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2009年6月28日 (日)

Like a Rolling Stone

それは、ほんとうに暗くて長いトンネルだった。

どんなにあがいてもつかまるものさえ見つからず、出口がどちらの方向にあるのかさえ分からない、そんな完全な、暗闇だった。

けど、ここにきて、遥か遠くのほうに小さな小さな光が見えた気がするんだ。

あれは出口なんだろうか。

いや出口に違いない。

今はそう信じている。

信じている。

 

 

 

その兆候が初めに現れだしたのは、今から1年以上前のことである。

ある日突然、僕は仕事中に声が出なくなった。

歌の途中に。

この「声が出なくなった」のはなかなか文章ではうまく表しにくいのだが、一般的に言う、「ノドの調子が悪くて声が出ない」とか、「キーが合わなくて高音が出ない」とか、そういう話ではない。

そういうことではなく、歌の途中にある部分だけ突然、息だけしか出ず、「音」が出なくなったのである。

なんだろう、これは?

初めは小さな困惑だった。

ただ、それは1曲を通してずっとというわけではなく、しかも1日のうちの2、3曲程度の話だったので、はっきり言って僕もそこまでは気に留めることもなかった。

しかし、3,4週間もすると、その状況は悪化していく。

1日のうちに2,3曲だったものが、4,5曲、多い日には7,8曲と増えていき、少しずつではあるが、はっきりと仕事としても悪影響が出だしたのである。

どうしよう、なんで俺はこんなに声が出ないんだろう…。

 

そこで僕は、思い切って仕事を丸々1週間休むことを決める。

ノドを完全に休めるためにである。

やはりこの時点では原因をノドに求めるほかなく、金銭的にはすごく痛いが、このぐらいの対処法しか思いつかなかったのだ。

それに、さすがに1週間も休めば、問題も解決してすべて元通りになるだろうと安易に考える僕もいた。

 

 

ただ、事態はそんなに簡単な問題ではなかった…。

 

 

1週間後。

万全な体調で僕は仕事に向かった。

しかし1曲歌ってみて驚くことに気づく。

声は良くなるどころか、むしろ1週間前よりもひどくなっているほどだったのである。

え!?

なんでや?なんでや?

この時、小さな困惑だったものは大きな困惑そして大きな焦りへと形を変える。

どうしよう、どうしよう…。

1週間も休んだのに。ノドも体調も万全なはずやのに…。

 

次の日、訳が分からなくなった僕は、すがるような思いで近くの耳鼻咽喉科を受診した。

どういうことだろう?

俺のノドはどうにかなってしまったんだろうか?

しかし検査の結果、僕のノドには何の異常も見当たらなかった。

念のため次の日も違う耳鼻科で診察してもらったが、そこでも結果は同じだった。

 

 

じゃあ俺は一体どうすればいいというのか。

ノドが原因じゃないとすれば、他の何が原因なのか。

仕方がなくその後僕は、2,3ヶ月そのまま仕事を強行する。

原因が分からない今、生活を維持していくためにはそれしか方法がないからである。

もちろん仕事には悪影響が顕著に表れていて、曲を最後まで聴かず明らかに不愉快な顔をして立ち去って行く人が数多く現れるほど、僕の歌は醜くなっていった。

ただ、

まだ大分マシな日や、とてもヒドい日など、この声には随分と「波」はあるみたいで、それがまたよく分からないところだった。

そして、僕はもう歌を歌うことが嫌になりはじめていた。

 

 

そんなある日。

僕は同級生の医者の友達に、ある「声」の権威の先生を紹介してもらう。

この先生は全国でも指折りの声の治療に関するエキスパートということだった。

ああ、これで大丈夫かもしれない。

僕は一気にこの先生にすべての希望をよせた。

そして何度もこの病院に通った。

しかし数ヶ月に渡る診察や検査の結果、

ここでもやはり原因はハッキリとは分からないということだった…。

 

僕は落胆した。

もうどうすればいいのか分からなくなってしまったのである。

そしてこの頃から、声だけでなく僕の「うつ」までもが酷くなっていく。

まるで転がる石のように。

 

 

うつ。

このブログをいつも読んでくださっていた人なら、僕がよく軽いうつ状態になることがあるのを知ってくれているかもしれない。

数年前にパニック障害を患って、そしてそれが治りかけてきた頃、初めて僕にうつの症状が出はじめた。

当初は、もちろん自分でもその自覚はあったんだけど、僕はそれ(うつ)を認めたくなかったので無視をきめこんでいた。

しかし月日が経ちこの頃になると、声が出ないことからか、僕のうつには益々拍車がかかり、無視できないほどに日常生活に暗い影を落とし始めたのである。

 

