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2010年8月 1日 (日)

AROUND THE WORLD

実は、今回の世界一周の話というのは、1年以上前から決まっていたことでした。

 

去年の6月、ちょうど僕が声が出ない事とうつと仕事で絶望のどん底をさまよっていたいた頃、

ある日、全く思ってもみなかったきっかけで、なんと僕の大目標である世界一周の金銭的な問題がクリアできそうなことが分かったんです。

それは、僕にとっては、まさしく青天の霹靂で、暗闇の中に突然差し込んだ「光」のような事実でした。

去年、僕が「Like a Rolling Stone」という記事の中でも書いた「光」というのがまさしくこの事です。

そして、その事実を胸に、僕はようやくうつの治療に専念することを決心できたんです。

 

ただ、そんな素晴らしい「光」という事実が出来たにも関わらず、それ以降もうつというのはとんでもないパワーで僕を飲みこんでいき、みなさんご存じの通り、結局僕はそこから抜け出すだけで1年近くもかかってしまいました。

まあ、逆に言うと、その光があったからこそ、たった1年でそこから抜け出せたとも言えるかもしれませんが…。

 

とにかく、僕はうつ闘病中、その光をずっと心の支えにしてきたんですが、

みなさんに対しては、その事実をすぐに打ち明けることは出来ませんでした。

なぜなら、その段階で発表してしまうと、僕の性格上、絶対に自分自身のプレッシャーになって無意識に焦ってしまって、うつにとっては決して良いことではないと思ったからです。

それに、いくら金銭的な部分が解決できたからといって、うつが治まった後もすぐに出発できるわけでもなく、落ちた体力も戻していかなければいけないし、様々な準備も必要になってくるわけで、世界一周の実現までにはまだまだ時間が掛かかるはずだったから。

だから、僕の中ではずっと、

うつが治れば、まず仕事を少しずつ再開して、同時に体力と気力も少しずつ回復させて、ある程度気持ちにめどがたてば、そこからボチボチ世界一周の準備を始めて、その頃にようやくみなさんにこのことを発表しようと決めていました。

で、

今回の発表に至ったというわけです。

 

 

ただ、仕事に関して言えば、半年以上前に声が全く治っていないという事実が判明して、それはすごく予定外で心外な事態でしたが、

それも、ここで書いてきたように色々とあって、今となってはもう世界一周という明確なゴールがハッキリと見えているので、試行錯誤しながらでも、なんとか自分自身が納得するまで続けて、無事に十数年間の幕を下ろすことができそうな感じです。

たぶん。(笑)

 

 

そして、肝心の旅の準備の話ですが、

こちらの方は、実はまだほとんどといっていいほど進んでいません。

やっぱり、うつの間は準備を進めるなんてことは到底できませんでしたし、変に完璧主義な僕にとって、準備といえどもかなりの気力と労力を要するのは初めから分かっていましたから、今はまだ、ようやく「準備のために動き出す準備」ができたっていうぐらいの段階で、

そういう準備を始めるためにも、最近の僕は少しずつ行動力を身に付けて、「行動力のオバケ」になろうとしていたわけなんです。

だからまだ、出発日はこの日だよなんて宣言できる状態でもないんですが、

とりあえずはこれで、みなさんに最近の僕の動向が少しは分かってもらえたんじゃないでしょうか。

 

 

とにかく、

この旅は、僕にとって、ほんとに大きな意味のある、大事な大事な旅です。

何年もの期間を経て、今ようやくこうして実現可能なところまでやってきたんだから、あとは後悔の無いように、焦らずにゆっくりと力を蓄えて、一歩ずつ着実に準備を進めていきたいと思います。

 

 

 

って、

今回の俺、真面目か!

どうかしてるぜ!(by ブラマヨ吉田)

 

 

P.S.

あ、後、世界一周中もブログは続けるのかという類の質問を数名の方から頂いたんですが、

やっぱり旅中は旅に集中したいですし、このブログは世界一周出発がゴールですので、出発直前までには完結しようと思っています。

つまりは、いつ出発するかは分からないとはいえ、それまでに、

「まだ書いていない過去の話」、「現在の話」、「出発の準備の話」

なんかを全部書き切らなければいけないってことです。

…ほんと、大丈夫なんやろか、俺。(汗)

 

でもね、旅のことに関しては、世界一周から無事帰ってきたら、その旅の回顧録を書き綴る壮大な新ブログを立ち上げようと思っているので、そこはご安心☆

っていうか、僕の世界一周旅行記ってメッチャ面白そうじゃないですか?

