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2007年9月 4日 (火)

雨だす。

僕の仕事はが少しでも降ればお休みです。

だって、雨の中傘をさしてまでストリートミュージシャンの演奏を聴く人なんていないし、もちろん歌う側だって一緒だからです。

それに僕の場合、ちょっとした機材を使っていて、ギターやその機材が少しでも濡れてしまうと後で非常に困った事になってしまうというという理由もあります。

というわけで、僕はいつもその日の天気予報に、人一倍気を配っているんです。

ただ、降水確率が80%や90%なら分かりやすいんですが、一番困るのが40%や50%の時。

ほんとその数字だけじゃ、降るのか降らないのかが全く分からないでしょ?

じゃあそんな時、僕はどうしているのかというと、それはズバリ

天気図や気象レーダーから自力で天気を読み解きます!

もうね、自分の生活がかかったことなんで、ある程度まできたら気象庁の予想なんてアテにしてられないんです。(笑)

「偉そうに。お前は何様だ。」という声もよく分かりますが、実は僕、昔からある理由である程度天気図についての知識があって、その日の夜に雨が降るか降らないかくらいは自分で予測できちゃうんです。

しかも、自分で言うのも何ですが、これがそこらの天気予報なんかよりよっぽど当たるんですよねー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・。

ええ、

もちろん自慢です…。

さあさあ、どうぞ遠慮せずに褒めてやってください。

この子、褒められて伸びる子ですから。

やればできる子ですから。

天気の申し子ですから。

あ、

また自慢しちゃった…。

だってー、いつもほんとに当たるんだもん。

例えばね、先週の木曜日の夜なんてね、仕事に出発する前に気象庁発表の降水確率がちょうど50%前後だったわけですよ。

ここはもう当然天気の申し子の出番でしょ、

っていうことでさっそくいつものようにネットで天気図と気象レーダーを調べて、たかゆき予報を始めたわけですよ。

そりゃあ50%ってことで普通なら少しは予想が難しい部分もあるのかもしれないけど、そんなの俺の腕にかかったら赤子の手をひねるようなもの。

うんうん、なるほどね。っと。

もう分かっちゃったもんね。

今晩は前線が停滞してるから雨雲が発生しやすいっちゃしやすいけど、それは近畿のちょっと上の方の話。

雲の動きからみても、大阪市内までは影響は及ばないだろう。

っていう、神の鉄板予想が立ったわけです。

もちろん神は自分の才能を信じて、意気揚々と仕事に向かいましたよ。

そして、高らかに歌い上げましたよ。

2曲だけ…。

えーっと、以前からこのブログを読んでくださってる方は、僕のいつものこのマンネリな文章のもっていき方で途中からうすうす予想できていたかとは思いますが、はい、始まってたった2曲目の途中でそちらの予想通り、突然大雨が降ってきましたよ。(笑)

しかもたまたま、お客さんが先にお金を入れてくれて歌を聴いている途中だったから、初めにポツリポツリと降りだした雨に気付いてもすぐに歌を止めるわけにもいかず、結局その曲を最後まで歌い切いることに…。

だから、歌が終わって、大急ぎで機材やギターをなおして雨がしのげる場所に避難した頃にはもちろん、ギター、機材、僕、心、を含めてすべてがビッショビショでした…。(泣)

今日(月曜)だってそうですよ。

まったく雨の心配なんてしてなかったのに、12時頃突然雨が降ってきて同じような事の繰り返し…。

そう、そのぐらい僕の天気予報は当たるんです。

さあさあ、どうぞ遠慮せずにけなしてやってください。

この子、けなされてヘコむ子ですから。

やってもできない子ですから。

天気の隠し子ですから。

とはいっても、天気図を少し読めるとかいうのはホントの話でね、実際は天気図を自分で描くこともできるっちゃできるくらいなんです。

では、なんでそんなことが出来るようになったのかという理由を、今日はもうしんどいので(笑)、次回の更新でお話ししたいと思います。

え?

そんな話どうでもいいって?

