見るまえに跳べ
一万円とでっぱりと下心からの続き…
(久しぶりだけど、今回もやっぱりすごく長いです…。)
僕とノリヒサは、さっそくもう片方の「でっぱり」に移動して、すぐに弾き語りの準備を始めた。
初めて訪れた土地での弾き語り。
中洲の喧騒。
2,30メートル先の外山さんの存在。
お金の事。
この時、そういうものすべてが、この狭い橋の上で川の水気を含んだ夏の夜風と一緒になって僕にまとわり付いていたんだけど、それを決して心地の悪いものだとは思わなかった。
大学2回生の夏休み旅行、
僕には今、何かとても面白い事が始まるんじゃないかという根拠の無い予感が湧き始めていたのだ。
時間はすでに10時半。
準備が終わるとノリヒサは少しだけ離れた場所に腰を下ろし、僕は大きな深呼吸をひとつだけした。
もちろん、目の前のギターケースのふたはキチンと開いてある…。
さあ、始めよう。
さて、
この当時僕が歌っていた歌というのは、その時々の流行りの曲や新旧問わず個人的にお気に入りの曲など、
とにかく自分が知っている範囲で適当になんでもごちゃ混ぜに歌っていた。
要は、歌の種類なんてどうでもよかったのである。
この頃の僕はあくまで「外で歌う」という行為そのものに楽しみを覚えていたわけであって、何を歌うのかということに関してはほとんど無関心だったわけである。
ただ、今回に関していえば、少し事情が違う気がする。
僕は初めて、「お金を儲けよう」としているわけで、今までのようにやみくもに歌っていくのがいいとは思えない。
ふと外山さんの方を見ると、どうやら彼はサザンオールスターズの「いとしのエリー」をモノマネ気味に歌っている。
えーっと…。
これは何かのヒントなんだろうか?(笑)
実は彼、さっき僕が準備をしている時には、かぐや姫の「神田川」を歌っていた。
初めに聞いた浜田省吾、そしてかぐや姫、サザン…。
統一感が無いので、彼が好き好んでそれらを歌っているのかどうかまでは分からないが、
どうやら、あえて懐かしい曲を選んでいることだけは確かなようである。
うーん…、そっか。
ここ中洲は飲み屋街であると同時に一大観光地でもあるから、さっきからこの橋を行き交う人もさまざまな世代の人々なんだけど、確かにお金を儲けるという観点からいえば、そういう曲を好みそうな古い世代の人にターゲットをしぼって歌うのが最善の方法なのかもしれない。
ただ、そうは言っても、流行りの曲などに比べると、年齢的にいって僕の「そういう曲」のレパートリーというのはやはり圧倒的に少ない。
しかたがないので、とりあえず今日は、古くはなくても少しでも多くの人が知っていそうな有名な曲を意識的に選んで歌うことにした。
そして、とにかく僕は1曲目を歌い始めたんだけど、
最初の「それ」は思っていたよりも随分早くに起きた…。
そう、それは僕が1曲目を歌い始めてほんの何十秒後かの話。
歌がまだ1番のサビにもさしかかってない時点で、右前方から歩いて来た1組の中年夫婦が、
「お、頑張ってるね。」
と言って、僕のギターケースにポケットの小銭をバラ撒いていったのである。
わ、わ、わ!
もうお金入った!!
あまりにも早い展開に驚く僕。
しかも当の2人はお金を入れるやいなや、そのまま何事も無かったかのように立ち去っていく…。
え?え!?あれ?
歌は…?
歌は聴いていかなくていいの?