少なくとも僕自身は、めちゃくちゃ読んでみたい。

チョー楽しみ☆

 

って、

そんなのは、まだ決まってもいない遠い未来のお話やし、

そもそも、妄想で自画自賛って、

どうかしてるぜ!!

 

 

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2010年8月 4日 (水)

僕が今歌ってる場所の近くには、外国の方達がよく集まるようなバーがあるんだけど、

おととい(月曜)の仕事中、一人の大分酔っぱらった西洋人の男性(30代後半・ハゲ頭)がフラフラとそこからやって来て、僕の横にデンっと腰かけた。

ただ、その時はちょうど他のお客さんに対して歌を歌っている最中だったし、正直酔っぱらってる外国人と絡んでもロクなことがないことは今までの経験上分かってるので、僕は意識的にほぼ彼を無視するような形をとった。

そして、一曲歌い終わって先ほどのお客さんが立ち去ると、案の定彼は真っ赤な顔で、僕にロレツの回らない英語で話しかけてきた。

それでも僕は、無表情のまま、ほぼ彼の会話をスルー。

だって、もちろん少しは悪いなとは思うけど、僕はほとんど日本語の歌ばっかり歌ってるわけだし(しかも古い曲)、こちらも商売としてやっているので、そんな泥酔の外国人さんの相手をしているような余裕はない。

こういう時は、無視が一番。

酔っ払いっていうのは、相手にされないのが一番辛いから、無視を続けていると、大抵はすぐに飽きて帰ってしまうのだ。

 

でも、このMr.ボールド(僕が勝手につけた名前)、なかなかしぶとい。

僕がわざと次の歌も歌わずに、無視したままゆっくりチューニングやエフェクターの調整などをいじって時間を稼いでも、チラッと見ると、まだずっと横でグデングデンのままよだれを垂らして座っているのである。

 

うーん、どーしよー。

商売上、このまま何も歌を歌わんわけにもいかんしなあ…。

よし、じゃあアレでも歌うか。

こういう歌なら、さすがに外国人のボールドは退屈せざるを得んやろう。

フフフ。

必殺、日本のこてこてフォークソング攻撃じゃー!

 

というわけで僕は、同時に他のお客さんを呼び込む意味も込めて、この歌を演奏した。

(注;携帯からは見れません)

「22才の別れ」 風

 

 

…ただ、結果は予想外だった。

なんだかボールド、どうしたことか、この歌をえらく気に入ったみたいで、歌の途中に、

「グレート!」

とか、

「ブラボー!」

など、大きな奇声を上げ始めたのである。(苦笑)

 

あちゃー、作戦失敗や。

ますます、めんどくさいことになってもうた…。

 

そう思って苦笑する僕を尻目に、さらにボールドは1ドル札を無造作にギターケースに投げ入れた。

 

はぁ…、しかも1ドル札…。

やっぱり、めんどくさい…。

 

 

なんだか、こう書くと、みなさんには、

「1ドルとはいえ、せっかくお金を頂いたのに、めんどくさいは何事だ!生意気だ!」

なんて思われるかもしれないけど、

いくら軽蔑されようとも僕は本当の事を書くしかない。

これが僕の仕事なのである。

昔から言ってきたことだが、僕は何も誰かを喜ばそうとか、自分を表現したいとかで外で歌っているわけではなく、目的はほぼ「お金」だ。

そのお金で生活をしていかなければいけないのである。

そんな中やはり、限られた時間の中で、一曲につき100円なんてお金をいくら積み重ねていっても、生活なんてとても出来ない。

やっぱり、常に一曲につき1000円なり500円なりのお金を頂くことを目指して歌わなければいけないのである。

そういった現状の中、目の前を通り過ぎる間に投げ入れられる小銭ならまだしも、横にガッツリ座った泥酔外国人が投げ入れる1ドル札などで、やっぱり僕には喜びなどは感じることができない。

