風をあつめて
6年前、僕が23歳の頃、大阪でのこの生活が全て嫌になり、当時僕の影響で同じ仕事を始めた親友の良元優作と共に日本一周の旅に出た。
このポンコツ軽バンで、寝泊りして、旅の費用は各地の飲み屋街で稼いでいくというもの。
各地でいろんなものを見、いろんな人に出会い、大阪での生活やこの仕事をいったんリセットしてしまおうという想いの旅だった。
二人はその時たぶん、現実から逃避したかったのだ。
だから長く旅に出ようと思っていた。
具体的にいうと、僕は「年」単位になると考えていた。
ゆっくりとこれからのことを考えていく旅だと。
だから、大阪でいろんな事を犠牲にして捨ててきた。
そうしないと、長く旅に出るケジメがつかないと思ったからだ。
けど、旅はたった3ヶ月であっけなく終わってしまった…。
僕が、途中で病気にかかってしまったからだ。
大阪に戻って手術しなければならなくなり、一旦、旅を中断させた。
初めは、病気が治ればすぐに旅を再開させようと思っていたが、思ったより重い病気で、半年ほど家で療養しなければいけなくなり、その間に、二人とも周りの状況や、各々の考えが変わってきてしまったのだ。
結局、優作はもう旅には出ず、大阪で精力的に音楽活動を続けることになり、僕はといえば何事もなかったように、いつものお仕事“弾き語り”に戻っていったのだった。
なんだかなー。
優作にとっては、ちゃんと音楽がんばっていこうと決めれたわけやから旅が終わってよかったけれど、僕はなんなんやろう。結局、元のさやに戻っただけだ。
それも、旅を中断させてしまったという心残りを強く強く残したまま…。
その後も、僕はずっと、旅の不完全燃焼に執着しまくっていた。
この旅をちゃんと完結させなければと。
そして、なんだかんだで2年後の2002年。
僕は一大決心をした。
やっぱり、今度は一人でもいいから、もう一回旅をやり直そうということで、またあのポンコツ車に乗ってひとりぼっちで旅を再開させたのだ。
この旅は、鹿児島から北海道まで、半年間続いた。
なにせ、僕はそういう旅を2回している。
旅をして何か変わったかと言われると、今もずっと同じ仕事を続けてるだけに、なんとも言いにくいが、後悔だけはしていない。
若いうちに、そういう人がしていない貴重な経験ができたことに関して、すごく誇りに思っている。
二つの旅の詳しいエピソードなどは、またおいおい話していこうと思う。
ほんと、いろいろあってんから…。(苦笑)
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