってまして、もしよかったらノウハウみたいなものがあったら、僕らに少しでも教えてもらえないかなあと思って…。」

 

よく考えると、今日初対面の人に対して、これはどれだけずうずうしいお願いなんだろう…。

だってそんなの、外山さんには何のメリットもないんだから…。

しかし、彼はあまりにもあっさり答えた。

 

「あ、うん、うん。全然構わないよ。」

 

 

 

 

 

 

この後、僕たちは終電時間まで外山さんから色々な話を聞いた。

今思うと、この日僕がたまたま6,800円も儲かってなければ、

そして、こうして外山さんに出会って話を聞いていなければ、

僕の人生は今と全く違ったものになっていたに違いない。

いわば、この日が僕にとっての運命の1日だったのである。

 

だって、次の日、

僕はこの弾き語りで28,000円も儲けてしまうことになるんだから…。

 

ひゃぁ。

28,000円といえばあれだ。

大学の帰りに、ミスタードーナ…(以下略)

 

つづく…。

 

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2008年6月 3日 (火)

一万円とでっぱりと下心

運命の出会いからの続き…

 

とにかくそういうわけで、中洲で弾き語りをする場所を探している最中、ついに外山恒一さんと運命の出会いを果たした僕。

けどもちろん、この時の僕にはこれが運命の出会いだとか、この人が外山さんであるだとかは分かっているはずもない。

興味が止まらなくなっていた僕は、一曲歌い終えるのを見計らって恐る恐るその金髪の男性に話しかけた。

 

「あのー、すみません。
ちょっとお話させてもらっていいですか?」

 

「え?
あー、うん。いいですよ。」

 

彼は、手に持ったギターケースを見て、僕がストリートミュージシャンであることを認識したようだ。

 

「えっと、僕、今日大阪から来たばっかりなんですけどね、
お兄さんはいつもここで歌ってはるんですか?」

 

「あー、うんうん。
だいだいいつもこの辺で歌ってるね。」

 

思ったより気さくそうな人だ。

少し安心した僕は続ける。

 

「それでね、突然ちょっと失礼な質問かもしれないですけど、
この『生活費』っていうのは本当なんですか?」

 

「あー、これね、
本当だよ。」

 

「え!?
じゃ、じゃあ、このギターケースの中のお金もほんまに今日稼いだお金なんですか!?」

 

「そうだよ。
ほんとはもうちょっとあるけど、あんまり多いとあれだから、千円札は何枚か回収してるけどね。」

 

「え、え、え、あ、あの、い、いくらぐらい稼ぎはったんですか?」
   ↑
(明らかに興奮してきてる。笑)

 

「そうだなあ。
今日は今の時点で、1万円以上にはなってるんじゃないかな。」

 

「い、いちまんえん!!!???」

 

 

僕とノリヒサはお互いの顔を見合わせる。

もうわけがわからない…。

一万円といえば、大学生の僕が朝から晩まで必死にバイトして、それでもギリギリ稼げるか稼げないかの金額じゃないか。

そんな大金をこの金髪っつぁんは、今夜の「弾き語り」だけで稼いだというのか?

冗談じゃない!

さすがにそれは嘘にきまってる。

嘘にきまってる、さすがにそれは。(倒置法)

だって彼は、見たところそんな特別な弾き語りをしているわけでもなく、生ギターと生声で座って普通に歌っているだけだもん。

それがどうして1万円もの大金につながるのだ。

意味が全く分からない。

それにこの橋だって、狭い割にはある程度の人通りがあるけど、そんなにべらぼうな数の人が通ってるわけでもないし…。

それを証拠に、さっきから僕らが見ている範囲内では、誰一人として彼のギターケースにお金を入れた人はいないではないか。

そう思うと、彼の、金髪なのに真面目そうなメガネという独特のイデタチさえもなんだかうさん臭く見えてくる。(笑)

うーん、やっぱり嘘だよなあ…。

もうこのまま立ち去ってしまおうかなあ…。

 

 

とはいいつつ、

初対面の僕らにあまりにもあっさりとこんな事を話してくれる彼に対して、僕の興味心はとどまるどころか、もうメーターが振り切れてしまうほどの勢いだったことも事実で、この時、 

嘘だろが何だろうがもっとこの人の話を聞きたい!