しかも、1ドル札っていうのは、両替するには小さすぎるし、かといっていつかのために置いておくほどのものでもなく、日本に住む限りはすごく扱いにくいお金で、そういった意味でも、僕には少しめんどくさいのだ。

 

< さあ、僕があまりにも正直にぶっちゃけすぎて、みなさんが完全にドン引きしているのが手に取るように分かりますが(苦笑)、

ここで誤解してほしくないのは、これはあくまでも僕の仕事としての面からだけ見た物凄く自分勝手なエゴの話であって、

ちゃんとした客観的な目で見れば、彼は別に、僕にとやかく言われるような悪いことをしているわけじゃなくて、むしろストリートミュージシャンにお金を入れてあげる優しい人なんだ

っていうことぐらいは僕だってちゃんと分かってるんだよっていうことです。

そしてもちろん、自分の歌がそれほどの価値があるものだとも思っていませんよ。

特に今の僕の歌は。

それでも、よりたくさんのお金を目指さなければいけないっていう、

あくまでもこれは、商売人としてのぶっちゃけトークです。

誤解しないでくださいね。

これからも正直な気持ちを書けるブログでいたいので、抗議メールとか送ってこないでね。(笑) >

 

 

さて、そんなこんなで、「22才の別れ」を歌い終えたんだけど、

やっぱり、1ドルとはいえ、お金を入れてもらったことに変わりはないので、一応僕は無表情のままボールドにも頭を下げておいた。

すると彼は、未だ興奮気味によだれを垂らして、「グレート」だの「ワンダフル」だの、僕を称賛しつづけている。

何なんだ、この酔っ払い外国人は。

何をそんなに、言葉も分からない日本のフォークソングに感動することがあるんだ。

どうせ、酔っぱらい過ぎて、訳が分からなくなってるだけだろ?

しかも、もしもほんとにそんなに良かったんなら、もっとお金をおくれ!

称賛するなら、金をくれ!(笑)

 

そして、このMr. ボールド、これから一体どう対処すればいいのか。

なんか、こんな酔っ払いの外国人が横に座って大きな奇声を上げていると、他のお客さんが寄り付いてくれそうもないし、

かといって、そんな彼に、数少ない英語の曲のレパートリーを無理して歌う気にもなれない。

うーん。

やっぱり、めんどくさい…。

 

と、

ちょうどその時、例のバーから、お連れの方だと思われる外国人女性が、ボールドを連れ戻しにやって来た。

「もう、あんた、こんな所で何やってんの!」

みたいな感じで。

こりゃ、ラッキーだ。

ようやく、この「めんどくさい地獄」から解放される。

そして、ボールドは嫌々ながらも、女性に引っ張られてフラフラと立ち上がったんだけど、

最後に、どうしても僕に握手を求めてくる。

まあ、これで帰ってくれるなら、最後ぐらいいいかってことで、僕も手を出してガッチリと握手に応じた。

「グッドラック!」

真っ赤っかながら、あまりにも満面の笑顔でボールドは言うので、僕もつられて、

「ユー トゥー!」

と笑顔で返してしまった。

ともかく、こうして、千鳥足のボールドは元いたバーにフラフラと連れ戻されていき、僕は無事に仕事を再開できたのである。

 

…あー、めんどくさかった。(心からの4回目)

       ↑
今日はほんとブッチャけすぎ!

 

 

 

 

 

と、まあ、おとといの僕の仕事場では、そんな一コマがあったんですけど、

実は、話はこれだけでは終わりませんでした…。

 

 

それは、僕が仕事を終えて家に帰ってきてからのお話。

 

まず、いつものように自転車(ベンツ君)にくくり付けた荷物を全部家の中に運び終えると、僕は居間に入り、ソファーにドカっと腰を下ろしました。

「あー、今日も疲れた…。」

そして、部屋着に着替えるために、ジーパンのポケットから携帯やら何やらを取りだしている時に、ふと思い出したんです。

そーいえば、あの時の1ドル札って、ボールドが帰ってすぐに、ジーパンの後ろポケットに突っ込んだよなあ、って。

そして、案の定、後ろポケットに適当に突っ込まれていたそのお札を広げた時、

僕は腰が抜けそうになりました。

 

 

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え、え・・・!?(汗)

  

ひゃ、ひゃ、100ドル札やん!!!!!!!!!!

