実はおとといの朝、僕の友達夫婦が、
僕より一足先に、夫婦で100日間の世界一周の旅に出発しました。
今日は、少しだけ彼らのことについて話させてください。
(注;少しだけとかいいながら、結局いつも通り長いです。笑)
旦那の名前はジャン。
彼が、アフリカの打楽器「ジャンベ」の演奏者であることから付いたニックネームらしい。
本名は聞いたことがあるような気がするけど、覚えていない。
だって彼は、出会ったその時から、「どうも、ジャンです!」なんて、聞いてもないのに名乗ってきて、それ以来僕も周りの人間もずっと「ジャン」って呼んでいるから。
出身は静岡県、年齢は現在33歳で、学年は僕の一つ下。
ジャンとは、もう10年来の親友だ。
ただ、ジャンは変人だ。
良い意味なのか悪い意味なのかは分からないが、さっきの自己紹介からも分かるように、とにかくかなりの変人なのだ。
まあここでその変人エピソードを一つずつ書いていくとキリがないので省略するが、
それでも僕はそんな変人ジャンが大好きなのである。
そして、ジャンのすごい所は、とりあえず行動力がハンパないってこと。
まさしく、元祖「行動力のバケモノ」なのだ。
彼は今までなんと、19歳と23歳の時に、2回も「100日間世界一周の旅」を決行している。
つまり、今回が3回目の世界一周旅行ってことになるのだ。
しかも、今回は夫婦で!
ひゃあ、すごい!
やっぱりジャンは、変人でバケモノや!
そんなジャンは、20代前半の頃、当時の僕と同じ「十三(じゅうそう)」という地域に住んでいて、僕達はよくお互いの家を行き来していた。
ある日の夜中、仕事終わりに突然電話で呼びだされてしぶしぶ(笑)ジャンの家を訪れた僕は、玄関を上がって少し驚いた。
だって、その日はジャンの部屋がいつもより妙に小ぎれいになっていた上に、狭い台所には、ズラッとリキュールやその他のお酒なんかが並んでいたから…。
「『サウンドバー ジャン』へようこそ!」
そう照れくさそうに笑うジャンは、さらに、いつものCDコンポでおしゃれなジャズなんかを流し始めた。
あーあ、変人がまた変な遊びを始めたよ。
僕はソファーに腰掛け、少し苦笑いをしながらも、もう少しだけこのよく分からない遊びに付き合ってあげることにした。
「たかゆき、ご注文は?」
「あ、マスター、じゃあ、ディタソーダひとつ。」
「そんなのは無い。」
「えー、ないのー!じゃあ、ジンバック。」
「無理。」
「…(笑)。そんなら、何がおススメですか?」
「えっと、カシスオレンジならできる。」
「じゃあ、カシスオレンジで。(笑)」
そして、ジャンが試行錯誤して、随分時間をかけて出来あがった、とてもじゃないけど甘すぎるカシスオレンジを僕がチビチビ飲んでいると、彼がゆっくりと語り始めた。
「あのね、たかゆき。
俺の夢は、実は、将来自分のバーを経営することなんだ。
そして、今日は、その夢への第一歩、『サウンドバー ジャン』のプレオープンの日なんだ。
これからは、ここに友達とかをいっぱい呼んで、カクテルの練習をしたりしようと思ってる。
だから、たかゆきがその初めてのお客さん。」
正直僕は、何て答えてあげればいいのか分からなかった。
だって、そんな話は今まで一度も聞いたことが無かったし、
初めは何かの冗談かと思いきや、その時のジャンの目があまりにも真剣だったから…。
「…そっか、俺が初めてのお客さんか。
ありがとう。」
ただ、今だから本当の事を言うと、ジャンっていうのは、どちらかというと生き方が不器用で、決して人付き合いや世渡りが上手なタイプの人間ではないので、
その時の僕には、どうしても現実的に、彼が将来自分のバーなどを経営する姿は想像しにくかった。
でも、よく考えてみると、将来のことなんて誰にも分からない。
しかも、僕だって、友達の夢を簡単に否定できるような大それた人間ではないし、また、そんな人間にも絶対なりたくないので、
やっぱり僕は、それが彼の夢ならその夢をできるかぎり応援してあげようとすぐに心を入れ替えた。
「分かった。俺、ジャンの夢、応援するわ!
