« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »

2010年5月29日 (土)

ウエディング・ソング 後編

「中編」からの続き… 

(ちょっとバタバタしててかなり時間が空いちゃったんで、よければ前編中編とも一度読み返してから続きを読んでもらえると嬉しいです。)

 

ただ、

1月に結婚式の招待をもらった時、正直なところ僕は迷った。

その頃は僕自身すごく調子が悪くなってしまっている時期だったし、今の僕が東京までの長旅に耐えられるかどうかという心配があったからだ。

でも、ゆんの晴れ舞台に出席したいという想いはやっぱり強く、僕は1週間考えた末、結局その招待を受けさせてもらうことにした。

 

さらに、実はこの時、2次会で何か歌を歌ってほしいというお願いもされたんだけど、こちらの方はハッキリと断った。

もちろん、大前提として声が出ないというのもあるし、

それ以前に、今回ゆんを含めゆんの周りの「ちゃんとしたミュージシャン」がたくさん招待されている中、そこは僕みたいな「ちゃんとしていないミュージシャン」が歌うべき場じゃないと思ったからである。

 

 

さて、そんなこんなで2月末の結婚式当日。

この頃になると、僕も「2009-2010」の後半部分で書いたようにようやく気持ちも上向き始め、心配していた東京までの長旅もなんとか乗り越えることができた。

そして、無事神前での式も終え、明治記念館で行われる披露宴へ。

会場に着くと、新婦側の座席にはそれぞれ、出席者一人一人に対するゆんからの手紙が添えられてあった。

開宴まではまだ少し時間があったので、僕は着席して、ゆっくりとその僕宛ての手紙を読む。

そこにはとても懐かしいエピソードや嬉しい言葉がたくさん綴られていたんだけど、その中にひとつ、こんな一文が含まれていた。

 

「たかゆき先生は、私に唄っていいよと言ってくれたはじめての人間です。

だから今、こうして唄えているよ。

本当にありがとう。」

 

 

ゆんとはもう随分長い付き合いになるが、まさか彼女がそんな風に思ってくれるなんて想像もしていなかったので、

僕は急に目頭が熱くなり、周りの人にそれを気付かれるのが恥ずかしくて、開宴までずっと下を向いていた…。

 

 

披露宴自体も素晴らしいものだった。

やっぱり、新郎新婦どちらもが「表現者」ということもあり、とてもオリジナリティ溢れる内容だったのだ。

映画監督である新郎さんの仕事仲間が作った2人の紹介ビデオは、とても本格的で素敵な作品だったし、

(披露宴では)余興で出席者の誰かがお祝いの歌を歌うわけじゃなくて、なんとゆん本人がサポートバンドを引き連れて出席者の皆さんに歌を披露してくれた。

ウェディングドレス姿のまま歌うゆんは今までに見たことがないくらいとても綺麗で、全身で、歌うことの幸せや家族・周りの人に対する感謝を表していた。

 

僕はとっても幸せな気分になっていった。

心から東京までやって来て良かったと思った。

そして同時に、僕の中にある感情が生まれる。

「やっぱり僕も彼女にお祝いの歌を歌いたい」

と。

 

もちろん、冒頭でも言ったように、1ヶ月以上前に今日の2次会で歌うという話は断ってるし、今の今までそんなことも忘れていた。

しかも、最近の僕にとっては、歌を歌うという行為は、「声が出ない」=「怖いもの」というイメージすらあった。

それでも、この日この時、僕はゆんに歌を歌ってあげたいと強く思ったのだ。

たぶん、最初の手紙や、彼女が心から楽しんで歌う姿を見て、僕の中で何かが突き動かされたんだと思う。

「ちゃんとしていないミュージシャン」だっていいじゃないか。

ゆんの結婚を祝う気持ちに変わりはない。

それがゆんに伝わればいいんだ。

じゃあ、声が出ないことに関してはどうしよう。

それだって大丈夫。

みなさんにはまだうまく説明できていないかもしれないが、実は、僕の声が出ない症状というのは、その一曲を通してずっとというわけではなく、サビなどの部分で声を張り上げなければいけないところで突然声(=音)が出なくなってしまうというものなのである。
(キーなどの問題ではない。)

まあもちろん実際は、毎回そうはっきり定義付けできるものでもなくて、その時々によって流動的な部分もたくさんあるんだけれど、とにかく誤解を恐れずにすごく大まかに言ってしまうと、僕は「熱唱」することができなくなってしまったというのが少しは分かりやすい表現かもしれない。

つまり、今まで少しでもお金を儲けるためにどんな曲でも「熱唱」するというスタイルが身に染みついてしまってる僕にとって、それは仕事という面においては致命的ともいえるんだけど、