と思う僕も一方で確かに存在していた。 

 

それは、若さゆえの(未知なるものへの)探究心からだけではなくて、もしかして初めから決まっていた「運命」のようなものだったのかもしれない。

だって、

これがほんとにすべての出発点になってしまったんだから…。

 

 

そしてこの後、結局僕達はしばらく彼との会話を続けた。

それによると、

彼の名前は外山さん。

27歳(当時)。学年でいうと僕の6つ上。

本人曰く、18歳の時に本を出版して、それが福岡で一時ベストセラーになったらしく、それ以来作家として活動するも、それだけでは到底食べていけないということで、今はこのストリートミュージシャンとしての儲けでほとんど生活しているらしい。

そして、そんな仕事としてのストリートミュージシャン生活をなんともう7年ほど続けているらしく、今やこういうストリート活動には心底アキアキしていると言っていた。

 

へえー、ほんとに変わった人だなあ。

こんな生活をしている人がいるなんて、世の中には僕の知らない世界がまだまだたくさんあるんだろうな。

すごいもんだなあ。

 

とにかく僕は、半信半疑ながらも、彼の言葉一つ一つにいちいち驚きや関心を隠せなかった。

(それでもまだ1万円のことだけは頑なに信じてなかったけど…。)

 

そんな中、ふと時計を見ると、いつのまにかもう10時すぎ。

話をもう少し聞いていたい気もするが、これ以上彼の言う「商売」の邪魔をしてもいけないし、このままじゃ僕もせっかく持ってきたギターの意味がなくなってしまう。
(今日は電車で来たから、終電で帰らないといけないのだ。)

かといって、これ以上場所を探している時間もなさそうだし…。

前回も言ったように、他のストリートミュージシャンや、なにより今この外山さんを見て、とにかく早くここ中洲でギターケースを開けて弾き語りをしてみたいと強く思い始めていた僕は、ここで外山さんにある提案をしてみた。

 

「えっとね、僕もどこかで弾き語りをしようと思ってるんですけど、もし迷惑じゃなかったら、僕もそこのスペースで歌ってみていいですかね。」

 

そして、僕はあるスペースを指差す。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

はい!

突然、ここでその「スペース」についての詳しい解説をします!

ちなみにこれ、完全に今思いついただけです!(笑)

 

えっと、

とりあえず地図で説明しますね。

 

まずこれが、西日本最大の歓楽街、「中洲」。

Photo_2

 

分かります?

ほら、ほんとに川に浮かぶ「中州状」になってるでしょ。

これね。

2

 

この中洲の右下らへんにね、ちょっと見えにくいけど「春吉橋(はるよしばし)」っていう橋があるのが分かりますか。
(分かりにくい人は地図をクリックしてみてください。)

ここね。

3

 

ああ、やっぱりまだちょっと分かりにくいから拡大しますね。

ドン。

Photo_3

 

え?

まだ分かりにくいって?

じゃあ、もっと拡大。

ドンドン。

Photo_4

 

これで分かりました?

このオレンジ色の大きい橋が「春吉橋」です。

それでね、その春吉橋の上にもうひとつ白くて狭い橋があるでしょ。

そう、

この橋で外山さんは歌ってたんです。

そしてこの橋って、2つほどなんか「でっぱり」みたいなのがあるの分かりません?

これです、これ。

Photo_5

 

あのね、この時外山さんはこの右側のほうの「でっぱり」で歌ってたんです。

そして、僕が指差したスペースっていうのが、その左側のほうの「でっぱり」だったわけです。

 

さあ、これで大体イメージつかめましたか。

え?

地図だけじゃまだいまいちイメージつかめてないって?

もう!世話が焼けるなー。

じゃあ最後にこれならどうだ!

ドドドーン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

2_2

 

ね、

分かったでしょ?(笑)

 

はい!

これにて、「場所&スペース」の解説終わり!!

本編に戻ります♡

(なお、「ほんとにどうでもいい解説だった…。」とかいう苦情は一切受け付けません。
僕が楽しかったからいいんです。笑)

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

というわけで、よく見てもらったら分かると思うけど、僕が指差したスペースっていうのは外山さんが歌ってる場所からせいぜい2,30メートルぐらいしか離れていない場所だった。

このぐらいの距離だと、お互いの演奏がある程度聞こえてしまって「商売」に影響がでるだろうから、多分嫌がられるだろうなと思い半分ダメモトで提案したんだけど、

外山さんの答えは意外にあっけないものだった。

 

「うん、全然いいよ。」

 

「…え?いいんですか?
ありがとうございます!!
じゃああのー、
僕も外山さんに習って、初めてギターケースを開けて歌おうと思うんですけど、それでも大丈夫ですかね?」

 

「うん、うん。やってみれば。
それで後でどのくらい儲かったか教えてね。」

 

うわー!

なんて気さくでいい人や!!

ある意味この人はほんとに大物なのかもしれないなあ、

・・・・・・・・・・・・・・、

1万円は嘘だろうけど。(←しつこい!)

(ちなみに、もし今の僕が逆の立場なら、初対面の旅人ミュージシャンに対してこんなにフランクに接することなんて到底出来っこない。
すごくめんどくさいし、「商売のジャマだ」と迷惑がっているはずだ。)

 

 

さて、実は僕がその場所で歌おうと思ったのにはある理由があった。

それは、

お金をたくさん儲けているというそのノウハウを盗み見てやろうという単純な下心。(笑)

 

いかにも分かりやすい理由かもしれないけど、この当時いつも「お金」の事でもんもんとしていた僕にとっては、どうしてもその

[ 道で歌を歌う = お金になる ]

という図式が頭の中でうまく理解できなかったのである。

それを、本人のこんなに近くで歌えれば、その様子もうかがい見ることができるだろうし、それと同時に、自分だってもしかして少しはお金を儲けることができるかもしれないと思ったわけだ。

もちろん何度も言うように、まだ信じきれてない部分もたくさんあったんだけど…。

とにかく、1つだけ言えるのは、

 

僕はもう「お金」の事だけで頭の中がいっぱいだったんだ!

