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2008年5月15日 (木)

運命の出会い

春だ。(もう終わるよ。)

ゴールデンウィークだ。(とっくに終わったよ。)

ブログを再開しよう。

大事な大事な僕の記録だもの。

もう、いつものような言い訳はいらない。

とにかく書こう。

きっと面白いことは書けないけど…。(それが言い訳だよ。)

えっと、何を書くんだっけか。

ああ、そうか、この仕事を始めるきっかけになった話か。

みんなももう忘れちゃったと思うけど、外山恒一さんとの出会いとかなんとか、とにかくそんな話だ。(そこ適当?)

 

 

というわけで、3ヶ月近くも前の「もんもんもん」という話からの続きです。

 

 

続き…

 

さて、その頃、僕には3つ年下の親友がいた。

彼の名は、ノリヒサ(仮名)。

ノリヒサは、僕の大学の女友達ので、当時福岡に住んでいたんだけど、お姉ちゃんを訪ねてよく大阪に遊びに来ていて、

1年前の初対面の時から、僕たちは歳は違えど何故だか妙に気が合い、すぐに意気投合したのだった。

 

そして、この年の夏休み。

そのノリヒサが僕に、福岡に遊びに来ないかと誘ってきた。

実は彼は、あと2週間ほどでしばらくイギリスに留学することが決まっていて、日本を発つ前に、せっかくなので今彼の住む福岡に旅行がてら遊びにおいでよと言うのである。

そもそも、大学生の夏休みというのは、丸々2ヶ月と異様に長い。

普通2回生といえば、そろそろ就職活動に動き出す時期なのかもしれないが、そんな考えなど毛頭無い僕は、この長い夏休みをどう過ごそうかちょうど悩んでいたこともあり、二つ返事でその誘いを快諾した。

それに、僕は今まで福岡には一度も行ったことがなく、以前から「博多」という街にはすごく興味があったのだ。

じゃあとにかく、

夏休み、初めの2週間は福岡で羽を伸ばし、残りの1ヵ月半はお金もないだろうから大阪に戻ってバイトにでも明け暮れよう。

と、

それが、この時僕が思い描いた1997年の夏休み計画だった。

しかし、この初めての福岡旅行こそが、後の僕の人生をまるで思わぬ方向に導いていく大きな大きなターニングポイントになろうとは、もちろんこの時の僕には知るよしもない…。

 

 

 

さてさて、夜行バスに乗ってたどり着いた西の都大福岡。

ノリヒサの住むマンションは博多から少し離れた「姪浜(めいのはま)」という所にあった。

このマンション、3LDKもあるれっきとしたファミリータイプのマンションですごく広く、以前はノリヒサと父親の2人で住んでいたらしいが、現在父親は仕事の関係で違う場所に住んでいて、今はノリヒサ一人で暮らしているらしい。

当時17歳の若者が、こんなに広い家にたった一人きりで住んでいるというのは、今となっては少し違和感を感じざるを得ないが、彼もなかなか複雑な人生の持ち主。

人それぞれ色んな事情があるんだろう。

とにかく、朝早く福岡に到着した僕は、マンションに荷物を置かせてもらい、ノリヒサの案内のもとさっそく福岡観光に出かけた。

まあしかし、福岡観光とはいってもそんな大げさなものではなく、まだ初日ということもあり、大濠公園(おおほりこうえん)という大きな公園や、博多の中心地を歩いてまわるといった程度のもの。

それでも、初めての土地、大好きな夏の匂い、博多独特の人々の活気、そんなものたちの空気に包まれて、自然と僕の気分は高揚していった。

 

うわー、福岡めっちゃ楽しそう!

 

そんな中でも、僕が一番興味をもった場所が、「中洲(なかす)」と呼ばれる西日本最大の歓楽街(飲み屋街)。

ここは、その名の通り川に浮かぶ中州状の地形になっていて、橋を渡ってあちら側に向かう。

 

Img_2631

 

僕らが到着したのが昼過ぎだったこともあり、そこにはまだ歓楽街特有のきらびやかさや人の賑わいはほとんど無かったんだけど、

その時ノリヒサが何気なく口にした一言。

 

「ここも夜になったら、ストリートミュージシャンがたくさん演奏してるんやで。」

 

この言葉に、僕は激しく食いついたのである。

 

 

もちろん、単に「ストリートミュージシャン」という言葉に反応したのもあるが、それだけではない。

にも書いたが、高校1年生から始めた路上演奏。

あれから5年近くたって大学生になったこの頃でも、確かに僕はまだ趣味程度で月に1,2回くらいは駅前などで歌っていた。

(何が目的だとかそういう確固たるものは無かったんだけども、見知らぬ人達との出会いなども含め、なんとなく外で歌う行為がいまだに楽しかったのである。)