頑張れよ!」
「うん、たかゆき。ありがとう!
嬉しい!」
ふと見ると、玄関のドアの裏側に何か貼ってある。
よく見るとそれは、
「THE SOUND BAR JAN」
とオシャレ風に書かれた、ダンボール製のプレートだった。
「それが、この店の看板なんだ。」
ジャンは、そう言って誇らしげに説明する。
僕はやっぱり、こういうものを作ってしまう所がジャンのすごい所だと思う。
知らない人はどう思うか分からない。
もしかしたら、そんなのは子供じみたママゴトのようなものだと言われるのかもしれない。
でも、ジャンは、とりあえず形から入ろうとなんだろうと、そういう部分にも手を抜かず、熱い想いでとりあえず「行動」するのである。
僕はなんだか、今になって、「サウンドバー ジャン」の初めてのお客さんに選ばれたことがすごく誇らしく思えてきた。
「あ、そうや、ジャン。
お前にお土産があるねん。」
この時僕は、先日まで旅行していたタイのお土産を、家を出る前にポケットに入れてきたことを思い出した。
それは、タイとどう関係あるのか分からないような、ただのインディアンの顔の形をしたキーホルダーだったんだけど、
僕はそれをポケットから取り出して、玄関まで持って行き、さっきのダンボールの看板の下に無理やり取り付けた。
「これは、今日からこの店のオリジナルキャラクターや。
もし、ジャンがほんまにいつかバーを始めたら、その店のどこかに記念としてこれを飾っといてな。」
「ありがとう、たかゆき。
大事にする。」
こうして、この夜、僕は甘すぎるカシスオレンジをおかわりして、この「サウンドバー ジャン」と呼ばれるジャンのいつもの部屋で、彼のバーへの熱い想いや、いつか3回目の世界一周をしたいんだという夢などを朝まで語り合った。
そして、それから3年後。
ジャンは、自らの行動力と、周りの沢山の人の協力のもと、本当にバーをオープンさせた。
この時には、さすがに僕も、ジャンに対する尊敬の念と、友としての喜びの気持ちで、本当に胸が熱くなった。
やっぱり、何事も不可能なことなんて無いのである。
バーの名前は、
「SOUND BAR 吟遊詩人(ぎんゆうしじん)」。
この「吟遊詩人」は、2003年3月に大阪の弁天町の外れに、ライブバーとしてオープン。
お世辞にも決して立地条件が良い場所とは言えなかったが、そこはジャンの持ち前の行動力で、自らが敏腕ブッキングマネージャーとなり、様々な魅力的なライブを企画。
時には、たまたまレストランで違うテーブルに居合わせただけの有名アーティストに、突然、
「僕のバーで、今度ライブをしてください!」
などと、とんでもなく強引で失礼なお願いをし(苦笑)、1年後に本当にそれを実現させてしまうなどの奇跡的な行動力を発揮しつつ、
とにかく、年々、そのライブバーとしての知名度を関西音楽シーンの中で高めていったのである。
もしかしたら、みなさんの中にも、関西のコアな音楽シーンに詳しい方は、このバー「吟遊詩人」をご存知な方もいらっしゃるかもしれない。
さて、話は戻って、
奥さんの名前はナオちゃん。
彼女もジャンと同じ歳で、同じく24の時に女友達と2人で半年間もアジアを放浪したというこれまた変人。(笑)
そして、実はなんと、このナオちゃんとジャンの結婚は、僕が意図せぬうちにキューピットの一端を担ってしまっていたのだ。
だって、今からさかのぼること5年前の2005年冬。
ある日、僕は、数週間前に出会ったばかりのナオちゃんを含め、何人かの友達と一緒に遊びに出かけて、その帰りにみんなをバー「吟遊詩人」に連れて行ったんだけど、
それが実は、ジャンとナオちゃんの出会いのきっかけになったのだから…。
なんでも聞くところによると、その後、僕の知らないうちにナオちゃんは一人で「吟遊詩人」に通いつめ、すぐに二人の交際は始まり、なんとそれから3ヶ月後にはもう結婚してしまったのである。
付き合ったことまでは知っていたが、さすがにその後すぐの結婚宣言には、当時僕も腰を抜かしそうになった。
ね!