 

わー!言っちゃったー!(笑)

 

 

 

さあ、そんなわけで、

20歳、ある夏の夜。

ただ観光に来ただけのはずだったここ福岡で、

僕の今後の人生を大きく左右することになる、初のお金儲け弾き語りが静かに幕を開ける…。

 

 

つづく…。

 

 

P.S.

いやー、また無駄に長くなってしまいましたね。

ここまで頑張って読んでくださった方、どうもありがとうございました。

まだ書いてみないと分からないんですが、この調子でいけば続きもまだまだ長くなる予感がプンプンします。(苦笑)

けどね、もうこれは僕のブログの宿命みたいなものなので、みなさんどうかあきらめてしまってください。(笑)

  

というわけで、

(また無駄に長ーい予定の)次回お会いしましょう。

 

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「見るまえに跳べ」

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2008年5月15日 (木)

運命の出会い

春だ。(もう終わるよ。)

ゴールデンウィークだ。(とっくに終わったよ。)

ブログを再開しよう。

大事な大事な僕の記録だもの。

もう、いつものような言い訳はいらない。

とにかく書こう。

きっと面白いことは書けないけど…。(それが言い訳だよ。)

えっと、何を書くんだっけか。

ああ、そうか、この仕事を始めるきっかけになった話か。

みんなももう忘れちゃったと思うけど、外山恒一さんとの出会いとかなんとか、とにかくそんな話だ。(そこ適当?)

 

 

というわけで、3ヶ月近くも前の「もんもんもん」という話からの続きです。

 

 

続き…

 

さて、その頃、僕には3つ年下の親友がいた。

彼の名は、ノリヒサ(仮名)。

ノリヒサは、僕の大学の女友達ので、当時福岡に住んでいたんだけど、お姉ちゃんを訪ねてよく大阪に遊びに来ていて、

1年前の初対面の時から、僕たちは歳は違えど何故だか妙に気が合い、すぐに意気投合したのだった。

 

そして、この年の夏休み。

そのノリヒサが僕に、福岡に遊びに来ないかと誘ってきた。

実は彼は、あと2週間ほどでしばらくイギリスに留学することが決まっていて、日本を発つ前に、せっかくなので今彼の住む福岡に旅行がてら遊びにおいでよと言うのである。

そもそも、大学生の夏休みというのは、丸々2ヶ月と異様に長い。

普通2回生といえば、そろそろ就職活動に動き出す時期なのかもしれないが、そんな考えなど毛頭無い僕は、この長い夏休みをどう過ごそうかちょうど悩んでいたこともあり、二つ返事でその誘いを快諾した。

それに、僕は今まで福岡には一度も行ったことがなく、以前から「博多」という街にはすごく興味があったのだ。

じゃあとにかく、

夏休み、初めの2週間は福岡で羽を伸ばし、残りの1ヵ月半はお金もないだろうから大阪に戻ってバイトにでも明け暮れよう。

と、

それが、この時僕が思い描いた1997年の夏休み計画だった。

しかし、この初めての福岡旅行こそが、後の僕の人生をまるで思わぬ方向に導いていく大きな大きなターニングポイントになろうとは、もちろんこの時の僕には知るよしもない…。

 

 

 

さてさて、夜行バスに乗ってたどり着いた西の都大福岡。

ノリヒサの住むマンションは博多から少し離れた「姪浜(めいのはま)」という所にあった。

このマンション、3LDKもあるれっきとしたファミリータイプのマンションですごく広く、以前はノリヒサと父親の2人で住んでいたらしいが、現在父親は仕事の関係で違う場所に住んでいて、今はノリヒサ一人で暮らしているらしい。

当時17歳の若者が、こんなに広い家にたった一人きりで住んでいるというのは、今となっては少し違和感を感じざるを得ないが、彼もなかなか複雑な人生の持ち主。

人それぞれ色んな事情があるんだろう。

とにかく、朝早く福岡に到着した僕は、マンションに荷物を置かせてもらい、ノリヒサの案内のもとさっそく福岡観光に出かけた。

まあしかし、福岡観光とはいってもそんな大げさなものではなく、まだ初日ということもあり、大濠公園(おおほりこうえん)という大きな公園や、博多の中心地を歩いてまわるといった程度のもの。

それでも、初めての土地、大好きな夏の匂い、博多独特の人々の活気、そんなものたちの空気に包まれて、自然と僕の気分は高揚していった。

 

うわー、福岡めっちゃ楽しそう!