ただ、今まで僕にとって弾き語りっていうのは、そういう駅前や公園など、基本的にお酒の入っていないいわゆるシラフの人々相手にするものだという勝手な思い込みがあった。

だからノリヒサの言葉を聞いて、

この純然たる飲み屋街で、夜に酔っ払いを相手に弾き語りをする人達がいるんだという事にビックリし、そしてすごく興味を持ったわけである。

 

さらには実は僕、まだ言ってなかったが、今回の福岡旅行にもギターや楽譜などのちょっとした弾き語り道具は持ってきていて、あわよくば暇な時間にでもどこかで歌ってやろうともくろんでいた。

もちろん、それは大阪と同じくどこかの駅前か公園などを想像していたんだけど、こうなってくると話は別である。

 

せっかくなら、俺もここ(中洲)で歌ってみたい!!

 

なんだか、夜の世界ということで少し危険な香りがしないでもないが、それよりなにより新しい世界へ足を踏み入れるという興奮のほうが僕を魅了するのだ。

 

「なあ、ノリヒサ。
そしたらさあ、福岡におる間1回でいいからさあ、時間のある夜に俺もここで歌ってみていい?」

 

「うん、全然構へんよ。
そしてら、さっそく今日の夜にでもまず様子見に来てみる?」

 

「え?今日?
いいの?
えらい話が早いけど…。」

 

「そうかな。
だって俺、たかゆき氏(当時のあだ名)が福岡来るって言った時から、なんとなくこうなる気がしとってんもん。」

 

 

 

 

 

それから数時間、

分かりやすい性格の僕は、観光中も食事中も頭の中はずっと弾き語りのことで一杯だった。

 

 

初めての大阪以外での弾き語り。

しかも夜の巨大飲み屋街。

一体他にはどんなストリートミュージシャン達が演奏してるんだろう。

そして、僕の前にはどんな人達が足を止めてくれるんだろう。

やはり飲み屋街っていうのはトラブルが多いんだろうか。

怖い目に遭ったりもするんだろうか。

けどその分、新しい出会いもあるかもしれない。

うん、そうだ。

何が起こるかなんて、やってみなくちゃ分からない。

何かあったとしても、そんなの、旅の恥はかき捨てだ。

ああ、やっぱりワクワクする。

もちろん、すごく緊張もするけど、

とにかくワクワクする。

 

 

 

 

そんなこんなで夜9時。

僕達はほんとにここ中洲に戻ってきた。

今日はまだ様子見だと言いつつも、僕の手にはしっかりとギターケースと楽譜の入ったカバンを握りしめて…。

 

 

 

しかしまあ、夜の中洲はほんとに昼間とは全く違う世界だ。

あれだけ穏やかだった街が、この数時間でこんなにネオンきらめく大人の街に変貌するなんて。

 

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川沿いにも昼間には無かった屋台の群れがずらりと並び、ほんとにたくさんの人が行き交っている。

 

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家族連れや観光客もたくさんいることを考えれば、

どうやらここ中洲は、飲み屋街であると同時に、一大観光スポットにもなっているようだ。 

 

緊張と同時に、僕のテンションもますます上がってくる。

 

 

そんな中、様子見のため僕達はさっそく他のストリートミュージシャン探しを開始。

すると、

確かにノリヒサの言った通り、中州にはいたるところにストリートミュージシャンが点在していた。

川沿い、道路沿い、閉まった店のシャッターの前、曲がり角、などなど。

 

しかし、残念ながら、どうも彼らの中に特に僕の興味を引くようなミュージシャンはいない。

なんというか、夜の飲み屋街とはいっても、結局は僕が大阪で見てきた大半のストリートミュージシャンと同じで、

好きなアーティストの歌を声を張り上げてただひたすら歌っているだけといった感じの人ばっかりなのである。

もちろん僕も、今までずっと彼らと同じような事をやってきたわけだけども…。

それでもやっぱり、飲み屋街っていう未知なる場所にはきっとすごい弾き語りや変わった弾き語りが多いんだろうと勝手に期待していた僕にとっては、なんだか少し残念な気持ちなのだ。

うーん…。

 

ただ、

1つだけ、決定的に大阪と違うポイントがあった。

それは、彼らのうち何人かがギターケースのふたを開けて演奏していたこと。

これにはちょっと驚いた。

 