 

 

わーわーわーーーー!!!

嘘やろーーーーー!!!

きゃーーー!!!

全然気付いてなかったーーーー!!!!

どーしよーーー!!!!

 

だって、

だってさ、普通、外国人(アメリカ人)がドルを投げ入れたら、それは1ドル札だっていう先入観があるじゃん?

何の疑いもなくさ。

実際、今までだって何度も1ドル札を入れられたことがあるわけだしさ。

しかも、アメリカドル札って、全部大きさが同じだしさ。

肖像画も、よく見たら違うけど、パッと見はほとんど同じ人だしさ。(?)

 

Img_3613s

 

そりゃ、まさか100ドルだなんて思いもせずに、適当にポッケに突っ込むじゃん。

相手にだって、めんどくさそうに適当にあしらっちゃうじゃん?

…ダメ?

…怒る?

 

うわーー!!!ごめーーん!!!!

時間よ、戻れーーーー!!!!!

 

っていうか、

あのMr.ボールド様は、いくら泥酔していたとはいえ、ほんとに感動してくださっていたんですね!!

だから、あんなに興奮されていたんですね!!

あー、今なら何でも歌わせて頂くのに!!!(←最低!)

 

っていうか、

ボールド(ハゲ)なんて失礼なアダ名を付けてしまったこともすみません!!

あなたは、今思い返してみると、確か、ボーボーでした。

ええ、それはもう、ボーボーでした。

 

というわけで、Mr.ボーボー大天使様、

大変ベタですが、今から僕の現在の感謝の気持ちをこの100ドル札で表したいと思います。

ワン、

ツー、

スリッ。

 

 

 

 

 

 

 

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2010年8月 7日 (土)

吟遊詩人

実はおとといの朝、僕の友達夫婦が、

僕より一足先に、夫婦で100日間の世界一周の旅に出発しました。

今日は、少しだけ彼らのことについて話させてください。

(注;少しだけとかいいながら、結局いつも通り長いです。笑)

 

 

旦那の名前はジャン。

彼が、アフリカの打楽器「ジャンベ」の演奏者であることから付いたニックネームらしい。

本名は聞いたことがあるような気がするけど、覚えていない。

だって彼は、出会ったその時から、「どうも、ジャンです!」なんて、聞いてもないのに名乗ってきて、それ以来僕も周りの人間もずっと「ジャン」って呼んでいるから。

出身は静岡県、年齢は現在33歳で、学年は僕の一つ下。

ジャンとは、もう10年来の親友だ。

 

ただ、ジャンは変人だ。

良い意味なのか悪い意味なのかは分からないが、さっきの自己紹介からも分かるように、とにかくかなりの変人なのだ。

まあここでその変人エピソードを一つずつ書いていくとキリがないので省略するが、

それでも僕はそんな変人ジャンが大好きなのである。

 

そして、ジャンのすごい所は、とりあえず行動力がハンパないってこと。

まさしく、元祖「行動力のバケモノ」なのだ。

彼は今までなんと、19歳と23歳の時に、2回も「100日間世界一周の旅」を決行している。

つまり、今回が3回目の世界一周旅行ってことになるのだ。

しかも、今回は夫婦で!

ひゃあ、すごい!

やっぱりジャンは、変人でバケモノや!

 

 

そんなジャンは、20代前半の頃、当時の僕と同じ「十三(じゅうそう)」という地域に住んでいて、僕達はよくお互いの家を行き来していた。

ある日の夜中、仕事終わりに突然電話で呼びだされてしぶしぶ(笑)ジャンの家を訪れた僕は、玄関を上がって少し驚いた。

だって、その日はジャンの部屋がいつもより妙に小ぎれいになっていた上に、狭い台所には、ズラッとリキュールやその他のお酒なんかが並んでいたから…。

「『サウンドバー ジャン』へようこそ!」

そう照れくさそうに笑うジャンは、さらに、いつものCDコンポでおしゃれなジャズなんかを流し始めた。

 