予想外の出来事に2人の背中をぼう然と見送った僕は、それでも歌うことは止めずにとりあえず目の前のギターケースを覗き込んだ。
そこには、乱雑に散らばった100円玉が3枚と10円玉が2枚。
つまり、ついさっきまで全く空っぽだったギターケースに、今確かに320円のお金が存在しているのだ。
ひやぁ。
320円といえばあれだ。
大学の帰りに、ミスタードーナツで僕の大好きなエンゼルクリームとコーラを頼んで午後の優雅な時間を堪能できる金額ではないか。(それはどうでもいい)
僕はなんだか混乱した。
もちろん今まではお金儲けが目的じゃなかったわけだけど、それでも今まで長らく続けてきた弾き語りの経験の中で、誰かからお金をもらった記憶なんてせいぜい2,3回ぐらいしかない。
それを、生まれて初めてギターケースを開けた途端、まさかホントにこんなにすぐにお金を入れてもらえるなんて思ってもみなかったからだ。
しかも彼らは、歌なんてほとんど聴いてなかったわけだし…。
「頑張ってるね。」て言ったって、実際僕はまだ何にも頑張ってないわけだし…。
なんだろう、この感覚は。
確かに自分が望んだことなので嬉しいのは嬉しいのだが、同時に、(いくら小銭とはいえ)お金を儲けるのがこんなに簡単な事でいいのだろうかというちょっとした罪悪感みたいなものも感じてしまうのである。
その時、僕は反射的にノリヒサを見た。
(なぜなら、その罪悪感というのが、他ならぬノリヒサのような第三者に対する罪悪感でもあったからだ。)
ノリヒサは僕の視線に気付き、「やったね」といった感じでニヤリと笑う。
それを見た僕は、結局それにつられてニヤリと笑ってしまった。
そっか、
やっぱり罪悪感なんて感じる必要はないんやよな。
だって、どう言い訳しようが俺は今実際にほとんどそれ(お金)が目的なんやし、ノリヒサもそれを重々分かってるわけやもん。
だから、これはただ単に幸先が良くてラッキーやったって考えたらいいだけやで。
うん、そうやそうや。
なんだか、そう考えると僕は急にテンションが上がってきた。
「よし、こうなったら、どんな形でもいいからこの調子でもっともっと儲けてやるぞ!」と。
(つまり、僕が小さな罪悪感にさいなまれたのはほんの数秒だけだったっていうことになる。いやはや、何という変わり身の早さ…。苦笑)
まあ、そうはいっても結局この後、2曲目、3曲目と全くお金は入らなくて、僕は(分かりやすく)さっそくガッカリした気持ちになったんだけど、
そんな気持ちになったのもつかの間、
今度はついに最初の「あれ」が起こった…。
それは、ちょうど僕が次の4曲目を何の曲にするか悩んでいた時、
1人の水商売風のお姉さん(40歳くらい)が僕の前で立ち止まり、僕にこう告げたのだ。
「何か歌ってよ。」
おお!
僕の中に緊張感が走った。
そりゃもちろん、今までも弾き語りの中で誰かから「何か歌ってくれ」なんて言われたことは山ほどある。
ただ、こういう風にギターケースを開けた状態で歌を頼まれるというのは、今までとはまた違う意味を持っているような気がしたからだ。
だって考えてみてほしい。
お姉さんにしてみたって、今目の前でハッキリと開いた(320円入りの)ギターケースの前に立って、
そのうえで、
僕に歌を頼んでいるのである。
それは、彼女にも少なからず何らかの心づもりがあると考えるのが自然ではなかろうか。
例えるなら、
一人暮らしの男の家に、初めて女の子が(一人で)遊びに来たようなものである。
この後何が起こるかなんて、誰の目からも自明の理なわけだ。
ぐへへへ。
君も子供じゃないんだから、そのぐらいのことは分かって遊びに来たんだろ?
ぐへへへ。
あ、ごめん。
例えが全然違うわ。
とにかく僕は、ここは絶好の(本日2回目の)お金儲けチャンスだと考え、
できるだけお姉さんの年齢に合わせた選曲を心がけ、結局イルカの「なごり雪」を歌うことにした。
この曲なら僕も知っている。
ただ、「知っている」と「歌う」は全く別の問題であり、知っているからといってそれだけで上手く歌えるのかというと、それはもちろん違う。
この時、完全にお金に目のくらんでいる弱冠20歳の若造は、とりあえず感情さえ込めておけばいいなどと勘違いし、
今は真夏だというのに頭の中では律儀に春の訪れを想像し、今日初めて会ったばかりで去年の事なんて知るわけもないのに、「うんうん、去年よりもずっと綺麗になったよ。」などと目を細めてお姉さんを見つめたりしながら(笑)、
とにかく大いに泥臭く、この「なごり雪」を歌った。
…それでも、
結果は予想以上のものだった。
というのも、
(案外この若さゆえのガムシャラさが功を奏したんだろうか)お姉さん、歌の間はとにかく終始笑顔で、
曲が終わり僕が頭をペコリと下げると、
「ありがとう。すごく楽しかったわ。」
などと、なんと財布から千円札を取り出し、それをギターケースに入れたのである。
わ、わ、わお!
