「S」 5
「S」4からの続き…
S助さんのフォークソングバーかぁ。
S助さんはもう十分にお金を持ってはるから、きっとお金儲け主義のお店ではないんやろうな。
カウンター席だけの小さなバーで、奥のスペースでは俺がフォークソングを歌っている。
そこには、夜な夜な、S助さんの仲間達や、40代から60代ぐらいの世代のお客さんがやって来て、俺の歌を酒のあてに昔を懐かしむ。
わー、なんかいいなあ。
しかも、歌に自信の無い俺でも、フォークソング限定で、昔を懐かしむという意味の演奏ならば、なんとかやっていけそうな気がする。
だって、今までだって正しくそういう仕事をしてきたわけやもん。
うん、むしろ適任や。
でも、待てよ。
このバーをオープンさせる夢っていうのは、具体的にいつぐらいの話なんやろう。
俺にはまず世界一周っていう大きな夢があるから、それまでに実現してしまっても困るしなあ。
いや、まさかそんなすぐって話でもないやろうし、覚えてはるかどうかは分からんけど一応S助さんにも前に世界一周の夢は語ったわけやから、一番いいのは、1年以内ぐらいに俺が世界一周に旅立って、そこから帰ってきてからのオープンっていうパターンやな。
しかも、世界一周から帰ってきた後の人生のプランはまだ何にも決まってないから、もしそれが実現したら新しい人生の始まりにもなるかもしれんわけやし。
うわー、なんかすごいなあー。
S助さんと出会ったことで、俺の人生ガラッと変わっていきそうや。
そんでやっぱり、そのバーでは俺だけが専属で歌って、ギャラもS助さんのことやから、他の仕事をしなくてもそれだけで生活していけるぐらいの額を頂けるんやろか。
もしそうやったら、いくら俺が将来歌手を目指す予定や自信が全く無くても、その仕事を続けていくうちにきっとS助さんとの信頼も深まって、そこからS助さんがらみの他の新しい道が生まれる可能性もあるかもしれんしな。
わー、この先の人生、やっぱりなんかワクワクする!
でもまあ、それにはまず、このパニック障害を治して、少しでも早く世界一周を実現させんとな。
よし、頑張ろう!
今考えると、あんなメールのたった一文で、
ギャラがどうこうだとか、人生が変わりそうな気がするだとか、
ほんとに僕は気が狂っていると思う。
どこまで自分に都合のいい、勝手な妄想なんだろう。
まだ何にも始まってすらいないのに…。
でも、恥ずかしいかな、これがあの時の僕の現実だったのである。
僕はしばらくの間、本当に妄想の世界を泳いでいた。
僕にとって、それほどS助さんという存在は大きかったのだ。
ただ、実際のS助さんはというと、
やっぱり一般人の僕の妄想なんて軽く超えて、しかもそれが何の意味もなさないほどに、もっともっととんでもない行動力を持っていた。
これが、何事にも一流たる所以なのだろうか。
だって、あのメールからたった2週間ほどしか経たないうちに、さっそく次のこんなメールが届いたんだから…。
「今、フォークソングバー実現のために、心斎橋で俺が寿司屋をやっている隣のビルを買いに来てます。安藤忠雄が設計したかっこいいビルです。でも、なかなか交渉が大変ですわ。」
…ビ、ビル。(汗)
「S」6につづく…。
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