あーあ、変人がまた変な遊びを始めたよ。

僕はソファーに腰掛け、少し苦笑いをしながらも、もう少しだけこのよく分からない遊びに付き合ってあげることにした。

 

「たかゆき、ご注文は?」

「あ、マスター、じゃあ、ディタソーダひとつ。」

「そんなのは無い。」

「えー、ないのー!じゃあ、ジンバック。」

「無理。」

「…(笑)。そんなら、何がおススメですか?」

「えっと、カシスオレンジならできる。」

「じゃあ、カシスオレンジで。(笑)」

 

そして、ジャンが試行錯誤して、随分時間をかけて出来あがった、とてもじゃないけど甘すぎるカシスオレンジを僕がチビチビ飲んでいると、彼がゆっくりと語り始めた。

 

「あのね、たかゆき。

俺の夢は、実は、将来自分のバーを経営することなんだ。

そして、今日は、その夢への第一歩、『サウンドバー ジャン』のプレオープンの日なんだ。

これからは、ここに友達とかをいっぱい呼んで、カクテルの練習をしたりしようと思ってる。

だから、たかゆきがその初めてのお客さん。」

 

正直僕は、何て答えてあげればいいのか分からなかった。

だって、そんな話は今まで一度も聞いたことが無かったし、

初めは何かの冗談かと思いきや、その時のジャンの目があまりにも真剣だったから…。

 

「…そっか、俺が初めてのお客さんか。

ありがとう。」

 

ただ、今だから本当の事を言うと、ジャンっていうのは、どちらかというと生き方が不器用で、決して人付き合いや世渡りが上手なタイプの人間ではないので、

その時の僕には、どうしても現実的に、彼が将来自分のバーなどを経営する姿は想像しにくかった。

でも、よく考えてみると、将来のことなんて誰にも分からない。

しかも、僕だって、友達の夢を簡単に否定できるような大それた人間ではないし、また、そんな人間にも絶対なりたくないので、

やっぱり僕は、それが彼の夢ならその夢をできるかぎり応援してあげようとすぐに心を入れ替えた。

 

「分かった。俺、ジャンの夢、応援するわ!

頑張れよ!」

 

「うん、たかゆき。ありがとう!

嬉しい!」

 

 

ふと見ると、玄関のドアの裏側に何か貼ってある。

よく見るとそれは、

「THE SOUND BAR   JAN」

とオシャレ風に書かれた、ダンボール製のプレートだった。

「それが、この店の看板なんだ。」

ジャンは、そう言って誇らしげに説明する。

僕はやっぱり、こういうものを作ってしまう所がジャンのすごい所だと思う。

知らない人はどう思うか分からない。

もしかしたら、そんなのは子供じみたママゴトのようなものだと言われるのかもしれない。

でも、ジャンは、とりあえず形から入ろうとなんだろうと、そういう部分にも手を抜かず、熱い想いでとりあえず「行動」するのである。

僕はなんだか、今になって、「サウンドバー ジャン」の初めてのお客さんに選ばれたことがすごく誇らしく思えてきた。

 

「あ、そうや、ジャン。

お前にお土産があるねん。」

 

この時僕は、先日まで旅行していたタイのお土産を、家を出る前にポケットに入れてきたことを思い出した。

それは、タイとどう関係あるのか分からないような、ただのインディアンの顔の形をしたキーホルダーだったんだけど、

僕はそれをポケットから取り出して、玄関まで持って行き、さっきのダンボールの看板の下に無理やり取り付けた。

 

「これは、今日からこの店のオリジナルキャラクターや。

もし、ジャンがほんまにいつかバーを始めたら、その店のどこかに記念としてこれを飾っといてな。」

 

「ありがとう、たかゆき。

大事にする。」

 

 

こうして、この夜、僕は甘すぎるカシスオレンジをおかわりして、この「サウンドバー ジャン」と呼ばれるジャンのいつもの部屋で、彼のバーへの熱い想いや、いつか3回目の世界一周をしたいんだという夢などを朝まで語り合った。

 

 

 