二人そろって、とんでもない行動力&とんでもない変人でしょ!(笑)
さてさて、
それから月日は流れ、2008年8月、5年半に渡る営業を終え、みんなに惜しまれつつ「SOUND BAR 吟遊詩人」は閉店してしまったんだけど、
その5年半の間、実はバーの入口のドアの裏には、あの時のダンボールの看板とインディアンのキーホルダーがずっと飾られていた…。
そして、営業最終日、僕が最後に頼んだカシスオレンジは、涙が出るくらいほんとにほんとに美味しかった。
ただ、閉店の理由はもちろん色々あるんだけど、
その理由のうちの一つが、がむしゃらにお金を貯めて、数年後に夫婦で世界一周をしたいっていうものだったのが、またジャンのすごい所だ。
だって、またその夢を叶えちゃったんだから。
と、
いうわけで、あれから二人は一生懸命お金を貯めたり、山あり谷ありの準備を重ね、
ようやく2010年8月5日が世界一周の出発日と決まったので、
おととい、僕は二人を大阪空港まで見送りに行ったのである。
実は、僕は1週間ほど前から、二人に何かせんべつ的なものをあげたいなと悩んでいたんだけど、
当日の早朝、家を出る前は、僕は何の迷いもなく「アレ」を無造作にポケットに突っ込み、空港に向かった。
そして、空港で二人と落ち合い、出発直前になると、僕はポケットからクシャクシャの100ドル札を取り出し、それをジャンに差し出した。
「これ、せんべつや。
今から、まずニューヨークに向かうわけやから、なんかの足しになるやろ?」
「わー、出発前に昨日たかゆきのブログ見たよ。
これ、あの100ドルでしょ。
いいの?すごい嬉しい。
この100ドル札にまつわるストーリーも知ってるから、余計に嬉しい。
ありがとう。」
おお!ブログのおかげで余計な説明しなくてすんだ!
ありがとう!我が「ノーレイン ノーレインボー」ちゃん!
そして、Mr.ボールド!(笑)
実はこのせんべつ、3日前のあの夜、これが100ドル札だと分かった瞬間から、すぐに決めていたことだった。
だって、ジャン達の初めの目的地がアメリカだって知っていたから、あまりにもタイミングがドンピシャだったし、何か運命的なものすら感じたから。
もちろん、僕ももうすぐ世界一周が控えているわけだし、正直全くお金に困っていないわけではない。
でも、僕の人生の美学として、このタイミングであんな形で手に入れた100ドルは、これ以外の使い道なんて考えられなかったのである。
(↑はい、今、この人、格好つけました。)
ともかく、
2010年8月5日午前8時、二人は、成田を経由して、ニューヨークに向かった。
100日間の旅だから、帰ってくる頃には、もしかしたら僕ももう出発してしまってるかもしれないし、まだ全然していないかもしれない。
なので、次いつ会えるかはちょっと分からないけど、それも運命だ。
ジャン、お前は文章がすごく上手やから、いつかお互いの旅が終わったら、世界一周の旅日記対決しような。
ナオちゃんも、あんまりカリカリせずに、100日間のデートだと思って、優しくジャンを見守ってあげてな。
二人とも、いってらっしゃい。
とにかく無事で。

あ、
次会ったら、久しぶりにジャンのカシスオレンジ飲みたいな。

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そして、僕も夫婦で世界一周したいです。
というわけで、もう時間はほとんど無いけど、
誰か、嫁に来ないか。
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