浪速のモーツァルト
昨日の話の前半部分で、僕は、仕事をしているところをテレビに撮られたくないというようなことを書いたけど、
そう思っているのには実は理由がある。
それは、僕がこの仕事を始めてほんとに間もない頃の話。
ある雑誌社の人が僕のところをたまたま通りかかって、
「今、ストリートミュージシャンの取材をしているので、お話を聞かせてもらえませんか?」
という趣旨のことを言ってきたのだ。
その頃の僕は、もちろんまだ、将来プロの歌手になりたいだとか、有名になりたいだとか、本気で思っていたし、
そもそも取材というものを受けること自体が初めての経験だったので、
喜び勇んでその取材を引き受けた。
そして、1時間ほど仕事を中断させて、
何もかも洗いざらい、自分のこのストリートスタイルについて熱弁をふるう僕。
雑誌社の人も、「おもしろい、おもしろい」と言って、それを熱心に聞いてくれた。
僕は大満足だった。
自分の仕事のこだわりを人に話すのがこんなに楽しいものだとは。
しかも、それが雑誌に載るだなんて!
これだけ興味を持ってくれてるということは、もしかしたら、何かのきっかけになるかもしれないし…。
うふふ。
でも、現実は、想像していたものとは大きく違った…。
楽しみにしていたその雑誌の発売日に、さっそく中を見てみると、
そこに載ってあった僕の扱いというのは、驚くほど小さいもので、
しかも、その紹介文には、ほんの一文、あの取材とは全く関係のない僕を小馬鹿にしたような言葉が書いてあっただけだったのだ…。
…悔しかった。
そして、ほんとにショックだった。
そりゃあ、自分たちの雑誌に何を書こうと、それはその雑誌社の勝手かもしれない。
でも、なんで、取材をお願いされた側の人間が、こんなに傷付かなきゃいけないんだろう…。
しかも、僕の大事な仕事のことで…。
その時から、僕の頭には、マスコミの取材なんていうのはそんなものだという先入観が植え付けられ、
以来、僕は、この仕事において、どんな取材をお願いされても、できるだけ断るようにしてきたというわけなのだ。
(ブログに関してはまた別の話)
でも、1回だけ例外があった。
それは、僕がこの仕事を始めてから4年ほどたったある日。
その夜も、僕が歌ってる最中に、ある雑誌のライターさんが取材をお願いしてきたんだけど、
その人はなんと、どこからか噂を聞いて、わざわざ僕を訪ねてきたというのだ。
しかも、その取材内容というのが、
「キダ・タロー先生に、関西のストリートミュージシャンを評価してもらう」
というものだったのである。
…いや、あのね、
これって、関西の方にしか分かってもらえないかもしれないですが、
関西に住む人間にとって、キダ・タロー先生っていうのは、
昔から「浪花(なにわ)のモーツァルト」と呼ばれるぐらいの、
音楽の大先生なわけです。
しかも、その歯に衣着せぬトークでバラエティ番組などでも大活躍、
関西テレビ界の人気者でもあるんです。
そのキダ先生が、ストリートミュージシャンを評価…。
正直、僕も、その企画はちょっと面白そうだなと思ってしまった。
あの辛口のキダ先生が、先生にはあまり似つかわしくない「ストリートミュージシャン」なんかをどう評価するんだろう、って。
先生になら、辛口でもいいから、一度評価されてみたいかも、って。
でも、さっきも言ったように、僕には雑誌に対する強いトラウマがあるから、
いくらわざわざ僕を訪ねて来てくれたとはいえ、
いくら企画が面白そうだとはいえ、
結局は、やっぱりその時も丁重にお断りすることにした。
ただ、
相手も、わざわざ僕を訪ねてきたということもあって、なかなか引き下がらない。
仕方がないので、僕は、3年前の出来事を正直に話すことにした。
すると、そのライターさんは、僕の話にすごく同情を示してくれて、
「私は、是非お兄さんにということでここに来させてもらったわけで、この仕事にプライドも持っているので、最後までキチンと責任を持たせてもらいますし、そんな失礼な記事は絶対に書きません。」
と力強く言ってくれたのである。
うーん、でもなあ…。
すると、
「じゃあ、また日を改めて伺わせてもらいますので、その時までにゆっくりと考えていただけますでしょうか。」
などとも言ってくれる。
ああ、俺ごときに、なんでそこまでこだわるんや…。
そして、いつも強い押しにめっぽう弱い僕は、
後日もう一度このライターさんが訪ねて来てくれた時、
結局、この取材を承諾させてもらったのである。
たとえ、どんな辛口なことを言われようと、
キダ・タロー先生に、歌を評価してもらう機会なんて、今後絶対にないわけだし…。
さあさあ、そんなわけで、
いつも通り偉そうな前置きを長々としてまいりましたが、
結局、今日は一体何が言いたかったのかというと、
僕は昔、「週刊SPA!」で、キダ・タロー先生に歌を評価してもらったよ!