 

そんな中でも、僕が一番興味をもった場所が、「中洲(なかす)」と呼ばれる西日本最大の歓楽街(飲み屋街)。

ここは、その名の通り川に浮かぶ中州状の地形になっていて、橋を渡ってあちら側に向かう。

 

Img_2631

 

僕らが到着したのが昼過ぎだったこともあり、そこにはまだ歓楽街特有のきらびやかさや人の賑わいはほとんど無かったんだけど、

その時ノリヒサが何気なく口にした一言。

 

「ここも夜になったら、ストリートミュージシャンがたくさん演奏してるんやで。」

 

この言葉に、僕は激しく食いついたのである。

 

 

もちろん、単に「ストリートミュージシャン」という言葉に反応したのもあるが、それだけではない。

にも書いたが、高校1年生から始めた路上演奏。

あれから5年近くたって大学生になったこの頃でも、確かに僕はまだ趣味程度で月に1,2回くらいは駅前などで歌っていた。

(何が目的だとかそういう確固たるものは無かったんだけども、見知らぬ人達との出会いなども含め、なんとなく外で歌う行為がいまだに楽しかったのである。)

ただ、今まで僕にとって弾き語りっていうのは、そういう駅前や公園など、基本的にお酒の入っていないいわゆるシラフの人々相手にするものだという勝手な思い込みがあった。

だからノリヒサの言葉を聞いて、

この純然たる飲み屋街で、夜に酔っ払いを相手に弾き語りをする人達がいるんだという事にビックリし、そしてすごく興味を持ったわけである。

 

さらには実は僕、まだ言ってなかったが、今回の福岡旅行にもギターや楽譜などのちょっとした弾き語り道具は持ってきていて、あわよくば暇な時間にでもどこかで歌ってやろうともくろんでいた。

もちろん、それは大阪と同じくどこかの駅前か公園などを想像していたんだけど、こうなってくると話は別である。

 

せっかくなら、俺もここ(中洲)で歌ってみたい!!

 

なんだか、夜の世界ということで少し危険な香りがしないでもないが、それよりなにより新しい世界へ足を踏み入れるという興奮のほうが僕を魅了するのだ。

 

「なあ、ノリヒサ。
そしたらさあ、福岡におる間1回でいいからさあ、時間のある夜に俺もここで歌ってみていい?」

 

「うん、全然構へんよ。
そしてら、さっそく今日の夜にでもまず様子見に来てみる?」

 

「え?今日?
いいの?
えらい話が早いけど…。」

 

「そうかな。
だって俺、たかゆき氏(当時のあだ名)が福岡来るって言った時から、なんとなくこうなる気がしとってんもん。」

 

 

 

 

 

それから数時間、

分かりやすい性格の僕は、観光中も食事中も頭の中はずっと弾き語りのことで一杯だった。

 

 

初めての大阪以外での弾き語り。

しかも夜の巨大飲み屋街。

一体他にはどんなストリートミュージシャン達が演奏してるんだろう。

そして、僕の前にはどんな人達が足を止めてくれるんだろう。

やはり飲み屋街っていうのはトラブルが多いんだろうか。

怖い目に遭ったりもするんだろうか。

けどその分、新しい出会いもあるかもしれない。

うん、そうだ。

何が起こるかなんて、やってみなくちゃ分からない。

何かあったとしても、そんなの、旅の恥はかき捨てだ。

ああ、やっぱりワクワクする。

もちろん、すごく緊張もするけど、

とにかくワクワクする。

 

 

 

 

そんなこんなで夜9時。

僕達はほんとにここ中洲に戻ってきた。

今日はまだ様子見だと言いつつも、僕の手にはしっかりとギターケースと楽譜の入ったカバンを握りしめて…。

 

 

 

しかしまあ、夜の中洲はほんとに昼間とは全く違う世界だ。

あれだけ穏やかだった街が、この数時間でこんなにネオンきらめく大人の街に変貌するなんて。

 

04b_2

05b_2

 

川沿いにも昼間には無かった屋台の群れがずらりと並び、ほんとにたくさんの人が行き交っている。

 

03b_2

 

家族連れや観光客もたくさんいることを考えれば、

どうやらここ中洲は、飲み屋街であると同時に、一大観光スポットにもなっているようだ。 

 

緊張と同時に、僕のテンションもますます上がってくる。

 

 

そんな中、様子見のため僕達はさっそく他のストリートミュージシャン探しを開始。

すると、

確かにノリヒサの言った通り、中州にはいたるところにストリートミュージシャンが点在していた。

川沿い、道路沿い、閉まった店のシャッターの前、曲がり角、などなど。

 

しかし、残念ながら、どうも彼らの中に特に僕の興味を引くようなミュージシャンはいない。

なんというか、夜の飲み屋街とはいっても、結局は僕が大阪で見てきた大半のストリートミュージシャンと同じで、

好きなアーティストの歌を声を張り上げてただひたすら歌っているだけといった感じの人ばっかりなのである。

もちろん僕も、今までずっと彼らと同じような事をやってきたわけだけども…。

それでもやっぱり、飲み屋街っていう未知なる場所にはきっとすごい弾き語りや変わった弾き語りが多いんだろうと勝手に期待していた僕にとっては、なんだか少し残念な気持ちなのだ。