そして、それから3年後。

ジャンは、自らの行動力と、周りの沢山の人の協力のもと、本当にバーをオープンさせた。

この時には、さすがに僕も、ジャンに対する尊敬の念と、友としての喜びの気持ちで、本当に胸が熱くなった。

やっぱり、何事も不可能なことなんて無いのである。

 

バーの名前は、

「SOUND BAR 吟遊詩人(ぎんゆうしじん)」

この「吟遊詩人」は、2003年3月に大阪の弁天町の外れに、ライブバーとしてオープン。

お世辞にも決して立地条件が良い場所とは言えなかったが、そこはジャンの持ち前の行動力で、自らが敏腕ブッキングマネージャーとなり、様々な魅力的なライブを企画。

時には、たまたまレストランで違うテーブルに居合わせただけの有名アーティストに、突然、

「僕のバーで、今度ライブをしてください!」

などと、とんでもなく強引で失礼なお願いをし(苦笑)、1年後に本当にそれを実現させてしまうなどの奇跡的な行動力を発揮しつつ、

とにかく、年々、そのライブバーとしての知名度を関西音楽シーンの中で高めていったのである。

もしかしたら、みなさんの中にも、関西のコアな音楽シーンに詳しい方は、このバー「吟遊詩人」をご存知な方もいらっしゃるかもしれない。

 

 

 

さて、話は戻って、

奥さんの名前はナオちゃん。

彼女もジャンと同じ歳で、同じく24の時に女友達と2人で半年間もアジアを放浪したというこれまた変人。(笑)

そして、実はなんと、このナオちゃんとジャンの結婚は、僕が意図せぬうちにキューピットの一端を担ってしまっていたのだ。

だって、今からさかのぼること5年前の2005年冬。

ある日、僕は、数週間前に出会ったばかりのナオちゃんを含め、何人かの友達と一緒に遊びに出かけて、その帰りにみんなをバー「吟遊詩人」に連れて行ったんだけど、

それが実は、ジャンとナオちゃんの出会いのきっかけになったのだから…。

 

なんでも聞くところによると、その後、僕の知らないうちにナオちゃんは一人で「吟遊詩人」に通いつめ、すぐに二人の交際は始まり、なんとそれから3ヶ月後にはもう結婚してしまったのである。

付き合ったことまでは知っていたが、さすがにその後すぐの結婚宣言には、当時僕も腰を抜かしそうになった。

ね!

二人そろって、とんでもない行動力&とんでもない変人でしょ!(笑)

 

 

 

さてさて、

それから月日は流れ、2008年8月、5年半に渡る営業を終え、みんなに惜しまれつつ「SOUND BAR 吟遊詩人」は閉店してしまったんだけど、

その5年半の間、実はバーの入口のドアの裏には、あの時のダンボールの看板とインディアンのキーホルダーがずっと飾られていた…。

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そして、営業最終日、僕が最後に頼んだカシスオレンジは、涙が出るくらいほんとにほんとに美味しかった。

 

 

ただ、閉店の理由はもちろん色々あるんだけど、

その理由のうちの一つが、がむしゃらにお金を貯めて、数年後に夫婦で世界一周をしたいっていうものだったのが、またジャンのすごい所だ。

だって、またその夢を叶えちゃったんだから。

 

 

 

と、

いうわけで、あれから二人は一生懸命お金を貯めたり、山あり谷ありの準備を重ね、

ようやく2010年8月5日が世界一周の出発日と決まったので、

おととい、僕は二人を大阪空港まで見送りに行ったのである。

実は、僕は1週間ほど前から、二人に何かせんべつ的なものをあげたいなと悩んでいたんだけど、

当日の早朝、家を出る前は、僕は何の迷いもなく「アレ」を無造作にポケットに突っ込み、空港に向かった。

 

そして、空港で二人と落ち合い、出発直前になると、僕はポケットからクシャクシャの100ドル札を取り出し、それをジャンに差し出した。

 

「これ、せんべつや。

今から、まずニューヨークに向かうわけやから、なんかの足しになるやろ?」

 

「わー、出発前に昨日たかゆきのブログ見たよ。

これ、あの100ドルでしょ。

いいの?すごい嬉しい。

この100ドル札にまつわるストーリーも知ってるから、余計に嬉しい。

ありがとう。」

 

おお!ブログのおかげで余計な説明しなくてすんだ!

