極私的弾き語り論2
島田S助さんのことは、ひとまず置いといて、19日の続きの話書いていいかしら。ごめんさいね。
続き…
ただ、聴いている側は、まさか僕がそんな事を考え、実際結構儲かっているなんてことは絶対知らないし、知られてもいけない。だから、ギターケースの中のお金はいつもこまめに偽装している。
おじさん達は僕を、「夢見て、頑張っている青年」だという認識で見ていて、僕もそれを完璧に演じきるのだ。
目線までも考え抜いて。
そこでやっとお金が発生するのだ。
つまり、ちょっとした小劇場である。
僕の一人芝居をみんなは喜んでくれてるわけだ。
始めた頃は、こんな嘘をつくようなやり方でお金を儲けることに対していささか疑問を感じていたにはいたが、今では完全に自分の中で納得している。
つまり、おじさん達は僕が歌うのを見て聴いて感心し、昔を懐かしんで良い気持ちになり、お金を払う。
僕はお金をもらう以上、手を抜かず真剣に歌を演じる。
ほんとに真剣に歌う。
そして、そのお金で生活ができる。
ここに見事に「需要と供給」の形が出来上がってるではないか。
誰一人として嫌な思いはしていない。
反対に、僕を含め、全員が喜んでいるのである。
つまり、ここに何も疑問を感じることはないのだ。
さらに、僕は今まで一度も具体的な金額をお客さんに要求したことはない。
すべてあちらまかせだ。
その結果が、一人500円であり、1000円であり、たまに1万円なのである。(10万円っていうのも一度あったが…)(あともちろん、1円やら10円を入れる人もよくいる)
それが積み重なり、一日2万なり3万なり4万という儲けになるのだ。
こういう風に書いていると、この仕事は素晴らしい事ばかりにも思えてくるが、その反面、嫌な事も山のようにある。
まず、1日4~6時間も声をかけ続け、真剣に演じ、真剣に歌い続けてると、もう心身ともにヘトヘトになる。
肉体労働には無い意味の分からん疲れである。
言葉では言い表せない強烈な疲れだ。
なのに、弾き語りが終わった後2,3時間は、どれだけ体が疲れていても、僕は眠ることができない。
心が寝ようとしてくれないのだ。
これは結構辛い。
10年たった今でも変わらず続いている。
弾き語り中のトラブルも多い。
やはり飲み屋街でやるということで、想像しうる全てのトラブルを体験しないといけないのだ。
ほんとに色んなトラブルだ。(虎舞竜ではありません)
書くのも嫌なくらい・・・。
ごめん、まだ続きます。
次へつづく…
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