うーん…。

 

ただ、

1つだけ、決定的に大阪と違うポイントがあった。

それは、彼らのうち何人かがギターケースのふたを開けて演奏していたこと。

これにはちょっと驚いた。

 

ギターケースを開けて演奏するということは、歌を聴いた人に対して、

「よければお金を入れてください。」

と宣言する行為である。

そのくらいのことは僕も分かっている。

実際、彼らのケースには小銭がいくらかばらまかれていたし。

 

ただ、今まで僕が大阪で演奏してきた小さい世界では、それは暗黙のルールとして、素人がやってはいけない行為、

つまり、「タブー」だという認識だったのである。

 

なんでタブーだったのかと言われると、実際のところ理由はよく分からないのだが、とにかく僕の周りではそういう暗黙のルールがあって、僕も無意識にそれに従ってきた。

ごくごく稀に好意でお金をくれる人もいたにはいたが、それはあくまでも直接お金を渡してくれる場合。

とにかくいつもふたは閉めていたのである。

 

 

そういうわけで今回僕は(ギターケースを開ける)彼らを見て驚いたんだけど、

その時、驚きと同時に実はもうひとつ別の感情も芽生えていた。

それは、「いけないことをしやがって」とかそういう気持ちじゃなくて、ただ単純に、 

「あ、うらやましいな」 

っていう気持ち。(笑)

 

 

そっか、こういう飲み屋街だったら、酔っ払いとか観光客が小銭を入れてくれることもあるんだろうなあ。

好きな歌歌って、それが小銭稼ぎになれば、こんなに素晴らしいことはないじゃないか。

なんで俺は今まであんな変なルールに縛られてたんだろう。

ああ、俺も早く中洲で弾き語りしてみたいなあ。 

 

そんなふうに思ったのである。 

 

「よし、ノリヒサ。
俺、やっぱり今日さっそくどっかで歌ってみるわ。
その間ノリヒサは暇やろうけど、それでもいいか?」

 

「うん、構へんよ。
俺は横でたかゆき氏の歌聴いとくし。」

 

こんな会話の後、いてもたってもいられなくなった僕は、ノリヒサを連れてもう一度中洲の中や周辺をくまなく歩き回り、(人がたくさん通るであろう)少しでも弾き語りがしやすそうな場所を探し始めた。

 

そんな時である。

僕があの運命の人に出会ったのは…。

 

 

それは、(さっきは通らなかった)ある狭い橋の上でのこと。

その橋のちょっとしたスペースで、ある一人の男性が歌っていた。 

彼は、髪の毛はチリチリの金髪なのに、真面目そうなメガネをかけていて、ちょっと年齢不詳な感じ。

コンクリートの段差に腰掛けて、浜田省吾の歌を歌っている。

 

 

僕らが興味本位で近づいてみると、彼のギターケースは開けられていて、中にはなんと大量の小銭と数枚の千円札が入っているではないか。

ええ!?

千円札が数枚も入っていることだけで僕らは十分に驚いたのだが、

さらに、ギターケースの内ぶたには段ボール紙が貼ってあって、そこに何やらデカデカと書いてある。

 

 

「生活費」 

 

 

 

 

僕は腰がくだけそうになった…。(笑)

 

 

何を言ってるんだろうか、この人は?

こんなの嘘に決まってるじゃないか。

だって、こんな事で生活なんてしていけるわけがないもの。

 

じゃあギターケースのお金もカモフラージュってことか。

けど、なんでこの人はこんな突拍子もない嘘をつくんだろう…。

 

 

そんなことを考えてるうちに、僕の彼に対する興味は止まらなくなっていった。

 

 

そう

彼こそが、この10年後に東京都知事選に立候補して話題となる

外山恒一

その人である。

 

 

つづく…。

 

 

P.S.

みなさん、大変ご無沙汰しておりました。

アホのたかゆきです。

僕はアホなので、今はまだみなさんに何もうまく言えませんが、

とにかく、ご心配をおかけしてすみませんでした。

あれからも毎日のようにここに訪問してランキングの応援だけをしてくださっていた方もおられるようで、そんなみなさんにはほんと感謝の気持ちで一杯です。

今はまたブログを少しずつ再開していこうと思っているので、今後とも仲良くしていただければ嬉しいです。

 

 

さて今回、読み返して思ったんですが、ものすごい久しぶりの更新なのに、相変わらずめちゃくちゃ長くて回りくどい文章ですよね。(苦笑)

ただ、今ずっと書いている「始まりの物語」の流れっていうのは、半分は未来の自分の為に書いている文章(記録)でもあるので、みなさん、もうすこしだけ辛抱してくださいね。

 

ではまた、なるべく近いうちに。

 

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「一万円とでっぱりと下心」

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2008年1月25日 (金)

もんもんもん

はーい!

良い子のみんな、集まってー!

今からお兄さんが大事なお話をするから、よーく聞いてねー!

