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2006年12月15日 (金)

コンビニ

続き…

何とかコンビニにたどり着いた僕は、店内を見わたす。

正月の夜11時すぎ。

お客はいない。

店内には顔見知りの店員さんが一人。

彼の名前は「キン」さん。

30代中ごろの中国人で、家族で日本に出稼ぎに来ている。

僕はほぼ毎日のようにこのコンビニを利用しているので、彼とは何度もしゃべったことがあり、お互いのことを良く知っている。

「いらっしゃいませ~。」

彼は僕に気づき、まだ少しカタコトの発音で、笑いかける。

僕はその言葉には反応できず、うつむいたまま少し店内を歩き回る。

少しの間歩き回ったが、やはり体がおかしい。

立ってられない感じになってきた。

あかん、だめや。

僕はたまらず、キンさんのもとに駆け寄る。

キンさんはどうやら僕のただならぬ雰囲気を察してか、心配そうな表情を顔一面に広げた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないです、キンさん…。ちょっと立ってられそうもないんで、どっか座らしてもらってもいいですか…?」

「あ、はい、じゃあ、こっちに…。」

そう言って彼は僕をレジの奥の従業員専用通路に連れて行ってくれ、パイプ椅子を用意してくれた。

従業員通路にはもう一人顔なじみの中国人の店員さんがいて、状況を察した彼が、キンさんの代わりにレジに向かってくれた。

パイプ椅子に腰掛けて少しホッとした僕は、その時初めて自分がものすごい量のあぶら汗をかいていることに気がついた。

「どうしたんですか、何があったんですか?」

恐る恐る、心配げに尋ねるキンさん。

僕も何とか息を整えながら、小さな声で答える。

「い、いや、僕も何だかよく分からないんですけど、家に一人でいたら急にものすごい苦しくなって、倒れてしまいそうで怖かったんで、こ、ここに駆け込んできたんです…。
す、すいません、仕事の邪魔しちゃって…。」

「それは大丈夫ですけど…。
救急車呼びましょうか?」

「い、いや、もう少し様子見てみます。
それで、ほんとに駄目そうなら、その時救急車呼んでもらえますか…。」

「はい、分かりました。
じゃあ、しばらくここでゆっくりしていてくださいね。」

「あ、ありがとうございます。」

キンさんが仕事に戻る。

はぁ…。

しかし、これは一体何なんやろう?

僕は何かの大きな病気なんやろうか?

不安だ。

不安でしかたない。

あ…。

突然、手先がしびれてきた…。

過換気症候群である。

前にも一度少しだけ説明したことがあるが、僕は数年前から過換気症候群という持病を持っていて、情緒不安定な時やパニックの時などに、ごくまれに発症するのである。

この病気、症状としては、過呼吸によって呼吸が困難になったり、全身がしびれてきたりするのだが、対処法としてペーパーバック療法というのがあって、ビニール袋や紙袋などを口に当てて自分の吐いた二酸化炭素をもう一度体内に取り込むことによって症状が和らぐのだ。

僕はそこにあったレジ袋を一枚もらって口元にあて、ゆっくりと深呼吸をくりかえした。

すーはー、すーはー。

少し症状がおさまる。

しかしそう思ったのもつかの間、しばらくするとすぐにあの不可解で強烈な苦しさがまた体中を駆け巡った。

あかん。

もう、限界や…。

このままじゃ、同じ事の繰り返しや…。

僕は、声にならないような声でキンさんをもう一度呼ぶ。

「きゅ、救急車、呼んでください…。」

それに気づき、キンさんが駆け寄る。

「はい、分かりました!」

5分くらいで救急車はやって来た。

救急車が到着するまでの間、キンさんはずっと僕の手を握りしめていてくれて、僕はただ意識を失ってしまわないようにという事だけを考えていた。

救急隊員がやって来たことで、少し落ち着きを取り戻した僕は、言われるがままに体温を計ったり、彼らにゆっくりとこれまでの症状をいちから説明した。

そして、それらを総合して救急隊員が出した結論に、正直僕は驚きとショックを隠せなかった…。

それは、今回は物理的な病気とかではなく、

僕は「精神的な」病気である可能性が極めて高い

と、いうことだった。

精神的な病気…。

なかなかすぐには受け入れがたい言葉だ。

じゃあ、さっきまでの苦しみは、物理的なものではなく、精神的なものからくる「まぼろし」みたいなものだというのだろうか?

けど確かに、救急隊員が到着してから、苦しみはだいぶ治まっている気もする…。

彼らがやって来たことで、冷静になって、現実に戻ってきたということなのだろうか。

もう、何がなんだか分からない。

困惑する僕に、さらに救急隊員は付け加えた。

「深夜に、救急で開いている精神科の病院は無いから、明日の朝にでもすぐに近くの精神科の病院に診てもらってください。今、私達に出来る事は何も無いので。」

そ、そう言われても…。


「100%精神的なものなんですか…?他の可能性は考えられないんですか?」

隊員
「はい、おそらく。
じゃあそこまで言うなら、一応、念の為にでも、緊急の内科の先生のところまで救急車に乗っていきますか?」

「いや、そういう言われ方すると…。」

「どっちにするんですか。
私達には決めれないので、そちらではっきりと決めてください。」

「も、もういいです…。
明日まで我慢して、朝イチで病院に行きます…。」

「はい、分かりました。
じゃあ、我々はもう行きますね。」

そう言い残すと、彼らはそそくさとコンビニから撤退していった…。

しかし、仮にあちらが言うように、これが精神的なものなのなら、僕は(精神的に)相当マイっているはずなのだから、もう少し優しい物腰の言い方はなかったのだろうか。

あれじゃまるで、「こんなことでいちいち救急車を呼ぶなよ。俺達も暇じゃないんだから。」、という感じにすら映る。

そうはいってもまあ、この時の僕にはそんな事を考える余裕も無く、ただキンさんに見守られたまま、従業員通路のパイプ椅子にへたり込むことしかできなかった…。

キンさん、すみませんでした…。

この後僕は、一人で部屋に帰るのは怖かったので、親友を携帯で呼び出し、迎えに来てもらうことにした。

親友がコンビニに到着するまでの約20分間、頭の中には「精神的な病気」というフレーズが充満して、結局僕はまた何度も過換気症候群を発症し、もだえ苦しむのであった…。

そして翌日、僕は人生初の「精神科」なるものを受診することになる…。

つづく…。

P.S.

みなさん、おひさしぶりです!

ものすごい久しぶりの更新やのに、なんだこのとてつもなく暗いブログは…。(笑)

今回はあくまでも未来の自分の為に書き残しておこうとした文章(記録)でもあるので、みなさんすみませんね。

もう少し(後一回くらい)で、たぶん終わりますのでね。

あとちょっと、我慢してくださいね。(笑)

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2006年12月25日 (月)

パンチクリスマス

みなさーん!メリークリスマス!

そして、キリストさん、2000何回目だかのお誕生日おめでとうございます!

さて、前回の話の続きもまだ書き切ってないというのに、今日は番外編ということで、わたくしたかゆきが、昨夜のイブをどのように過ごしたのかというのを紹介させていただきたいと思います。

やっぱり、クリスマスの事はクリスマスのうちに書いておきたいからね。

みなさんどうぞ、お付き合いのほどよろしくお願いします。

まず大前提として、今現在僕には彼女と呼ばれる生き物(霊長類ヒト科の雌)は存在しません。

だから、今年のクリスマス・イブは日曜日だということもあり、寂しさをまぎらわすために仕事に向かうというわけにもいかず、必然的に家でM-1でも見ながらひとりロンリーチャップリンになるはずだったんです。

しかし10日ほど前に突然、イブの日の仕事の依頼が入りました。

あるクリスマスパーティーにお呼ばれしまして、そこで演奏するというお仕事の依頼です。 

こう書くと、みなさん、なんだか喜ばしいことのように思われるかもしれませんが、正直こういう類いの仕事は、僕にとってはあまり嬉しいことではないんです。

なんだかんだいって、長年こういった形で路上演奏を続けていると、年末年始の忘年会・新年会や各種会社のパーティー、その他あらゆる会という「会」での出張演奏の依頼を頻繁に受けます。

まあこれは、ありがたい話といえばありがたい話なんですが、ここ数年僕はよっぽどのこと(あまりにも熱心に何度にもわたってお願いされたりする場合や、ギャラがかなりの高額である場合(笑)など)が無い限り、生意気かもしれませんが、ほぼお断りさせてもらっています。

その理由は、長くなりそうなのでまた別の機会があれば書くことにしますが、しかしとにかく今回の依頼は、僕がそれを断れるような依頼主じゃなかったんです。

まず、その人との出会いからお話しします。

(ああ、やっぱり今日もすごく長くなりそうな予感…。苦笑)

僕は基本的に、ギャンブルがあまり好きじゃない。

パチンコもスロットもマージャンも全くしないし、それらに興味もない。

けど、1つだけ例外がある。

それは、「競馬」だ。

僕は競馬が大好きなのである。

もちろん競馬もギャンブルなんだけど、レース予想や血統、馬やそれにまつわる人達がおりなす様々なドラマやロマンなどなど…。

それらを全部ひっくるめて、「競馬」というものが大好きなのだ。

競馬について語りだすと、もう1つ別のブログができてしまうほどの勢いなんで、ここでは多くは語らないけれど、とにかく、コリ性の僕は、競馬については相当な知識があるのである。

2年ほど前、そんな僕の前に仕事中、競馬界の中ではすごい有名なある馬主の方がお付きの人と共に通られた。

この方は、年齢はおそらく50代後半くらいだけどどっしりとした体格で、顔は岩石みたいな輪郭で強面、髪の毛がまた特徴的で、短いんだけどチリチリで天然パンチパーマがかかったみたいになっていて、全体的な見た目は正直ヤ○ザの親分のような風格がある人である。

そしてみなさんご存知の通り、馬主っていうのはお金持ちの方が多いんだけど、特にこの方はその中でもケタが違って、自身が大会社の代表取締役でありながら、馬主としても北海道に大きな大きな牧場を所有し、それをも会社化し、自分の馬専用の調教場をつくってしまうような、ものすごい規模のお金持ちなのである。

なんといっても、僕が歌っている場所は、高級飲み屋街

時には、こういう方も僕が歌っている前を通り過ぎるわけだ。

熱烈な競馬ファンの僕は、すぐにその方に気づき、嬉しくなって、(パンチパーマが)ちょっと恐かったが、つい声をかけた。

「あの、すいません、Mさん(実際はフルネーム)ですよね!」

「ん!?」

Mさんはビクッと足を止め、驚きの表情で僕を見つめる。

そりゃそうだ。

いくらMさんが有名だといっても、それはごく限られた世界での事。

一般人から、街で顔を見て、フルネームで呼び止められるなんて経験は皆無に等しいだろう。

それも、街のストリートシンガーから名前を呼ばれるなんて…。

Mさん、不可解な顔で僕に尋ねる。

「何で、俺の名前知ってるんや。」 ←見た目通りのダミ声

「いや、僕、競馬大好きなんです。
だから、お顔見て、すぐにMさんだって分かったんで、嬉しくて声をかけてしまいました。」

Mさんの顔色が一瞬でほころぶ。

「おお、そうか!君は競馬好きか!
しかし、よく顔見ただけで俺の名前が分かったな。
こんなこと初めてや。」

「だって、Mさん、有名ですもん。」 ←完全にこびてる

「そうか、俺は有名か!わーはっはっは!」 ←上機嫌

そう言うとMさんは、突然秘書と思われるお付きの人に財布を要求して、一万円札をギターケースに入れてくださった。

え?

わお。

すげー。

けど僕、まだ歌も何も歌ってないよ…。

ただ、名前呼んで、有名やってほめただけよ…。

これ、何のお金…?

おこづかい?

やっぱりあなた、すごい金銭感覚なのね…。

「あ、ありがとうございます。
けど、僕、ちゃんと歌を歌います。
何かお好きな歌、ないですか?」

「あ、そうやな。
じゃあせっかくやから、一曲歌ってもらうか。
そんなら、『乾杯』歌ってくれ。
俺、あの歌好きやねん。」

「はい、分かりました。
『乾杯』ですね。」

そう言って僕は、「乾杯」を一曲歌ったんだけど、思いのほか、Mさんがこれを気に入ってくださり、この後僕は絶賛を浴びることになる。

それがだいたい2年ほど前の話。

それからというもの、僕はMさんにほんとに気に入ってもらえたたようで、そんなに頻繁にではないが、たまーに僕の前を通るたびに「乾杯」をリクエストしてもらい、そのたびに毎回一万円という大金をいただくようになったのである。

すごい常連客が出来たもんだ。

初めのうちは、その程度にしか考えていなかった。

Mさんは、一緒に歩かれているお連れの方も毎回様々だ。

大抵秘書らしき人は毎回付いているのだが、大人数の時もあれば、高級クラブのママさんとだけの時もあれば、某有名騎手や、時にはどういうつながりか有名なボクシングの元世界チャンピョンを連れて来られる時もある。

けれども、どんなお連れの方に対しても、Mさんの話す言葉は同じ。

歌っている僕を指さして、ニコニコ顔で、

「な、こいつ、めっちゃうまいやろ。」

この一言である。

しかし、どうもいつも、お連れの方は、僕から冷静に見ていると、形式で相づちをうっているだけで、そんなにすごいうまいとは思っていない感じが見て取れる。

どうやら僕の歌は、Mさんのハートだけを、がっちり掴んでいるようなのだ。

まあそれも、決して悪いことではない。

とにかく、それから1年くらいの間は、Mさんが通られるたびに、正直やらしい話、(仕事上の儲けとして)「今日はラッキー!」程度に考えていたのである。

けど、出会って1年ぐらいたったあたりから、少しずつ僕のMさんに対する印象が変わってきた。

悪い方向に、悪い方向に…。

それはどういうところかというと、

もちろん初めから、全く立場や地位の違う2人だから、上下関係があるのは当たり前といえば当たり前だったんだが、その上下関係が段々少しずつ、強制的なものに変化してきたというところである。

まあ、分かりやすく簡単に言わせてもらうと、とにかく「怖い」のである!(笑)

例えば、Mさんが通られた時に、(この仕事は愛想が命なので)僕がにっこりと笑顔で

「こんばんは♪」

と軽めの挨拶をすると、すぐものすごい怖い顔になって、

「お前は挨拶の仕方がなってない!
なんや、『こんばんは♪』っていうのは!
俺が通った時は、もっと俺を敬った挨拶をせえ!」

と、怒られたり、

別の時は、僕はいつも花壇のようなところの端に座って歌っているんだけど、いくらちゃんと挨拶しても、

「おい、こら!
お前は目上の人に挨拶する時、座ったまま挨拶するんか!
失礼やろ!
ちゃんと立ち上がって、お辞儀せんかい!」

と、怒られたり。

まあ、その他いろいろ…。

あのー、僕、一応ただのストリートミュージシャンなんですけど…。

ヤ○ザの子分とかじゃないんですけど…。

しかしこの不安は、あながち間違ってはいなかった…。

今から10日ほど前。

この日も、パンチ(パーマ)さん(僕が最近心の中でつけた、Mさんのあだ名)御一行が、僕の「乾杯」を聴いてくれていた。

その途中、たまたま酔っ払ったサラリーマンがひとり、「ひさしぶり」っていう感じで、僕の頭を軽く叩いた。

まあ、あまりいい気はしないが、この仕事をする上で、よくある風景といえばよくある風景だ。

しかし、その時、パンチさんの表情が一変した。

「こらあ、おのれ!!

お前、何、俺の舎弟の頭叩いとるんじゃ!!!

蹴り殺すぞ!!」

こ、こわ~…。

け、蹴り殺すって…。

ただでさえ、殺されるの怖いのに、蹴って殺されるねんで…。

なかなか人は蹴られただけでは死なんよー。

たぶん、よっぽど蹴られるねんで…。

きっと、長渕キックやで…。

ただ頭軽く叩いただけやのに…。

そして、なによりも…

「舎弟」って!!!!

やっぱりこの人、俺の事、ほんとにヤ○ザの子分か何かと思ってるんや…。

嫌やわー。

怖いわー。

オイラ、そんな世界に関わりたくない!!

そして、ひとしきり怒鳴りつくしたパンチさんは、SPみたいな人達にで何かを指図した。

すると、サっと3人のSPらしき人が僕と僕を叩いたサラリーマンの間に立って、そのサラリーマンを取り囲む。

すげー敏速。

そして、すごい光景…。

パンチさん
「おのれ、次、俺の舎弟の頭叩いたら承知せんぞ!!」

そして、そのサラリーマンは絵に描いたような後ずさりで、その場を去っていった…。

うわー、なんかB級のやくざ映画観てるみたいやなあ…。

パンチ佐藤さん
「(僕に対して)おい、ところでお前、名前は何て言うねん。」


「あ、たかゆき(ホントは苗字を言いました)といいます。」

パンチョ伊藤さん
「おい、たかゆき。
お前も、俺の舎弟やねんから、これからはあんなサラリーマンに頭叩かせるな。
分かったか!」

どうやらパンチさん、自分で発した「舎弟」という響きを気に入ってしまったみたいだ…。

「は、はい…。」

パンチさん、満足げ。

「あっ、そうや!ところで、たかゆき。
お前、今月の24日は何をしとんねん。」

ん?24日?

今月の24日といえば、クリスマス・イブではないか。

はぁ…。

ああ、もちろんロンリーチャップリンですよ。

何か文句でも?(笑)

「いや、たぶん何もしてません。はは。」

僕は頭をかきながら、照れ笑いで答える。

「そうか!じゃあ、24日はウチでクリスマスホームパーティーがあるから、お前そこで歌え。」

え?

そこで歌え?

いやいや。

いやでっせ。

そんなところで歌うくらいやったら、家でひとりでおった方がよっぽどマシや。

あ、けど、待てよ…。

俺、今、何も考えずに「24日は何もしてません」って答えてしもたよな…。

やってもた…。(涙)

「よし、決まりや!
24日は一日空けとけ。

お前もヒマなんやったら、ちょうどええやろ。
それまでに、クリスマスソングも練習しとけ。
そんで、俺の10歳の息子がギター弾いてて、今ギターに興味持っとるから、お前がいろいろ教えたってくれや。な。
その日はイタリア料理のコック達も呼んでるから。な。
お前も楽しみやろ。な。」

パンチさん、我ながらいい事を思いついたという満面の笑みである…。

こうなってしまったら、今さら、もう断れる相手ではない。

僕の負けだ。

「は、はい。じゃあ、こちらこそ、よろしくお願いいたします…。」

というわけで、すべては決定してしまい、僕達は携帯の番号を交換し、当日までに連絡を取り合うことになった。

はぁ、憂鬱やなあ。

できることなら、もうパンチさんにはこれ以上あんまり深入りしたくないって思ってたところやのに…。

やっぱり、住む世界が違いすぎるで…。

そして、その日から昨日まで、一日おきに何度も同じ内容の電話が僕の携帯にかかってくることになる…。

「おい、たかゆきか!

お前、24日分かっとるやろな!

もし約束破ったら、承知せんぞ!!」

・・・・・・・・。

しょ、承知せんぞって…。(苦笑)

それにこれ、何度目の電話…?

毎回毎回、承知せん、承知せんって…。

あれ?子供の頃に習ったけど、「パーティー」っていうのは、楽しいもんじゃなかったっけ?

僕は、その楽しい場所に「招待」されてるんだよね…。

合ってるよね…?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

ああー、やっぱり嫌やーーー!!!

行きたくねーーーー!!!(笑)

つづく…。

P.S.

ああ、急いで書いたから、何て粗い文章…。

それに、結局これだけの量書いて、昨日の出来事はまだ何ひとつ書けなかった…。

いつもながら、俺って…。(苦笑)

そして、また「つづく。」って…。

この前の話の続きもまだ書いてないのに…。(笑)

とにかく、このクリスマスのお話は、なるべく急いで書きますからね!

クリスマス熱が冷めないうちに!

おー!

あ、前回のコメントのお返事も、もう少し待っていてくださいね。

 

「パンチクリスマス2」

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2006年12月27日 (水)

パンチクリスマス・2

パンチクリスマスの続き…

そして、12月24日当日。

約束としては、午後6時半にJR芦屋駅(関西一の高級住宅街)で秘書の方と待ち合わせという事になっていた。

今回、機材はいつも僕が路上で使っている物一式で演奏する事になっていて、電車で行くには荷物が多すぎるので、僕はレンタカーを借りて芦屋に向かう予定でいた。

僕の家から芦屋までは、高速道路を使えばだいたい3,40分の距離である。

まあけど今日はクリスマス・イブだから、道が混んでいて、もう少しかかるかもしれないけど。

午後4時すぎ、僕はレンタカー(マツダのデミオ)を借り終え、家でギターの弦を張り替えたりと、いろいろと準備をしていた。

そんな時、突然パンチさんからの電話が鳴る。

「おう、たかゆき!
お前、今日は分かっとるやろな!」

分かっとるも何も、あなたのおかげで、この10日間僕はどれだけ憂鬱やったことか…。(苦笑)

「もちろん、分かってますよ。」

「そんでな、お前、メシまだやろ。
ウチで食え。な。
それから歌え。な。
だから、今すぐこっちに向かえや。な。
駅に着いたら秘書に電話せえ。
分かったか。
じゃあな。」

ガチャン。プー、プー、プー…。

・・・・・・・・・・・。

あれ?僕、まだご飯食べてないも何も返事してないよ…。

まあ実際、まだご飯は食べてないし、お腹もペコペコやからいいけど…。

相変わらず豪快な人である。(笑)

けど待てよ。

そういえば、この前パンチさん、パーティーにはイタリア料理のコックさん達を呼ぶとかなんとか言ってなかったっけ?

うひょー。

それを、僕も食べれるの?

こりゃ、オイシイ話だわ。

行く行く。

すぐに行かせてもらいますよ。

そうして僕は、すぐにすべての準備を終わらせ、荷物を車に詰め込み、デミオちゃんのアクセル全開でニヤケ顔のまま急いで芦屋に向かって出発した。

車中、昨日までの憂鬱は分かりやすくどこかに吹き飛んで(笑)、頭の中はイタリア料理の事でいっぱい。

きっと、パンチさんクラスのパーティーやから、ものすごい豪華高級なイタリア料理がいっぱい出てくるんやろなあ。

ふふふ。

これは、歌の仕事の依頼を受けた僕の特権やで。

たまにはこういう仕事も受けてみるもんやなあ。

ふふふ。

イタリア料理、イタリア料理っと♪

あれ?

ところで、イタリア料理ってどんなんやったっけ?

パスタやろー。

ピザやろー。

・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・。

ピッツァやろー…。

スパゲッティーやろー…。

・・・・・・・・・。

あかん…。

ほ、ほとんど知らん…。(汗)

まあ、ええがな、ええがな。(笑)

きっと、そりゃもう、とびっきりイタリア~ンな料理が並ぶんやろう。

特製フェラーリ・ピッツァ

とか

シェフのきまぐれ、セリエA風パスタ(季節のロベルト・バッジョを添えて)

とかね。

うん。

とにかく僕は、大急ぎで車を走らせたのであった。

芦屋駅に迎えに来たのは、秘書のKさんの運転する超高級ベンツだった。

(やっぱり本物は、僕の愛車のチャリンコベンツ君とはえらい違いだ。笑)

秘書のKさんは、今までも何度かお見受けしたことのある、ちょっと小太りな30代後半ぐらいの男性。

けど、実は僕、この人、前からちょっと苦手なんです…。

パンチさんの前ではいつも僕に対してもニコニコしてるんですけど、パンチさんが歌を聴き終わって立ち去る時に、(パンチさんに分からないように)スキを見計らって、たまにすごいイヤミな事を言ってきたりするんです…。

今日は、なんだかニコニコしてますけどね…。

「あっ、たかゆきさん、お車で来られたんですね。
じゃあ、今からご案内しますので、私の車の後ろをついてきてもらえますか。」

「あ、はい。分かりました。」

そういうことで、僕のデミオちゃんは高級ベンツさんの後ろをついていくことになった。

まず、ベンツさん走り出す。

デミオちゃんも続いて走り出す。

ブーン。

あれ?

いきなり車間距離がすごい空いちゃうぞ…。

あっ、そうか。

デミオちゃんとベンツさんでは車の性能が全然違うから、加速力に大分差が出るわけやね。

こりゃ俺も、頑張って運転しなあかんな。

けどKさんも、少しは気を使ってくれてもいいものを…。

しかたないので、とにかく僕はベンツさんに置いていかれまいと、普段より集中してアクセルを多めに踏んで何とか対応した。

ただ今の時間、午後5時半すぎ。

ベンツさんは夕方の芦屋の街をスイスイ軽快に飛ばす。

僕は逃げる獲物を追いかけるように、必死にデミオちゃんでついていく。

しかし、すごいスピードだ。

しまいに警察に捕まるで…。

黄色信号でもお構いなしである。

おいおい、後ろのデミオちゃんの事も少しは考えてくれよ…。

普通、先導車は黄色信号は止まりませんか?(苦笑)

それとももしかして、わ・ざ・と?♡

しばらく走ると、車は山道に入った。

なるほど、芦屋のすぐ横の六甲山地の上にお家はあるわけやね。

あの辺りは高級住宅が多いって聞くもんなあ。

うん。

しかし、今はそんなことよりも何よりも、山道に入ると、ますます車の性能の差が如実に表れてきたことを何とかしなければ…。(笑)

ベンツさんは急な上り坂の細いクネクネ道を、ここぞとばかりに楽チンに飛ばしまくる。

デミオちゃんは、ギアをローに入れて、アクセルを全開に踏み切っても、何とか追いつくかつかないかなのだ。

さらに、Kさんは何を考えているのか、山道特有のかなりきつい急カーブを、さっきからすごく、

「攻める」!

この意味分かるかなあ。

つまり、F1とかのモーターレーシングのコーナリングでの基本である、「アウト・イン・アウト」をこんなところで実践しちゃってるわけですよ。

カーブの初めではアウトコース寄りを、中ほどではインコース寄りに、そして最後はまたアウトコース寄りを走る、っていう具合に…。

それも、すごいスピードで…。

一体、何のため?(笑)

僕から逃げてるの?

道案内してくれてるわけじゃないの?

それともこれ、頭文字Dごっこ? (分からない人、すみません。)

リアルマリオカート

あ、そういえば、Kさん小太りやから、なんか「ドンキーコング」に思えてきた。

待てー、ドンキーコング!!

これ、俺がマリオやったら、絶対に投げつけて、こかしたるのに…。

チキショー!!(笑)

とにもかくにも、この後15分くらいこの理不尽なマリオカートカーチェイスは続いて、ようやく道が穏やかになったある場所で、ベンツさんはハザードを出して、止まった。

続いて僕も止まる。

ふう~。

あたりは、もう真っ暗である。

やっと着いたのかなあ。

しかし、目をこらして見ても、そこには何やら大きなホテルのような施設があるだけだ。

どうやら、違うっぽいな。

その時、ベンツからドンキーコングが降りてきて、僕にこう告げた。

「着きましたんで、中の駐車場にお車を止めてください。」

え?

え~~!!

こ、ここが、お家!?

こんなん、どう見てもホテルやん!

お城やん!!

アミューズメントパークやん!!!

侮るなかれ、

恐るべし、パンチマネー!!!!

また、つづく…。(ごめんなさい。涙)

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2006年12月29日 (金)

時代

少し迷いましたが、どうしても今日書きたいので、書かせてもらいます。

ある常連の、クラブのママさんがいた。

彼女は年齢はおそらく50歳すぎ、ひょろりとした体形で、顔立ちは面長。

きっと若い頃は美人でモテたんだろうなと思われる面影が残っているのだが、今の彼女は僕から見ると、なんだか憂いというか哀しみのようなものがにじんでるような気がいつもしていた。

まあ、長い人生、ここにたどり着くまでに、いろんな事を経験されてきたんだろう。

僕は、勝手にそう解釈していた。

このママとは、もう4、5年のお付き合いになるだろうか。

ママはほんとうに僕の事を気に入ってくれていて、仕事帰りに頻繁に僕の歌を聴きに来てくださった。

大抵は一人で来られるんだが、たまにある特定のサラリーマンの男性と一緒に来られることもあった。

おそらく男性はお店のお客さんだろうが、2人がそれ以上の関係であることは、明らかに見て取れた。

ただ同時に、その男性にちゃんと家庭があることも容易に想像できた。

ママは決まって、長渕剛の「巡恋歌」と中島みゆきの「時代」をリクエストした。

「巡恋歌」が始まると、いつも僕の目の前の定位置で腰をかがめ、食い入るように僕の目を見つめたまま、歌詞をひとつずつ確かめるかのように、歌に合わせてゆっくりと体でリズムをとる。

男性が同伴の時は、「いつまでたっても恋の矢は、あなたの胸にはささらない」という歌詞のところで、その男性を指さし、よくおどけてみせた。

「わたし、みゆきが好きや。」というママは、「時代」を歌っている時には、目に涙を浮かべていることもあった。

「わたしな、あなたの歌が、ほんまに好きやねん。
あなたの歌を聴くと、癒されるねん。
つらい時でも、励まされるねん。」

いつも、そう言ってくださった。

そんなママが、2年ほど前、僕にこんな事を言ったことがある。

「わたしな、末期のガンやねん。
だから、もうすぐ死ぬねん。」

あまりにもさらりと真顔でそんな事を言うので、僕は

「もう、悪い冗談やめてくださいよ。
今、ちゃんとお元気じゃないですか。」

と返すしかなかった。

「ううん、冗談じゃないねん。
明日から入院や。
もう、長くないわ。」

ママは、じっと遠くを見つめていた。

その日以来、ほんとにパッタリとママの姿を見ることがなくなった。

心配したが、僕にはどうすることもできないことだ。

それから半年ほど経ち、正直あまりその事についても考えることがなくなってきていたある夜、突然ママが僕の前にふたたび姿を現す。

よかった、退院しはったんや。

どうやら、仕事にも復帰されたようで、その日からまたママをよくお見受けするようになった。

ただ、以前のママと決定的に違う点が2つだけあった。

それは、見た目がびっくりするほど痩せ細って、ガリガリになっていたことと、もう1つ、以前のように僕の歌を聴いていくことが全く無くなったことだ。

会話すら一言も交わさない。

ただ、目で挨拶するだけ。

顔がすごいやつれた様子で、フラフラとあるく彼女。

理由は無いがなんとなく、僕からも声をかけることはしなかった。

そんな日々がしばらく続いたが、僕は前にも言ったように、去年の9月頃から場所を変えて歌うようになったのである。

だから、必然的にそれからママに会うことは一切無くなった。

しかし、これはまだ言っていなかったが、実は、僕はこのブログを始めた今年の7月の初めあたりから、また以前の長年やっていた場所に戻って歌っている。

そのいきさつなどはまた今度説明するが、とにかくだからここ半年はまたママに会う機会がもどってきたのだ。

月日が経ち、最近のママは、もう見た目にも元気を取り戻し、また以前のように僕の歌を聴いてくださる。

あの男性を連れてくるところも、いつもの定位置で腰をかがめるところも、昔と何ら変わりない。

僕はホッとしていた。

そして昨晩。

12月28日。

昨日は、あの男性ひとりでやって来た。

そして、僕に告げた。

「ママが死んだよ。」

あまりにも突然のことで、しばらく言葉が出なかった。

そして、頭の中がぐるぐると音をたてて回る。

けど、僕にはどう曲げる事も出来ない、現実、だった。

「自然死」だったらしい。

その自然死が、前に言ってたガンによるものなのかどうかは、僕には分からない。

ただ、ひとつ確かなことは、ママはもうこの世にはいない、ということ。

そして、もうひとつ、初めて知った事がある。

それは、ママがずっと「独り身だった」ということ。

「巡恋歌を歌ってもらえないか。」

そう男性に言われて、僕はただ黙ってうなずいた。

ハーモニカを用意する。

ママに捧げる、最後の「巡恋歌」だ。

そう思って、僕はイントロのハーモニカを吹き始めた。

すぐに、自然と涙があふれ出す。

歌が始まると、今日が年末だからか、僕が泣いて歌っているからか、すぐに人が何人か集まってきた。

けど、今日のこの歌は、僕はママのためだけに歌いたかった。

だから僕は目を閉じる。

歌いながら、いつものように僕の目の前に腰をかがめるママを「イメージ」する。

ママは確かにそこにはっきりと存在する。

いつものように僕の目をまっすぐに見つめ、体でリズムをとっている。

やっぱり涙が止まらない。

最後のエンディング部分、僕はその彼女を見つめたまま、ほんとに精一杯ハーモニカを吹いた。

さようなら。ママ。

歌が終わって、ふと我にかえって目を開けると、いつの間にか僕の周りには人だかりが出来ていた。

そして、一斉に拍手が起きる。

男性に目をやると、彼も目に大粒の涙を浮かべ、僕に深々と一礼をして、無言のまま立ち去っていった。

僕はこの後、目の前のたくさんの人達に対して、すぐには「営業」する気にはなれなかったので、もう一曲だけ、「時代」をママに捧げた。

もう目はつむらなかった。

出会いがあるから別れがある。

出会いがなければ別れもない。

けど、それでもやっぱり、僕は出会う事を選びたい。

ただの街のストリートミュージシャンと、それを聴く仕事帰りのクラブのママ。

ただそれだけの関係。

けど、この広い世界の中で、僕とママが出会ったのは、まぎれもない真実。

その事実は、何があっても変わらない。

ママ、2007年を迎える事は出来なかったけど、これからはもう、ゆっくりできるからね。

どうか、どうか、安らかに眠ってください。

「時代」           
                  作詞:中島みゆき

まわるまわるよ 時代はまわる

喜び悲しみくり返し

今日は別れた恋人たちも

生まれ変わって めぐりあうよ

めぐるめぐるよ 時代はめぐる

別れと出会いをくり返し

今日は倒れた旅人たちも

生まれ変わって 歩き出すよ

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2006年12月31日 (日)

パンチクリスマス・3

最近、どうも更新がチグハグになってしまっていて、どうもすいません。

みなさんのクリスマス熱はもう冷めちゃったかもしれないけど、とにかく今年が終わる寸前までには、なんとかこの話を書き終えるぞー!

おー!

というわけで、

パンチクリスマス・2の続き…

僕は、ドンキーコングに言われるがまま、デミオちゃんをそのホテルのような大豪邸の駐車場に停めた。

僕の車の隣には、「RIHGA ROYAL HOTEL(リーガロイヤルホテル)」と書かれたトラックが2台並んでいる。

ほう。

もしかして、言っていたコックさんというのは、かの名高いリーガロイヤルホテルのコックさんのことなんだろうか。

もしそうなら、凄すぎる。

しかもトラック2台って…。

調理器具まで全部持ち込み?

ハハハ…。

もう、笑うしかない。

けどそういえば、その料理を今から僕も食べれるんだっけ?

ハハハ…。

もう、笑いしかない。

は、はやく食べたい…。

ゴクリ…。

お屋敷の中も、ここまでくるとやはり、想像以上の凄さだった。

やたらと広い玄関ホールには、高い天井から見たこともないような豪華な巨大シャンデリアが吊り下げられてあるし、そこから見渡すだけでも、「部屋がいくつあんねん。ここは迷路かい!」と思うぐらいの大御殿

車から弾き語り機材を運ぶのをドンキーコングに手伝ってもらった僕は、まずリビングに案内された。

50畳くらいはあるだろうか、天井の高い洋間のリビングには真ん中の壁に大きな大きな本物の暖炉が設置されてあり、実際に薪をくべて燃やしてある。

もちろん、本物の暖炉を使用している家など、「世界名作劇場」のアニメの中ぐらいでしか見たことはないけれども、実物は思ってた以上に暖かいものである。

っていうか、ちょっと暑い…。(笑)

部屋の片側半分の壁は、ほぼ全面が大きなガラス張りになっていて、暗くて分かりにくいが、外の庭には二羽ニワトリがいる。

あ、違う。(笑)

外の庭には、うっすらとプールらしきものも見える。

そんなリビングに、パンチさんはいた。

「おう、たかゆき!やっと来たか。
どや、この家スゴイやろ。」

「は、はい…。
すごいというか何というか、僕の想像できる範囲をはるかに超えているんで、何ともぼうぜんとするだけです…。」

「そうか、そうか。ハッハッハ。」

「ずっとここに住まれてるんですか?」

「ちゃう、ちゃう。
ここには住んでへん。
ここは俺の別荘でな、いわば『ゲストハウス』っていうやつや。
こんな別荘が他にも3個あるねんけど、住んでる家はまた別や。」

べ、べ、べ、べ、別荘!!??

この大豪邸が!?

しかも、他に3個って…。

あなたは、一体どこへ向かっているの?(苦笑)

「そ、そうなんですか…。」

僕達がそんな会話をしている間、実はさっきから忙しそうに、「リーガロイヤルホテル」のバッチを胸につけた黒服のボーイさん達が何人も部屋を出たり入ったりして、パーティーの準備をされている。

どうやら、ロイヤルホテル総動員みたいである…。

そんなんやったら、わざわざ呼んだらんでも、初めからロイヤルホテルでパーティーしたらいいのに…。

いや、言うまい、言うまい。(笑)

そして、パンチさんはリビングのワンコーナーを指差し、僕にこう言った。

「たかゆき、今日お前、そこで歌え。な。
だから、今から準備せえ。
そんで、準備が終わったら、飯食っていけ。
それから、歌え。な。」

ほうほう、なるほど。

じゃあその準備が終われば、いよいよ待望の夕食タイムというわけですな。

それを想像すると、自然と僕の返事も軽やかになる。

「はい!分かりました!

すぐに準備します!」

ぐふふ。

高級イタリア料理…。

僕が、言われた通り、機材や音響のセッティングをしていると、突然部屋に10人近くの子供達が入ってきた。

5歳ぐらいの小さい子から10歳ぐらいの大きい子まで年齢はバラバラで、男の子も女の子もいる。

そうか、そうか、なるほどね。

今日はほんまにホームパーティーって感じなんやね。

子供達は、この部屋にいる明らかに場違いな30歳のおっさんに気づき、それぞれがいろんなリアクションをとる。

「こんにちはー!」と大きな声で挨拶し、気軽に話しかけてくる子。

「あんた、誰?」と、この世で一番シンプルで一番的を得た質問を投げかけてくる子。

「わー、ギターや!ギターや!」と大はしゃぎし、意味不明な踊りを披露してくれる子。

人見知りして、ちょっと遠くから僕を眺めている子。

などなど。

そんな子供達に、パンチさんは注意をうながす。

「こら、お前達、パーティーはまだやぞ!
おとなしくしときや。な。
そんで、あんまり歌の先生の準備のジャマしたらあかんぞ。な。」

そんな中、メガネをかけた一人の男の子だけが、さっきから僕のギターやアンプなどの機材をじーっと興味深そうに真剣に見つめているので、準備をしながらも、こちらから話しかけた。

どうやらこの子が、パンチさんの言ってた、ギターを弾く息子さんのようだ。

いかにもお金持ちの子といったような、賢そうな顔つきをしている。

彼の名は「コウキ君」、10歳。

9歳からギターを始めて、今練習してるのは、クラシックやらビートルズらしい。

10歳でクラシックやビートルズとは、いやはやなかなかのセレブっぷりだ。

でも、僕も負けてない。

僕の10歳の頃といったら、10円玉をひとつだけ握りしめて、今日はうまい棒「めんたい味」を買うか、それとも明日まで我慢してもう10円足して「どんどん焼き」を買うかという事を、駄菓子屋の前で延々2時間悩んでいた、というような素晴らしいセレブっぷりだったんだから…。

チキショー!(笑)

「そんで、ここにおる他の子達は、みんなコウキ君の友達なん?」

「いや、みんな、ママのお友達の子供です。」

「へえ、そうなんや。
じゃあ今日は、家族ごとみんな招待されてるわけやねんな。
ふーん。」

そんな時、パンチさんが僕らの会話に入ってくる。

「コウキ!どうや、すごいやろ!
このギターの先生、パパの友達や。
お前も後で、ギター教えてもらえ。な。
楽しみやろ!」

「え?
あ、うん…。」

「そうやな。
じゃあ、コウキ君、後で一緒にギター弾こうな。」

「あ、うん…。」

あ、あれ?

コ、コウキ君…?

それは、あんまり楽しみじゃないのね…。

でも、嘘でももうちょっと嬉しそうな返事しようね…。(苦笑)

とにかく、そうこうしているうちに僕の準備は終わり、それをパンチさんに告げた。

「おう、終わったか!
じゃあ、お前、飯食ってこい。
そんで、パーティーは7時からやから、それから歌え。な。」

うんうん。

この同じような説明、今日だけでもう300万回以上聞いたけど、それでもいいじゃないの。

だって、今からついに、今日僕はこのためだけに来たといっても過言でないくらいの、待望のスペシャルディナータイムが始まるわけなんだから…。

さあさあ、それで僕はどこで食べればいいのですかい。

「そんなら、たかゆき。
今から、K(ドンキーコング)に案内さすから、ついていけ。」

「はい、分かりました!」

僕は言われるがまま、ドンキーコングに連れられて、リビングルームを後にした。

なるほど。僕は、パーティーに参加する皆さんと一緒にお食事をするわけじゃなくて、みなさんより一足お先に別室で噂の高級イタリアンを頂けるわけやね。

みなさん、僕だけお先に、何だかすいませんなあ。

なにしろ、僕はみなさんがお食事されてる間、を歌わなくちゃいけないもんで、今のうちにお腹を満たしておかなければならないんですよねえ。

どうも、どうも。

えへへ。

そんな想像がふくらむ中、お腹ペコペコの僕はニヤケ顔のまま迷路のような廊下を抜けて、ドンキーコングに、あるドアの前まで案内された。

「じゃあ、こちらのお部屋にお食事の方用意させてもらってますんで、パーティーが始まる7時までゆっくりされていてください。」

「はい、わざわざありがとうございます。」

ドンキーはことづけを言うと、その場から立ち去っていった。

この時ばかりは、なんだかドンキーがすごく良い人に見えた。

ドンキーありがとう。

僕、ドンキーの事、なんだか勘違いしてたよ。

ドンキーがわざわざ僕のために、この部屋に先にディナーを用意しておいてくれたんだよね。

ほんとは、良い人なんだね。

けど、なんだよー、水臭いなあー。

ドンキーも一緒に食べていけばいいのに。

ふふふ。

僕はノブに手をかけ、ドアを開ける。

ここからはもうスローモーション

ドアの向こうは夢の世界

さすが、パンチさん。

これまた20畳ほどある素敵な洋間には、大きなマホガニー製のテーブルの上にならべられた、ロイヤルホテルトップシェフ達が作った豪華な豪華なイタリア料理の数々。

若いお手伝いさんのような女性が、僕をイスに座らせてくれて、紙エプロンをかけてくれる…。

・・・・・・・なんて、ほんとに夢のような事は、まったく無く!

現実は、ドアの向こうには、たった3畳ほどしかないただの和室…。

うっそ~ん!!!

そして、

せまっ!!!!

この大豪邸に、そんな3畳しかない部屋が存在すること自体が、逆にビックリやわ。

たぶん、お手伝いさんか何かの休憩室更衣室かなんやろね。

これ、俺に対する、何かの嫌がらせ?

それとも、ドッキリ?

隠しカメラでも仕掛けられてんの?

まあ、もうええ、もうええ、もうええわ。

部屋がどんな部屋であれ、俺、もうお腹ペコペコやから、その高級イタリア料理のおこぼれでも何でもいいから、早く食わせてくれ。

というせめてもの願いをあざ笑うかのように、3畳の和室に設置された緑色のパイプ机の上にぶっきらぼうに置かれたてのは、「おーい、お茶」の250mmの缶々と、何かの紙弁当…。

その名も

「おこわ弁当」

終わり。

P.S.

みなさん、「え?そんなところで終わり?」と思われる方も多いでしょうが、僕は長々と3回にも分けてこの日の事を書いてきて、とにかくこの事を伝えたかっただけなんです。

恋人達が集う聖なるクリスマス・イブの夜に、ひとりで食べる「おこわ弁当」

ウソです。

白状します。

ほんとは、どうしてもこの日の事は、年内中に書き上げたかったんです。

だって、クリスマスの話を正月明けてからなんて、書きたくないもん。

けど、もうギブアップです。

時間が足りません。

まあ、いってもこの後、そんなに大した事が起こったわけでもないので、何とか許してください。

えっと、要約すると、(笑)

7時に大人のみなさんも集まって、パーティーが始まったんだけど(もちろん彼らは、「イベリコ豚」やら見たこともないようなパスタやらの豪華料理を食べてました。さらに、平気で残しやがる…。)、パンチさんが僕を紹介する時に、

「こいつ、俺の舎弟です。」

って言ってしまって、その瞬間会場が静まりかえり、その後、大人たちは子供達から、

「ねえ、舎弟ってなあに?」

っていう質問を受けまくってたこととか、

(もちろん僕は、心の中で、「あのね、舎弟っていうのはね、こういう、君達がイベリコ豚を食べるような豪華なパーティーで、『おこわ弁当』しか食べさせてもらえない人のことを言うんだよ。」って繰り返してましたけどね。)

ドンキーがなぜか、床に置いていた僕のギター(マルシアちゃん)の上に不注意で(?)フォークを落とし、フォークがギターに刺さったこととか、

帰り際に、外まで見送りにきてくれた何人かの前で、コウキ君が、僕の乗ってきたデミオちゃんを指さして、

「これって、何のベンツ?
あ、間違えた!
何の車?」

という、何とも大人顔負けのブラックジョークを言ってきたこと、

ぐらいですかね。(笑)

えっと、まあ演奏自体はみなさん喜んでくださいましたよ。

いっても、パンチさんお気に入りの「乾杯」は3回も歌わされましたけどね…。(苦笑)

とにかく、そんな今年のクリスマス・イブでした。←強引!

ああ、2006年ももう後何分かで終わってしまう。

こんな僕のブログをいつも読んでくださってるみなさん、今年はほんとにありがとうございました。

みなさんのおかげで、僕なんだか、いろいろと救われてるんです。

ほんとに心から感謝しています。

やりとりはしてないけれどいつも読んでくださっている方々や、初めてこのブログを読まれた方も、ほんとにありがとうございます。

みんな、大好きです!

まあ、つもる話はまた来年するとして、とにかく、みなさん、良いお年を!!

来年も変わらず仲良くしてやってくださいね!!!

では、また来年!!!!

         2006年12月31日      たかゆき

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