お金をもらうにしてもまさか1000円までの金額は想像していなかった僕たちは、目をパチクリさせて顔を見合わせる。
するとお姉さんは、
「応援してるから、これからも頑張ってね。」
という言葉を残して、満足気に腰をクネクネさせて立ち去っていってしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
1曲目同様、僕は一応すぐにギターケースを覗き込む。
そこには、確かに初めの小銭のほかに、目新しい千円札が…。
ひやぁ。
ほ、ほんまに、せんえん…。
1000円といえばあれだ。
大学の帰りに、ミスタードーナツで僕の大好きなエンゼルクリームとコーラを頼んで、それでもだいぶ余るから、たまたまその店に居合わせた同級生のユミちゃんを呼んで、彼女にもエンゼルフレンチと氷コーヒーをご馳走してあげつつ2人で午後の優雅な時間を堪能できる金額ではないか。(ほんとどうでもいい)
僕は自分の鼓動が高鳴るのを感じた。
僕の歌が1000円…。
たった一曲で1000円…。
ああ…、
死ぬほど嬉しい…。
だって最初の行きずりの小銭とは違い、今回お姉さんはハッキリと、僕が歌った「なごり雪」に対して1000円というお金を入れてくれたわけである。
僕は全くの素人だけど、それでも、歌を歌う者にとってこんなに分かりやすくて自信になるご褒美はないではないか。
今までずっと外で歌うという事だけで満足していた僕にとっては、はっきり言って、こんなのは生まれて初めて味わう感覚である。
ああ、この感覚を味わえただけでも、ギターケースを開けてみてよかった。
中洲に来てよかった。
そして、
地球に生まれてよかったー!
ただ、ここにきて学んだこともある。
それは、今の歌でも分かるように、
これが全部僕の歌の良し悪しだけから来てるわけじゃないということ。
だって思い返すと、
初めの中年夫婦といい、今のお姉さんといい、
「頑張ってるね」
だとか
「応援してるから頑張ってね」
だとか、両組とも「頑張る」という類いの言葉を口にしていた。
つまり僕よりもっと年配の人達は、
とにかくまず、「若者ががんばっている」姿を美とし、どうもそれに対して心を動かされてお金を出したくなるようなのである。
これは僕が自分の体感として学んだことである。
ただ、
その「頑張ってる」のは僕本人であり、それを含めて「僕の歌」なわけだから、やっぱり僕の自信やお金をもらった嬉しさにはなんら変わりはない。
チョー気持ちいい。
さて、
そんなこんなで、開始からわずか20分足らずで、こんなふうにすでに1,300円以上も儲けてしまった僕。
まさかギターケースを開けただけでこんな世界が広がってるとは思ってもみなかった。
もしかして、案外僕にもこういうお金儲けの才能があるのかもしれない。
そして、初めは隣の外山さんの様子を逐一覗き見ていっぱいお金儲けのノウハウを盗んでやろうなどともくろんでいた僕も、
今や、自分が弾き語りでお金を儲けているんだという初めての快感に浸りきりで、そんなもくろみすらどこかに吹き飛んでしまった。
はっきり言って、自分の事だけに夢中&精一杯で、人を見てるような余裕がないのである。
まあいい。
今日は(あまりにも突然の弾き語りだったから)もうあんまり時間もないし、後はこのまま終電時間まで、自分の思ったとおり好きなように歌ってしまおうじゃないか。
それに、ノウハウっていったって、
今や僕には、自分で見つけた、必殺「頑張る」というノウハウがあるんだから。(どんなノウハウや…。笑)
そうして僕は、この後、終電時間を気にしつつ、結局12時ぐらいまでこの弾き語りを続けた。
途中、その「頑張り」のおかげか、あれからも驚くほど順調で、何人もの人が歌を聴いてくれたり、お金を入れたりしてくれた。
結局、始める前に心配していた酔っ払いに絡まれるとかのトラブルも一切無く、
とにかく今夜のこの1時間半、僕はただただひたすらに楽しかっただけだった。
まるで夢の中にいるようで、こんな時間がずっと続けばいいのにと思ったくらいだ。
そして、そういうもろもろの結果が最終的に僕のギターケースの中のお金に表れていた。
そう、
そこには、
千円札が4枚と
小銭が2,800円ほど。
つまり僕は、生まれて初めてのお金儲け弾き語りで、計6,800円も稼いでしまったのである…。
ひゃぁ。
6,800円といえばあれだ。
大学の帰りに、ミスタードーナツで僕の大好きなエンゼルクリームとコーラを頼んで、それでもだいぶ余るから、たまたまその店に居合わせた同級生のユミちゃんを呼んで、彼女にもエンゼルフレンチと氷コーヒーをご馳走してあげて、まだまだ余ってるから、「ユミちゃん、この後ボーリングでも行けへん?」って誘って2人でボーリング行って、ついでにカラオケも行って、
「なんか疲れてもうたなあ。えっと、この後どうしよ。うちでも来る?」
「え!?たかゆき君ち?」
「うん、そやで。何心配してんねんな(笑)。疲れたからちょっとお茶飲むだけやんか。ユミちゃん、変なこと考えすぎ!(笑)」
「…うん、じゃあ、お茶飲むだけなら。」
そして2人は、すっかり日の暮れた大阪の街を歩き、ついに僕の家に到着する。
先にユミちゃんを家に上がらせ、後ろ手で鍵を閉めたたかゆきは、ここで突然豹変した。
「ぐへへへ。君も子供じゃないんだから、そのぐらいのことは分かって遊びに来たんだろ?ぐへへへ。」
…って、
あれ?