えーっと、

良い子のみんなは、昨晩みたいにハチャメチャに寒い夜は、絶対お外にギターなんて弾きにいっちゃダメだよー!

お兄さん、久しぶりに死ぬかと思ったもんねー!

だって、久しぶりに、マイクに飛んだツバがしばらくしたら凍ってたもんねー!

アハハー!

ギターを弾く指だってそりゃ動くわけないよねー!

足早に通り過ぎる人たちの大半が、お兄さんの事、変人扱いで見てたもんねー!

そりゃ、こんな日に、立ち止まって歌なんて聴いてられるかっていうのねー!

そんなの、聴くほうも罰ゲームだよねー!

アハハー!

お兄さん、やっぱり死にたくなるよねー!

もう、商売とかそんなの関係ないよねー!

オッパピーだよねー!

もちろん、すぐに仕事放棄して、泣きながら逃げるようにして帰ってきたよねー!

途中で、涙も凍ってたよねー!

まあ、それは嘘だけどねー!

それで、家に着いて、暖房全開にして、ココア飲みながら、このブログ書き始めたんだけど、

やっぱり、暖房とココアとブログって、人類史上一番の発明品だよねー!

まあ、それも嘘だけどねー!

と、

いうわけで(?)、とにかく、こんな日こそ頑張ってブログを更新していきたいと思います。

さてさて、以前から予告していたように、今回からは、僕がこの仕事を始める直接のきっかけになった外山恒一さんとの出会いについて書いていこうと思ってるんですが、またいつものように少しだけ長くなっちゃうかもしれないので、どうかみなさん、のんびりとお付き合いください。

20歳、夏。

僕はある私立大学の2回生で、柄にも合わず大学生活というものを送っていた。

まあ、とはいっても、やはり僕のことなので、それは健全な大学生活というものには程遠く、授業にもろくに出席せず、ただただ有り余る時間というものを浪費しているだけの日々だった。

ただ、そんな大学生特有の贅沢な時間を僕なりに楽しんでいたのも事実で、友達も決して少なくはなかった。

しかし、一番の問題は、僕が大学というものに在籍することに何の意義も感じていなかったこと。

当時、自分の進むべき道を未だに模索していたとはいえ、無難に就職する気だけはどうしても無かった僕は、かねてから、このように大学に進学することすら本望ではなかったのである。

じゃあ、そもそも何故大学受験をしたのかというと、それは母親のたっての願いからだった。

今までも何度か言っているが、うちの家庭には父親がおらず、僕は母親一人の手によって育てられてきた。

一般的に普通、母子家庭というのは、生活していくだけで大変で、子供の教育までには力を注ぐまでの余裕がないようなイメージがあるかもしれないが、うちの母親は違った。

プライドが人一倍高かったのか、反骨精神が強かったのか、うちの母親は、「父親が居ないから子供がああなった」と世間に思われるのを極端に嫌い、僕と兄(特に僕)の教育には一時期ヒステリックなまでに力を注いだのである。

もちろん、父親が居ないので、お金がたくさんあるわけじゃないのに、母は自ら身を粉にして働き、幼い頃から僕を「受験戦争」というレールに乗せた。

しかもそれは、(母自身が)大声を上げ、言う事を聞かない時には、容赦無く平手を喰らわせ、時には髪の毛を引っつかんだまま勉強させるほどの、いわゆる「スパルタ教育」というものだった。

そんな中、幼い頃は言われるがままただがむしゃらに勉強していたのだが、進学校に入学し、年齢が進むにつれて、僕にも自我というものが芽生えてくる。

「何で僕はこんなに必死に勉強をしなければいけないんだろう」

と。

まあこの場合、自我というよりはむしろ、母親譲りの反骨精神が露呈してきたというほうが正しいのかもしれない。

とにかく、

僕は、この「学校の勉強」というものの先にある

< 大学進学 → 良い会社に就職 >

という暗黙の構図に対して、どうしても自分自身の満足や幸せを見い出すことが出来なかったのである。

ただ、そうはいっても、じゃあ他に何か将来に対する明確なプランはあったのかと言われると、10代の僕には残念ながらまだそこまでの思慮深さは無く、この頃は、決められたレールの上をなんとなく流れていくことをただただ忌み嫌っていただけかもしれないが…。

しかし、そんな僕の想いをよそに、母は大学進学に強くこだわった。

とにかく先の事はいいから、どうしても大学だけは出てくれと。

今となっては、母の言わんとする事が分からないでもないが、この時の僕は、やはりそれなりに反発した。

浪人したのに予備校には3日と通わなかったり、家出をして東京で住み込みで働いてみたり…。

まあけど、そんな迷走も、確固たる信念が伴わないかぎり、やはり所詮はその名の通りただの「迷走」。

結局最後には、母の強い押しに負ける形で、僕は大学に進学することになる。

さて、冒頭に戻って、20歳、大学2回生。

僕は、そういうわけで、この2年間ずっと悶々(もんもん)としていた。

もちろん、初めにも言ったように、初めての大学生活というものを少なからず楽しんでいた部分があることも事実なのだが、やはりどうしても普通に就職するつもりのない僕にとって、自分がやみくもに大学に在籍している事に未だに何かしらの違和感を感じずにはおれなかったのである。