っていう、ただの自慢話です。
ええ、それだけです。
でも、これも確かに、この10数年で忘れたくない思い出のひとつなんです。
だから、たまにはこんなのも許してね![]()
じゃあ、さっそくその記事の中身を写真を使って紹介!
って、いいたいところですが、
記事内には、僕の本名とか歌ってる場所が書いてあるので、
今回は、拡大できないような全体像だけ載せておきますね。
後は、僕が記事を適当に書き写します。
まず、記事の題名が、
「浪花のモーツァルトが斬る!大阪路上ミュージックシーン」
この中で、キダ先生は、色々な大阪の路上ミュージシャンをバッサバッサと斬っていくわけです。
例えば、若い3人組の男の子には、
「彼らはまさに今どきの上昇志向型。とくにアカペラがうまい。作詞作曲、歌声も絶妙やけど慢心したらアカン。そんだけ唄えるんやったら、ほかの曲ももっと練習せんかい!」
飲み屋街で演歌を歌う、流しのおじさんには、
「この人は過去への郷愁型。年寄りの遊びですね。メロディ、リズムがワヤでもそれはそれで味がある。ただ、もっとデカイ声で唄ってくれんと聞こえへんわ!」
駅前で、ディジョリドゥというアボリジニの笛を吹く若者には、
「彼は自己陶酔型。珍しい楽器持ってせっかく街頭でやるんやから、手の動きで感情込めたりしてほしいなあ。カラダに動きがないと飽きる。こんなでっかい笛持って動くのも大変やろけど(笑)」
と。
そして、ここからがビックリ。
僕も、初めは、どういう評価をされてるのか全く知らなかったので、
これを読んだ時、腰を抜かしそうになりました。
えっと、ここからは、ほぼ丸写ししますね。
『そのなか、キダ・タロー先生が思わず唸ったのがたかゆきさん(24歳)。
「ボクの店に歌を聴きに来た、という感覚で楽しんでもらえたらいい」と淡々と語る彼は、○○というさまざまな人間ドラマがくり広げられる街で、井上陽水や河島英五などの曲を情感たっぷりに歌いあげ、○○の夜を盛り上げる。
プロ志向でも趣味でやってるわけでもない。あくまでも食べるための手段として、弾き語りを選んだという。
「このコは大阪一や」と、彼の歌声が聴きたいばかりに、わざわざ足を運ぶ常連のサラリーマンも多い。
「力強い声といい、歌いあげる顔の表情といい、カネ払ってでも聴く価値はある。聴きたい奴は聴けっていう堂々とした歌いっぷりもええ。昔は、やしきたかじんも○○でケンカしながらでも堂々と廻りよったからね。やっぱり路上ミュージックたるもの、これぐらいクオリティが高くないと」
と、キダ・タロー先生は珍しく絶賛した。』
…ひ、ひ、ひえーーーーー!!!
あ、あの、キダ先生がーーーー!!!
コロッケでもほとんど褒められたことのない、
あのキダ先生がーーー!!!
とーれとーれ、ぴーちぴーち、カニ料理がーーーー!!!
おかーさーん!!
あんたの息子、
浪花のモーツァルトに褒められたでー!!
よかったなー!!
そんでなー、
「SPA!」ってエロ本ちゃうからなー!!
素晴らしい雑誌やでー!!
あー、スッキリした。
ええ、今回ほんとこれだけです。
以上、
昔々、僕の声がちゃんと出ていた頃の自慢話でした☆
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