まあまあ、そう言わずに、もうちょっとだけリハビリに付き合ってやってください…。(笑)

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2007年9月12日 (水)

ハレンチ学園

さて、だいぶ遅くなっちゃいましたが、前回の話の続きです。

ちなみに先に言っておきますが、今回の話、ストリートミュージシャンとは全く関係の無い話です。

ただ単に、僕が書いておきたかっただけです。(笑)

えっと、僕は学生時代にあまりいい思い出がない。

というのも、僕が通っていた学校は中高一貫教育のちょっとした進学校で、進学校特有の厳しい教育方針からか、言葉では説明しにくい何だかヘンテコな空気感や閉鎖感が学校全体を包み込んでいたのである。

言葉では説明しにくいと言ってるぐらいだから、ほんとに説明しにくいのだが、とにかく僕は、この空気感や閉鎖感がどうしても好きにはなれなかった。

さらにこの学校は当時、完全なる男子校で、生徒だけじゃなく教師までもが全員男性という徹底っぷり。

つまり僕は、一番の思春期の6年間、ずーっと男だけに囲まれて生活してきたことになるのだ。

今考えたら、そんなの、壮大な時間をかけたタダの罰ゲームである…。

何でも聞くところによると、5,6年前にようやく共学に変わったらしいが、そんなのは後の祭り。

実際、僕にとっては今だにちょっとしたトラウマになっている。(笑)

教師達も大半がひどかった。

この閉鎖された進学校という状況がそうさせていったのだろうか、実生活では絶対に順応していけないだろうというような(悪い意味で)独特で変わった先生がこの学校にはほんと多くて、それがまたいつも僕を憂鬱にさせた。

そういうことが理由だなんて何の言い訳にもならないことは良く分かってるが、とにかく、訳もなくほんとに頻繁に学校をサボり、6年間ロクに勉強もしなかった僕は、進学校に在籍しているとはいってもいつも落第スレスレのラインをフラフラしているただの落ちこぼれに過ぎなかった。

ただ、そんな学生生活の中でも、一人だけ僕が心を開きかけた先生がいる。

それは、僕が中学1年生の時の担任の、I 先生。

I 先生は理科の担当で、30代前半の中堅教師だった。

一番初めの三者面談の時、僕が幼い時に父親を亡くしている事を知った I 先生は、母親に向かって、

「学生生活の間、僕がずっとたかゆき君の父親代わりになります。」

と言った。

いかにもTVドラマに出てくる熱血教師とかが口にしそうなクサいセリフだが、 I 先生はあまりにもサラリとこれを言ってのけたので、不思議と僕はこの言葉を素直に受け入れることができた…。

そうはいっても、この I 先生も例にもれず(笑)、やはり独特でかなり変わった先生で、まず見た目からしてすごく

理科の先生なのでどんな時でも白衣をまとっているのはまあ仕方ないとして、何よりもその髪型がすごいインパクトだったのだ。

必要以上にさらっさらヘアーの黒髪は、まるでヘルメットをかぶっているかのごとくきっちりとオカッパに整えられており、まるで大木凡人(おおき・ぼんど)と見間違うほどなのである。

Ooki1

いや、よく考えたら実際はこんなもんじゃない。

もっともっとヘルメット感が強く、日常生活では絶対に出くわさないような髪形だったはずだ。

だって、生徒達からは陰で「ウォーズマン」って呼ばれてたぐらいやもん。(笑)

Niku

髪型だけじゃなく、理科の教え方自体もすごく変わっていて、ウチの学校は大学受験が最終目的だというのに、受験とは全く関係のない個人的な理科の知識を授業で教えることも多く、それだけでもPTAから目をつけられてたのに、さらに、内申書に影響してくる中間テストや期末テストなんかでも授業では全く教えたこともない訳の分からない問題を作り、学年全体の理科のテスト平均点が「14点」などという珍事をよく巻き起こし、PTAの怒りが爆発することもしばしばだった。(笑)

しかし、ハナからいつも大抵の試験の点数がそんなものの僕にとっては、こういったウォーズマンの奇行がいつも逆に少し小気味良くもあり、三者面談の時の「父親」という言葉の響きがそれからも僕を少なからず魅了しているのは事実だった。

そして、前回言ってた、僕が天気図を描けるようになった理由というのが、何を隠そうこの I 先生なわけである。
(いつも前置きが長くてすみません…。苦笑)

I 先生は、中学1年の夏の時点で、後の大学受験には全く関係の無い「天気図」の読み方・描き方を徹底的に僕らに教えた。

まだ学校に入って間もない僕らは、そんなことに疑問を持つ余裕すらまだ持ちあわせてなかったが、

「夏休み期間中、毎日1枚その日の朝の天気図を仕上げる」

という無謀な宿題が出された時だけは、さすがにスクリュードライバーを食らわしたい気分でいっぱいになった。(笑)
(素人にとって、天気図は、1枚仕上げるのにものすごい時間がかかるのだ。)

それにしても、いやはや、さすがはウォーズマン。

まさか、あの時の大変な経験が今になってこういう形で僕の仕事に活かされることになろうとは。
(まあ、他の生徒が今どう思ってるかは知らないが…。笑)

そんなこんなで、その後、結局中学1年以降は僕の担任になることはなかったんだけど、担任を外れた後でも、やはり最初の言葉通り、 I 先生は高校を卒業するまでの間僕の事をずっと気にかけてくださった。

ただ、

一回だけだが、先生と気まずい雰囲気になったこともある。

それは、高校1年生の時の校内マラソン大会でのこと…。

毎年生徒全員強制参加のこの行事をうとましく思っていた僕は、ほんの出来心から、この年ちょっとしたズルをした。

マラソンの折り返し地点まで走るのが面倒だった僕は、少しでも走る距離を減らすために、大勢の生徒の中に紛れて適当なところで道を逆走し、すでに道を折り返してきた生徒の列に加わったのだ。

しかし、まさしくその現場を、偶然にも I 先生に見つかってしまったのである。

僕は I 先生とハッキリと目が合った。

その時の I 先生の表情は今でも忘れる事ができない。

怒るでも笑うでもない、ただただ、

哀しい顔だった…。

僕の学校はこういう事に対してすごく厳しいので、普段なら、見つかった時点で周りのあらゆる先生に報告され、こっぴどく罵倒されるか、何らかの懲罰が与えられたりするんだけど、この時はなぜかその後も他の先生にこの事実が伝えられた形跡は無く、不気味なほど何事もなかったかのようにその年のマラソン大会は終わっていった。

もちろん、先生のあの時のどうしようもなく哀しい顔と、自分自身への何ともいえない複雑な後悔だけは僕の中に残ったままだったが…。

この後数ヶ月間、色んな意味で気まずさを感じていた僕は、なるべく I 先生に出くわさないようにコソコソ過ごしていたのを今でも覚えている。

とにかく、

憂鬱で実りの少ない僕の学生生活の中で、 I 先生だけは、「天気図」という大事な武器の他にも、不確かではあるが何か大切な物を教えてくれた人だった。

僕にとって、やはり彼は、他の先生とは違う、ある種特別な存在だったのである。

と、

今回の話は、まだここでは終わらない…。

あれから十数年もの時が流れた、今年の5月下旬の某日。

僕は、「思わぬ形」で I 先生と再会することになる…。

5月下旬といえば、僕が精神的絶不調によりこのブログを長らくお休みしていたまさにその真っ只中。

時間は朝の7時すぎ。

その日も僕は、相変わらず廃人のように何をするわけでもなく、昨晩の仕事で疲れた体を横たえたまま、ただただ何時間も部屋の天井を見つめていた。(暗っ…。笑)

静寂にも飽きた頃、何の気はなしに、ほんと何の気はなしに、僕はテレビのリモコンをつけた。

テレビの画面がつき、最初に映し出されたのが、どこかのスポーツ新聞の記事。

番組の司会者がそれを読み上げている。

どうやら朝の情報番組のようである。

僕は寝転んだまま、心半分でぼんやりとテレビを眺めていた。

「・・・・・・・・高校3年生の弟がバイクで追いかけて、捕まえてみてビックリ。

何と、その下着ドロボーの正体というのが、姉の元教師だったというわけです。」

ふーん、教師が下着ドロボーか、朝からくだらんニュースやっとるなあ…。

「調べによると、この I 容疑者52歳は…、」

ん?

I 容疑者?

僕は懐かしいその名字の響きに、思わず反射的に身体を起こす。

「 I 」という名字は、かなり珍しい名字で、普段まず耳にすることのない名前だからだ。

急に妙な胸騒ぎがして、画面をよく見てみると、そのスポーツ新聞の見出しが大きく映っている。

<有名進学校の教師が元教え子のブラジャー盗んで御用!>

・・・・・・・・・・・・・・。

いやいやいや、(笑)

まさかな…。

偶然や、偶然…。

ただ名字が一緒なだけのはなしやんか…。

そもそも、ウチ男子校やし。

あ、

ちゃうわ…。

そういえば、何年も前に共学になったんやった…。

・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・。

心臓がありえないくらいバクバク鳴り出して、僕はテレビ画面に必死にかじりく。

しかし、「現実」というものはそんなに甘いものではなく、結局、容赦なく僕に襲い掛かってくることになる。

そう、

この後、司会者が口にした学校名と容疑者のフルネームが、僕の母校と I 先生の名前そのものだったのだ…。

僕は完全に言葉を失い、ただただぼう然とするしかなかった。

あの日あなたが僕に見せた表情よりも、何倍も何倍も哀しい顔で…。

一応、テレビで紹介していたやつとはまた別の、とあるスポーツ新聞の記事を適当に抜粋しておきます。

『 超進学校の先生が下着泥棒、被害者は元教え子--。

大阪府警○○署は○日夜、教え子だった女子大生(20)の下着を盗んだとして、○○中学校(大阪府○○市)の教諭 I 容疑者(52)を窃盗の現行犯で逮捕した。

 調べでは、I 容疑者は○日午後11時ごろ、女子大生が家族と住む自宅に侵入。1階の開いていた窓から手を伸ばし、室内に干してあったブラジャーなど下着4枚(約6000円相当)を盗んだ疑い。 I 容疑者は「間違いありません」と容疑を認めている。女子大生は以前にも下着を盗まれたことがあるといい、同署では余罪も含めて調べている。

 居間にいた女子大生の弟(18)が物音に気づき、塀を越え逃げようとする I 容疑者を発見した。110番通報した後すぐに、弟は「コラッ」と声をかけ、約300メートル追跡。 I 容疑者を取り押さえ、駆けつけた同署署員に引き渡した。

  I 容疑者は盗んだ下着を手で握り締め走っていた。捕まる直前、宙に放り投げたため、下着はハラハラと現場に舞い散った。犯行当時、 I 容疑者は酒を飲んでいた。

 ○○中学校は大阪有数の進学校。 I 容疑者は生物、地学担当として勤務し、女子大生が○○高校在籍時に地学を担当した。○○教頭(56)は「質問に丁寧に答える熱心な先生。厳格に処分を検討する」と話した。 』

うん。

ほんとはね、言いたいことや思ったことがまだまだたくさんあるんやけど、何だかうまく書けそうもないし、これ以上書くとものすごい長さになっちゃいそうやから、とりあえず後は、今回の話を読んでくださった人ひとりひとりの感受性や受け取り方に任せます。

はい、そうです、ここまで来てすべて丸投げです。

世の中そんなもんです。(笑)

ただ、ひとつだけ言えることは、

あれから十数年も経った今、まさか、「おはよう朝日です」の宮根誠司の口から、 I 先生の現状を聞くことになるとは、思ってもみなかったなあ

ということ。(笑)
(関西ローカルの話ですみません…。)

おわり。

P.S.

しかしまあ、僕の周りには、何でいつもこうも非日常があふれてるんでしょう…。

誰か教えてください…。(苦笑)

それから、

今回の話、初めは完全な笑い話として書こうと思ってたんですけど、書いてるうちに、いつの間にかなんだかどっちつかずのしんみりした話になっちゃいました。

そんなつもりじゃなかったんで、みなさんはどうぞ遠慮せずに笑ってやってくださいね。

「父親代わりとか言ってたウォーズマン、結局下着ドロボーかよ!しかも教え子の!(笑)」

ってね。

けど、

「ほんとに今回、ストリートミュージシャンとは全く関係の無い話やなあ。
これ、一体何のブログやねん。」

とか、

「結局、前回予告した、天気図ともほとんど関係の無い話やったなあ。
たかゆきのバカ。」

とかいう苦情は、どうか無しの方向で…。(笑)

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2007年9月27日 (木)

報告

実はこの数週間、また僕の仕事場でトラブルが続出しています。

そのトラブルの内容というのは、現時点で自分に直面しているあまりにもリアルな問題なので、今はどうしてもここに書く気にはなれませんが、

いつかこの問題がハッピーエンドの方向で解決すれば、またその経緯を詳しく書くこともあるかもしれませんし、もしも悪い方向にうやむやに長引いてしまうようなことになれば、この件については何も触れないこともありえるかもしれません。

とにかく、ここ数週間僕はそのトラブルのせいで、眠れない悶々とした日々を過ごしていて、どうしてもブログを更新する気力が湧いてきませんでした。

(ああ、せっかく完全復活に向けて頑張っていこうと思っていた矢先だったのに…。)

というわけで、今回のトラブルが向かう方向如何によっては、これからもこのブログの更新がむやみに滞ってしまうこともあるかもしれませんが、どうかみなさん、今は温かい心でそっと見守ってやっていてください。

正直なところ今は不安で一杯ですが、僕もやれるだけのことはやろうと思っています。

そして、(内容を書くかどうかは別にしても、)もしこの問題が終息すれば、その旨だけは必ずここでお知らせしますね。

とにかく今日は、眠れないことを利用して、そのことだけを伝えにきました。

いつも更新の遅いブログですみません。

では。

神様、もう少し、もう少しだけでいいから、僕にあの場所で仕事をさせてください。

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