これからどうしよう。

どうしていけばいいんだろうか。

僕は、いつも頭の片隅でそんなことを考えていた。

そして、実はまだもう1つ、僕を深く悩ませていた事がある。

それは、「お金」について。

僕が通っていたのは私立の大学で、やはり国立大学などに比べると学費が数段に高い。

しかし、これも先ほど言ったように、うちの家庭は裕福なわけではないので、これは母親にとってはかなりの負担になるわけだ。

かといって僕は、自分の本望ではない大学というものの学費を、自分で稼いでまかなうほどの出来た人間ではない。

つまりこれからも、将来にもつながらない、僕が時間を浪費していくだけの大学生活のために、母親は高いお金を費やしていくのだろうか。

親不孝者。

これは、まさしく僕の為にあるような言葉だ。

これからどうしよう。

どうすればいいんだろうか。

周りの友達がそろそろ就職活動を始め出す頃、

とにかく僕は悶々としていたのである。

しかし、この年の夏休み、ようやく僕の運命は動き始める…。

つづく…。

P.S.

しかし、なんて出だしとそれからの文章のテンションが全然違うブログなんでしょう…。

しかも、外山さんとの出会いとか言っておいて、結局まだ外山さんの「と」の字も出てきてないし…。(笑)

えっと、次には出てきますので。(たぶん)

あ、後ね、

今回書いたこの話は、僕個人のひん曲がったものの考え方が書いてありますが、もちろんこれが絶対正しいなんて思ってるわけじゃないですからね。

自分の人生に対しては、人それぞれ色んな考え方があって、ただ僕の場合はこうだったっていうだけです。

きっと僕は少数派ですから。(笑)

だから、

これからは大学受験をはじめ、いろいろな受験の時期だと思いますが、もし何かを受験をされる方がいらっしゃったら、どうか自分を信じて今までの努力を十分に発揮して頑張ってくださいね。

特に、かえるくん

俺は、かえるくんをほんまに応援してるんやで。

大丈夫。

Everything's gonna be all right !

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2007年11月28日 (水)

T山恒一がやって来た ヤァ!ヤァ!ヤァ!

みなさんは、「T山 恒一」という人間をご存知でしょうか。

えっとこの人は、今年春の東京都知事選挙に立候補して、約1万5千票を集めて見事に(笑)落選された37歳の男性なんですけど、この人、その選挙の政見放送(テレビ用の立候補者の演説)で、なんだか過激なパフォーマンスをして、それが一時期ネット上ですごく話題になったんです。

その政見放送が投稿された「You Tube」なんかでは、東京都の選挙管理委員会がその騒ぎに気付き削除要請するまでの間、数日間は1日の動画再生回数が世界1位になってたくらいです。

まあけど、いくら話題になっていたとはいっても、それは2ちゃんねるをはじめネット上での一部の世界の話で、普通に暮らしているぶんには、全く知らない人のほうが圧倒的に多いとは思います。

そこで、「T山 恒一」を知らない人のために、その、当時話題になった政見放送をYou Tubeから載せておくので、とにかくまず見てみてください。
(注;音が出ますので、職場等で見る方は要注意。)
(注2;あ、あと、あんまり真剣に見ずに、半分お笑いビデオとして見ちゃって大丈夫ですからね。)
(注3;携帯からは見れません。)

いやー、怖いですねー、恐ろしいですねー。(笑)

こんな人がもし本当に東京都知事に当選したら、日本はどうなっちゃうんでしょう。

えーっと、

ただね、みなさん、

残念なことに(?)、実はこの人、僕の10年来の知り合いなんです…。

あはは…。(苦笑)

・・・・・・・・・・・・。

キャー!!

みんな、引いちゃイヤーー!!!

僕をそんな目で見ないでーーー!!!!

違うんです。

まあ、T山さんはほんとに知り合いというか、友人というか、先輩というか、とにかくそういう関係なんですけど、この人実際にこんなキャラクターなわけじゃないんですよ。

あくまでも、普段はすごく穏やかで、ユーモアと茶目っ気たっぷりの人なんです。

じゃあ、なんでT山さんがこういうことをしたのかとか、普段はどういう活動をしているのかとかは、長くなるので掲示板のポスターを見てくれ。

あ、違う。(笑)

えっと、とにかく、T山さんに興味のある方は、ネットで色々検索してみてください。

いたるところにかなり過激な内容が出てくると思うので、僕は責任を持てませんが…。(苦笑)

そしてね、

今回は別にそういう話をしたかったわけじゃなくて、そもそも、僕とT山さんはそういう政治的な活動や思想の面においての知り合いでは全くないんです。

じゃあ、どういう話をしたかったのかというと、実はT山さんは、政治活動家以外にも、「ストリートミュージシャン」という顔を持っておられて、何を隠そう、このT山恒一さんが僕が今の仕事を始めるきっかけになったまさにその人物なんです。

それでね、僕、今書いている「始まりの物語」シリーズの中で、次回くらいからこのT山さんとの出会いについて書こうと思っていたんですよ。

そしたら、なんとビックリ!