ギターケースを開けて演奏するということは、歌を聴いた人に対して、

「よければお金を入れてください。」

と宣言する行為である。

そのくらいのことは僕も分かっている。

実際、彼らのケースには小銭がいくらかばらまかれていたし。

 

ただ、今まで僕が大阪で演奏してきた小さい世界では、それは暗黙のルールとして、素人がやってはいけない行為、

つまり、「タブー」だという認識だったのである。

 

なんでタブーだったのかと言われると、実際のところ理由はよく分からないのだが、とにかく僕の周りではそういう暗黙のルールがあって、僕も無意識にそれに従ってきた。

ごくごく稀に好意でお金をくれる人もいたにはいたが、それはあくまでも直接お金を渡してくれる場合。

とにかくいつもふたは閉めていたのである。

 

 

そういうわけで今回僕は(ギターケースを開ける)彼らを見て驚いたんだけど、

その時、驚きと同時に実はもうひとつ別の感情も芽生えていた。

それは、「いけないことをしやがって」とかそういう気持ちじゃなくて、ただ単純に、 

「あ、うらやましいな」 

っていう気持ち。(笑)

 

 

そっか、こういう飲み屋街だったら、酔っ払いとか観光客が小銭を入れてくれることもあるんだろうなあ。

好きな歌歌って、それが小銭稼ぎになれば、こんなに素晴らしいことはないじゃないか。

なんで俺は今まであんな変なルールに縛られてたんだろう。

ああ、俺も早く中洲で弾き語りしてみたいなあ。 

 

そんなふうに思ったのである。 

 

「よし、ノリヒサ。
俺、やっぱり今日さっそくどっかで歌ってみるわ。
その間ノリヒサは暇やろうけど、それでもいいか?」

 

「うん、構へんよ。
俺は横でたかゆき氏の歌聴いとくし。」

 

こんな会話の後、いてもたってもいられなくなった僕は、ノリヒサを連れてもう一度中洲の中や周辺をくまなく歩き回り、(人がたくさん通るであろう)少しでも弾き語りがしやすそうな場所を探し始めた。

 

そんな時である。

僕があの運命の人に出会ったのは…。

 

 

それは、(さっきは通らなかった)ある狭い橋の上でのこと。

その橋のちょっとしたスペースで、ある一人の男性が歌っていた。 

彼は、髪の毛はチリチリの金髪なのに、真面目そうなメガネをかけていて、ちょっと年齢不詳な感じ。

コンクリートの段差に腰掛けて、浜田省吾の歌を歌っている。

 

 

僕らが興味本位で近づいてみると、彼のギターケースは開けられていて、中にはなんと大量の小銭と数枚の千円札が入っているではないか。

ええ!?

千円札が数枚も入っていることだけで僕らは十分に驚いたのだが、

さらに、ギターケースの内ぶたには段ボール紙が貼ってあって、そこに何やらデカデカと書いてある。

 

 

「生活費」 

 

 

 

 

僕は腰がくだけそうになった…。(笑)

 

 

何を言ってるんだろうか、この人は?

こんなの嘘に決まってるじゃないか。

だって、こんな事で生活なんてしていけるわけがないもの。

 

じゃあギターケースのお金もカモフラージュってことか。

けど、なんでこの人はこんな突拍子もない嘘をつくんだろう…。

 

 

そんなことを考えてるうちに、僕の彼に対する興味は止まらなくなっていった。

 

 

そう

彼こそが、この10年後に東京都知事選に立候補して話題となる

外山恒一

その人である。

 

 

つづく…。

 

 

P.S.

みなさん、大変ご無沙汰しておりました。

アホのたかゆきです。

僕はアホなので、今はまだみなさんに何もうまく言えませんが、

とにかく、ご心配をおかけしてすみませんでした。

あれからも毎日のようにここに訪問してランキングの応援だけをしてくださっていた方もおられるようで、そんなみなさんにはほんと感謝の気持ちで一杯です。

今はまたブログを少しずつ再開していこうと思っているので、今後とも仲良くしていただければ嬉しいです。

 

 

さて今回、読み返して思ったんですが、ものすごい久しぶりの更新なのに、相変わらずめちゃくちゃ長くて回りくどい文章ですよね。(苦笑)

ただ、今ずっと書いている「始まりの物語」の流れっていうのは、半分は未来の自分の為に書いている文章(記録)でもあるので、みなさん、もうすこしだけ辛抱してくださいね。

 

ではまた、なるべく近いうちに。

 

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「一万円とでっぱりと下心」

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