ありがとう!我が「ノーレイン ノーレインボー」ちゃん!

そして、Mr.ボールド!(笑)

 

実はこのせんべつ、3日前のあの夜、これが100ドル札だと分かった瞬間から、すぐに決めていたことだった。

だって、ジャン達の初めの目的地がアメリカだって知っていたから、あまりにもタイミングがドンピシャだったし、何か運命的なものすら感じたから。

もちろん、僕ももうすぐ世界一周が控えているわけだし、正直全くお金に困っていないわけではない。

でも、僕の人生の美学として、このタイミングであんな形で手に入れた100ドルは、これ以外の使い道なんて考えられなかったのである。 

(↑はい、今、この人、格好つけました。)

 

 

ともかく、

2010年8月5日午前8時、二人は、成田を経由して、ニューヨークに向かった。

100日間の旅だから、帰ってくる頃には、もしかしたら僕ももう出発してしまってるかもしれないし、まだ全然していないかもしれない。

なので、次いつ会えるかはちょっと分からないけど、それも運命だ。

 

ジャン、お前は文章がすごく上手やから、いつかお互いの旅が終わったら、世界一周の旅日記対決しような。

ナオちゃんも、あんまりカリカリせずに、100日間のデートだと思って、優しくジャンを見守ってあげてな。

 

二人とも、いってらっしゃい。

とにかく無事で。

 

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あ、

次会ったら、久しぶりにジャンのカシスオレンジ飲みたいな。

 

 

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そして、僕も夫婦で世界一周したいです。
というわけで、もう時間はほとんど無いけど、
誰か、嫁に来ないか。

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2010年8月10日 (火)

改造前夜

僕は小さい頃から目が悪く、今まではずっとコンタクトレンズや眼鏡を使用してきたんですが、

実は明日、思い切って、レーシックの手術を受けることにしました。

(念のため、知らない方のために説明しておくと、

レーシックっていうのは、機械で目の表面をスライスして、ふたを開け、そこにレーザーを当てて、両目からスペシウム光線が出るようにして、悪い奴らから世界の平和を守るために改造人間にされてしまうという、今流行りの近視矯正手術のことです。)

 

そして、先ほど僕は、その適性検査を受けてきたんですが、

明日さっそく手術OKとのことでした。

 

でもね、正直今、めちゃくちゃ恐いです。

だってね、いくら全てコンピューター制御で、ほとんど無痛だっていうことをうたい文句にしていても、やっぱり手術は手術。

しかも、これからも一生付き合う大事な「目」のことですからねえ。

今日だってね、まだただの適応検査だっていうのに、僕何べんもおしっこチビりそうになっちゃいましたから…。(早い!苦笑)

 

じゃあ、なんでそこまでして、レーシック手術を受けるのか。

それは簡単。

理由はただ一つ。

世界一周のためです。

 

やっぱりね、異国の地で、コンタクトや眼鏡で過ごすっていうのは、随分わずらわしいことだらけだと思うんです。
(日本一周ですら、ものすごくわずらわしかったですから…。)

しかも、僕の旅はかなり長い旅になりそうなんで、色んな土地を少しでもスムーズで快適に旅するためには、おそらくこのレーシック手術っていうのが最適な方法でしょうし、

だから、出発が決まれば必ずこの手術を受けようと何年も前から心に決めていたんです。

 

 

というわけで、

世界の平和を守る旅に出るために、覚悟を決めて、明日僕は改造人間になってきますから、

みなさんも、どうか手術の成功と無事を祈っててね☆

 

 

それにしても、目の表面をスライスして、ふたを開ける…。

ヒー!

こわい…。

 

 

P.S.

僕がレーシックを受けるクリニックのスタッフは、すごく無愛想な人と、めちゃくちゃ優しい人の、どちらか両極端の人たちばっかりでした。

きっと、これが世に言う「ツンデレ」クリニックなんだと思います。

ヒー!