例えば、部屋にいても何もすることができず、あれほど好きだった映画や音楽や小説さえも、どれも見たり聴いたりすることができなくなった。

もちろんブログなども同じで、文章なんてとても書けなくて、頂いたメールなどにも全く返事を出せなかった。
(メールなどをくださっていた優しい方々、どうもすみません。)

それは周りの友達に対しても同じで、僕は友達にすらまともなコミュニケーションが取れなくなっていった。

孤独感は増す一方なのに、メールはもちろん話すこと自体がおっくうで、友達からの電話もほとんど出れないような状態だったのだ。

そして、たまに仕事以外で外に出かければ、勝手に涙が止まらなくなる。

もしくは、ものすごく悲しいのに涙も出ない。

そのどちらかの繰り返しだった。

そしてなにより、全身を包む強烈な虚無感と絶望感。

僕はほんとになんにもできなくなっていった。

 

 

仕事だって同じ。

この頃の僕はお金のために無理に仕事は行ってはいたものの、もう歌うことが恐くて恐くて、とてもじゃないけどお客さんを笑顔で呼び止めることなど出来なくなっていた。

だから僕はずっと下を向いていた。

歌を聴かれることすら恐かったのだ。

歌いたくない、そして聴いてほしくもない声の出ないストリートミュージシャン。

果たしてそんなものに存在する意味があるのだろうか?

歌は歌いたいから歌うもの。

そして、それを色んな人に聴いてほしいから路上で歌う。

それがストリートミュージシャンのはずだ。

道行く人やお客さんにとっては、こちらの事情なんて知ったことではない。

本来は歌いたくなければ歌わなければいいだけの話なんだから。

それでも僕は、生活、そしてこの仕事への意地だけのために声の出ない歌を歌い続けた。

誰にも聴かれたくない歌を歌う。

僕はもう完全なる矛盾の中に存在していた。

 

 

そしてさらには、

声が出ない⇒うつが悪化する⇒声が余計に出なくなる⇒さらにうつが酷くなる

という「負のスパイラル」にも陥ってしまった僕は、これから先のことを考えると生きる意味すら分からなくなってしまうほど限界に近づいていた。

声のこと。

仕事のこと。

お金のこと。

世界一周のこと。

年齢のこと。

人生のこと。

そんなことたちが僕の頭の中でぐるぐるぐるぐると渦を巻いていた…。

 

 

 

そんな時である。

僕がこのトンネルの遥か先に小さな光を見つけたのは。

 

 

それはあまりにも突然の出来事で、最初は一瞬それが光なのか何なのかも分からなかった。

真っ暗闇だった時間が長すぎて、すぐには頭が理解してくれなかったのだ。

ただ、よく目を凝らしてみると、どうやらそれが光であることは間違いない。

そして、

僕は今そこに向けてゆっくりと歩き出したところである。

 

あれは出口なんだろうか。

いや出口に違いない。

今はそう信じている。

信じている。

 

 

 

 

 

さてみなさん、今回は約半年ぶりの更新だったので、これまでの僕の状況について説明させてもらいました。

ただ最後のほうは随分抽象的な書き方だったのでよく分からなかったかと思いますが、諸事情で今はその詳しい内容の説明は省かせてもらいます。

すみません。

とにかく、現状だけでも言わせてもらうと、

まず僕は、ずっと通っている心療内科の先生の指導もあり、2ヶ月ほど完全に仕事を休むことを決めました。

声のことについては未だにまだ何も分かっていませんが、とにかくまずこのうつから徹底的に治すことにしたんです。

先生によると、やはりこの状態で歌を歌い続けているとうつが治る可能性は少ないらしく、しっかり治そうと思えば(入院したぐらいの気持ちで)思い切って2,3ヶ月は何もしないほうがいいとのこと。

というわけで、声のことや後のことはその時になってから考えるとして、最近の僕はもっぱら家の中でゴロゴロしています。

まあゴロゴロとは言っても、まだうつが治ってるわけではないのでそんなに楽しいものではないんですが、とにかくさっき言った「光」のおかげで不安感や絶望感だけはほとんど無くなりました。

現にこうしてものすごく久しぶりにブログも更新できたわけだし、それはすごく嬉しいことです。

 

と、

まあ今はそんな感じです。(唐突!笑)

はい、現状報告終わり!

またゴロゴロに戻ります。

バイバイ!

 

 

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