何の話やったっけ?(笑)
あ、そうそう、6,800円。
とにかくもう一度言うが、
僕は旅の初日にお試しでやってみた人生初のお金儲け弾き語りで、いきなり6,800円も儲けてしまったのである。
しかもたった1時間半で!!
いくらビギナーズラックとはいえ、当時貧乏学生だった僕にとっては、これは今までの自分の価値観をすべてひっくり返してしまうような大事件だった。
だって、バイトの日給に近い金額を、趣味の弾き語りのたった1時間半で稼いでしまったわけだから…。
こりゃあ、外山さんの言う「一万円」っていうのもきっとホンマやな…。
ああ、世の中にはこんな世界があったなんて、俺は今までなんてもったいないことをしてきたんやろう…。
まあけど、これもここ「中洲」やから成り立つことなんかもしれんな。うん。
それにしても、弾き語りで一万円かあ…。
それってどんな気持ちなんやろ…。
俺も儲けてみたいなあ…。
けどそれには、今日みたいな運まかせじゃなくて、もっと色んなノウハウを身に付けなあかんねんやろな。
ああ、明日もこれ(お金儲け弾き語り)やりたいなあ…。
ノリヒサ怒るかなあ…。
「なあ、ノリヒサ~。
明日の予定ってもう決まってるの?」(←猫なで声)
「…分かってるよ、たかゆき氏。
明日もこれやりたいんやろ?
俺もついてくるから、明日は早めに来て、終電時間気にせんでいいように、次の日の始発で帰ろ。な。」
「きゃー、ノリヒサく~ん!!
大好き!!男前!!大統領!!」(←うるさい)
さあ、
そうと決まったら仕事は早い。
後は、明日僕も一万円を儲けるべく、終電時間ギリギリまで外山さんに詳しく教えを乞うことにしよう。
そして、急いで後片付けを済ませ、僕たちはまだ仕事(この時僕は、もうこれが仕事であることに何の疑いも持っていなかった)を続けている外山さんのもとへ駆け寄った。
外山さんはすぐに僕たちに気付く。
外山さん
「お、どうだった?儲かった?」
「はい、おかげさまで。
けど外山さん、これってすごいですねえ…。
僕みたいな初心者でも、なんかよく分からないけど6,000円以上も儲かっちゃいました。」
「おお、すごいじゃん。よかったね。」
「外山さんはあれからどうでした?」
「あ、僕は、まだ分からないけど、このままいったら1万7千円ぐらいにはなるんじゃないかな。」
い、いちまんななせんえん…。(汗)
「あ、1万7千円ね…。(苦笑)
えっと、ところでちょっと相談なんですけど、実は僕ら明日もこれをやってみようと思ってまして、もしよかったらノウハウみたいなものがあったら、僕らに少しでも教えてもらえないかなあと思って…。」
よく考えると、今日初対面の人に対して、これはどれだけずうずうしいお願いなんだろう…。
だってそんなの、外山さんには何のメリットもないんだから…。
しかし、彼はあまりにもあっさり答えた。
「あ、うん、うん。全然構わないよ。」
この後、僕たちは終電時間まで外山さんから色々な話を聞いた。
今思うと、この日僕がたまたま6,800円も儲かってなければ、
そして、こうして外山さんに出会って話を聞いていなければ、
僕の人生は今と全く違ったものになっていたに違いない。
いわば、この日が僕にとっての運命の1日だったのである。
だって、次の日、
僕はこの弾き語りで28,000円も儲けてしまうことになるんだから…。
ひゃぁ。
28,000円といえばあれだ。
大学の帰りに、ミスタードーナ…(以下略)
つづく…。
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