覚醒
「青春狂騒曲」からの続き…
さて、ひと夏の楽しい思い出として終わるはずだった1997年の夏休み。
しかし、大阪に帰り、いつもの大学生活に戻っていた僕には、やはり日常のどこかに物足りなさを感じ始めていた。
大学自体に興味が無かったのは、相変わらずいつものことなんだけど、
授業をサボって友達と遊んだりしていても、どうしても何かが足りないというか、胸の中で大事な何かが抜け落ちているようなちょっとした喪失感のようなものを感じてしまっていたのである。
僕にとっては、先日までの福岡旅行が、それほどまでに強烈なものだったということだろう。
しかも僕は、今まで散々お金のことで頭を悩ませてきたというのに、
ヘタにお金を持っている今となっては、お金について妙に楽観的になってしまい、
周りの人間にオゴりまくるなど、後先を考えずに、とにかくやたらと散財しはじめた。
さあ、
そうなってくると、いよいよ僕のダメ人間人生のスタートである…。(笑)
ダメ、その1。
この頃の僕は、以前のように休みの日に駅前で歌を歌おうなんて気持ちも無くなっていた。
生意気なことだが、やっぱり弾き語りというものが、場所とやり方によってはああいう風に大金につながるんだということを知ってしまった今では、もう今までのような趣味範囲の弾き語りに興味を持てなくなってしまったのだ。
しかも、感じが悪いことに、
同じような理由で、時給800円などのアルバイトなどですら僕にはする気が無くなってきていた。
ああ、ほんとに、ダメ人間である…。
ダメ、その2。
それから約1ヶ月ほどたった、10月の終わり。
この頃になると、僕の日常生活に対する物足りなさはますます大きくなり、結局はあの福岡での充実した毎日に思いを馳せるばかりになっていた。
さらには、お金も段々と減りはじめ、やっぱり何かしなければということになる。
しかし、そこで思い付いたのは、
案の定、
大阪でもあのお金儲け弾き語りをやってみようということ。
(まあ、「始まりの物語」と言うぐらいだから、この流れはごく当然のことかもしれないが、それにしても分かりやすすぎるダメな展開…。笑)
もちろん、中洲ほど儲かることは無いだろうけど、
とにかくバイト感覚でもいいから、大阪でもあの弾き語りが出来ないかなと思ったのである。
そして、やはりお金を儲けるなら、場所は飲み屋街がいいだろうということで、
僕は数日かけて、友達と2人で大阪のめぼしい飲み屋街をぐるぐると回った。
その結果、第一候補として見つけたのが、ある飲み屋街のとある一角だった。
ここは大阪でも有名な飲み屋街で、僕が見つけた場所はそのメインストリートの出口付近だったから、すごく人通りが多かった。
ここなら、ある程度お金を儲けれそうである。
ただ、この場所で気になったのが、5,60メートル先にある派出所と、ヤ○ザさんの存在。
まず、派出所の方から言うと、
今までお巡りさんに弾き語りを止められたということは、もちろん何度かある。
けど実は、お金儲けをしていた中州では、結局一度もお巡りさんに止められなくて、
その辺がよく分からないところなんだけど、
それでも、さすがに派出所のこんな近くで弾き語りやらお金儲けやらをすれば、やっぱりすぐに止められるかもしれないと少し心配になったのである。
そして、ヤ○ザさんの方は、
この飲み屋街は、僕にとって、全てヤ○ザさんが取り仕切っているというイメージが昔からあって、
こんな場所でお金儲けをしていることがバレたら、そりゃもうヤバイことになってしまうんじゃないかと、こっちの方は結構本気でビビっていたのだ。
しかし、
若かりし僕の特徴である、「何でも一度やってみないことには分からない」という性格はここでも健在で、
まあ、もし無理だとしたら、他の場所を探すなり、やっぱり普通のバイトを始めるなりすればいいだけだという結論に至り、
結局、僕は試しに一晩だけ、この場所でお金儲け弾き語りをすることになったのである。
しかも、完璧主義でもある僕は、
同じ止められるにしても、せっかくやるなら万全を期そうということで、
少しでもお金を儲けるために、中州では使わなかったマイクやアンプまで使うことにした。
ほんと、走り出したらどこまでも止まらない若者である…。
おお、こわ…。
ダメ、その3。
しかし、ここ大阪でも、僕は予想以上にお金を儲けることができた。
まず、この日に限って言えば、あんなに近くにいるはずのお巡りさんや、怖いヤ○ザさんに止められるなんてことも全く無かったし、
演奏面においても、やっぱりマイクやアンプを使ったことが功を奏したようで、
音が大きいので、先にお客さんを止めなくても自然とあちらからやって来てくれることも多くて、
そのおかげで、よりギターや歌に集中することができた。
そしてなにより、僕も数ヶ月前よりは随分フォークソングのレパートリーが増えたので、
この、若者がフォークソングを歌っているという物珍しさもお金につながった。
どうやら、
中州みたいな観光地でしかお金はたくさん儲からないというのは、僕の勝手な妄想だったようで、
こういう年配の人が多い飲み屋街であれば、やり方さえ工夫すれば、どこだってお金は稼げるようである。
さて、
この事実で、僕は、この弾き語りに対する自信をますます深めたわけなんだけど、
同時に、この頃から僕は、だんだん狩野英孝ばりの
「勘違い自惚れ野郎」にも変貌していってしまう…。
ダメ、その4。
大阪初日での成功に気をよくした僕は、それから週に1,2回ぐらいずつ、その場所で弾き語りを続けるようになる。
言っても、この時の僕は大学生という身分だから、
週1,2回ぐらいの弾き語りでも、十分に普通のアルバイト以上の小遣い稼ぎになったのだ。
しかも、あれからも不思議と1回も止められることがなく、怖いくらい順調に弾き語りができた。
もう僕は、福岡に続き、この大阪での弾き語りも楽しくてしかたなくなっていった。
しかし、ここからが問題で、
実は、大阪でマイクやアンプを使うようになってから、僕はお客さんに「うまい、うまい」などと褒められることが多くなってきていて、
さらに、いつもお金もたくさん儲かるものだから、
「あれ?
今まで、工夫だなんだって言ってきたけど、
もしかして、俺って、音楽の才能とかもあるんじゃないの…?」
なんていう、若さゆえの恥ずかしい勘違いまでもが始まってしまったのである…。
キャー!誰か彼を止めてあげてー!!
スタッフゥ~、スタッフゥ~!!
(注:もちろん実際は、音楽の才能なんてほとんど関係ない。
この頃はまだ、今まで体感してきたように、色んな工夫が功を奏して、お金を入れてもらっていただけである。)
ダメ、その5。
さあ、そういう面においても、走り出したら止まらない僕。
とにかく僕は、大学に通いながらも、夜たまに歌うという、そういう生活を3ヶ月ほど続けた。
そして、その間にも、もちろん妄想を肥大化させていく。
わー、やっぱり俺の弾き語りは儲かるなあー。
しかも、相変わらずめっちゃ楽しいし。
いや、
マジで俺は音楽の才能あるんかもしれんな。
今まで散々将来のことについて悩んできたわけやし、
こーなったら、本気で歌手でも目指しちゃおっかなー。
もしかして、斉藤和義みたいになっちゃったりして…。
フフフ。
…ん、待てよ。
じゃあ、
さっそく大学なんか辞めちゃって、
とりあえずほんまにこの弾き語りだけで生活始めちゃおっか!
そしたら、もうオカンにお金の負担かけることもなくなるし、
弾き語り以外の時間は、曲作ったり色んな音楽活動に専念できるやん!
おー、スゲー!
そんで、後のことは、後のことで、それから考えたらええねん!
うん、そうや、そうや。
こんなん、きっと若いうちしか出来へんわ!
ちょっと、待てよっと、
これだけで生活ってことは、週4、5回はやるとして…、
わお!
ひと月でめっちゃ稼げるやんか!!
これだけあったら、余裕で贅沢な一人暮らしできるで!
スゲー、スゲー!!
この仕事やったら、時間もたんまり出来るやろうし。
うわー、そうしよー、そうしよー。
気分爽快、ナイスガイ!OK~!
…そして、
僕の妄想劇場は続いていく。
P.S.
ほんのチョビっとだけ調子が悪かったので、更新が少し開いちゃいました。
けど、調子の悪さや波も、以前に比べたら格段にマシになっているので、おそらく全快まではあと少しです。(^-^)
ほんと、これも、いつも温かく見守ってくださってるみなさんのおかげだと思っています。
いつもほんとにありがとうございます。
さて、
長かったこの「始まりの物語」も、ようやく次で終わりです。
なんだか、同じような流れの繰り返しで、話が随分単調になっちゃってますが、
これは、どうしても残しておきたい僕の人生の記録でもあるので、
みなさん、どうか後1回だけお付き合いくださいね!
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