今回は別にお金を儲けようとしてるわけじゃない。

ただ、お祝いの気持ちを「歌」という手段で伝えようというだけなんだ。

だから、何もいつもみたいに無理に声を張り上げて歌わなくても、今は自分の声の出る範囲で気持ちだけはしっかり込めて歌えばいいんだ。

と、

そう思ったのである。

 

歌う曲に関しても同じ。

もちろん僕はこの日のためのオリジナルソングなんて用意してきていないし、突然何を歌うべきかなんてことも分からない。

けど、幸いにも仕事柄僕はそら(楽譜を見ないで)で歌える歌がたくさんあるわけで、その中からなるべく声を張らないで歌えそうなお祝いの曲を今から決めればいい。

要は、僕がゆんに歌を贈りたい、歌いたい、と思った事が一番大事なことなのだ。

「負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じ抜くこと」も大事だけど、やっぱりそれが一番大事なのだ。

と。

 

 

そうだ、ちょうどいい曲があった。

あの曲にしよう。

(大事MANじゃないよ)

 

 

そして2次会。

僕はギターも持ってきていないのでゆんのサポートミュージシャンからギターを借りて、急遽一曲だけ歌わせてもらえることになった。

お祝いうんぬんは抜きにしても、大勢の人前で歌を歌うという行為自体が約1年ぶり。

いくら格好つけた精神論を頭で並べても、やっぱり実際はめちゃくちゃ緊張する。

声を張らないとはいえ、ほんとに最後まで歌い切れるんだろうか。

せっかくの2次会の雰囲気を台無しにしてしまわないだろうか。

ううん、それでもいいんだ。

僕は小さく首を振って、一度だけ深呼吸をした。

そしてスポットライトの中、ゆんのことだけを頭に思い浮かべて、ゆっくりとこの歌を歌った。

 

(携帯からは見られません)

 

「ウエディング・ソング」

作詞:一倉宏  作曲:斉藤和義

 

あぁ 君に贈る ことば探し

眠れなかった

あぁ 思い出より あたらしい日々

美しくあれ

 

ここにいる人々

ここにいない友達も

きっと 君の名前

呼んでるだろう

その胸に 灯すだろう

 

おめでとう それだけ

言えばあとは こみあげる

たとえば あざやかな

夜明けのように

ただ その風のように

 

そのひとを選んだ

人生がいまはじまる

誰も しあわせしか

いらないだろう

それだけを祈るだろう

 

しあわせのこの日に

君はなぜ震えて泣く

世界でいちばんの

笑顔のあとで

世界に愛されながら

 

(一部抜粋)

 

 

 

 

あれから3カ月。

随分と報告が遅れてしまいましたが、実は僕、1ヶ月ほど前から仕事に復帰しています。

そう、この1年間願い続けたあの路上弾き語りとしての仕事です。

もちろん、まだバリバリにというわけではなくて、無理しないように週1、2回のペースでですけど。

そして、この仕事復帰をしようと決めたきっかけというのが、何を隠そうあの結婚式2次会での「ウエディング・ソング」だったんです。

 

僕は変に完璧主義なところがあるから、今までずっと、仕事復帰するということは声が完全に100%元に戻った状態でという強い思い込みがありました。

でも、みなさんご存知なように、僕の声はもう元には戻らないかもしれないということが分かったわけです。

じゃあ、どうしよう。

これからどうしていこうか。

そういうことをしばらく考えていました。

けどね、今回のことで思ったんです。

何もしないよりは、今出来る範囲のことを少しでもやってみるっていう方が結局自信にもつながるし、随分意味があるんじゃないかって。

だってね、

俺あの時、今までで一番いい「ウエディング・ソング」が歌えてんもん!

 

そりゃ、仕事って面で言うと、声が出ないことがどれだけ致命的かってことは僕が一番身に染みて分かってます。

でもまあその辺のことはややこしいので、また次の機会に詳しく書くとして、

とにかく、今回僕がこの「ウエディング・ソング」前編から後編までを書き始めたのは、そのゆんにお礼を言うためだったんです。

 

 

ゆん。

君は僕が歌を歌っていくきっかけを与えたと言ってくれたけど、

僕の方こそ、時を経て君にまた歌を歌い始めるきっかけを与えてもらいました。

本当にありがとう。

君の存在や歌は、いつも周りの人すべてを幸せにします。

結婚おめでとう。

どうか末永くお幸せに。

 

「夕焼けランプ」ホームページ

「夕焼けランプ」MySpace

 

 

人気ブログランキングへ
  ↑↑
ブログランキングに参加しています。
応援クリックしてもらえるとすごく嬉しいです。

|

« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »