伝言ボーイ
トサカ女の続き…
7時45分ごろ。
ママ(トサカ女)が一列に並んだホステスさん達の正面に座り、ミーティングらしきものを始めた。
店内は相変わらずの緊張感に包まれたままで、トサカ女は厳しい口調で初日の心得みたいな事をみんなに話している。
僕は自分の演奏の準備はすでにもう終わっていたけど、まだ何か準備をしているフリをしながら、普段なかなか見ることの出来ない夜の世界の裏側を、横目で聞き耳を立てて楽しんだ。
8時ジャスト。
ミーティングも終わり、ボーイさんなども含めそれぞれが各々の配置につき、ついにお店がオープン。
僕としても、お店の歌手として歌うなんていうのは初めての経験だから、時計の針が8時を指した瞬間ものすごく緊張感が走ったんだけど、そんなにうまくオープンと同時にお客さんが入ってくるわけもなく、かといって誰かがしゃべっているわけでもなかったので、店内には妙な沈黙だけが流れていた…。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
あ、
あれ…?(汗)
俺、もう歌い始めたほうがいいの?
けど、お客さんもおらんのに歌ってるってのもなんか違う気がするしなあ…。
何だかこの沈黙に耐え切れなくなってきた僕は、近くに立っていたオーナーに、恐る恐るなぜかジェスチャー(笑)で
<僕は今歌うべきか?>
ということを尋ねてみた。
すると、オーナーもなぜか言葉を発さず、ただ静かに首を横に振る。
(どうやら、今店内では、無言をつらぬき通すのがブームのようである。笑)
そっか、やっぱり俺はお客さんが来てから歌い始めるわけやね。
まあよく考えたら当たり前のことかもしれないけど…。
トサカ女を含む女子軍全員は、さっきから黙ったまま店の入り口をじっと見つめている。
それにしても、いくら新規オープンの日だといっても今までいろんな所で宣伝してきただろうに、それでもお客さんってすぐには来ないものかなあ。
大丈夫だとは思うけど、万が一もしこのまま何十分もお客さんが入ってこなかったら、この店どうなっちゃうんだろうか…。
あ、あのー、
現時点でも、僕、この雰囲気かなり気まずいんですけど…。(苦笑)
そんな事を考えてる間にも、8時7,8分。
ついに、その時がやって来た…。
入り口のドアが開き、まだ出勤していなかったホステスさんがお客さんを一人引き連れて店に入ってきたのである。
(いわゆる、「同伴出勤」)
店内にも僕の中にも、一気に本物の緊張感が走る。
そして、
「いらっしゃいませ!」
という大きな掛け声と共に、
オーナーは僕の方を向き一度だけ小さくうなずく。
さあ、たかゆき先生の出番である。
そして、僕のラウンジシンガーとしての初の仕事だ。
ドキドキドキ…。
よし、
いっちょやったるか!
さてこの仕事、いっても店内のBGM代わりの生演奏だからMC(おしゃべり)などは一切必要なく、僕がいつも歌っているフォークソングの中から自由に選曲して、決められた時間までただひたすら歌い続けるというもの。
(しかし、ジャズや洋楽なら分かるが、こんな豪華な雰囲気のお店にほんとにフォークソングなんて似合うのかなあ。
まあ頼まれて歌うわけやし、そんなことは俺が心配することでもないか。)
そんな中、僕が最初の曲に選んだのは、
チューリップの「サボテンの花」。
この曲は、何年も前から路上で歌う時に必ずと言っていいほど一番初めに歌っている曲で(何でこの曲になったのかは覚えていないが…)、いつもはこの曲を基準にギターやマイクの音量を調整したりする上、発声練習代わりとしての役割も果たしている。
それに、長年1曲目として歌い続けていると、体にそれが染みついてしまっていて、まずこれを歌わないことにはどうも体がムズムズして、他の曲が歌いにくいのである。(笑)
だからこの店でも、自分をリラックスさせる意味にも、最初にこの曲を選んだ。
まずイントロ部分をギターで弾き、
そして、マイクに向かって歌い始める。
ほんの~ 小さな出来事に~
愛は~ 傷ついて~ ♪
よしよし、今日はまずまず声の調子もいいようだ。
歌い始めてすぐ、続けざまに続々とお客さんが入ってきた。
座席も少しずつ埋まっていく。
うわ~、お客さんも急に増えてきたー。
頑張ろうっと。
歌はサビにさしかかる。
徐々にリラックスして気合の乗ってきた僕は、ここぞとばかりに大きな声で熱唱する。
絶え間なく~ 降りそそ~ぐ
こ~の~ 雪のよ~に
君を愛せば よかぁった~ ♪
ふと周りを見渡すと、ほとんどのお客さんがこちらを見つめ、一緒に口ずさんだりしていた。
ほう。
やっぱりなんやかんやいっても、やっぱりみんなこういう曲は好きな年代やねんな。
これだけちゃんと聴いてくれると、俺も歌い甲斐があるっちゅうもんや。
ええがな、ええがな。
その時、ふいにトサカ女と目が合う…。
ん?
あれれ…?
あのー、
えっとですね、
もし僕の目が間違ってなければ、
彼女、ものすごい形相でこちらをにらみつけてるんですけど…。(大汗)
な、なんで…?
とりあえず恐いからすぐに目をそらす。
なんや、なんや、俺なんか悪い事した?
お客さんもこんなに喜んでくれてるのに…。
あかん、考えんとこ。
歌に集中しよ。
きっと、生まれつきああいう顔の人なんや。(笑)
とにかく、なぜトサカ女が怒ってるのかは謎のまま、僕は「サボテンの花」を一生懸命歌い切ったんだけど、曲が終わると、そんな僕の熱唱に対してお客さん達はみんな一斉に大きな拍手をしてくださった。
パチパチパチパチ。ヒューヒュー。
僕も、「ありがとうございます。」と言って、深々と頭を下げる。
そして、気になったので、頭を上げると同時にもう一度だけトサカ女の様子をうかがってみる。
・・・・・・・・。
あれ…。
まだにらんでるよ…。(苦笑)
・・・・・・・・。
そして、なぜかボーイさんを呼び付けてるよ…。
・・・・・・・・。
そしてそのボーイさん、今度はオーナーのもとに駆け寄って、何か伝えてるよ…。
・・・・・・・・。
はい?
一体、何…?
ああ、もう知らん、知らん。
わしゃなんも知らんよ。
だって俺はただ、一生懸命歌ってるだけやもん。
拍手ももらったし…。
よし、
もうあんなトサカおばけのことは放っといて、俺は自分の仕事をちゃんと全うしよう。
そう決めた僕は、この後も自分の思うようにフォークソングを熱唱しつづけた。
もちろん、トサカ女とは目を合わさないまま…。
そして2曲3曲と歌い進めるうちに、お客さんもどんどん増えつづけて、あっという間に店内は満員になった。
どうやらさっきまでの僕の心配はまったくの無用だったみたいで、初日から大盛況のようである。
結構、結構。
さらに、有難いことに、この後も1曲終わるごとに毎回のように大きな拍手が続く。
そして、8時30分。
1回目の休憩の時間がやってきた。
前回も説明したが、この仕事は途中に30分の休憩が2回あって、実質歌うのは1時間半だけ。
言い換えれば、休憩をはさんで30分間のステージが3回ある、といったほうが分かりやすいかもしれない。
とにかく8時30分になったので、僕は最後の歌を歌い終えると、ミキサー(音質や音量を調節する機械)でギターとマイクの音量を0にし、(これまた前回説明したが、僕の休憩中は店内に有線放送を流すらしいので、)有線のボリュームを上げておいた。
有線はジャズのチャンネルに合わせてあるので、先ほどまでとは打って変わって、店内には軽快なジャズ音楽が流れ出す。
うん、やっぱりこの店の雰囲気には、フォークなんかよりよっぽどジャズのほうが似合ってるな。(笑)
そんなことを考えながら、僕はギターを置いて休憩のために店から一旦出て行った。
すると、なぜかオーナーも僕について店を出てくる…。
なんだ、なんだ?
あっそうか、分かったぞ。
これはきっと、さっきのトサカ女からオーナーへの謎の伝言ゲームについての話やな…。(苦笑)
「先生、ちょっと待ってください。」
「はい、なんでしょう?」
「あのね、先生ちょっと大きな声で熱唱しすぎですねえ。」
「え…?
・・・・・・・・・・。
僕はただ、河野さん(オーナー)が前にいつも路上で歌ってるままに歌ってくれたら構わないっておっしゃってたんで、いつもと同じように歌っただけなんですけど…。」
「けどねえ、ここは屋外じゃなくて室内なんで、あんまり大きく歌われるとお客さんがみんな先生の歌ばっかり聴いてしまって、女の子達が会話が出来ないみたいで。
会話したとしても、音が大きいから、声が聞き取りにくいらしいんですよ。」
「はあ、そんなにですか…。」
「ええ。これは先生のライブっていうわけじゃなくて、あくまでお店のBGMとしての演奏をお願いしてるわけですからね…。
お客さんの拍手なんていらないわけですよ。」
「はあ…。」
「だから次からはスピーカーの音量も出来るだけ下げてもらって、もっと気持ちの方も抑えて歌ってもらっていいですかね。」
「あ、はい…。
じゃあ、次からそうしてみます…。」
・・・・・・・・・・・。
はあ・・・・・・・・・。
たかゆき先生、激しくションボリーンである…。(涙)
まさか僕の歌が、「うるさい」と思われてたなんて…。
僕はお客さんに対して良かれと思って、1曲1曲心を込めて歌ってただけなのに…。
そっかあ、それでトサカっちはあんな般若みたいな恐ろしい顔してたのか…。
あの伝言ゲームはそういう内容やったわけやね…。
はあぁ…。
けどなあ…。
俺、路上で歌ってる時は、絶対にお金を儲けなあかんから、いっつも心を込めて熱唱するクセがついてしまってるもんなあ…。
これは長年かけて体に染み付いてきたものやから、今さら気持ちを抑えて歌えって言われてもなあ…。
出来るかなあ…。
あーあ、今まで通りでええと思ってたのになあ…。
けどそやなー、BGMやもんなあ…。
難しいもんやなあ…。
この後の2ステージ、僕は言われた通りギターとマイクのボリュームをさっきより半分以上下げて、歌も感情を込めすぎずなるべく大きな声にならないように自分なりに心がけて演奏を続けて、とにかくなんとかこの日の仕事は終了した。
その間トサカ女の反応はどうだったかというと、
途中、あるお客さんが僕の歌を気に入ってくれたらしく、ボーイさんを通じて高級なウイスキーの水割りを差し入れしてくれたんだけど、その時だけはそのお客さんに対して、
「ねっ、ウチの先生お上手でしょー。」
と、いかにもしらじらしく心にもない事を言っていた他は、
…総じてやはりあまりいい顔はしていなかったみたいだ。(苦笑)
だって僕、どうしても何度か声が大きくなってしまった時、その度にまたジロリンコってにらまれたもん…。(涙)
うえーん、やっぱり恐いよー、トサカの親分!!
つづく…。
ブログランキング ←たかゆき先生にどうかなぐさめを…。(笑)
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コメント
おおおおおそろしいーーーwww
トサカ女恐ろしすぎですなーー><
てかちょっと声がでかいだけでなんだーー!!
一生懸命歌ってるんやーー!!><って感じですよ!!(#`皿´) ムキーーーー!
ほんとに、こんなんだったらわざわざたかゆきさんのこと呼ばなくてもそこいらの転がってる人呼んできたらいいのに!!><
伝言ボーイも弱すぎですな(。-`ω´-)
トサカ女、、おそるべし!!!
投稿: ショコラ | 2007年4月 2日 (月) 09時25分
たかゆきさん、こんばんわ☆
まーねー。。高級クラブですしね。。
ママとしては、ちょっとイメージと違ったのでしょうか(笑
でも、そんなこと言ったって、たかゆきさんは
強引な依頼を親切でお受けしただけなのにねぇ。
文句言われたらたまらないですよね(怒!!
トサカ女に負けるな!たかゆきー!!
投稿: やいちゃん | 2007年4月 3日 (火) 19時19分
ショコラさん
ね、ショコラさん。
トサカ女恐ろしすぎでしょ。(笑)
よっぽど僕の事が気に食わなかったんでしょうね。
けどほんま、そんなんやったら初めから僕を呼ばんといてほしいですよね。
こっちやって、自分から来たくて来たわけじゃないんやから…。(苦笑)
「伝言ゲーム」で伝えてくる感じがまた、より一層恐ろしさをかもしだしてるし…。(笑)
投稿: たかゆき | 2007年4月 9日 (月) 02時21分
やいちゃん
ほんとねー、高級クラブ(ラウンジ)ですもんねー…。(苦笑)
けどもちろん僕も初めは、俺みたいなのんがそんな店の雰囲気に合うわけがないと思ったから、ちゃんとお断りしてたんやけど、
あれだけ何日も連続で熱烈にお願いされたらねえ…。
こっちもその気になっちゃいます…。(笑)
正直、こんなことやったら1日でクビにでもしてくれたらよかったのに。
けど、それはそれで、俺またヘコんでそう…。(苦笑)
いいもん!
それでも、またやいちゃんになぐさめてもらうもん!!(笑)
投稿: たかゆき | 2007年4月 9日 (月) 02時56分