なんて、どうでもいいあとがき…。

こわい…。

 

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2010年8月12日 (木)

改造翌朝

見えるなう。

 

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手術は無事終了しています。
とりあえずご報告まで。

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2010年8月13日 (金)

改造翌々朝

よく見えるなう。

 

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こんな日記ばっかりですみません…。(笑)
ゆっくりブログを書きたいんですが、
予定が詰まっててあまり時間が無いんです。
でも、とりあえず本文通りなのでご安心を。

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2010年8月14日 (土)

改造翌々々昼

めっちゃよく見えるなう。

 

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今回も、しつこい性格の僕のただのお約束ですので、
あまり気にしないでください。(苦笑)

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2010年8月15日 (日)

改造翌々々々昼

AMYMなう。

 

(注;AMYM【エーエム‐ワイエム】

安定してめっちゃよく見える、の略。)

 

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レーシック手術の詳細を知りたいという方が
何人かいらっしゃったので、
また時間が出来たらゆっくりと書かせてもらいたいと思います。
あとちょっとだけ待っててくださいね。

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2010年8月16日 (月)

改造翌々々々々昼

MKKKIKOSIKIMYNTAITKKBM34
SMASDKDKSESNKGKATAMYMなう。

 

(注;MKKKIKOSIKIMYNTAITKKBM34
SMASDKDKSESNKGKATAMYM【エムケーケーケー…】

もうここまできたら今日も意地でも更新してやろうと思って、昨夜も家にも帰れていないのに、今無理やり用事を抜け出して近くにあったインターネットカフェに飛び込んでこれを更新している僕、もうすぐ34歳…。しかしまあ、毎日暑いですなあ。外に出かける方はどうぞこまめに水分補給と塩分補給をされて、熱中症にはくれぐれもご注意くださいね。あ、ところで、安定してめっちゃよく見える。の略。

 

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2010年8月22日 (日)

MOTHER

姉さん、事件です!!

どえらい事実が判明してしまいました!!

今日は約束していたレーシック手術の詳細を書こうと思っていたんですけど、正直今はそれどころではなくなっちゃいました…。

いや、まあけど、事件とはいっても、みなさんにとってはほんとにどうでもいいような話で、これはあくまでも僕個人にとってだけのどえらい話だとは思うんですが…。

それでも、僕にとっては、このブログの存続をも脅かしかねないような大きな事件なので、一応みなさんにも報告させてもらいます。

 

 

あのね、

おとといの8月20日は、僕の父親の29回目の命日だったので、仕事前にお墓参りに行ってきたんですが、その帰りについでに近くの実家にも立ち寄ってきたんです。

 

ただ、先に説明しておくと、僕は20歳で家を飛び出して、ずっと一人で自分勝手に生きてきたので、実は今まで家族というものとは随分疎遠な関係にありました。

まあ、ストリートミュージシャンなんていう、一般社会からは職業として認識されていないような仕事を未だに続けているので、親に対して、それに対する説明のしづらい負い目というか気まずさというものが少なからずずっとあって、

決してすごく仲が悪いとかそういうわけではないんですが、とにかく実家からはどうしても縁遠くなってしまっていたんです。

だから、33歳にもなって情けないとは思うんですが、僕は今までほとんど親孝行らしきことはできていませんし、

さらには母親と顔を合すことすら、一年に一度あるかどうかというくらいの親不孝者でした。

  

でも、数ヶ月前から、87歳のおばあちゃんが実家に引き取られ、母親と2人で暮らしているので、

おとといは、命日に加え、そのおばあちゃんに会いに行くためにも少し実家に立ち寄ることにしたわけです。

そして、そこでその事件は起きました…。

 

それは、

ひとしきりおばあちゃんとおしゃべりをした後、おばあちゃんは横になるために寝室に向かい、母親は台所仕事をしている時のこと。

居間で一人きりになった僕は、テーブルの上の母親のノートパソコンの横に乱雑に置いてあった「メモ帳」のような紙切れに何気なく目をやったんです。

そして、レーシックでよく見えるようになった僕の両目が、そこの片隅に走り書きしてある文字をハッキリと捕えた時、僕の心臓は確実に数秒間停止しました…。

 

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…え!?

 

 

つづく…。

 

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う、うそやろ…。
ど、どういうこと…?(完全にパニック)

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