このタイミングで、ついこの間 T山さんが僕の仕事場をわざわざ訪ねて来られたんです!

ん?

そんなの、知り合いなら別に普通の事じゃないのかって?

いや、それが違うんですよ。

T山さんはもともと九州の方で、今も熊本に住まれてるんですけど、実は僕、T山さんと10年来の知り合いって言っても、ここ5,6年は一度も連絡すら取り合ってなかったんです。

(もちろん、T山さんがこのブログの存在を知っているわけでもなく。)

だから、今回の都知事選の一件にしたって、僕がたまたま自分でネットで見つけて、腰を抜かすほど驚いたくらいなんです。

「T山さん、あんたまた何ちゅうことしてんねん!」って。(笑)

つまり今回、そんな何年も会っていないうちに有名人になってしまったT山さんの事を、これからこのブログに書こうと思っていた矢先に、その張本人が突然僕の歌ってる場所に現れたっていうわけなんです。

ね、そりゃビックリするでしょ。

言ったら、美川憲一のモノマネをしていたコロッケの後ろから、突然ご本人登場みたいなもんですよ。

あれ?

なんか違う?

まあ、いいんです。

とにかく僕は、コロッケ並みにビックリしたんです。

ビックリコロッケです。

しかもね、T山さんがこの仕事を始めたきっかけだとはいっても、僕がT山さんに出会ったのは実は大阪ではなくて九州なんです。

そして大阪でこの仕事を始めてから、今までT山さんには、大まかな地域名以外、ちゃんとした僕の仕事場所を詳しく教えたことはありません。

つまり、この日T山さんは、知らない土地なのに、わざわざ自力で僕を探してくれたみたいなんです。

(何をそこまで…。苦笑)

なんでも、聞くところによると、今回東京で何やらイベント出演の依頼があったらしくて、熊本から車で東京に向かう途中、大阪にも少しだけ用事があったので、ついでにここに立ち寄って僕を探してみたらしいです。

歌ってる僕を見つけたT山さんは、

「やっぱり、まだこの仕事を続けてたんだ。」

と言って、何だか喜んでました。

さて、そんなT山さん、今回はもう1人女性スタッフが同伴していて、結局その東京への行き道2泊と帰り道2泊、合計4泊、僕の家に2人で泊まっていかれました。

と、いうことで、

僕とT山さんとの出会いや、その他もろもろは、さっきも言ったように次回から書き始めるとして、今日はせっかくなんで、大阪にいる間に撮ったT山さんの写真をみなさんに何枚かお見せしたいと思います。

これを見れば、本編を読む前に、少しはみなさんのT山さんへの怖いイメージが取り去れるんじゃないかと思うので。

じゃあ、まあ、とにかくどうぞ。

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まず、T山さん、僕の家に到着。
(着ているTシャツについては、どうかノーコメントで…。笑)

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なんだか僕の本棚から本を物色。
(このTシャツの背中の文字も、どうかノーコメントで…。苦笑)

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選んだ本を真剣に読みふけるT山さん。

何をそんなに真剣に読んでるかと思いきや、

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「エスパー魔美」でした…。

ね。

かわいいでしょ。

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ルパンのおもちゃで必死に峰不二子を捕まえようとするT山恒一(37歳)。

ほらね。

全然怖くないでしょ。

・・・・・・・・・・・・。

い、いや、やっぱり、違う意味でちょっと怖いでしょ。(笑)

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寝るT山恒一。

せっかくなんで、ちょっくら大阪観光にも出かけました。

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アメリカ村を散策する、僕とT山さん。

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「北極星」で、嬉しそうにオムライスを食べるT山さん。

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十三(じゅうそう)で、嬉しそうにみたらし団子を食べるT山さん。

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「太陽の塔」も見に行きました。

これは裏の顔。

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T山さんが、やらたと「20世紀少年」のマネをしていたので、その隙を見計らって、本人に気付かれないように、

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「太陽の塔」とチューもさせちゃいました。(笑)

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そして、手乗り太陽の塔。

これは、T山さんにも協力してもらった、僕の努力の結晶です。

こんな事に必死になってる31歳と37歳。

ね、

素敵でしょ。(苦笑)

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通天閣(新世界)にも行って来ました。

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さて、色々と写真を見てもらいましたが、

とにかく、T山さんは、こういう人なんです。(どういう人?)

だから、みなさん、安心してください。

決して、突然噛み付いたりしませんので。(笑)

さあ、とにかくそういうわけで、次回からは、10年ちょっと前僕が今の仕事を始めるきっかけになったこのT山さんとの出会いについて話していきたいと思います。

今回は、T山さんが突然現れたので、緊急番外編でお送りしました。

ではみなさん、また次回。

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